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よくある一幕

 いつも通りの日曜。気持ちよく目覚めたはずの朝。一日の始まりにすることと言えば、隣で寝ているとんでもない寝相の里奈を蹴り飛ばすことからだった。


(なんで金曜と土曜の夜だけ、異常に寝相が悪いんだこいつは……)


 当然のごとく目の前にある左足を押しのけ、重さを感じる下半身へ目を向ける。

 里奈は俺の足にしがみついていたので、これはもう軽く蹴るしかなかった。どうせ起きないからいいだろう。それにさっきから視界がヘンと思っていたが、正体がわかった。


(いやなんで俺が里奈のメガネかけてるんだよ……)


 夜中に一体、なにが起こっているのか。微妙に知りたいようで知りたくない。

 ため息をついてメガネを取り、ついでに寝息対策でしている耳栓も外しておく。

 なにぶん耳が弱い自覚はあるので、ヘンな気分にならないための自己防衛であった。


「うぅぅ……」

「ううぅ、じゃないっての」


 鼻をつまんでみれば、「んがんがっ」と頭を上に引っ張られたような間延びした顔になる。

 だいぶおかしな表情だった。手元にスマホがあれば撮っておきたいくらいだ。

 ともあれ里奈をいじるのもそこそこにベッドから降り、ランニングの支度を始める。

 いつものように着替えを済ませ、習慣になった先生の目覚まし係の任を果たしに向かった。


「あらあら~、今日も精が出るわねぇ~。智くん」

「おはようございますっ」

「はい、おはようございます。うふふ、ちゃんと挨拶できてえらいわね~」


 そう言って子ども扱いしてくるのは、大家の宮坂聡子さん。糸目が素敵だ。

 この時間帯はアパート前の掃き掃除をしており、ほぼ毎朝顔を合わせている。先生は放っておくとすぐ二度寝するため、これを手伝わせるのが俺の役割になってしまっていた。

 悪戦苦闘の末。先生を文字通り叩き起こし、一時間ほど走って帰宅する。


「お疲れさま、智くん。はいどうぞ、バナナとヨーグルト」

「あぁ、いつもすみません……ありがとうございます。でも、いいんですか?」

「いいのよこれくらい~、気にしないで~。わたしが好きでしていることなんですもの~」


 なんでもないように笑う宮坂さん。バナナやヨーグルト自体は家にあるのだが、バイト代の貯金に回せる割合が増えるので正直助かる。多少は親の援助を受けてしまっているため、卒業したらなるべく早めに返したい、と。里奈とも話していることだった。


