突然ですが
「えー。突然だが、お前に義理の妹ができることになった」
「本当に突然だ……あ、けど。それっぽいこと前に言ってた気もするな」
中学三年の冬。受験勉強の息抜きをする午後。居間のソファー。
だらけきった姿勢で文庫本を読んでいた俺は、逆さまに見える父の声に身体を起こした。
「ともあれ。なんだろう、その。再婚おめでとう、父さん」
「……あぁ。ありがとう智成」
強面な父が控えめに笑う。栞を挟んでテーブルに文庫本を置き、妹像を膨らませてみた。
「そんなに気にしなくたって、俺は大丈夫だからもう。しかし、義妹かぁ」
「そうか……一応、お前と同じ学年だと聞いている」
「あ、そうなの」
かわいく「お義兄ちゃーん」なんて呼んでくれる架空の妹は、一瞬で弾け飛んだ。
「で。さらに突然だが、今日……というか、もうすぐうちに来るはずなんだ」
「急展開すぎない?」
ピンポーン。呼び鈴が鳴り、父が「来ただろうか」といそいそ玄関口へ向かっていく。
居間で待っているのも初対面の印象としてはどうかとも思い、後に続いた。
「どうぞどうぞ」
「こんにちは、お邪魔しますね。ほら、里奈も」
「……どうも」
「あ、この子は人見知りして」
「するでしょ、普通」
朗らかで温かみのありそうな女性だった。性格の良さがそのまま顔に出ている感じだ。
その後ろ。身長差で背中に隠れられていない、一般的にはギャルと呼ばれるような見た目の彼女がよそよそしく頭をぺこりと下げており――目が合った。
「いえいえ。気にしないでください。それで、こっちが息子の智成です」
「は、はじめまして」
「こちらこそはじめまして。あ、娘もね。受かれば春から智成くんと同じ高校なのよ。だから良ければ、学校でもそれ以外でも仲良くしてもらえると嬉しいかな」
「あ、そう……なんですね。えー、と……よろしく」
「――――……ん」
「ん。じゃないでしょ、この子はもうー。ごめんね、智成くん。里奈ったら最近、なんかちょっと変なものだから。しばらく不愛想でもあんまり気にしないであげてね」
「え、あ、はい」
そのあとすぐ父に連れられ、ふたりは居間へ向かっていった。
俺と義妹――里奈……ちゃん? さん? ……まぁ、呼び捨てでいいか――だけが玄関口に取り残される。それはいいとして、さっきから気になることがあった。
「ジッと見て、なに?」
「……べつに」
短く答えた彼女も素通りしていき、俺も居間に戻る。
向かうとすでに父は紅茶を淹れ始めており、義理の母になるらしいひとも持参したケーキをキッチンで切り分けていた。俺たちだけがテーブルを挟んでぽつんと座っている。
沈黙。会話の入口を探す。すると視線が読みかけの文庫本にあると気づいた。
ブックカバーがしてあるので、タイトルはたぶん見えていない。
「小説、好きなのか?」
「好きそうに見える?」
「そりゃ見えないけど。べつに関係なくね、そんなの」
「……そう。好きよ、小説」
「ふぅん。俺は最近、学校帰りに古本屋寄って適当に選び始めた感じ」
「そ。じゃあ、前はちがったんだ」
「……まぁ、な」
会話が途切れた。話を広げても良かったけど、話しかけてこないでオーラが強い。
仮にもこれから家族になるらしい女子……いや、そう考え始めるとなんかいきなり緊張してきた。どうしよう。ひとまずテレビでも点けておくか。そうしよう。
(ピアスに派手な格好……いかにもギャルっぽいのにやたらと姿勢がいい。ヘンなの)
観察するのも程々にして、微笑ましいふたつの背中がやってくるのを待った。
ケーキが並び、それなりに雑談が繰り広げられ――改まった父が続ける。
「それでだな、智成。突然の話にはまだ続きがあるんだ」
「え?」
「お前、どの高校かは関係なくこの春からひとり暮らしをする予定だったろう」
「うん。受かる予定の高校に近いアパートも、けっこう前から探してて――」
高校生のひとり暮らしなんて、よほどの理由がない限り無駄だとは思う。
実際、ダメだったらすぐ帰ってこいと言われたうえで、粘り勝ちして得た権利だ。
自室では我慢できないというか、親も誰もいない空間になんとなく憧れるというか。
思春期だからしょうがない……なんてのは、子供っぽい主張だとわかっているけども。
「引っ越し先のアパート、実はこっちで手続きを進めているんだ」
「……は?」
衝撃の一言だった。さすがに目が点になる。動揺は隠せない。
おかしな顔にでもなっていたのか、くすりと義妹が笑ってすぐにシラを切った。
「里奈。これはあなたにも関係があることなのよ」
「え?」
「話し合って決めたのよね。どうしてもひとり暮らしがしたいらしいあなたと智成くんには、ふたりで暮らすのであればそれを認めますと。そういうことです」
「「――――っっ!?」」
「実は里奈ちゃんの引っ越し先も智成と同じアパートの、同じ部屋になっているんだよ」
開いた口が塞がらない。ぽかんとなって思わず、義妹のほうに目をやってしまう。
いや、父たちの考えはわかる。ただ俺たちにひとり暮らしをやめて欲しいだけだ。
同い歳の女子や男子だけで共同生活をするのは嫌でしょう? 大人しく新しい家庭をやっていきましょう? そういうことなんだと思う。気持ちはわかる。
だけどそんなの逆効果だってのは、親なら理解しておいてもらいたかった。
「悪いけど、父さん。俺はやると言ったらやるからな!」
「悪いけど、お母さん。アタシはやると決めたらやるからね!」
勢い良く立ち上がり、きれいにハモった。これ以上ないくらい完璧に。
たぶん俺も彼女も似た者同士……というか、頑固者なんだろう。そう思った。
――以下、おまけ。
智「真似すんなよ」
里「そっちこそ」
智「……まぁ、いいか。文句を言っても何も始まらないし」
里「まったくもってその通り」
智「ところで俺はおまえをなんて呼べばいいんだ?」
里「……好きにすれば」
智「そうか。なら、よろしく里奈。俺もテキトーでいいから。はい、握手」
里「え。あ」
智「じゃ、とりあえず連絡先交換。スマホ」
里「う、うん……」
智「よし、俺の部屋行くぞ。父さんは間取り図とか持ってくるように。説得は無駄、以上!」
里「へ? あっ、ちょ、ちょっと! い、いきなり手、握っ――う、うぅ……」
父・義母「判断が早い……」