首都に到着しましたので
レプチナ王国の首都に到着した私は、私の祖父について簡単な情報を収集した。
父母から聞いた話と、首都に住む人々の認識に乖離があるかもしれないからだ。何しろ母であるエイナ・エテスはスリムのことを希代の英雄と呼び、血の繋がりさえなければ褥を共にしたいとさえ(冗談交じりではあったが)口にして父をたじろがせたこともあるくらいなのである。親の欲目ならぬ、子の欲目があるかもしれない。
念のためにと行った情報収集であったが、得られたものは以下のようなものだった。
レプチナ王国において勇者といえば、名の知られた英傑スリム・キャシャを指す。
人並みはずれた膂力と剣の技を備えた彼は、それに見合わぬ痩躯に美貌を備え、魔物たちどころか国の女たちまでもを陥落させてしまったという。
彼の活躍は吟遊詩人が散々に歌いつくし、物書きが物語りにして書きつくし、役者たちが演じつくした。結果、王国で彼の名を知らぬものは誰一人としてない。
いわく、国の脅威となるものに勇敢に立ち向かった。また、村娘をさらった凶悪なヒュドラを剣一本で退治した。退治した盗賊野党の類は数知れず、褥をともにした女性の数もまた然り。
だが中でも最も語られているのは魔王退治の一節である。レプチナ王国を襲った最大の危機。魔物たちの親玉である魔王。それが直接王都に攻め寄せたのである。これを撃退したのは国中から集まった義勇兵の一団であり、その中心にいたのがスリム・キャシャなのである。
この義勇兵を集めるところから己の美貌や知識、コネを利用しており、彼以外の何者にもできぬ素晴らしい手腕を発揮していた。そして、直接対決のときに至っても正面から敵に挑む愚はおかさず、策略と知勇をもって魔王の軍団を撃破したのである。その最高潮は魔王との直接対決において、一対一の激闘となり、ついにスリムの剣が魔王を殺害するところでしめくくられる。
とはいえ、こうした大英雄が表舞台を去ってからすでに50年以上が経過しようとしており……。
各地に散った彼の血族も平和を満喫しており、かつての彼ほどの力を持つ者は存在していない。
多少の違いはあれども、父母から聞いた話とはおおよそ一致している。
やはり、レプチナ王国にとってスリムは唯一無二の英傑なのだ。大きな違いは一つだけで、彼の血を引くものが各地にいるものの、大きな力を持たないという点がそうだ。父母はスリムの血はいまや特別なものではないと断じていたが、首都で話を聞く限りはそうでなかった。
大きな力はもたないというものの、スリムの血を引くというだけでそれなりに特別視はされているようだ。また、彼らも膂力なり機知なり、常人よりは頭一つ抜けた力を発揮しているという。
久しぶりにやってきた首都ガーデスは少し元気をなくしていた。少し前に父に連れられてきたときは、もう少しにぎやかで楽しげだったはずだが、今はなんというか自粛しているような感じである。日は暮れかけて夜はこれからだというのに、人々は下を向いて鬱々しい。
どういうわけなのかは少し調べてみてすぐにわかった。
レプチナ王国に危機がおとずれている。
存亡の危機だった。
凶悪な魔物たちがその数を増やし、内から外から王国を攻め滅ぼそうと蠢動しているのだ。破壊された町はすでに10を超え、殺害された人数は四桁に達しようとしている。
そんな話が伝わっているのだ。
もしやこの首都ガーデスも間もなく攻められてしまうのではないか。あるいは、近しい人物が殺されてしまったのではないか。
そのような心配事がガーデスの住人を責め苛み、この陰鬱とした空気を作り出してしまっているのだ。
私にもしも戦う力があるのなら、その魔物たちを討ち果たし、彼らに安寧をもたらしたい。
そうした使命感が私のうちに燃えるほど、ガーデスの沈み方は痛々しかった。酒場にさえ活気がうせてしまい、彼らは不安を忘れるようにただ酔うために杯をあおっている。
だが私はこの世にありふれているスリム・キャシャの血を引くだけの男である。
父母と共に身体を鍛えてはいるが、希代の英雄スリムのような活躍は望めないだろう。
ガーデスの人々が求めているのはスリム・キャシャの再来であって、少し戦える程度の男ではない。
もちろん人々もスリム・キャシャが帰ってくるなんてことはありえないとわかっている。
彼が生きていたとしてもその年齢は90歳近くになるのだ。もう戦える年齢ではない。
実際のところ私も英雄であるスリム・キャシャがどこにいるのかは知らない。母によれば新たな冒険を求めて旅立ったということだが、今尚どこかで旅をしているのか、それともどこかの地で骨を埋めたのかはわからない。そして、生きているのかどうかも。
実の娘をしてこれなのだから、ガーデスの人々にそれがわかるわけもなかった。
となると、彼らはその子や孫、ひ孫にあたる人物に期待を寄せることとなる。スリムの血を引く者ならば、この危機を打開できるかもしれないというのだ。
そうした動きがどうやら、スリムの血を引く者たちに多少の権力をもたせることにつながったのだろう。
さらに驚くべきことに、こうした動きをしているのは一般の市民たちだけではないらしい。
この国をおさめるべき王族までもが、英雄であるスリムの血を頼り、遠い地から彼の子孫を呼び寄せたのだという。
「勇者の血をひく男、スム・エテス。彼を直ちに呼び出せ!
彼こそはこの国を未来を背負って立つにふさわしい男! 英雄スリムの再来じゃ!」
国王は顔も知らないその男を直ちに呼び出した。
迅速に王の命令はとんでいる。私はすなわち、ここガーデスにいるのだから。
「王が私を頼っているのか」
まさかここで自分の名を他人の口から聞くことになるとはあまり思っていなかった。
それよりも、数多くのスリムの血族から自分が選ばれようとは。どういう選考があったというのだろう。自分はただ田舎で暮らしてきただけであり、功績をたてたこともなければ名を知られるような真似をしたこともない。
なのに、王が私を名指しで呼び出すとなれば、もうどういうことがあったのかは想像外だ。私にはわからない。
ともあれ、王は私に期待するところがあるのだろう。これほどの大きな期待にこたえられるとは思えないが、王のお召しであれば仕方がない。
私はできるだけ服装をただし、母に習った礼儀作法を思い返しながら王城へと歩いていった。