お約束ですから その2
静かな山林を、私たちは歩いていた。ケウアーツァ王女やメリタを救うため、速やかに行動を開始する必要があった。
周囲は夕暮れによって赤く染まり、鮮やかな景色をつくる。
話によるとこのあたりも既に相当治安が悪くなっているということだ。食い詰めた者や、ガーデスから逃げてきた者たちが盗賊に身を落としては同じように逃げ出してきた者を襲撃しているという。
そんな具合なのでこのあたりを通ることはあまり推奨されないが、賊が出るなら退治してやるまでですと息巻くイリスンにおされ、私たちはここにいるわけだ。
ジャクとエイナ・エテスはここにいない。彼女たちはホリンクの町で留守番をつとめている。母は情報の収集を続ける傍ら、ジャクを守ると言ってくれたのだ。
リジフ・ディーが剣術大会から始まった一連の事件の、首謀者であることはほとんど疑いがない。彼自身の行動がそのように物語っているし、彼に都合がいいように物事が動きすぎている。
だが、そうだとしても、不可解なことがあまりにも多い。
まるでこの世の中にまだ私たちの知らない謎の理念があり、それを彼だけが心得ているかのようだ。例えば、魔物を操る方法を彼だけが知っていて、どのようにすれば魔物が復活し、どの場所を襲うかということまで、だ。
そうでも考えなければ全く説明のつかないことになっている。
リジフ・ディーだけが知っている何かがあり、彼はそれを活用して何かをなそうとしているという。ならばその「何か」を知らなければ、私たちはおそらくリジフを追い詰めることができない。
まずは彼と同じステージに立つ必要がある。
そしてそのため、彼の使う「何か」を調べるために、私たちは危険を承知でガーデスに戻らなければならないのだ。すぐさまメリタたちを救い出すことはできないかもしれないが、そこにいたるためにとにかく調査が必要だった。
リジフ・ディーは幸いにもガーデスに住まうディー家の出身だ。調べる場所についてはガーデスでいい。
「彼がおそらく、魔物を自由に操る術を見つけたのは間違いないのでしょう」
イリスン・ボックは周囲を警戒しながらも、そんな言葉を吐いた。私に話しかけているにしてはやけに声量が足りないが、誰にも私たちの気配を悟られてはならないという都合上、仕方ない。
こちらも似たような、小さな声で応じた。
「ああ、確定しているのはそれと顔を変えるという摩訶不思議な技術だ。それ以外にも何か秘密の術を隠している可能性はあるな。そしてそれはおそらく非常に革新的な技術だろう。
たとえていうなら、そうだな。千年後の世界から、その時代の鍛冶技術をもってやってきたとか。そのくらいのものはありそうだ」
「それはおそらく、世界を覆すに足りるでしょうね」
彼女はため息を吐くようにこたえた。
千年前の鍛冶技術といえば、たとえば剣なら青銅を鋳造し多少の仕上げ加工をしたようなものが使われていたような有様だ。硬くはあるがもろく、鉄の剣が登場すると共に衰退してしまった。
そんな時代に何度も叩き上げて鍛えるような今の鍛冶を持ち込んだなら、間違いなくその国はこの大陸を支配できる。そのくらいの隔絶した強さの技術。たぶん、リジフはそうしたものをもっている。
「もしかしたら、彼は本当に数百年後の未来からやってきたのかもしれませんね。彼からしたら、時代遅れの技術で健気に抗う我々を蹂躙するために」
「突飛もない発想だ。そうでないことを祈っていてほしい」
私はイリスンの冗談を軽く流して、歩みを進めた。
しばらく歩くうちに、何やら前方に騒がしい気配を感じ取る。
どうやら、賊がいるようだ。そして、私たち以外の誰かを襲っている。イリスンは既に短剣を抜いていた。
「襲われているほうも結構な抵抗をしているようですね」
「らしいな」
剣戟の音はなかなか激しい。私たちはその音を頼りに、騒ぎの中心へ近づいていく。
夕闇の中でも、その姿は割合はっきりと見えた。
実用一点張りといった風の軽装鎧を身に着けた男たちが必死になって剣を振るっているのがみえる。彼らは何かを背にして、それを守ろうと頑張っているのだ。
襲い掛かっている側は、彼らが何かを守ろうとしていることに気付いて、それを奪おうと頑張っている。彼らの装備はお世辞にも良質とは言いがたく、ろくに手入れもされていないような剣だけで、防具はほとんどなかった。何人かは腕に装着する盾をつけているが、こちらもあまり質がよいとはいえない。
「この場を制圧する」
私は襲い掛かっている側に向かって突進し、そのうちの一人に向けて腕を突き出す。
突然、横合いからこられて対応できない彼は私の腕を肩に受けて大きく吹き飛んだ。彼の身体は近くにいた仲間に激しくぶつかり、そちらもまた体勢を大きく崩してしまう。
「ぎゃっ」
そこを相対していた剣士に切り込まれ、巻き込まれた一人は重傷を負ってその場に倒れた。
