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3学期以降

 新年を迎えて最後の学期が始まった。この学期は約二ヵ月と他の学期よりも短く、おまけに三月にある学園主催の学園舞踏会の準備で学園内が浮つく時期でもあるらしい。


 この頃になると誰が誰とくっついただとか別れただとかという話が特に盛り上がるけど、シェリル様も悪い意味で目立っていた。複数人のご子息様と頻繁に接触なさっているのが周囲の反感を買っているのだから当然とも言える。


 だから、去年の秋からひどくなったいじめが一層過激になると思ったんだけど、意外なことに今は小康状態を保っていた。理由は、シェリル様が親しくしているご子息様たちが周囲を諫めたからだ。


 そのときの様子をシェリル様は嬉しそうに手を合わせ、あたいに語ってくださったのを覚えている。


「あのときのエドワード王子様たちったら本当にステキだったわ! 放課後の教室で私が何人もの生徒に囲まれて非難されているところに颯爽と現れて救ってくださったのよ。あまりの嬉しさについ今までされてきたことをついしゃべったら、ちゃんと調べるって約束してくださったの! やっぱりイケメンに助けられると惚れちゃうわよねぇ!」


 いじめられる原因をご自身で作っていて何をと思ったけど、あたいは口に出せなかった。どうせ言っても何も伝わらないという諦めもあったから。


 これで更に調子付いたのか、シェリル様は更に積極的に複数人のご子息様と接触なさった。しばらくは静かにしてくださると思ったあたいは当てが外れて肩を落とす。本当にもう落ち着いてほしい。


 そうして三月になった。この月には学園で最大にして最後の行事である学園舞踏会が開催される。学園生の中にはこの舞踏会のために一年間頑張っている方も多い。


 もちろんシェリル様も学園舞踏会のための準備に余念がないわけだけど、それはつまりあたいも普段以上に仕事が増えるということだ。化粧品や小物の買い出しやドレスの手入れなど、舞踏会が近づくにつれてやることが増えていく。田舎娘であるあたいに貴族様の舞踏会に出るための準備なんてそもそもできるわけないんだけど、あたいしかメイドがいないからやるしかない。


 こういうときに友達や知り合いというのは大切だ。わからないことがあればお互いに聞きあったり教え合ったりできるから。でも、あたいの場合はその知り合いが極端に少ない。はっきり言うとラナとナタリーしかいなかった。


 いつものように洗濯物を抱えて洗い場に向かったあたいはラナとナタリーの二人と一緒に洗濯を始める。そして、舞踏会の準備について色々と話し合った。数は少なくても、相談できる相手がいるというのは本当に助かる。もしも誰もいなかったら詰んでいた。


 一通り相談が終わるとそのまま雑談に移る。話題はもちろん舞踏会関係だ。ナタリーが憧れるように口を開く。


「ドレスを着て着飾って舞踏会に出るなんて、夢のようよねぇ」


「あたいたち平民だとお祭りのときに踊るのが精一杯だもんね」


「そうそう! それで気になる男の人と一緒に踊れるようにがんばるのよね。できるだけ相手の視界に入るよう場所を移ったり」


 手を合わせて夢見がちにしゃべるナタリーを見て、あたいは田舎にいたときのことを思い出した。一昨年の秋の収穫祭に参加したのが最後だ。気になる男の人はいなかったけど、何人もの女の子にもてていた人はいた。王都の洗練された男の人を見た今、田舎に帰ってその人を見たときにどう思うのかは少し気になる。野暮ったく見えてしまうのだろうか。


 そんなことを考えていると、あたいはラナに声をかけられる。


「ベティ、あんたのところのお嬢様、舞踏会までエスコートしてくださるご子息様ってもう決まっているの?」


「え? そういえば、聞いてないわね」


「何人も声をかけていらっしゃるから誰かにお決めになるんだろうけど、そのときに一悶着あるんじゃないかしら。選ばれなかったご子息様が怒ったり抗議したり」


 そこまで気が回らなかったあたいは目をぱちくりとして黙った。確かに舞踏会ではご息女が婚約者や気になるご子息にエスコートしてもらう習慣がある。シェリル様がよく会っていらっしゃるご子息様たちとの仲がどのくらいなのか知らないけど、確かにうちのお嬢様の横に立ちたいと二人以上のご子息様が希望されたらどうなるんだろう。


