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約束が果たされました

 村長の首根っこをつかんだまま、私たちは一度屋敷内に戻った。

 兵士たちには負傷者の手当と馬の調達を命じたが、逆らわずにどちらもこなしてくれているようだ。


「さて、主客転倒といった扱いで申し訳ないが、村長どの。事情をうかがいたい。話してくれないだろうか」


 先ほど暴れて散らかった客間に戻って、私はそう切り出した。

 村長は今や両腕を拘束されたまま床に座らされている。対するタリブ女史は悠然とソファに腰かけてふんぞりかえることが許されていた。完全に、主客転倒。先ほどまで私たちを客として扱っていた村長は、罪人となって尋問される立場にある。それだけのことをしたので仕方がない。

 私はといえば座り込んだ村長の前に立ちふさがって、彼の回答を待っている。


「む……」

「話したくなければ話さなくともかまいませんが、苦痛の末に死んでしまうのはお嫌でしょう?」


 私はできるだけ笑みを崩さないようにそう言ってのける。

 脅しではない。本当に彼を殺してしまうだけの理由がすでに、私には存在する。何しろタリブ女史を捕らえ、そのついでとばかりにイリスンやメイド、私を殺害しようとしたのだ。許されることではない。

 少し前のガーデスならそんなことはせず、衛兵のメリタに引き渡すのが筋だと考えただろうが、今はあらゆる秩序が混乱した状況だ。愚かな采配をする者を生かしておいては被害が拡大するとなれば、私も非情な判断を惜しまない。


「スムよ、まずは私に話させてはくれんか。一応、おぬしは私の護衛であろう。護衛が尋問するのではおかしくあるまいか」


 と、ソファからタリブ女史が提案してくる。

 言っていることはまともだし、一理あると言える。彼女の背後に控えるメイドは申し訳なさそうな顔をしているが、特に口をはさんではこない。


「わかりました」


 私はそれに応じて、村長をその場に引き倒して、上から足で踏みつける。もちろん、タリブ女史にわずかでも危害を加えられないようにするためだ。

 こうして無力な相手を痛めつけるのはイリスンが好みそうだったが、彼女は用事があるとかで別行動をしている。おそらく、トイレか何かだろう。気にするほどのことはない。

 さてタリブ女史はソファから下りて、村長の前に立ちふさがる。腕を組み、彼を見下ろしてニヤリと笑い、悪そうに言い放った。


「私に何をするつもりだったかは知らんが、婦女子を捕らえようというからには目的は一つしかないであろう。

 とんでもない強欲、変態。私の体を狙って、ただそれだけのために護衛の者どもやメイドを殺傷し、兵士たちが傷つくことをも恐れないとは。ロカリーの村がこのような恐ろしい悪徳性犯罪者によって統括されていたというのはそれだけで事実、怪談になりうると思わんか。

 我が父、ヒャブカ・デンには当然報告させてもらうし、将軍の権限でこやつにはできる限りの厳罰で臨もうではないか? 足から輪切りにしてどこで死ぬのか実験するか、それとも体中の生皮を剥ぎ取って塩漬けにしてくれようか」


 お嬢様によるお言葉とは思えない、過激な発言である。

 さらに、彼女は続けてこうも言った。


「ロカリーの村もこやつのような者一人のために性犯罪者の村という汚名をかぶることになって、まことに気の毒ではないか。

 であるならいっそ、お前のような者の存在など記録から抹消し、殺して潰して死体も灰になるまで焼いて野山にばらまいてしまうべきか。そうして別の者を村長にたててしまったほうが、村のためになってよかろう。

