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食堂の孤島

『今日は食堂で食べるのよね?』

『日替わり食べたい。部長も推してたし』

『そっか』


 いつも通りの昼休み。里奈からの返信に目を通し、財布を持って教室を後にした。

 早足で食堂へ急ぐ。食堂の規模が大きくないため、目当ての日替わり定食も病で売り切れてしまうらしいのだ。しかし廊下を走ってはいけない! ちゃんと歩いて向かう。


 着くと食堂は生徒であふれており、七割ほどが日替わりの豚バラちゃんぽんを頼んでいた。

 ほぼ負けは確定だろうが、ともあれ来た以上は並んでおく。なにを食べようか?

 考えながら並ぶ途中。〝知り合いのとこに平然と割り込んでくるやつ〟が発生したものの、その上級生は後ろにいた俺を見るなり、渋々という顔で最後尾に回っていった。


(……なんだかなぁ)


 普段なら割り込んでいたにちがいない。多少なり注目を集めていたこともあって、食堂内がわずかに騒々しさを増した。自分のことは中々に聞き逃せないから不思議である。


「――はい、今の注文分で今日の日替わりはおしまいだよ!」


 結局、あと三人というところで完売だった。悔しい。ほどなく俺の番がやってくる。


「えぇと。そうだな……からあげ丼の、マヨネーズ少し多めとかできますか?」

「できるよ。310円ね――はいこれ、40円のおつり」

「ありがとうございます」


 丼にみそ汁付きでこの値段は、学生に優しすぎると思う。おばさんは俺の顔一度をじろりと見た後、ニカっと笑ってからあげをひとつおまけしてくれた。感謝!


(さて。今日はどこかなっと……お、いたいた)


