疲れた彼女は、境界を引く。
たまにこういうのを書きたくなる。
10歳の時に鑑定されたスキルは『境界を引く』能力だった。
使い道はよくわからなかった。
ただ、神殿で鑑定してくれた聖女様に「悪用してはいけませんよ」と私だけ念押しされたことは覚えている。
最初は、些細なことだった。
家のメイド同士の折り合いがつかなくて、2人の間にそっと境界の線を引いた。
そうしたらたちまち2人は業務連絡以外で話さなくなって、揉めることもなくなった。
11歳の時だった。
貴族学校にて、同じく王子妃候補のご令嬢に悪評を流されたから、その方との境界の線を引いた。
その日を境に、私には興味すら示さなくなった。
14歳の時だった。
その次に境界を引いたのは、領地の隅っこに住むご老人と真隣の領地の若夫婦とが、川がどちらの領地のものかで口論になった時。
嵐がおさまったあと、川の幅が広がっていてどちらの領地にも跨っていたから、両方に平等になるようにギザギザに境界の線を引いた。
それ以降、地図上でもその線が採用されることとなった。
15歳の時だった。
そして、この度王子妃候補から落ちた。
それ自体はどうでもよかった。
言ってはいけないことだけれど、王子妃になんて別になりたくなんかなかった。
ただその理由は、いただけなかった。
4人いた候補の中からではなく、全く別の令嬢を王子が見初めて決まってしまったからだ。
王子妃教育もろくに受けていない、笑顔が可愛いだけの彼女を王子妃にして、何がしたいんだろうと思ってしまった。
私たち4人のこれまでの苦労はなんだったのか。
それを許した両陛下への不信感も募った。
残りの候補者は、まだいいわよね。
だって、家族の理解が得られているもの。
候補に外れた途端、お家がキープしていたそれなりのお相手とあっさり婚約が決まっていた。
もちろん、私の悪評を流した彼女もそうだった。
だけれど、我が家は違った。
王子妃に選ばれること以外は、認められなかった。
王子妃でないなら、私はゴミとなった。
父の罵倒、母の説教、妹の嘲笑、使用人からの同情。
体裁のために隣国へ留学しろと命令された。
そして、隣国の王子を射止めてこいと、言語道断なことを言われた。
それでは、私たちの努力を無に帰した笑顔だけが取り柄の令嬢と同じことをしろと言われたのと、同義だ。
隣国の王子には、もっと優秀で有能で美人で、弁えた婚約者がいるというのに。
両親って、バカなんだなと思った。
王子も、あの令嬢も、バカなんだとわかった。
両陛下も、おそらく同様だろう。
何も庇うものがなくなって、すべてがどうでもよくなってしまった。
だから、隣国に向かう際に、両親と妹と使用人と、家そのものと私の間に境界の線を引いた。
王子殿下とあの令嬢と、両陛下とも、境界の線を引いた。
隣国に入った途端、祖国と私との間に、境界を引いた。
これで、一生戻らなくて済む。
祖国の国境の全部に境界を引いて、国そのものを孤立させる案も一瞬浮かんだのだけれど、あの日の聖女様の声が頭の中に響いた。
「そのスキルは汎用性が高いです。だからこそ、悪用してはいけませんよ」
残念ながら残っていた私の善良が、その案には一線を引いた。
16歳で、今まで関わったすべてと境界を引いた。
今日からは、新しい地で新しく始められることだろう。
今度は誰とも境界を引くことなく過ごせたらいいなと、小さな希望を胸に、一歩を跨いだのだった。
了
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