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二度目の謁見です

 私はまず将軍に話をつけに行くことにした。

 ボック姉妹を私が独占してしまい、ヒャブカ将軍はさぞかし困るだろうと思ったのだがさすがにそこは将軍。他にも人手はあるから問題ないとのお言葉をいただくことができた。

 さらに彼は実力を隠す、隠さないを別にしても再度王に謁見できるように手紙を書いてくれるとのことだった。


「いかに王とはいえ、呼び出したものを一目見て追い返すなど傲慢だ。私は忠臣として彼に諫言せねばならん。

 君は王の謝罪を受ける身として、城に招かれることになるだろう。

 無論、ただの一般市民ならこうはいかん。やすやすと王の頭を下げるのはまずいからな。だが君はスリムの孫であり、エイナ・エテスの強力な推薦もある身だ。このくらいはされるべきだろう。

 ところで、やはり王に対しては分別のつかない愚か者を装うつもりなのか」

「実力は隠しておくつもりです。そのほうがグリゲーたちを調子付かせるでしょうし、彼らが動き出すほうが将軍もやりやすいと考えます」


 私がそのように話すと、後ろにいるイリスン・ボックが「さすがスム様です」などと囃し立てる。

 面倒くさいので彼女のことは放置をすることに決める。いちいち付き合っていてはきりがなさそうだからだ。

 将軍はそれらを承知してくれた。私はジャクをメリタに預けることにして、イリスンと一緒に宿に戻って休むことにする。ジャクは少しばかりぐずったものの、メリタのところにいるということに合意してくれた。脱走はしないだろう。


「スム、その……」

「いい子にしていたら、ちゃんとお土産を買ってくる。メリタも君を苛めるようなことはしない。

 ヒャブカ将軍も、君に怪我をさせるようなことはしないと約束してくれた。安心してここで待っていて欲しい」

「うん」


 ジャクは私の言葉に頷く。少し嬉しそうだ。


「き、きをつけて」

「ああ。わかってる、ありがとう」


 今度は私が頷く。それからメリタを見るが、寝台に移動した彼女は先ほどの無理がたたったのか苦痛に呻いている。

 私は本当に安静にしているように告げて、軽く手を振った。

 もうヒャブカ将軍の屋敷に用事はなくなった。丁重に辞去する。

 その日は宿に戻り、イリスンとともに就寝した。彼女は閨での奉仕を望んだが、これも丁重に辞退しておく。イリスンを魅力的に感じないわけではないが、私に貞操観念がないわけではない。また、たやすく妹と関係してしまった上でジャクを迎えに行けはしない。そんな鉄面皮を私は持ち合わせていないのだった。


「閨房術にかけては、姉を一歩も二歩も引き離しております!

 是非私にご奉仕させてくださいませ、スム様!」


 床に額をこすりつけて懇願するイリスンを宥めるのには実に時間がかかった。

 そんなにいうならやってもらおうか、などとはとても言えない。イリスンは私を買いかぶりすぎであるし、これを打算だと宣言している。

 つまり英雄の第一夫人として振舞いたいがために、有望な私を篭絡しようとしているのだ。仮にその言葉が真実であるとしても、肝心の私はただスリムの血を引いているというだけで、そこまで才能があるわけではない。とても彼女の期待にこたえられるとは思わなかった。


「とにかく、近いうちに城へ行かなきゃならないはずだ。

 君にも来てもらうつもりなので、寝不足ではいけない。陛下にクマのついた顔を見せるわけにはいかないだろう。

 しっかり眠って、しっかり私を導いてほしい。それではいけないか? それこそ第一夫人たる振る舞いではないのか?」

「ははあ、なるほどおっしゃるとおり。スム様。そのとおりにいたします。

 ……それと疲れてきたのでそろそろ普通に話してもよろしいですか?」

「ご自由に」


 私は苦笑しながら寝台に入り、眠りにつく。

 余談だが、イリスンのイビキはなかなか強烈だった。当人は知らないかもしれないので、朝食の際に指摘したら「そんなはずはありません!」と激昂していた。


 瑣末ないざこざがあった他は予定通りにコトがすすむ。襲撃者がやってくることもない。

 数日ほどは日銭を稼ぐ労働を探して時を過ごしていたが、4日目、宿にやってきた使者から手紙を預かった。

 王によって再度私が城へ召喚されたことが書かれている。特に時間は指定されていないので、いつでも来てもらっていいということだろう。これは相当にヒャブカ将軍が強い圧力をかけたとみられる。普通なら王への謁見など時間がきっちり指定されるものだ。