「お嬢様が決めることだから、あたいにはどうしようもないわ。でも、どうせ争うなら女子寮の外でしてほしいかな。部屋の前で喧嘩されるのは本当に勘弁ね」


「自分のところで争われるとかなわないもんね」


「そうそう。ただでさえ普段から肩身の狭い思いをしているんだから、もうこれ以上厄介事を持ち込まないでほしい」


 これは心の底からの本心だった。心への負担をかけるのは本当に止めてもらいたいんだけどな。


「でも、実際のところ、お嬢様と仲のいいご子息様はどう考えていらっしゃるのかな。普通は今頃から学園舞踏会の相手に誘うものなんでしょ?」


「そうよね。あたしのところのお嬢様も先日誘われたって喜んでいたし」


「ナタリーのところって、どなたがお誘いしたの?」


「クラックソン男爵家のボイド様よ。同じ家格だし、面倒がなさそうでよかったわ」


 楽しそうに話すナタリーを見ながらあたいは内心で首を傾げた。複数人のご子息様によくお目にかかっているシェリル様からそのような話は聞かない。誘いがあれば必ず話してくださることは普段の様子からして間違いないから、まだ誘われていないのだろう。


 そこまで考えたあたいの頭にふと疑問が浮かんだ。シェリル様は本当にうまくやっていらっしゃるのだろうかと。


 確かめる術がないあたいは漠然と不安を抱えたままでいるしかなかった。




 学園舞踏会が終わって数日後の朝、あたいは疲れ切った表情のまま洗い場へと向かった。丈夫な体が取り柄のあたいは多少の疲れならなんてことはないんだけど、気疲れにはそこまで耐性がない。


 洗濯物を抱えて歩いているとサラとセルマの二人とすれ違った。以前なら隠しもしない敵意を向けてきたけど今は違う。嘲りを含めた笑顔を向けられた。


 洗い場でラナとナタリーの二人と合流するとあたいは洗濯を始める。灰汁(あく)入りの水に洗濯物を()けて揉むと絞り、目の前にある石に洗濯物を思い切りぶつけた。これを何度も繰り返す。


 たまに休憩を入れながら洗濯を続ける中、あたいは他の二人とおしゃべりをした。最近の話題は学園舞踏会が多い。特にシェリル様関連のものが。


 小さく息を吐いたナタリーがあたいに顔を向けてくる。


「それにしても、ベティのところのお嬢様、舞踏会で派手にやっちゃったわよねぇ」


「今その話はしないで。歩いてるだけで周りから自然と聞こえちゃうから」


「でも、あそこまでやるなんて逆に珍しいわよね」


「散々予定通りだなんて聞いていたけど、全然そうじゃなかっただなんて」


 何度思い出してもあたいは呆れるばかりだった。学園舞踏会に参加されたときのことを思い出す。


 舞踏会当日の夜、シェリル様は精一杯着飾って会場へと向かわれた。部屋を出て行かれた時点でお一人だったので、あたいはある程度状況を察して少し同情する。ただ、お嬢様はまるで平気な様子だったから、もしかしてどこかで誰かと待ち合わせをしている可能性も考えた。誰と約束していたのかまでは想像もできなかったけど。


 ともかく、あたいにはもう何もできなかった。後は戻って来られるのを待つだけ。その間に残っていた作業を片付け、少しだけ豪華にした夕食を食べた。


 貴族様のご子息やご息女は楽しく踊っておいしい料理を食べているんだろうなとあたいが想像していると、予定よりも少し早くシェリル様が部屋にお戻りになられて驚く。


「どうして最後だけ予定通りにイベントが発生しないのよ! 必要なことは全部やったじゃない! なのにエドワードが何の反応もしないなんて!」


 いきなりエドワード王子様を呼び捨てになさるという不敬を目の当たりにしたあたいは凍り付いた。でも、それはほんの始まりで後は罵詈雑言の嵐となる。それを聞いていたあたいは途中からシェリル様が何をおっしゃっているのかわからなかった。平民の俗語ならある程度わかるんだけど、貴族様にも俗語があるのかしら。


 たまにとばっちりを受けながらもあたいは何とかシェリル様をなだめた。当初はかなり機嫌が悪く荒れていらっしゃったけど、最後は何とか落ち着いていただける。


 この間に色々とお話の断片を聞いたのでまとめてみるとこうなった。


 シェリル様の思惑では一人で舞踏会の会場に赴くのは予定通りだったらしい。そして、舞踏会が盛り上がってきたところでエドワード王子様がお嬢様がいじめられていることを会場の人々に発表し、実はその首謀者である婚約者レオノーラ様を弾劾した上で婚約破棄をしてお嬢様の手を取り、フェイビアン様やギデオン様のように今まで頻繁に仲良くされていたご子息様たちがお嬢様の下に集うはずだったそうだ。


