第2幕 乗っ取りとかやめろよ
ダンジョンによる年間死者数は、六十万人を超える。
あくまで統計上の数字だ。ダンジョン由来の感染症、魔獣のダンジョン外流出など様々だ。
それでも街は回り続け、学校は開き、人々は今日も働く。
――だが今この瞬間も、どこかで誰かが死んでいる。
この校舎の中も、例外ではない。僕は、息を吐いた。
床に転がる魔獣の死骸。
廊下は破壊され、壁は崩れ、黒い結晶が砕け散っている。
「……はぁ……はぁ……」
身体が、軽い。いや――さっきより軽い。
明らかに。
視界が澄んでいる。
刃の重さすら感じない。
『……ふむ』
頭の奥で、妖刀の声。
『かなり馴染んできましたね。』
「……そのまま乗っ取りとかやめろよ?」
魔獣を斬り続けたからか。
刃は先ほどより鋭く、赤い光も濃くなっている。
――吸収。こいつは本当に、魔獣を喰っている。
「……残りは?」
『この階層の個体は、ほぼ』
その時。――ドン。
校舎の奥。そこから響く重低音。
床が大きく揺れた。
『……来ます』
空気が、変わった。何か嫌な気配。
廊下の奥から、何かが這い出してくる。
黒い霧。
床が割れ、現れたのは――人型、そして四つん這いの奇妙な生き物だった。
異様に長い腕と脚で床を掻き、天井すれすれの高さで走る怪物。
「……なんだこれ。」
『ダンジョンの主、あなた方はボスと呼んでいる存在です。』
次の瞬間、
「消えた!?」
視界から消失。
『気をつけてください!』
横。そして背後、さらに天井。
ゴキブリのように縦横無尽に動き回る。
『飛んでください!』
間一髪で跳んだ。真後ろの壁がが砕ける。
あの魔獣が激突したのだ。
「速っ……!」
四足で疾走する人型魔獣は、廊下を壁のように蹴り、天井に張り付き、縦横無尽に駆け回る。
刀を振る。――空振り。
「くそ……!当たらん!」
次に踏み込もうとした瞬間、死角から来た。
肩に衝撃が来ると同時に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「……ぐっ……!」
肋が軋み、激痛が走る。立ち上がる前に次の突進が来た。
迅斗は転がって避け、すぐに体勢を立て直す。
……まずい。速すぎる。
俺は剣を習ってない。ただテキトーに振ってるだけだ。
『……』
阿紫花が沈黙する。
次の瞬間。
『全く……しょうがない人ですね。』
「……何だよ。」
『一瞬だけ、身体を貸してもらえますか?』
「……は?」
『このままでは、死んじゃいますよ?』
拒否しようとした。だが、もう目の前には魔獣が迫っていた。
「――っ!」
轢かれた。宙を舞い、背中から壁に激突。肺の空気が抜ける。
「……ぐ!」
息ができない。
俺だけじゃ無理だ。
「……一瞬、だぞ……!」
『約束します。』
迅斗は歯を食いしばった。
その瞬間、世界が、研ぎ澄まされた。
視界が静止し、鼓動が遠のく。
身体の奥に、別の“意思”が入ってくるのがわかる。
『――感謝します。』
足が、勝手に動いた。
腰が落ちる。左足前。
鞘に添えられる親指。
「居合……?」
魔獣が迫っていた。超高速で。
抜刀する。衝撃音すら遅れて響いた。
魔獣は、二歩進んで。そして止まり。
胴体がずれた。
そして崩れ落ちる。
床に血と魔力が散った。
『……終わりました』
力が抜ける。
膝をつく。
意識が自分に戻る。
「……戻った。ていうかお前強いんだな。」
『当たり前でしょう。もっと褒めてください。』
刃の光が、わずかに収束する。
『……ところで、』
「?」
『何者かが、こちらへ接近しています』
「……魔獣か?」
『違います』
短い沈黙。
『人間です。』
「異戒師管理局か。」
異戒師管理局。異戒師を管理し、ダンジョンの調査などを行う団体。
見つかれば面倒どころじゃない。
「……逃げるぞ。」
『賢明な判断です。』
迅斗は走った。
夜の校舎を駆け抜ける。
割れた窓。
そこから外へ出る。
振り返らずにただ走った。
十分後。
装甲車と結界展開車両が校門を封鎖した。
降りてきた異戒師たちは、慎重に侵入する。
「……死骸だらけだぞ」
「この数……単独?」
「いや……ありえん」
魔力測定器が反応する。強烈な残滓。
「……これは……」
隊長格の男が息を呑む。
「封印指定物――特級魔法具」
端末が警告音を鳴らす。
【警告:特級魔法具反応】
【名称照合中……】
表示。
《妖刀【阿紫花】》
「……なぜ封印が解けている?確か阿紫花はこの建物の魔除け用魔道具だったはず。」
ざわめき。
「誰が……」
男は呟いた。
「――面倒なことになったぞ……」




