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思わぬところで再会です

 ケウアーツァ王女は寛大な人柄らしく、ジャクを担いだまま謁見して問題ないということだった。

 いくらなんでも王族と会うのにそんなのでいいのかと思わないことはないが、あちらにとっては大した問題でもないらしい。それだけこちらを信頼しているのだろう。

 とにかくそのままで来いというお達しなので、ジャクにいい子にしているように言い聞かせて、案内された部屋に入る。

 謁見の間という雰囲気の場所ではない。どちらかといえば、応接間という感じのする場所だった。

 最奥に腰掛けているのが、ケウアーツァ王女だろう。ドレスではなく、ぴったりと体を包むような軍装に似た衣服を着込んでいた。色気があるとはいえないが、それでも王女の胸元はふくらみ、衣服が持ち上げられているのが確認できる。

 彼女は私たちの到着と同時に立ち上がり、歓迎の意を示した。


「よくきてくれた、スム・エテス。それにイリスン・ボック、ジャク・ボリバル。

 お前たちを歓迎する。私は気にしないので、まずはそちらへ腰を下ろしてくれ」


 王女は気さくに振る舞い、私たちを導く。ここまでくだけた対応をとる王族はまれだろう、と私は思う。

 少々迷ったが座っていいと言われたのは間違いないので、私とイリスンは寝椅子のように柔らかな長椅子へ腰を下ろす。ジャクも私の肩からそこへ移動した。

 並んで座ったが、王女は私たちの対面に置いてある椅子にどっかと腰を下ろしてしまった。ほとんど高さが変わらないので、目が合ってしまう。


「普段から私はこんなでね。堅苦しいのとか、臣下の礼がどうのこうのってのが苦手なんだ」


 王女のいうことは王族としてはよくないことであったが、私たちには妙な親しみやすさを感じさせる。


「さて、ここへ呼んだのは一応、一昨日の件についてだ。あそこにいた者の証言を大体集めさせたが、君とリジフ・ディーの活躍があまりにも大きい。何かやらないわけにはいかないだろうと思ってな。余計なお世話というならいいが」


 ざっくばらんに話を進める王女。私としてもこの王女にはグリゲーからの刺客たちの身柄を引き取ってもらった恩がある。それに気にかけてもらっているということも知っているのである。

 それなのにくれるというものを辞退してはかえって失礼になるだろうと思えた。

 私たちはありがたく頂戴する旨を伝える。


「とはいっても国家にも余裕があるわけではない。国である以上うなるほど金を持っていると思われるかもしれんが、色々と出費が重なってしまってな。ケチくさくてすまんが、剣の一本くらいになるだろう。君は剣をつかわないようだが、腰に差しているだけで多少は見る目が違うものだ」


 王族らしくなく謙遜しているが、王女直々に下賜された剣がケチくさいわけがない。かなりの威光だといえる。少なくとも三代にわたってその権威を示すことが可能だろう。無論、王女もやすやすとそれを決めたとは思えないが。

 そのあと、私にも話す機会が与えられたのでここぞとばかりに以前、グリゲーの刺客を引き取ってもらったことについて感謝を示した。そして多数の犠牲者を出してしまったことに触れ、力が及ばず申し訳ないとつけくわえる。


「いちいちそんなことを謝る必要はない。君はよくやった。イリスン、ジャク、君たちも。他にも魔物たちと戦ってくれた剣士が多くいると聞いている。中には敗死した剣士もいるが、我が国民のために勇気を振り絞って立ち向かってくれた者を責めるものなどいようはずもない。だからこそ君には剣を渡す。まあ、実際に渡すのは王から、という名目だがな。彼はなぜか君が剣術大会を金の力で勝利を買って回って勝ち抜いたと頑なに信じていてな。自分で伝えるのを拒否した」

「殿下、それは」


 私は説明しようとしたが、王女は軽く掌をこちらに見せて、それには及ばないと示してきた。


「大丈夫だ、わかってる。君の口から言い訳を聞く必要はない」

「ですが」

「そんなことより、あの魔物たちだ。我々とて警戒をしていなかったわけではない。なのに、どうしてあのような位置に的確な襲撃をかけてきたのかわからぬ。何か思い当たるところはないか?」


 そういわれて考えてみるも、何も思いつかない。魔物を発見したとき、リジフが何か妙な独り言を呟いていた気がするが、それだけではなんともいえない。

 私はリジフ・ディーのことを怪しいと感じたが、それを王女に報告するのはやめておいた。


「特にありません」

「そうか。細かいことでもいいので、何か気づいたなら逐次報告を頼む。こちらとしても今回のことは残念に思うし、もしも次があるのなら未然に防ぎたいのだ」

「はい」


 それはそうだろう。こんなことが何度もあってはたまらない。

 首都ガーデスでは懸念されてきたことがついにおこり、死傷者が多数出たということで完全に剣術大会の盛り上がりが死んでいる。以前よりもずっと町が沈んでしまっている。近しい人を亡くした者も数多いと思われた。