「なんだ、誰だ!」
誰かが薄暗い中で叫んだが、一体誰が発したのかは全くわからない。私は気にせず、もう一人を突き飛ばした。それだけで彼は近くに合った大木に激突し、地面に倒れこんでしまった。
ここは奇襲に徹するべきだろう。名乗りを上げて堂々と戦うときではない、と私は考えた。
私は襲撃してる側の剣士たちを次々と叩いた。彼らはうめき声を上げながら、地面にへばりついてゆく。彼らも一応の抵抗はしてきた。だが残念ながら私の腕のほうが速い。それに、既に懐に飛び込まれてしまっているのだ。彼らにできるのは吹き飛ぶことだけだった。
襲撃者がすっかり倒れこんでしまうと、私の後ろにイリスンが追いついてきた。
「むちゃくちゃしますね、スム様は」
「いや、もっともスマートな方法をとったつもりだが」
私は彼女の声にこたえつつ、襲撃されていた側を見やった。彼らは剣をまだおさめておらず、こちらを訝しそうに見ている。別の盗賊があらわれたのではないか、と考えているのかもしれない。
「賊に襲われていたように見えたので、僭越ながら手助けをさせていただきました。お怪我はなかったでしょうか」
ひとまず私は敵意がないことを示し、軽く頭を下げる。イリスンもこれにならった。
すると彼らは頷き合って剣をおさめ、代表者らしい男がこちらに進み出た。
「ああ、こちらは軽傷者こそあるが動けないものはなかった。貴公の手助けのおかげだ、感謝する」
「礼には及びません。余計な手出しでなかったことに安心しました」
私は再び頭を下げ、そのまま行き過ぎようとした。彼らに構っている暇はなかったし、護衛の兵士たちもかなりの腕前と見受けられるからだ。この賊は数で攻めて来たので苦戦したようだが、それでもおそらく大した怪我なく勝利できただろう。
それに彼らもおそらくはあまり目立ちたくはないだろう。このような時期にガーデスを離れる者は急いでいるだろうし、誰にも見つかりたくないというのが本音のはずだ。
私とその代表者らしい男は了解しあい、別れた。
しかし、その次の瞬間に大地が割れた。
大地が、割れたのだ。突然縦方向に強烈な揺れが走り、地面に大きなひび割れが発生した。
ただそれだけで、歴戦の兵士たちの半数が戦闘不能となった。ひび割れに飲み込まれてしまったのだ。私は咄嗟に背後にいたイリスンを抱えて後方に飛びのいたが、兵士たちまでは救うことができない。
「お嬢様!」
何人かの兵士がそんな言葉を口にし、後ろを振り返っている。彼らの背後には、ほろのついた馬車があった。そこにどうやら、「お嬢様」がいるらしい。
幸い、地割れは馬車までを飲み込みはしなかった。だが、それを幸運と考えることはすぐにできなくなった。
地面に開いた穴の底から、無骨な手が生えてきたからだ。明らかに人間のものと比べても大きな手。
魔物だ!
その手が大地を掴むや否や、肘が見え、肩が見え、そして全身が穴から這い出してきた。剣術大会で見た魔物とさほど大きさは変わらなかったが、その容貌はより凶悪に歪んでいる。あれが牛頭であったとしたら、これは山羊頭。捻じ曲がった大きな角を備え、顎の先から太く乱雑な髭が生えているのが見えた。
「ぐおっ、ひるむなっ!」
「旦那様を護衛するんだ、全員、馬車を護れ!」
突然のことに半ば放心していた者もあったが、すぐに兵士たちは声をあげ、気合を入れた。無事なものはすぐさま後方により、馬車を護ろうとする。地割れに仲間が飲み込まれ、戦力は半減しているがそのことで気落ちしているような者はない。
かなり訓練を積んでいるのだろう、と私は思う。
そして同時に敵の力は相当なものだと考えた。以前の牛頭の魔物は筋骨隆々であり、筋力は相当のものであった。今回の山羊頭はそれに比べるとより身体が絞られており、無駄な筋肉が減っている。そして何より、構えに隙がなく、兵士たちをどのようにして攻略すべきかと考えているように見えた。牛頭よりも、ずっと頭がきれる魔物。
これが強敵でないはずがない。
無論私もこの山羊頭を排除するべく構えをとっているが、無傷で倒そうとするのはむずかしい。
兵士たちは残り八名。私とイリスンを含めて十名。その全てに対して山羊頭はくまなく目を向けている。兵士たちは護りに入っているということもあるが、手を出せないでいる。
山羊頭は地割れを背にして、背後を突かれないように工夫している。
牛頭なら簡単な挑発でこちらに攻撃をさせたところに反撃を打ち込み、それで終わるのだが。この敵はそれが通じそうにない。
「スム様」
「わかっている」
イリスンが剣を構えたまま、苦しそうにしている。攻め込んで自分が勝つところが、全く想像できないのだろう。
私も兵士たちに被害が出ないよう、この山羊頭を何とかしたいと考えている。だが、どう攻めていいのかわからないのだ。