「……またひとりでなにか食べてる、ずるい」

「食いしん坊も一緒に走ればもらえるんじゃねぇの」

「やだ。だって負けるもん。走るペース、全然ちがうし」

「はいはい」


 雑な返事にムッとした里奈から小言の気配を感じ、浴室へと逃げ込む。それからごきげんな朝飯を食べ、洗濯などを終わらせつつ、宿題の残りも午前中のうちに片づけておいた。


 やがて正午となり、バイトの準備を始める。里奈も今日は保育補助ではなく、巫女バイトのほうらしいので同じ頃にアパートを出た。すると、また宮坂さんと出くわした。


「あら。ふたりともバイトかしら? 頑張ってね~、いってらっしゃい~」

「「いってきまーす」」

「……ね、大家さんってよく玄関前で会うよね? 不思議」

「たしかに。まぁ、生活パターンのタイミングが被ってるんだろ」

「うーん、そうかも?」


 納得はしていない様子。とはいえ行き先が正反対のため途中で別れ、駅前へ歩き出す。

 で――陽もすっかり沈み、カフェでのバイトも終了。LINEを確認する。


 里奈からの連絡はなかった。なので『買い物に行く』と送信し、スーパーへ。献立のメモを見ながら買い物を済ませ、最後に切らした調味料をカゴに入れる。その時だった。

 まるで図書室で同じ本を選ぶ古典的シチュエーション。隣を見れば、宮坂さんがいた。


「あらあら~」

「あ。こんばんは、宮坂さん」

「こんばんは。智くんは今日、カレーかしら?」

「そうなんです。宮坂さんもですか?」

「そうなの、夕飯もおそろいみたいね~。うふ、ふふふふふふふふふふ」


 こわい。お互いあとはレジだけのようで、そろって店を出ることになる。

 道中は他愛ない世間話ばかりだったのだが、宮坂さんは終始笑顔だった。アパートに着く。


「ごめんなさいね~、アパートまで持ってもらっちゃって~」

「いえ。これくらいはべつに全然」


 帰宅し、夜。一人前分のカレーを持ってダメな大人のもとへ向かう。もう身体に染みついてしまったのが悔しい。そしてやっぱり、またしても宮坂さんとタイミングが被った。


「あら~、今日はよく会うわね~。わたしも瞳さんに明日の朝食を持っていくところよ~」

「今日は、って感じもあんまりしない気がしますが……そうですね」

「あら。そうだったかしら? ふふふ。最近、忘れっぽくて困っちゃうわ~。歳かしらね」


 宮坂さんが笑う。正直あまり気にしてなかったのだけど、今朝の里奈の一言でなんだか妙に気になり始めてしまった。どうしてくれる、まったく。ともあれ一階へ降りる。


「瞳さ~ん、勝手に入りましたよ~」

「と、当然のように事後承諾……いや、俺もやりますけどもっ」

「あーぱあ~」


 中に入ると、先生がお酒をストローでちゅーちゅー吸いながら床に転がっていた。

 宮坂さんも特に気にせず、「あらあら」言いながら冷蔵庫にカツサンドを入れている。


「先生。ほら、夕飯の時間ですよ。カレーですよ。転がってないで起きてください」

「うわあ~、ごはんだあ~。きょうはたべていーの~? やったあ~」

「いや昨日も食っただろ……ぶっ飛ばしますよ?」

「や! ひとみをぶっちゃ、やーやなの! んちゅううううっ~、あぎゃぱっ!」


 しがみつきを回避し、カレーを置いてさっさと帰ることを心に決めた。すると、


「みんなでたべよ~、たべようよ~。たべりゅのぉおおおおっ!」

「あー、はいはいはい。わかりましたよもう」


 うるさいので、ひとまずスマホで里奈を呼ぶ――と同時に、ダッと玄関へ駆け出す先生。


「ちぇーんしなきゃ!」

「最低かよ……」

「うふふ。にぎやかでいいわね~」

「……そ、そうですね」


 結局。先生はチェーンの隙間越しで里奈を煽り、ホラー顔を直で見てしまったらしい。

 それで酔いがさめたのか、しばらくの間。部屋の隅でお酒を飲み直す先生であった。



 ――以下、おまけ。


 瞳「えへへ~、おうちにひとが~、ごにんもいるんだあ~。しあわせなんだあ~」

 里「ほ、本当にお酒くさいです……飲みすぎですよ、古賀先生」

 瞳「あははははっ! いいろよ~。んね~、さとょこさん」

 聡「は~い、ひとみちゃ~ん。上手にイッキしましょうね~」

 瞳「しゅりゅ! んぐんぐっ、ぷへぇ~。ぁ~、じあわぜぇ~。うぢゅうほろびないがな~」

 智・里(か、帰りたい……)

 瞳「昔ぃ! メールで〇〇ちゃんムカつくよねって来てぇ! 迷ったあげく乗った瞬間にぃ、イタズラだったとかさぁ! 言われてもさぁ! どないせぇちゅうねん、ワレェ!」

 智「いきなり辛かったこと話が始まったうえにイヤすぎだろ、それ……」

 聡「じゃあわたしは反対のこと言おうかしら~。智くんが引っ越してきてくれて濡れるわ~」

 智・里「――――ッ!?」

 瞳「そのとょおり! こーゆうのうんめーのしゃけってうっぷ――……おげろげろげろげろ」

 里「あっ……さよならパジャマさん。三年間、ありがとう……」

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