 お前は永久に消え去り、誰の記憶にも残らんというわけだが、別にかまわんよな」

「ぬ、ぐぅ」


 多少息を詰まらせたようだが、村長はまだ何も話そうとしない。

 タリブ女史はふんと鼻を鳴らして、再度質問する。


「何も言わぬのであれば、そうするということだ。それでいいのか?」

「い、いや……」


 何か言おうとしてもぐもぐとするが、結局村長は言わない。気が小さすぎて、どうにもならないようだ。

 私は彼の望み通りにしようかと提案したが、タリブ女史は軽く首を振る。口にはするものの、さすがに実行するとなると気持ちが悪いらしい。拷問や死体といった刺激には不慣れなのだろう。


「スムさま」


 そこへイリスンが戻ってきた。


「どうせ彼は話さないでしょうから、私のほうで兵士の方々にお話を聞いておきました。なんでも、このお屋敷の地下室に素晴らしいものがあるそうですよ」

「地下室なんてものがあるとは。ほお。では、そいつを拝みに行こうか」


 私を差し置き、タリブ女史が答える。が、もちろんイリスンは彼女を無視して私の答えを待っている。


「行こう。村長の尋問などいつでもできる」


 どうせ話もしないのだ。別方向からのアプローチも必要だろう。ひとまず村長を別室に閉じ込め、私たちは地下室を見に行くことにした。

 なるほど一階から階段が下に伸びている。その階段も石造りの簡素な、殺風景なものとなっているから、あまりいい雰囲気ではない。たぶんだが、ろくなものが地下室にはおいてない。

 タリブ女史やメイドをつれていくのはやめたほうがいいのかもしれないが、私たちは彼女らの護衛である。ロカリーの兵士らがいくら軟弱といっても、その中に放置していいわけもない。同行させるしかなかった。

 さて階段を下りきってみると、すっかり雰囲気が変わってしまった。じめじめとして、薄暗い。

 おまけに通路は狭く、細い。おかげですぐにここがどういう場所であるのかが察せられた。


「ここは、獄ですね。何名かの人間がここに捕まえられているみたいです」


 イリスンもすぐにこの地下室の用途をそのように考えたようだ。これは私の考えと完全に一致している。

 と、ふと奥のほうから聞きなれた声が聞こえた。


「その声は、イリスン?」


 私は思わず目を見開いた。思わず呼び返す。


「この声は、まさか!」


 細い通路を私は走り出し、声の主をすぐに見つけ出した。地下室はいくつもの狭い牢獄をつないだ構造になっていたが、一番奥に彼女はいた。

 すっかり武装を解いた姿の、メリタ・ボックが牢の中に座っていた。

 どうしてこんなところに、とか。いったい何があったのか、とか。

 言いたいことは色々頭に浮かんだが、私はとにかく彼女を拘束する鉄格子らしいものが非常に気に入らなかった。


「やはり君か、メリタ! すぐに出してやるぞ」


 格子戸らしい部分に手をかけ、ぐいと引っ張る。しかし当然施錠されていて、開かない。


「スムさま、カギを」


 後を追ってきたらしいイリスンが、私にカギらしいものを渡してくる。それを受け取り、錠前をはずす。あっけなく格子戸は開いた。

 何があったかは知らないが、メリタがこのような場所に入っていていいはずはない。


「恥ずかしいところを見られた上に、また助けられた。ありがとう、スム」


 非常に申し訳なさそうな表情で、メリタが牢から出てきた。特に衰弱した様子もなく、怪我をしている気配もない。

 しかしいったい何があったのか。

 彼女が無事であることは喜ばしいが、なぜガーデスでつかまったはずのメリタがロカリーにいるのか。事情は聴かねばならない。が、それは後でもいい。


「事情はもちろん話すが、まずは休ませてもらっていいか。こう見えてずいぶん弱っている。それと、すまないがほかの人たちの牢もあけてやってくれないか」

「そうだな。まずはそうする。イリスン、メリタを上に」


 頼れる妹にメリタを任せることにしかけて、私はそこで止まった。

 私の中の何かが、私にささやく。


『彼女を抱きしめろ』


 なぜ?

 私はその指示に疑問を抱いて、メリタの顔を凝視してしまう。

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