「では今から行こう。早いほうがよかろう」

「おおせのままに」


 イリスンはにっこり笑って私の後ろについた。第一夫人らしい振る舞いがスタートしているようだ。

 特に実害はないので放置することに決定し、私たちは城へ向かった。

 例によって手紙を見せれば衛兵たちは道を開けてくれるので、特に問題はない。イリスンも余計な口を開かず、私の後についてきている。


「スム・エテス様ですね。ご足労いただきありがとうございます。

 我らが王はこちらにおいでです。どうぞ、お入りください」


 案内役と思しき近衛兵が私に王の間へ入るように促す。

 私は扉を開き、何日かぶりに王に謁見をすることとなった。今回はイリスンも一緒だが、彼女は王に会うのは初めてのことだという。


「お召しにより、参上いたしました。スム・エテスでございます」


 私は母から教わったやり方のとおり、前に進み出て片膝をつき、挨拶をする。

 おそらくイリスンも同じように片膝をついているはずだ。

 すぐに、王からの言葉が降ってくる。


「よい。楽にせよ。

 此度お前たちを呼んだのは先日のことを詫びるためだ。余としたことが、お前のことを見かけだけで判断してしまった。そして何より、余がお前に来るように請うたというのに、一目見ただけで追い出すとは全く、為政者として恥ずべき行いだったことを認めよう。

 どうか、余にもう一度あのときをやり直す機会をくれまいか、スム・エテスよ。

 お前のことを、真摯に判断させてくれ」


 言葉が途切れたので、私は面を上げた。楽にせよといわれたので問題ないだろう。

 王は言葉こそ私たちに謝っているが、ヒャブカ将軍に言われたので嫌々やっているという感情が漏れて見えるようだった。


「陛下」


 私は愛国心をもってはいるが、この王に対しては特に尊崇の念を抱いていなかったので、真摯な対応は辞退することにする。


「陛下がとくに間違いを犯されたとは思いませぬ。私はこの通りに太っており、陛下がお見抜きになったとおり、スリム・キャシャのような力を持ってはおりません。したがって、やり直しをしたとしても結果は同じであり、陛下の貴重なお時間が無為になるものと思っております」

「だが、配下のものはお前には力があると進言しておる。また、エイナ・エテスもお前を推薦する熱心な文章を送ってきておるのでな。

 それほどのものが国のために力をふるってくれるのであればこれほど心強いこともない。

 どうか余に、お前の力を見せてはくれまいか。バシャーク!」


 王は一人の騎士の名を呼ぶ。

 並んでいた近衛兵の一人が短く返事をして、前に進み出た。


「スム・エテスよ。このバシャークとの手合わせをどうか、してみせてはくれぬか。

 武器は望みのものを使うが良い。剣も槍も、練習用のものを用意しているゆえ、余計な心配はいらぬ」


 バシャークと呼ばれた兵士に目をやると、儀礼用の鎧に身を包んだ立派な男だ。年齢は40くらいだろうか。鍛えられた筋肉が鎧の上からでも予想できるほど、力強さが滲み出している。真一文字に結んだ口元は彼の真面目さを思わせる。顔立ちはといえば彫りの深い、どちらかといえば粗野そうな顔に見える。とはいえ、この一番に呼ばれるほどの実力の持ち主であることと、それにふさわしい人柄であることは予想される。


「私は生来の不器用ゆえに武器を用いて戦う術を知りませぬ。無手にてお相手つかまつります。

 田舎者なれば、王の期待に沿えると思いませぬが、バシャーク様、よろしくお願いいたします」


 私は立ち上がり、バシャークという兵士の前に移動した。

 すると彼が私に近寄ってきて、小さな声でこう言ったのである。


「陛下のわがままにつきあわせてすまぬ。怪我はさせぬので、安心してもらいたい」


 私はかなり驚いてバシャークの顔を見つめた。どうやら、彼は善き兵士のようだ。私も同じくらいの声でこたえる。


「うまく負けたいので、あわせていただければ幸いです」

「あいわかった」


 そういう次第で相手役と段取りがとれたので、手合わせが始まっても私には何の心配もなかった。

 第一、本気で手合わせをすることになったとしても私には突撃して張り手を見舞う以外の戦術がないのだから、どうにもならない。王も単調でつまらないだろうし、それで納得するとも思えない。