 明らかに周囲から浮いた孤島。女子ふたりを見つけ、しれっとその輪の中に混ざりにゆく。


「まったくひどいもんだよな。べつになにかしたわけでもないのに、コソコソとさ」

「だからと言って当たり前のように同席しないでくれませんか、波瀬智成」


 冷ややかに拒絶を示すのは、同学年かつ同じ〝きりん荘〟に暮らす女子だった。

 凛としてみじんも表情を変えない彼女は、いわく鉄仮面とも呼ばれているらしい。


「そう言うなよ、寺本てらもと。空いてるんだし、いいだろべつに?」

「いーよ、なりりんは。いても」

弥生やよい……」

「さんきゅー、やよち」


 片割れの許可を得たので堂々と相席する。寺本は睨むように俺を見ていた。

 彼女の隣。いかにもけだるげな女子もまた〝きりん荘〟の住人で、しかも俺や里奈と同様に高校生同士のふたり暮らしという偶然。少なからずの親近感があった。


「でもあすみん、異性とまともに食事ムリふかのー。人体の九割、ツンデレニウムで組成」

「そうなの? あすみん」

「ブチころしますよ、波瀬智成」


 無表情のまま言い切られる。ひどい。無機質という表現はあまりに適切だ。

 寺本阿澄あすみ八塚やつづか弥生。事情はさほど知らないが、べつに双子や親戚とかではないらしい。やよちが言うには〝姉妹みたいな親友〟だそう。


「あすみんは嫌らしい。どうしよう、やよち」

「あすみんはいやらしい? それはそー。しょせん氷タイプ、燃えたら最つよ」

「? なにがお望みなんだろな。てらりん? すーみん? それとも、あすにゃ?」


 なんだか噛み合っていない気がする。やよちも少し困ったような表情を浮かべていた。


「? その中なら、あすにゃ。クールビューティ、意外と――んぐっ、はぐはぐ……」


 寺本が小さな口にカレーをつっこむ。もきゅもきゅ、とリスみたいに頬張るやよち。

 よほど続きを言われたくなかったらしい。ここで〝あすにゃ〟呼びは……さすがに無謀か。

 実力行使も充分にあり得る。からあげ丼を大人しく食べ進めるべきだろう、今は。


「しかしホントここ、孤島みたいで……すげぇな」


 加えて周囲の視線もひしひしと感じるうえ「あそこ空いてる」、「やめとこうよ」みたいなやり取りが何度も聞こえた。やっぱり部室に比べると居心地のいい空間ではない。


「不満があるのでしたらぜひ、今からでもひとりで食べてください」

「やよち、てらもつが冷たい」

「だいじょうぶ、問題ない。クラスの男子より、扱いはいい。未成熟な心、それが若さ」

「なるほど。理解したぞ、俺は! すべての発言は脳内で反転すればいいんだな!?」

「いえす。今日のあすみん、寝る前に鼻血。なりりんの夢見る、間違いない」


 やよちは口を三角にして、自信たっぷりに親指を立てる。俺も親指で返事をした。


「……弥生。私はいいですが、そろそろ黙らないと明日からなにも手伝いませんよ」

「なりりんが全部悪い。可及的速やかに謝罪を求む」

「寝返んの早すぎだろっ!?」


 古賀ちゃんクラスの速度だった。しかしやよちは先生以上に面倒くさがりであり、私生活の大半を寺本に依存している。自発的に動くのはトイレくらい、とは本人談。

 そんなこんなでゆるーく昼休みが過ぎてゆく。けれどそれも、最後までは続かなかった。


「見ろよ、犯罪者の娘と元ヤンがのんきに飯食ってやがる。早く中退しとけカス!」


 不意に誰かがそう言った。あまりの唐突さに食堂がしんと静まり返る。


「ちょ、やめなよ。そーゆーの。目ぇつけられたらどーすんの?」

「え? なに。ふたつも歳下にビビってんの? だせぇなオイ」

「はぁー? さっきはビビッて後ろ並んでたくせによく言うよ」

「う、うるせぇ! まぁ、せいぜいすみっコぐらしを満喫しててくれってことよ!」


 ハハハハッ、と高笑いして去っていく上級生。食堂内の空気は最悪だった。

 目を閉じて黙る寺本の内心を、俺に読み取ることはできない。


「あすみん、怒りは不必要。うちが犯罪者の娘、それは事実」


 やよちは変わらず淡々としている……ように見えた。親が犯罪者――彼の言う通りそれが、現状を作る理由。俺とはちがい、自分のせいですらないのだ。同情もする。


「その顔は怒ってる顔なのか。全然わからん」

「そうです怒っています。なので波瀬智成、少しだけその薄汚い顔を貸してくれませんか」

「べつに殴るなら殴ってもいいぞ。それで気が晴れるならさ」


 ただまっすぐ。目をそらさずに、せいいっぱいの誠意をもって言葉を返す。


「……そういうところ、嫌いです」

「意訳すると?」

「てれってってってー、あすみんの好感度が2上がった!」


 寺本の仏頂面にピースサインがそえられ、あまりのシュールさで笑ってしまった。

 たしかにのんきかもしれない。けどそれが、やよちの良いところなのだと。そうも思った。



 ――以下、おまけ。


 智「おかえりなさいませ、阿澄お嬢様。私は家庭用人型サンドバックの波瀬智成と申します」

 阿「いきなり現れてなにわけのわからないことを」

 智「ごめんなさい。べつの言語に切り替える際は右頬を、モードを切りぐへぇあばっ」

 阿「あまりふざけていると殴りましたよ?」

 智「ご利用ありがとうございます! その程度なら私は4000発を耐えることができます」

 阿「…………」

 智「お疲れの場合は執事モードに切り替えることを推しょおがばがっ、おごっあぺ! ご利用ありがとうございます! ご利用ありがとうございます! ご利用ありががっ――……」

 弥「――あすみん、今朝から不機嫌。なぜ、どうして。もしや有言実行、なりりんの夢?」

 阿「……ちがいます」

 弥「どーりで寝顔、ふにゃふにゃ」

 阿「!?」

 弥「というウソ。あ……待って。反対、暴力反対。話し合いを望む。あっ、あ~~~」

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