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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

旅人シリーズ

旅人の日常が変わる時

作者: 莉多

自分のことは、自分が一番よく分かっていた。厄介者だと思われていることも、回りの人間の引き攣った表情を見ていれば自然と分かったし、「旅に出る」と言えば、言葉では引き留めても表情から読み取れるのは「早く行ってしまえ」といったものばかりだった。

そんな私が旅に出てから、早くも5年が経とうとしていた。旅に出て分かったことといえば、自分がどれほど小さな世界で生きていたかという事、これが一番だろう。幼いころから時には憐れまれ、時には虐げられていた私だったが、世界は広かった。私はなぜこんなことで悩んでいたのだ、とあほらしくなるくらいには。会うことはほとんどないが、たまに連絡を取り合うような友人も、旅先でできた。中には娘にならないかとまで言ってくれたところもあった。それが私にはとても嬉しくて、とても申し訳なかった。しかしながら、その一件のおかげで、私は完全に実家にサヨナラを告げることにした。どうせ何年も帰っていない家だ。私などいなくても上手く回っているだろう。両親は私を追い出したくてたまらなかったようだから。


さて、さてだ。ここは、年中気温と湿度が高い、見晴らしのいい平地だ。元々理由も目的もない旅なので、気の向くままに移動してきた。今回も、ただ単に木の棒を倒した方向に進むと決めたから来ただけであって、ここら辺の地域のことなんてほとんど知識にない。ないが、考察できることと言えば、ここ周辺、少なくとも見える範囲に建物はないということくらいか。そのど真ん中で、誰かが倒れていた。ざっと目測で20と数メートル。年はそれほど高くない、多分。多分というのは突っ伏した状態であり、身長と服装で判断するしかないからだ。服は高価そうだが、多少くたびれている。かろうじて残っていた良心によって無視するという選択肢はすでにない。人命救護よろしく近寄り、肩を叩く。


「大丈夫ですか?」


なかなか起きる気配はなく、これはもしかしたら、と最悪の事態が思い浮かぶも、幸い呼吸はしているようだった。下手に動かすと命に関わる可能性もある。どうしようかいくら考えても、良案は浮かばなかったのでダメ元でもう一度肩を叩く。するとその一回が引き金となったのか、もぞりと体が動いた。顔が見える。思っていたよりも幼い顔立ちに驚きつつも、もう一度声をかける。


「ちょっと、大丈夫?」

「…うるせーですよおばさん」


―――その時のことは正直覚えていない。ただ、気が付けば私は声高に訴えており、目の前の少年は背中の中心あたりを押さえて、悶えていたのだ。


「わたしはっ、まだ20歳だっ!!」


あの時のことは本当に申し訳なかったと思っている。正直覚えていないけれど。



「はー、助かった。ありがとですよ。もう腹が減って動く気力なかったですよ」

「そりゃよかった。ったく、こんなところで行き倒れって。びっくりしたじゃないの。これからはちゃんとそれ相応の準備くらいしてから出かけなよ」


あのあと、発端は少年の口だとしても暴力をふるってしまったのは私だったので、素直に謝った。すると相手は半泣きになりつつも「腹減った…」とか細い声で訴えてきたので、ちょうど持っていた干し肉と水をあげた。正直いうと私は干し肉の触感があまり好きじゃないため、夢中になりながら御馳走のように頬張る少年をみて呆けてしまった。そしてひと段落ついたところで空腹で倒れていたことを知った。

もう一度いうが、周りに見える範囲で建物は一切ない。そして目の前の少年は、荷物らしき荷物を一切持っていない。多分訳ありなんだろうと予想がつく。荷物はもしかしたら盗賊か何かに奪われた可能性もあるが、服装が旅のそれではない。貴族が着てそうな高級感あふれた服と、硬そうな靴。それに、この少年の年齢。目測で12歳前後といったところか。偏見も入った予想でしかないが、おそらくこの少年は貴族。それも地位の高い。そうでなければわざわざこんな高い価値のものがふんだんに使われた服など着ていないはずだ。私に会う前に盗賊に身ぐるみをはがされていなかったことは、奇跡ともいえるだろう。

ぶしつけな視線で観察していたからか、居心地の悪そうな表情でこちらを見てくる少年。


「そういや名前を聞いてなかったね。私はアンジェ。アンとでも呼びなよ。少年は?」

「…クローヴェル」

「そう、じゃあクロだね」

「犬みてーじゃねーですか、その呼び方」


不満を前面に押し出した表情で文句をたらたらと垂れ流すが、別に文句を言われたところで直す気はないし放っておく。私に倣って家名を言わなかった可能性もあるが、ただ言いたくなかっただけかもしれないな。さすがにその格好で家名がないとは言わせない。


