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冗談ではありません

 村長がこちらへ敵意を向けてきた。部下を傷つけられて怒ったのか、それとも計画がうまくいかなくて苛立ったのかはわからないが。

 いつまでもソファに座っていては危ないので、私はタリブ女史のわきの下へ手を入れてサッと抱え上げ、この場を逃げ出そうとする。


「わ、こら。何をする」


 ささやかな反論は無視して、ドアを蹴る。一撃でカギやヒンジが壊れ、両開きの立派な扉が廊下に倒れこんでいった。


「ちっ。そいつらを捕らえろ、令嬢以外は殺してもかまわん!」


 村長は大きな声をあげた。

 彼が何を考えているのかはわからないが、この状況はあまりよくない。私一人だけなら存分に暴れられるが、タリブ女史とメイドを守りながらではいけない。彼女らが人質にでもとられれば終わりだ。


「ここは、いったん逃げましょう。馬は盗んで逃げてしまえばいいのですし」


 イリスンが冷静な意見を出してくる。確かにそうしたほうがいい。

 ロカリーの村にいる兵士たちは多くはなく、いずれも大した強さではないが、むやみに殺傷することもないだろう。


「先に行ってくれ」


 とりあえず頼れるイリスンに先頭を任せて、私はしんがりだ。メイドとタリブ女史はまったく戦えないから、とにかく彼女たちを守ることを考えねばならない。

 と、考えていたのだが。屋敷から出たところでそうした考えは放棄せざるを得なくなる。およそ、考えられないほどに敵がいたからだ。私たちを逃がさないためだろうか、出口をぐるりと囲って数十名はいる。ここに突っ込んで血路を開くのも無理ではないが、非戦闘員が二人いることを考えるとそれはしたくない。


「ぬっ、これは」


 タリブ女史が青ざめている。すっかり武装した男たちに取り囲まれているとなれば、そうなっても仕方がない。メイドも同じようなものだ。

 私はイリスンに目をやった。彼女は血の混じった唾を吐き、ダガーを握りなおしている。戦う構えのようだ。


「よし。イリスン、二人をできるだけ頼む」

「は?」


 彼女がこちらを振り返る姿を見ることなく、私は兵士たちに向かって突進していた。

 ここは私ができる限り彼らを引き受け、イリスンにタリブ女史とメイドを任せる以外にないと判断したからだ。むやみに殺傷したくない、などということはもう考えていられなかった。彼らを倒し切るか、イリスンたちが逃げ延びるまで私はこの体を張るしかない。

 大多数の兵士らを私が引き受ければ、一人でも二人をどうにか守れると期待して、さっそく私は敵を打倒しにかかった。

 突進した勢いそのまま、右手を突き出す。若い兵士の革鎧に命中したが、彼は衝撃を受けて後ろへ吹き飛ぶ。何人かを巻き込み、彼は倒れこんでいく。

 私としては殺してしまわないようにある程度の手加減をしたつもりであったが、それでも十分な吹き飛び方だ。敵軍が多少ひるんだようにみえる。

 畳みかけるなら今だ、私は手近にいた敵兵の腕をつかみ、力任せにそれをぐいと引っ張った。大した抵抗もなく彼は私に引き寄せられるままに体勢を崩し、よろめく。そこで私は一気に彼を振り回し、近くにいた兵士たちを薙ぎ払い、最後に両手を離して放り捨てる。

 私に比べては、敵兵らは鎧を含めても軽い。そのためこれは見た目以上に楽な作業である。が、敵にとってはそう思えないはずだ。振り回した兵士は意識を失っているし、薙ぎ払った兵士たちにしても運悪く昏倒している者が多い。

 少なくとも、突破口は開いたといえる。イリスンたちに向かう兵士の士気もだいぶ殺いだはずだ。


「こんなものなのか。ロカリーの兵士たちは軟弱ではないか」


 さらに、私は敵兵を挑発。できるだけ敵の注意をひきつけるのだ。そうしなければ、タリブ女史やメイドが危ない。さしもののイリスンも、これほどの数を相手にしては実力を出し切れまい。

 私は腰を落として、激昂する敵兵らの猛攻を予想し、備えた。ここを耐え抜き、反撃の機会を探らねば。

 しかし、私が構えても敵は全くこちらに打ちかかってこなかった。


「どうした?」


 さらに挑発してみるが、まだ敵が動かない。それどころか、私が少し動いただけで彼らは後ろに一歩下がってしまうほどだ。

 予想外に敵が怖気づいている。

 試しに足を振り上げ、強く地面を踏み鳴らすと


「うぐぅっ」


 などと悲鳴を飲み込みながら距離を取ろうとする始末だ。

 これなら逃げやすかろうと思ったが、村長が出てきていらぬことを言い出す。


「何をビビっておる! 戦える相手はただのデブ一人。とらえて燻製にでもしてしまえ!」

「だがよ、長。あいつの一撃でコオガのやつが吹っ飛んじまった。あんな化け物なんてことは聞いてねえぞ!」


 命令に対して一人が反発する。

 声を上げたのは一人だけだが、村長の命令を聞きたくないものは多いようだ。私が吹っ飛ばした兵士、コオガという名らしい、彼のようになりたくはないのだろう。

 そこで私は標的を変えた。この場にわざわざあらわれてくれた、村長に向かって突進する。何人かの気骨ある兵士が私に武器を向けるが、それらを片手でいなし、私は村長の首根っこを捕らえた。

 これでよし。

 見よ、兵士たちは完全に戦う気をなくしている。

 降参しろ、と促すと全員が武器をその場に投げ捨てる。大成功だ。

 こういってはなんだが、兵士としてはかなりの腰抜けと見える。私一人ごときにこうまでおびえて、ろくな抵抗がないとは驚きだ。村長を捕らえて全員が降参したのはいいが、こうもたやすく終わってしまうと彼らの巧妙な罠なのではないかという疑念まで生じる。


「どう思う、イリスン」


 と、味方のほうも見やってみる。

 するとどうだ。あろうことか、タリブ女史やメイドはおろか、イリスンまでが何か理解しがたいものを見たような顔である。どうかしたのかとあらためて問いかけてみると、彼女はこういうのだ。


「あの、スムさま。最後、村長のところに突っ込んだ時に、何をしました」

「何をと言われても。剣が邪魔だから振り払って、敵の指揮系統をつぶしたのだが」

「あれをご覧ください」


 イリスンが指さす方向見ると、村長の屋敷の二階の窓に、何か人間の下半身らしきものが生えているのがみえる。あんなところで遊んでいる者があるとは。


「何を言っているんですか? あなたがあそこまで吹き飛ばしたのですよ! スムさま!」

「そんなバカなことがあるわけないだろう。彼らだって訓練を積んだ兵士だぞ」


 私はこんなときに冗談を言うイリスンをたしなめ、村長の両腕を軽く縛り上げておく。とりあえず、彼らに事情を聴かねばなるまい。それと、馬をもらってタリブ女史の兵士らを迎えにやらなければ。

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