鑑賞
「ね、さっきから何してるの?」
休日の午前。ダイニングキッチンにある、テレビの前。
あれこれ視聴の準備をしていると、同級生かつ義妹でもある里奈が言った。
「菫先輩にブルーレイのBOX借りてさ。今日は時間あるし、観ようかなって」
「あ、そうなんだ。どういうの?」
「普通にロボットアニメ。おすすめありますかって訊いたら貸してくれた」
思いのほか関心があるらしい。ついさっきまで共用の自室……で読書をしていた、自宅ではたまにメガネをかけがちな里奈はマグカップ片手に俺の背中をジッと見続けている。
「アタシ少し調べたけど、ロボットアニメって大体50話くらいあって話数が多いのよね」
「まぁ、今回のは全26話らしいから」
「半分かぁ。じゃあ観ようかな、アタシも。今日はバイトないし」
「ん? 意外。話題についてくために何かするとか、嫌いそうなのに」
「え、嫌いよ? でもどうせご覧の通り勉強か読書しかすることがないんだもん。趣味らしい趣味もないし、出かける口実――……じゃないっ、も、目的もないからっ」
「……本当なんでギャルっぽい見た目にこだわってんのかね、おまえは。わからん」
もうギャル装が趣味でいいんじゃなかろうか。俺はそういう区分に興味もないが、どうやら中学までいじめられっ子な陰の者だったようなので、その辺が原因なのかもしれない。
「好きでやってるのからいいの、放っておいて。飲み物とお菓子、用意してあげないから!」
「え、そんな殺生な! 里奈様、仏様ぁー。よっ、世界一のギャルもどきっ!」
「ふんっ!」
ぷい、とそっぽを向くが、なんだかんだ用意してくれた里奈とソファーで横並びに座る。
「一応、質問。やっぱり戦争もの?」
「さぁ? 特に事前情報なし。でもそうなんじゃね、ロボットだし」
偏見の塊だとは思いつつも、荒んでいた中学時代。千雪先輩や菫先輩の家でお世話になっていた時、いくつか観せられたのもほぼ戦争ものだったのでしょうがない。
ともあれ視聴を開始し、OP曲の穏やかなイントロが流れ出す。そして、
「「……――――っっ!?!?」」
当たり前のように宙をたゆたう、裸体の女性キャラに度肝を抜かれたのだった。
衝撃の中、花を咲かせるように裸はその数を増していく。放送された時代のせいだろうか。
謎の光による修正などもなく、上半身はすべてをさらけ出しており、やたらと女を強調する映像がもたらす恥ずかしさは、気まずいなどという次元を簡単に飛び越えてきた。
(……な、なんだ。なんだこれ……もしかして、俺が里奈と観るのを見越した高度な嫌がらせなんじゃないのか? いやいや、つかよくよく聴いたら歌詞も直接的すぎだろ……赤いバラを部屋中に敷き詰めて、シルクのベッドで朝まで愛し合うなよ。片づけるの大変だろ?)