「クロ。あんた家は?送ってやろうか?」


そう提案すると、クロはびくっと体を震わせて、うつむいた。やばい、やはり地雷だったか。もっと慎重にしておけばよかったという後悔。後悔先に立たずとはまさにこのようなことだろう。


「……帰る家なんてない…です」

「なんだ、家出坊主か。どうしたんだい?ほらほら、お姉さんに話してごらん?あと、その取ってつけたような下手な敬語はいらないよ」


たっぷりと時間を要したが、ようやく自分から話してくれたので、自分の失敗を誤魔化すように茶化して聞いてみる。


「家出じゃない。ただ…”化け物”って言われて殺されかけたんだ」

「…あぁ、あんたの髪、真っ黒だもんね。威力の高い魔法でもぶっぱなした?」


予想以上の重い言葉に一瞬言葉は詰まったが、なるほど、納得はできる。男にしては少し長めの髪は、綺麗な黒…漆黒という言葉がよく似合う色をしていた。

魔力は髪の色に比例することが多い。綺麗な黒の髪を持つクロは、もしかしたらとんでもない力を秘めているのかもしれない。それも、私が想像している以上の。

そんなことより私のネーミングセンスがそのまますぎることに今気づいたんだがもう直せない。しまった、ネーミングセンスがないのがばれたかもしれない。ばれたところで何ともならないとは思うが。


「別に。ただ、『思いっきりやれ』って教師が言ったから、言葉通りやっただけだよ。ちょっと校舎を半壊させただけなのに」

「ちょっとですまされる被害じゃないわそれ」


なにこの子こわい。その校舎がどれほどの大きさなのか知らないが、一般的な学校の校舎を半壊させたとなると、確実に私の思っている以上の力の持ち主なのだろう。校舎半壊させた少年なんて話、聞いたこともない。そんな大事件があれば、私の耳にも入っている。


「………別に、好きでそんなことしたわけじゃないし」


ぼそりと呟かれた言葉には、いろいろな感情が込められていたような気がした。この子は、クロは、多分自分の力の制御ができていない。食料を得たことで漏れ出した魔力がその問いを肯定している。


「そう。ま、そんなこと言われても、私にはどうもしてあげられないけどね。魔法は専門外」

「おば…アンも暗いじゃん、髪」

「私ぃ?私は違うよ。だって魔法使えないもん」

「は?」


やっぱり突っ込まれたか。私の髪色は黒に近い、くすんだ灰色だ。ちなみに髪色は属性にも関係あるため、大抵魔力の強い人だとその人の一番得意な属性の色を濃くした色になることが多い。火なら紅、水なら藍といったように。黒ならば全属性使用可(オールラウンダー)が妥当だろうか。

私の髪は灰色だから、私自身もオールラウンダーだとわりと頻繁に誤解される。しかし私の場合は属性など関係ない。魔法が使えないのだから。


「私ってば超虚弱体質らしくて、魔力がほとんど全部生命維持に使われてるのさ。だから一発使うのが命懸けなんだよね。」

「え、」


見開かれた眼はもう慣れっこだ。そんなことよりも。


「おっと、お客さんだ。気をつけなよ。被害があんたに行かないとは限らないから、さ」


上空からご登場のお客様。それは人々に恐れられているドラゴンだった。優雅に飛行するその姿は神々しいが、口から垂れた大量の唾液がそれを台無しにしている。いくら伝説上の生き物だと数百年前までは伝えられてきたといえども、今じゃ人々にとっては害獣であり恐れでしかない。鋭くとがった爪は、簡単に岩程度なら粉々にできるほど硬い。ついでに牙には毒が含まれており、触れればその部位が焼かれる…というよりかは溶ける。

軽く脚を伸ばし、ストレッチをする。久々の強敵だ。敬意を払って撃退するとしよう。自らの跳躍力は把握済みだ。その跳躍力を最大にし、牙に触れぬよう気を付けながらを頭を狙う。ドラゴンは予想外の獲物の動きに戸惑い、反応できていない。タイミングを見計らい、頭部に向かって蹴りを繰り出した。


「え、ちょっと!下手に刺激しない方が…………………!?」


クロの焦ったような叫びが聞こえる。が、少しその言葉は遅かった、かな。力いっぱいの蹴りは、ドラゴンの巨体を数メートルほど飛ばした。動かないところを見ると、脳震盪でも起こしたか。そのまま警戒しつつ近寄ると、白目をむいていたため、安心してとどめを刺す。ドラゴンは大抵のど元に急所である核があるため、そこを目掛けてナイフで一突き。あふれ出る紅い血とまだ温かいドラゴンの体温が、先ほどまで生きていたことを知らせるが、残念なことにすでにこと切れている。殺したのは紛れもなく私であるが。

