舞踏会3
ーまた来てしまった。
メアリーは賑やかな音楽と優雅に踊る場に、参加していた。
本当は来たくなかったのだが、家族が行けと言うので、渋々、来たのだった。
「あ、私に1つ」
メイドが持つグラスを手に取ると、口に含む。
お酒なので、かあっと身体が熱くなったが、構わなかった。
皆、蝶を呼び寄せるように、くるくると回転し、華やかなダンスを舞っている。
私はそこには加われないわと、やはり1人でベランダへ出る。
すっとした風の通りに、目を細め、気持ちいいと感じる。
手すりに手を伸ばすと、このまま逃げようかしらと本気で思う。
ー誰も来ないわよね?
周囲を見回すと、皆、狂ったように騒いでいる。
メアリーは酔いもあって、足を上げたその時、
「どこへ行くんだい?」
出た、とメアリーは警戒する。
振り向くことなく、メアリーは無視する。
ーどこかへ行ってしまえばいいんだわ。
腹を立てているのも当然で、またダンスに誘われるのは、お断りだった。
「答えないの? どうして?」
「…」
ふいと顔を背けると、男性が静かに近づいて来た。
「来ないでくださいませ!!」
威嚇すると、男性がふと笑う気配がした。
何? と思っていると、足早に近づかれて、後ろから抱きしめられる。
「な…!!」
メアリーは暴れようとして、もがいたのだが、男性のほうが力が強かった。
それでも抵抗を試みると、頭に男性の顎が乗る。
「ー僕が誰だか分かった?」
「!!」
振り向きたくても、男性の身体が邪魔してできない。
メアリーは抵抗しても無駄だと悟ると、大人しくすることにした。
ー何で、抱きしめられてなんか…。
少し顔を赤くする。
男性に抱きしめられるなんて思わなかったから、急に身体が火照ってくる。
鍛えられた身体だと、胸の厚さから知り、腕の力が強いのも、そのお陰かと思う。
「…暴れませんから、離してくれませんこと?」
緊張気味に言うと、男性は何故か逆に抱きしめる力を強くしてくる。
「駄ー目。僕のことを思い出して」
「そんな…」
焦った声で、メアリーが言うと、男性はくすくすと笑う。
メアリーが困っているのが、楽しくてしょうがないようだった。
「…全く。性格がひねくれていますわね」
「おや。それはどうも。でもお互い様だよね?」
切り返されて、メアリーはぐうの音も出ない。
ーここは素直に言ったほうがいいわね。
メアリーは白旗をあげると、男性の腕を叩く。
「申し訳ありませんが、あなた様の正体については、考えてみたのですけれど…分かりませんでしたわ」
「へえ…。考えてくれたんだ。それは良いことだ」
頭を撫でられ、メアリーは子ども扱いするなどばかりに、顔を上げる。
仮面をかぶった顔に見覚えはなく、悔しくて仕方がなかった。
「ー正体を明かしてくださいませ」
「おや。僕に興味をもった?」
「ち、違いますわよ!! そ、その…いい加減、離してくださいませんこと?」
「正直じゃないな」
髪にキスしてきたので、メアリーの身体が慌てる。
男性にここまで接近されたことがなかった。
ーあ、もう!! 何でもいいわよ!!
こうなったらギブアップするしかなく、男性に言う。
「私の負けですわ。名前と正体を教えてくださいませ」
「素直でよろしい。ーじゃあ、ヒントはこれ」
そう言うと、男性は仮面を取った。
メアリーは窺うように見つめると、端正な顔を凝視する。
ーどこかで見たような…。
男性はふと笑うと、ぽんと頭を叩いてくる。
「分かったかな?」
優しく聞かれ、メアリーの頭に浮かぶものがあった。
「こ、この前…!! お兄様の狩りの仲間の…!!」
「し。静かに」
さらさらした髪の毛に触れられ、指に絡めとられる。
メアリーとしてはそんなに触れられても困るのだが、動けないのでしょうがない。
「…でも、もっと昔に会っているんだけどな」
「…え? 何ですの?」
よく聞こえるさなかったので、聞き返すと、男性は整った顔を仮面で隠すと、言ってくる。
「名前はなーんだ?」
「な、名前…。そんなの知りませんわ。挨拶しかしていませんし」
「教えて欲しい?」
月光が2人を照らす中、男性が魅了するように笑みを浮かべてくる。
メアリーは反抗心もあり、男性の手を叩くと、負けずに言う。
「教えてくださいませ。その、お兄様に聞いてもいいのですけれど」
「駄目だよ。ケントには内緒。分かった?」
「何故ですの? 友達でしょう?」
「いいから秘密。仮面舞踏会は嘘と幻と、夢でできているんだよ」
不思議なことを言う御方だと思いつつ、メアリーは降参する。
