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英雄の孫です

 スリム・キャシャといえばその名を知らぬものはない。

 勇者。英傑。最高の剣士。

 そのように呼ばれており、高く評価されている。これが覆ることは今後ないだろう。

 私はその英雄の血を引く者であり、孫にあたる。


 希代の英雄の孫であっても、私の暮らしは平凡である。王国の都にさえ住まっていない。

 これはスリム・キャシャと寝所を共にした女性の数があまりにも多すぎるせいである。実際に彼の寵愛を受けた女性はかなりの数にのぼるし、そうでないものも自分の子の幸せのためにスリムの子供であると詐称したのである。

 スリムが魔王を退治したといわれる日から50年あまり。自分こそはスリムの血族であると言い放つ輩はそこらにあふれすぎていて、希少価値が全くない。そしてまた、本当に彼の血を継いでいるのかということも確かめようがない。

 直系の血族であり、キャシャという彼の名を継いでいれば違っただろう。しかしそうした人物はあらわれていない。もしかするとどこかにはいるのかもしれないが、少なくとも人に知られてはいない。

 つまり、勇者の血を引くと自称する者は私だけではなく、このレプチナ王国にあふれているということだ。

 決して私だけが特別ではない。


 私の母は、スリム・キャシャの娘である。名をエイナ・エテスという。

 母であるエイナの話によれば、彼女は特にスリムに寵愛された子女のひとりだったという。直々に戦う術を教えられ、彼の技術をわずかなりとも後世に伝える栄誉を得たといっている。

 だが私からしてみればそうしたことを自称する輩は国中にあふれているのであって、母だけが特別であったとは思えない。

 とはいえ母も、そしてそんな母を娶った父も、その血の誇りにかけて私がただの一市民として暮らしていくことを許さなかった。


 スリム・キャシャが活躍したのはレプチナ王国の首都ガーデスである。私はそこから離れた田舎村に住まう身であるが、それでも両親は私に言い聞かせる。


 戦う術を身につけよ。

 いざというとき、国を守る戦士となれるように体を鍛えよ。


 常々そう言われて育ってきたし、私自身も男子たるものはそのようにあるべきだと思っていたので、特に抵抗はなかった。

 村は裕福ではなかったが、それほど貧困にあえいでいるわけでもない。スリム・キャシャのおかげで政治も多少はよくなり、私たちの生活も安定しているのである。鍛錬に打ち込むくらいの余裕はある。


「そうだよ、スム。君は勇者の子孫なんだから、強くなくっちゃダメ」


 我が母はそのように言い言いしたものである。

 スム・エテスという私の名も、スリムにあやかってつけたものだという。


 だが私がスリム・キャシャのように剣術を極めるというのはあまり得策ではないように思える。彼の天賦の才能があればこそ、彼は国を救うほどの剣を身につけられたのである。

 私はスリムの血を引いているらしいが、剣の才能はそれほどあるように思われなかった。となれば私が同じように訓練をしたところで、極めて凡庸な一剣士となるにすぎないのではないか。

 なら、彼の技術をより発展させた別の戦闘手段を身につけるべきである。このようにスリムの子や孫を自称する人間がそこらにいるような世の中では、彼と全く同じ技術を用いているのではいけない。彼の技術を悪用している人間も多いはずである。彼らに対抗できるようにしなければならない。


「おお、そうかもしれんな、スム。

 お前は実に聡明だ。だが、剣の道を全く諦めてしまうというのは、どうなのだ?」


 我が父はそのようなことをおっしゃった。

 だが残念ながら母親の発言力のほうが圧倒的に強い。


「スム、あなたは好きな道で強くなればいいのよ」


 母はそう言って父の意見をねじ伏せた。

 そして実際、そうした戦い方を私に教えた。


「素手では剣を防御できないのだから、一撃で勝負を決めなさい」


 突っ込んで、殴る。ただそれだけで全てが解決するように、それだけに全てを注ぐ。

 まず体格を大きくすることを考えた。よく食べ、よく運動することで身体をつくるのだ。たくましい肉体をつくるのだ。

 そして精神面においても修養を積まねばならない。どのようなときにも取り乱さず、冷静な判断ができるように。公正・公平を実践できる誠実さを。自分を律する力を。


 懸命に努力を重ねた。走りこみ、柔軟、筋力上昇といったメニューをこなす。

 これは私だけの力で成しえたことではない。英雄であるスリムから直接技術を教えられたエイナ・エテスの力があってこそだ。

 母は厳しくも優しく私を導いた。だからこそ、私も耐えられた。


「でも、君はただ強くなるだけではダメ。

 スムでなければならない、スムだからこそ得られる強さを身につけなきゃ」


 彼女はそのように言う。

 ならば、どういう強さを得るべきなのだろうか。私であるからこそ得られる強さというもの。

 つまり、他にはない個性ということか。


 結果として、私は大きな身体と強い力を得た。

 また、素手での戦いを身に着けることに専念する。これは今現在レプチナ王国は平和であり、剣を持ち歩いて振り回すような機会はそれほどないであろうという予想があったためである。それに、武器というものはいずれ劣化するし、戦いにあっては破損することもある。しかし自らの肉体を武器として戦うのであればそうした問題はない。丸腰の状態でもむしろ安心である。

 素手での強さを極めた者は少ないだろう。これこそ、私であるからこそ得られる強さではないだろうか。


「スム……ちょっと強く。いえ……少し大きくなりすぎたようなするけれど」


 17歳を過ぎた頃、母がそんなことを言い出す。

 私は否定した。そんなことはない。この程度の力ではとても英雄スリムには追いつかないだろう。それに、各地にいる彼の血を引く者だってこのくらいの努力はしているに違いない。

 だから、一層の努力をする。体を作るために人一倍食べるし、そのぶんだけ動く。また、働く。

 母が頭をおさえながら、修行中の私にこう言った。


「君がその体格と、速度で前に出て腕を突き出したなら。どんな男も吹き飛ぶに違いないわね。

 本当に……、スリムと逆の道を行ってしまった。よいことか悪いことか私にもわからなくなってきたわ」


 そうして研鑽を積んでいた私だが、力を振るう機会は特段なく。いってみれば平穏な日々を過ごしていたといってよい。

 このまま何事もなく時間が過ぎていくのであれば、それはそれでかまわない。救国の英雄など必要とされず、国民の命が脅かされることなどない平和。それが一番いいのだ。

 だから、私は片田舎の村で両親と共に晴耕雨読の暮らしに甘んじていた。鍛錬は欠かさず続けていたが、得た力を試すこともなく。

 しかし、私が19歳になった頃にその日々は終わりを告げた。

 首都ガーデスにある王城へ来るように、通達がきたのだ。

 私、スム・エテスを名指しで。


 その頃私は村の中でも一番の体格であったから、強そうに見えたのかもしれない。

 村一番のデブ、そのような呼称すらあった。

 確かに大きくしようと試みたこの私の体の見てくれは悪い。だが仕方のないことだ。単純に、重量があるものは力を発揮しやすく、強いのである。

 だからデブといわれても、私にはなんともない。


 両親は私を快く送り出してくれた。

 後から知ったことだが、王からの呼び出しは両親が私の血筋と力を売り込んだ結果だったらしい。

 しかし、そのときの私にはそのようなことを知る由もなかった。


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