 最初の一撃で決まれば私の勝ちで、そうでなければ私の負けなのだ。無論本当に突撃張り手以外を練習していないわけではないが、それをかわされるようではほぼ負けたようなものである。

 王の御前で手合わせがはじまったが、段取りがなかったとしても、うまく負ける心配をするほどではなかった。


「む」


 バシャークは相当な腕だったのだ。構えを見ただけで、それとわかるほどに彼の動きは洗練されている。

 おそらく膨大な時間を鍛錬にあててきたのだろう。円熟した素晴らしい剣だ。おそらく、メリタよりも剣の腕は上。間違いない。

 これなら問題ない。私は不用意に走りこみ、張り手を突き出した。

 すると予定通り、バシャークは剣の腹で私の手を打つ。私は倒れこんで、その手をおさえる。


「ぐうっ!」

「おお!」


 呻いて倒れた私を見て、王が立ち上がった。興奮したらしい。

 つまり彼としてもバシャークの勝利を信じていたのだろう。なんともしまらない話だ。

 その後は、王から


「この間のことは誠にすまなかった。せっかくなのでもう少し首都を見てゆくがよい。

 バシャークに負けたとはいえ素質はなかなかあるようだから、衛兵として務めてはみないか。今後はいつでも城に出入りしてよい」


 といったことを説明されて、下がってよいといわれる。

 ヒャブカ将軍に言われていたとおりの展開なので、とくに思うところはない。

 謁見の間から出るとき、バシャークはにっこり笑ってウィンクすら飛ばしてきた。見たとおり、彼はかなり信頼できる人物のようだ。私は彼に好感をもった。


「スム様、打たれたところは痛んだりしませんか」


 少し歩いたところで、イリスンが心配げに近寄ってきた。だが、そのような心配は無用だ。


「問題ない。彼は絶妙な手加減をしてくれたからね。だがイリスン、心配してくれてありがとう」

「夫の心配をするのは当然のことです」

「まだ君を妻にしたつもりはないが」

「私はそれを狙っているのですから、そのように振舞うのは当然でしょう」


 私はその言葉に苦笑するしかない。

 さて、これからどうするべきだろうか。一応、これで行動の自由はとった。王にも実力を知られないままだ。もっとも、本気でかかってバシャークに勝てたかどうかは怪しいところだが。

 城で昼食をとっていくことも許されているが、まだ食事を取るには少し早かった。少し時間を潰してから食事をして、それからメリタの見舞いに行くとしようか。

 午後からの予定を考えつつ廊下を歩いていると、前から数名の集団がやってきた。

 剣を背負った若者が一人と、彼にべったりくっついた若い女性が二人。


「お、あれが謁見の間か」


 若者は少し浮かれたような声をあげ、廊下を真っ直ぐに歩いてくる。その瞳は無垢とはいえないものの、真っ直ぐに前を見つめた輝きをもっている。黒髪に茶色の瞳をもち、上等な真新しい衣服をまとっている。外套に至っては希少な動物の毛で織り編まれた最高級のものである。

 後ろに続く女性たちもそれなりに豪奢な衣服であるが、露出は多かった。肩などは丸出しで、片方の女性は腹部や腿までもさらけ出している。実に目のやり場に困る。イリスンがメイド服を着ていることが、これほどありがたいと思ったことはない。

 彼らは私たちの存在などなかったようにこちらに突き進んできた。

 こういう場合は道を譲ってよいものだろうか? 田舎者の私にはよくわからなかったが、向こうに譲るつもりはなさそうである。ぶつかって諍いを生むのはまずいので、私は廊下の端に寄って若者のために道をあけた。


「おう、ご苦労じゃ」


 女性の一人が私に軽く手を挙げたので、私は軽く頭を下げた。

 しかし若者ともう一人の女性は私たちには眼もくれず、そのまま謁見の間に向かっていってしまう。


「年下の方に道を譲られるとは、スム様は寛大ですね」


 イリスンがそんなふうに呟いた。だが、あの若者は私とそれほど年齢が違うとも思えない。

 それを告げると、イリスンは激しく動揺し、年齢詐称は犯罪ですよなどと言い出したのだった。だが私は19歳であり、あの若者も低く見て17,18くらいだろうから問題になるほどではないだろう。


「スム様。こういっては失礼に当たるとはわかっていますが……とても19歳には見えません。

 あなた様はとても落ち着いていて、貫禄がありすぎます」


 あきれたように彼女が言うが、実に失礼だと思った。

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