耐毒性のある特製の手袋で牙を掴み、折って毒の危険性を無くしてから舌を切る。唾液にも多少毒は含まれているが、この程度なら問題ないだろう。ドラゴンの舌は大抵の毒に効く妙薬となる。これだけでもかなり儲かるが、ついでだ。牙と鱗、角も採取させていただこう。それぞれが様々なことに役立つのだ。持っていて損はない。


「よし、完了。ん?どした?」


大抵のものを採取した後ほっと息をつくと、唖然としたクロの姿が見えた。私としては生きていくために必要な動作であり、当たり前のことだったため普通にいつも通りやってのけたが、もしかしたらクロには刺激が強すぎたのかもしれない。しまった、と思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。


「おばさんは虚弱体質って言葉に謝った方がいいと思うよ」

「次おばさん呼びしたらさっきの蹴りかますよ」

「死ぬだろ!絶対死ぬだろ!!」


こいつ余裕あるじゃないの。焦って損したわ。


「お…アン、本当に虚弱体質なのか?」

「なによ、疑う気?本当よ。初めて魔法使った時は、初級だったのに過呼吸になって、意識は朦朧としてて、気を失った後は痙攣と体温の急下。ほんとに今生きてるのが不思議なくらいよ。もう一回使えば確実に死ぬ。でもその変わり、意識しなくても常に体中に大量の魔力が巡ってるおかげで身体能力は人外レベルだ。おわかり?」


多少は納得したのか、おずおずといった感じで頷くクロ。ただ、これでこの話を終わろうとした私には、クロの次の一言は予想外のものだった。


「アン、俺を鍛えてくれ。お願いだ!」

「…あんた、本気で言ってるのかい?私魔法使えないんだけど」

「魔法じゃない。どっちかっていうと身体の方。俺が力を制御できてないのは分かってるんだろ?なら頼む!」


確かに身体を鍛えれば、魔力のコントロール力は格段に上がる。通常、魔力は体内の核とされる心臓部に保有されている。しかし保有量が多くなればなるほど心臓部から漏れ出し、垂れ流しの状態へとなってしまう。体を鍛えることは心臓へ負担をかけてしまう分、成功さえすれば保有できる魔力も増える。だから、魔力の保有量が多い人間が体を鍛えるっていうのはもっとも理にかなった合理的なやり方だと思っている。それに運動している間は無意識に魔力を体全体に巡らせることが多い、らしい。自らの魔力の流れを感じ、自らの意志で巡らせることができれば、自然にコントロールもできるようになるだろう。魔力保有量の少ない人間だと魔力を持て余すこともないから、特に体鍛える必要もないらしい。ただ、私のあれだけの説明だけでそれを察したのならば相当頭がいい。理解力に優れているというべきか。


私の旅には、目的も行先もない。少し旅がにぎやかになるのも面白そうじゃないか。


「そうね。いいわ」

「ほんとうかっ!?」

「あぁ、ただし条件がある」

「な、なに?」


嬉しそうに輝いた顔が、すぐに曇る。そんなに構えなくても、大したことではない。


「この先、家に帰れなくても文句言うんじゃないよ。あと、その服は変えてもらう。目立つし、なにより旅に向かない。あぁ、あと野宿することも多くなるよ。それでもいいのかい?」

「なんだ、そんなもんか。全部大丈夫だ」

「そうかい。弱音吐くんじゃないよ?私の修業は厳しいからね」


にやりと笑えば、少しだけたじろいだが、すぐに持ち直してにやりと笑い返してくる。

――――こりゃあ、育てがいがありそうだ。


未来のことに思いをはせながら、固い握手を交わした。

登場人物


アン(アンジェ)

20歳。魔法で大成した家の元お嬢様。虚弱体質による魔法が使えないため蔑まれやっかいものとして扱われてきた。15歳で家を出て、そこから目的のない旅を続けている。身体能力は化け物じみた人外。老け顔。


クロ(クローヴェル)

11歳。いいところのお坊ちゃん。頭はいいが口は悪い。よく老け顔のアンのことをおばさんと呼びかける。学習しない。魔力保持量が非常に多く、自分で操ることが出来ない。うっかり通っていた校舎を半壊させた。勘当ではなく自分から家を出ることを選んだ。家に戻る気は、ない。

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