王様が怒っているので
私は城に入ることにした。王から召喚を受けているのであって、その手紙を見せれば衛兵たちも素直に通してくれる。
訝しげな目線は受けたが、それは特段気にするほどのものでもない。私は田舎育ちゆえ、ものめずらしさからあちこちを観察してしまっている。それが彼らにとってはあまり快いものではないのだろう。
だがここは堂々としていていいだろう。臆して恐縮しているよりも、王の客人であるという態度を崩さずにいるほうがよい。
たとえ私の正体がスリムの血を引くだけの田舎者にすぎぬとしても、召喚を受けているのである。威張ってふんぞりかえるなどはもってのほかだが、卑屈になる必要もない。私がここにいるのは王命なのだから。
ガーデスにあるレプチナの王城は荘厳たる石のつくりであり、物見のための塔も多数備えられ、要塞としても非常に堅牢なつくりである。
その一室に招かれるという。
贅沢という言葉しか思い当たらないほどに美しく飾られた、広い廊下を歩きながら私は内心の緊張をおさえている。
この先にいるのは、王なのだ。レプチナを治めている王なのだ。
しかし私を呼んでいるのもその人なのであって、行かねばならない。たとえ期待はずれの男であろうとも。
おそらく、心待ちにしていた英雄の登場に、王だけではなくその配下一同も心躍っていた。期待をかけていたといってよい。それも、なみなみならぬ期待といえよう。彼らの表情を見れば、それがよくわかった。
ひどく落胆した彼らの表情をもって、私は自分がいかに期待されていたかを知ったのだ。
つまり私こと、スム・エテスは失望の表情をもって迎え入れられた。
「……おぬしがスム・エテスか」
「は」
頭をたれる私に対し、王がお言葉をくださっている。私は片膝を突いた姿で、丁寧に受け答えをしている。
だが。
だが、そのお声からはあまりにもつらい感情の色しかとらえられない。
王は、こう思っておいでだろう。スリム・キャシャとは似ても似つかぬ、と。
しかし大分後になってから聞いた話ではこのとき王はこうも思っておられたらしい。
「いや、果たしてこいつは魔物と戦って勝つことができるのだろうか?
あまりにも太りすぎであろう!」
と。
確かに私の横に広い身体は、纏った衣服を押し広げている。履いた靴は擦り切れ、重さを物語る。
できるだけゆったりとした衣服を身に着けているものの、私の身体は全く隠せていない。細身に見合わぬ膂力で鳴らし、数多の乙女を虜にしたスリム・キャシャの血を引くものとは全く思えないだろう。
こうしたことから王は、私に才能がなかったものと断じた、らしい。
「なんという怠惰だ! スムよ、お前はスリム・キャシャの血を引きながら研鑽を怠ったな。
その体を見よ、お前は戦うことに向かぬ。なぜ英雄を血を引きながら、有事に備えなかった。
あたら才能をムダにしたその罪は重いぞ!」
およそ一国の王が発するべきでないような罵声を浴びせ、王は私を強くなじられた。
逆にいえば、それほどにレプチナ王国においてスリム・キャシャという存在は神格化されているのだ。その血を引くスム・エテスには、美貌と力を兼ね備え、かつ機知にも富んだ完全無欠の剣士であることが求められていたのである。
「出てゆけ、お前などに用はない」
結局そのように言われてしまい、私は城から追い出されてしまった。勝手に呼び出された上に、一方的な戦力外通告を受けたのであるから、私は怒るべきであったかもしれない。
しかし王は私に大きな期待をされていたのである。スリム・キャシャの血を引くということで、おそらく救国の英雄となることを求めていたのだ。
残念ながら私にそのような力はないのであるから、この程度のうちに失望をしてくださって幸運であったともいえる。
王は元々この程度のことで我を忘れて怒りをぶつけるような短絡的な性質ではなかっただろう。
彼の頭を痛める数々の問題が、彼を浅慮な男に変えてしまっているのだ。となれば、私が怒るべき相手は王ではない。彼を苦しめている魔族たちだ。
衛兵たちは私を侮蔑の目線で見送り、城から追い出した。
つまり、私は行くべき場所をなくしたのである。
考えてみれば衛兵たちの態度があやしいものであったのも、私が田舎者であるからという理由ではなかったのだろう。私のこの体格を見て、研鑽を怠った単なるデブと断じて、蔑みの目を向けていたのだ。
そう考えると実に納得してしまう。
やはり人間の第一印象は見た目で決まってしまうのか。であるなら、今からでも取り返すようにしてみるのも悪くはない。
私とて、このままではノコノコと田舎に帰れない。