「お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
「ーダニエル。僕の名前は忘れないでね」
本当かどうか分からないが、ダニエルと名乗った男性は、面白がってメアリーで遊び始める。
ウエストに触れてみたり、ドレスのレースを撫でたりと、まるで人形を相手にしているみたいだった。
「わ、私で遊ばないでくださいませ、その、ダニエル様」
「そう? 僕的には楽しいんだけどな…。ね、メアリー?」
耳元で言われると、びくりとメアリーの身体が反応する。
耳に弱いと自覚し、空いた手で塞ぐ。
「卑怯だわ!! あなただけが余裕があるのは」
「そうなのかな? 僕的には、メアリーを気に入っているんだけど。…子どもの頃から知っているし」
「何? 何ですの?」
「何でもない。あー、よく喋った」
話は終わりとばかりに、今度は肩に顎を乗せてくる。
どうしたらいいのか分からず、メアリーは捕らえている腕に爪を立てる。
「き、気安く触らないでくださいませ!! ダニエル様」
「うん? そう? 社交界って、そういう場だろう? メアリーが潔癖すぎるんだよ」
「け、潔癖…? 私がですの?」
「そう。まだ殻のついたひよこみたいなものかな」
そう言うと、項にキスしてきて、メアリーはますます困惑する。
ースキンシップに慣れているわ、この御方。
何とかして離れないかしらと、足元を見るが、ヒールで踏みつけても離れそうにないので、うーんと唸る。
ちょうど飲み物を持ったメイドがやって来て、助かったと思ったのだが、
「飲み物はいらないから。あっちに行って」
ダニエルが断ってしまい、メアリーはああと落胆する。
「その…そろそろ離してくださいませんこと? ダニエル様」
「メアリーは嫌なの? 僕に触れられるのは?」
逆に聞き返され、メアリーはどうしようと途方に暮れる。
嫌悪感はないのだが、初めてのことなので、対応が分からなかった。
今度、兄のケントにこっそり聞こうと思いつつ、ポンポンとダニエルの腕を叩く。
「負けですわ、負け。もう正体を知ったので、それで満足ですわ」
「満足した? …僕としては、まだなんだけどな」
「はい? 何かおっしゃいました?」
「いや、何でも。メアリーといると、楽しいな」
ふふふと笑ってきて、そっと放してくれる。
メアリーとしては安心したような、淋しいような、訳が分からない状態だった。
「メアリー、正体が分かったところで、一曲、いかがですか?」
手を差し伸べられ、受け取ろうかどうしようか悩む。
「何で私ですの? 他に綺麗な方達がいらっしゃるのに?」
「メアリーがいい。それじゃあ駄目かな?」
魅惑の声と表情で言われ、メアリーはどきりとする。
天然なのかは知らないが、立っているだけで、人を魅了する御方だと、メアリーは罪深いですわと頬を膨らませる。
何だか自分だけ慌てていて、悔しかった。
「私、ダンスはしませんわ。この前みたいに、一曲だけでなく、2、3回も踊るなんて…。それに他の華達にも、人気のようですし。遠慮しなくても…」
「残念だけど、メアリーは僕と踊るの。ーさあ」
強引に言われ、メアリーはぐうの音も出ず、静かに手を差し伸べる。
正解とばかりに、秋風が2人を包み込んで、通り過ぎていく。
空を見上げれば、星が流れたようだった。
「うわ…。綺麗」
「何が? 僕のこと?」
「ち、違いますわよ。星がその、宝石みたいに美しいと思って」
「星か。しばらく見てないな。…小さい頃はよく知っていたんだけど」
またごにょごにょと言葉が聞こえず、メアリーはダニエルを見つめる。
ダニエルもメアリーを見つめ返し、2人は無言となる。
ー何か大きな秘め事をしているみたい。
どうしてか分からないが、そう思うと、ダニエルが腕を差し出してくる。
メアリーは自然とその腕に自分の腕を絡ませると、ダニエルに合わせて歩いていく。
段々と現実感がわいてきて、華やかだが、嘘や噂が飛び交う世界に戻される。
「ーいい? メアリー」
「いいですわよ。受けてたちますわ」
平然を装って言うと、メアリーは顔を上げる。
ウィンストン家ー伯爵家の娘として、恥ずかしくないようにしなければならなかった。
ーまるで舞台みたい。
賑やかな音楽に、派手な華達。
その間を行き交う蝶の様子に、負けてたまるかと毅然とする。
ダニエルが目を細めたようだが、流しておく。
「行きましょう、ダニエル様」
「もちろん!! 一曲、お相手いたします、お嬢様」
ホールの真ん中を陣取ると、2人は音楽に合わせて、華麗に踊り始めたのだった。