隣の里奈も完全に固まっていた。しかしだからと言って飛ばしたら、かえって気にしていることが伝わってしまう。ここは耐えるが吉と見て、1分弱を耐え忍ぶと決めた。
ようやく本編が始まる。一度始まれば、ありがたいことにすぐ内容へ集中できた。なにせ、
「独自用語が多いタイプなのね、これ」
「それにところどころ会話が噛み合っているんだか、いないんだか」
「皆、それぞれの認識で言いたいこと言ってる感じよね」
「だな。まぁ、俺はそっちのほうが人間味あって好きだ」
「そうなの?」
「そうなの」
――やがて一話も終わる。が、色々と説明をしているようで不足している印象だった。
「……ED曲の映像は植物、というか花だらけだったな」
「うん。アタシてっきり男キャラの裸が空を飛ぶかと思って、ちょっと身構えちゃった」
いつの間にかクッションを抱きかかえていた里奈が、やや気恥ずかしそうに笑う。
「わかる。でも歌詞はOPより、生々しい輪郭を歌ってたと思う」
「愛とか、母とか、女とか、家族とか。そういうテーマの話なんだろうね、きっと」
「花が生殖器と言われれば、そうだろうし。人間のそれとちがって醜くはないものな」
と――思ったままを口にして数秒後。ふと我に返った。この言い方ではまるで、
「見たこと、あるの……?」
ぽつりとつぶやく里奈。表情は見えず、テレビは自動で二話のOP映像を映し始める。
「いや、その、見たことは、ない」
「…………」
「ただ。ヒトを産むものがきれいとか、素晴らしいとか。そういうのは思ったことが、ない」
「……そう、なんだ」
言いたいことがある、そういう受け答えだ。けれど里奈は黙ったまま先の言葉を紡がない。
だから俺もそれ以上は、何も言わなかった。進んで話すようなことでもないからだ。
「続き、観るか?」
「ぁ、うん。ストーリー自体は……まだ、何がなんだかよくわからなかったし」
同意して視聴を続ける。正直に言って初見のOPよりも、今のほうがよほど気まずかった。
黙々と映像だけが画面を流れていく。物語に引き込まれたわけではない。
きっとお互い、間を持たせたい心があったのだろう。気づけばもう九話で、とっくに正午を過ぎていた。さすがにこれが終わったらお昼にしよう、と。そう思い――
「――…………っ」
それは。それは、母と子を描くエピソードだった。
敵対組織にそれぞれ所属している母と子。その、温かくもない再会。
冷たい銃口を向け、子が言った。愛を育むのが面倒だったから俺を捨てたんだろ、と。
見せかけでしかない愛の証を持ち、母は答える。あなたを愛している、と。
天才の精子を買い、片親となった母は続ける。馬鹿げたことをするのはやめなさい、と。
返答を聞き、子は女を嘲笑した。俺が馬鹿げているのはその天才の遺伝子のせいだろ、と。
言い淀みながら彼女は否定する。問題があったのは私の遺伝子のほうだ、と。
その言葉に憤る彼もまた否定する。自分に欠陥があるのなら――子どもなんか作るな、と。
ほどなくして九話が終わり、EDが流れ始める。すると里奈が戸惑いがちに提案した。
「ね、ちょっと遅いけどお昼にしよ。アタシ作るからさ、なに食べたい?」
「じゃあ……冷凍のうどんにさんま缶とかきのこ類とか入れて、卵かけたい」
「ん、わかった。10分くらい待ってて。ぱぱっと作っちゃうから」
里奈は小走りでキッチンのほうへ消えていく。わかりやすいヤツだ。
暗くなった画面を見つめ、ため息をひとつ吐き、それから――濡れた頬を拭う。
(……涙が出てしまうことの意味を俺は、本当はどう考えるべきなんだろうな)
ほんの一瞬、思考が巡る。けれども、いつか出した答えが変わることはなかった。
――以下、おまけ。
智『前に借りたブルーレイのやつ、わりといい感じだと思います』
菫『観てくれたんだー。ねー、でしょでしょー』
里『アタシも一緒に観ました』
菫『りなりなまでー、わたしは嬉しいよーぅ。何話まで観たのー? 面白かったー?』
里『面白いかはちょっとよくわからなかったですが、惹かれるものはありました』
菫『りなりなっぽい感想だー(笑)』
智『とりあえず九話までです』
菫『おー。ということはぺぽぺぽってばー、泣いたー?』
智(……やっぱわかってて貸してくれたな、このひと)
里『いえ、泣いてなかったですよ』
菫『あれー? そうなの、おかしいなー』
智(? なんで嘘ついてんだ、あいつ。まぁ、しょうがないから乗っかるか……)
里(泣いてる顔を見たことあるの、わたしだけだったり……しないんだろうなぁ)