 防げるものなら防ごうと考えるのは為政者として当然のことだろう。しかし魔物のことは全くわからない。

 かつてスリム・キャシャが魔王を討伐して50年間、そうした被害はほぼなかったと聞いている。最近になって彼らが再び街を襲うようになった理由も不明なままだ。


「それと、わが親衛隊にも少なくない被害が出ている。もしも君たちの知っている人物で腕の立つ剣士がいたら紹介して欲しい。もしも剣術大会に出場した中で実力あるものがいれば、これも教えてくれればスカウトしたい」

「わかりました」


 それほど親しいわけではないが、試合を見ている限り何名かは魔物に対抗できる力があったといえる。私は彼らの名を思い出し、王女に伝えておいた。

 一回戦で私と当たった女性剣士などは恐らく採用されるだろう。

 その後、私は王女の手から直々に剣を受け取ることとなった。しかし私にとってはあまり有用なものとも思えず、腰に帯びているのもなんだか自慢しているようで嫌だったので扱いに困る。預かってくれるところはないかと考えたものの、ヒャブカ将軍のところしか思いつかない。

 どこに保管したものかと迷うが、その場では一先ず腰に差して王女の部屋を辞した。

 帰る間際に、親衛隊の一人が軽く私たちに向けて手を振る。


「では、また近いうちにな」


 そうそう呼び出されても困るが、私たちはいつでも駆けつけますとこたえる。


「ああそうだ。貴殿らが来るというので食事が用意されていたぞ。ふたりとも大層食べるらしいっていうから、料理人らが張り切っていたぞ」


 やっと城から帰れるかと思ったが、どうやら食事を用意してもらっていたらしい。


「それはありがたい。いただいて帰ります」

「ああ、もうできている頃合だろうから行くといい。場所はわかるな?」

「はい」


 親衛隊の一人はもう随分とくだけた言葉遣いになっていた。私もそれを悪いとは思わないし、親しくなった証拠だと受け取ることにする。

 彼らと別れて食堂に向かうと、果たして豪華な食事がその場に並べられていた。

 豪華というよりも、見事というか。工夫を凝らして、金をかけずに量と質を両立させている。

 だがその料理よりも驚くべきものが食堂の中にある。正確には、おられる。

 彼女は私に気づくなり立ち上がり、にっこりと笑ってこちらへ歩いてきたのだった。


「スムちゃん、久しぶり」


 どこかに毒を含んだ声で、そのような言葉をおっしゃった。茶色の髪を一本縛りにし、地味な色のドレスを着た女性。勝気な瞳はスリム・キャシャの娘であることを物語る。

 そこにいたのは、我が母上だったのだ。エイナ・エテス。

 彼女が私のことを「ちゃん」付けにするときはおよそ、何か怒っているときなのだった。


「母様。どうしてここに?」


 私は少したじろぎながらも、必要なことを訊ねる。動揺を見抜かれると「精神修養が足りない」と怒られるので気をつける。

 しかし私の質問に母が答えるよりも早く、イリスンが飛び上がらんばかりに驚いていた。


「ス、スム様の母様!?」


 いくらなんでも若すぎるでしょう、と彼女は小声で呟いている。その気持ちはわからないでもない。母であるエイナ・エテスは40前だが普通に見ても30前くらいに見える。化粧をすればもっと若くみえるかもしれない。これもスリムの子という特権なのか。

 母は小さく微笑む。


「剣術大会にあなたが出るなんていうから。少し見ておこうかと思って。なのに間に合わなくて残念だと思ってたら、ほら、あんな騒ぎがあったっていうでしょう。

 万一のことがあったらいけないと思ったからこそ、私はここにきました。ね、スムちゃん」

「なんでしょう」

「ヒャブカ将軍と懇意にしているそうですね」

「はい」


 なんだか尋問されている気分になりながら、私は答える。肩にいるジャクが不思議そうに首をかしげているが、それどころではない。


「私、あなたがその大会でお金をばら撒いて勝ち上がって聞いたのだけど、本当かしら」

「真実ではありません」

「ならいいの! そうね、急に出てきて優勝しちゃったなんていったら、妬む人がそういう噂をするのも仕方ないものね」


 ころりと母の表情が変わった。威圧感滲む険のある笑顔から、親しみのある柔和なものに。


「私ったら慌てちゃって。スム、ごめんなさいね疑ったりして」

「いえ」


 噂を流すように頼んだのは私自身なのだが、それを母に告げるのはやめておいた。

 私はイリスンを母に紹介しようと思ったが、その前に母が動く。


「ジャクちゃん、でいいのかしら。あなたが保護した子でしょう」

「ええ」

「で、そちらにいるのはどなた。スムのお友達?」


 「お友達」にアクセントを置いて、母はイリスンに近づいていく。

 慌てたイリスンは背筋を伸ばす。


「はっ、はい。私、スム様の……」


 そこから先を、彼女は言いよどんだ。いつもの調子で妻とか言いそうになったのかもしれない。

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