 自分の仕えるお嬢様の思惑を知ったとき、失礼ながらあたいは正気かと思った。あたいだって女の子だから色々と想像することはある。実現不可能なことだって色々と妄想したこともあった。でも、それが本気で実現するだなんて思ったことはない。しかも、複数のご子息様が同時に自分を選ぶだなんて。


 今まで正常に見えたけれど、実はもうとっくの昔にシェリル様は正気ではなくなっていたのかもしれないとあたいはいよいよ不安になった。


 学園舞踏会が終わって数日間、あたいはラナとナタリーにも協力してもらい、実際のところはどうだったのかを調べてみる。あたいは避けられたり嫌われたりしていたから、二人の手助けは本当に助かった。


 最初にわかったことは、シェリル様はエドワード王子様をはじめ、狙っていたご子息様たちと仲は良かったらしい。これについては納得できた。ご子息様たちに嫌われていたら、一年近くも頻繁にお目にかかれていなかっただろうから。


 次いで、ご子息様たちはシェリル様をどう思っていらしたのかということだけど、珍しいご令嬢という扱いだったらしい。常識的に振る舞う他のご息女様たちとはまったく違うので新鮮に見えたそうだ。しかし、自分の伴侶として選ぶとなると自由奔放過ぎるので対象外だったそうである。なんだかお嬢様が哀れに思えてしまった。


 これだけでも充分なんだけれど、あと一点だけ気になることがある。いじめの首謀者だ。シェリル様によるとレオノーラ様が黒幕だとおっしゃっていたけど、実際のところはどうだったのか。ラナとナタリーの調べによると、レオノーラ様はむしろいじめに関しては反対だったらしい。その理由まではわからないが、自分の取り巻きには手出し無用だと戒めていたそうな。


 そうして学園舞踏会当日、自分の思い通りに事が運んでいると思い込んでいたシェリル様は、いつまで経ってもエドワード王子様からお声がかからないことに焦ったらしい。舞踏会が終わる直前に自ら声をかけた上に騒ぎ、大恥をかいたという。なぜ、どうしてレオノーラ様という立派な婚約者がいらっしゃるエドワード王子様が婚約破棄をなさると思ったのか不思議で仕方ない。お相手のいらっしゃらなかったフェイビアン様やギデオン様たちからもお声がかからなかった時点で察するべきだと思う。


 結局、ひどい思い込みのせいでシェリル様は派手に失敗してしまわれたわけだ。一年前ならともかく、今はもうお(いたわ)しいとも思えない。あたいだって散々振り回されたんだから。


 こうして、お嬢様とあたいの一年は終わった。




 サンフラワー学園にやって来て二回目の春がやって来た。開けた窓から日差しが差し込み、やや涼やかな風が張り込んでくる。今日もいい天気だ。


 姿見の前にお立ちになるシェリル様の服をあたいは整えた。学年がひとつ上がって二学年生となられたが、お姿は去年と変わりない。


 先月までは学園舞踏会での失態により荒れていたシェリル様も今月に入ってようやく落ち着かれた。春期休暇だったのでお部屋で過ごされることが多かっただけにこれで一安心。もうご機嫌を取る必要はない。


 最後の手入れを終えるとあたいは一歩下がった。一拍遅れてシェリル様が振り向かれる。


「ありがと。それじゃ行ってくるわね!」


 あたいに挨拶をしてくださったシェリル様は扉に向かわれた。ストロベリーブロンドというにはよりピンク色の髪の毛が歩く度に揺れるのは見ていて可愛らしい。


「お嬢様、くれぐれも言動にはご注意なさってください」


「もー、ベティは心配性ねぇ。大丈夫よ、今度はうまくやるから」


「お嬢様、そうではなくてですね」


「エドワード王子は婚約されて卒業なさったけど、まだ他の人たちはいるもの。やり方を変えて今度こそ成功させるわ!」


 扉を開けてから振り向かれたシェリル様が笑顔で返答された。愛くるしいお顔ということもあって輝いているように見える。


 けど、そんなお顔を見てあたいは肩を落とした。意地悪な貴族のご令嬢が多い中、お嬢様は気さくで優しいのでとても助かっている。でも、去年と同じ事は繰り返してほしくない。


 にもかかわらず、そんなあたいの注意はいつものように受け流された。再び背を向けられたお嬢様が部屋の外へと向かわれる。


「行ってらっしゃいませ」


 かなり使い込んだよそ行き用のドレスの裾が扉の向こうへと消える直前、あたいは自分の主人に頭を下げた。そのままじっとしていると扉の閉まる音が耳に入る。


 あたいは小さくため息をつきながら頭を上げた。次の帰省で田舎に帰ったら、ご当主様夫妻に暇をいただこうかな。

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