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発作

「――ペポくん。一般的な恋愛における、潜在的なクズ男ってなんだろうか?」

「これまた唐突ですね、千雪先輩」


 放課後の部室。後輩らしく三人分のお茶を茶碗に注いでいると、そんな疑問が投げられた。

 テキストを打ち込んでいたモバイルPCの画面を消し、先輩は真剣さを浮かべる。


「えー。とりあえずー、百合の間に挟まる男じゃないのー。ねー、サンドウィッチマーン」

「その呼び方、気に入ってたんですか……菫先輩」


 タブレット端末に人型ロボを描くもうひとりの先輩は、完璧にコタツでだらけきっていた。


「そうだよ、すーちゃん。サンドウィッチマンじゃなくて、ペポくんは無能なんだから」

「あー、そっかー。わかってあげられなくてごめんねー、ぺぽぺぽー」

「……せめて野菜をつけてください。あとクズのことはわかりません」


 どちらも百合に挟まる男を刺すあだ名だ。茶碗を配膳しつつ、ため息がこぼれる。

 茅沼千雪と宇城菫。ふたりは付き合っているので、たしかにその怒りもわからなくはない。


「千雪の想像上ではこう、隙を匂わせてくる輩が気に入らないなぁ」

「匂わせ、ですか?」


 描くのをやめた菫先輩は納得した様子だが、俺はあまりピンときていなかった。

 部長から少女漫画を借りたりしていても、経験値はまったく足りないらしい。


「そうだねぇ。もしもペポくんが誰かに〝私のこと好き?〟って告白されたらどうする?」

「ごめんなさい、って即答ですかね。普通に誰とも付き合いたいと思わないですし……」


 返答を聞き、男嫌いである千雪先輩は満足げに微笑んでお茶を一口。


「うん。けれど潜在的クズはちがうんだよ、これが」

「断ったそのすぐ後のー、言動がポイントだよねー」

「すぐ後の言動?」


 断ったらそれ以上、会話の必要がない気も……あぁ、そっか。フォローの仕方。


「そうそう。たとえば異性としての好意は抱いてないから付き合えないと断ったはずなのに、いきなり〝けど〟と言って。好きでもない女の子を褒めるのはよくないことなんだよ」

「な、なるほど。でもそれって、相手をなるべく傷つけないようにって――」

「甘いねぇ。振られた時点で、もう傷ついているんだからそれは余計な気遣いかなぁ」

「ご、ごもっともで」

「失恋した瞬間はさ、〝もう、いっそ殺してくれ!〟とか思えちゃうものだからね。そんな時に慰めるようなことをされたり、言われたりしたらモヤモヤすると千雪は思う」


 つまり下手にフォローなんかせず、とっととその場から去れ! ということか。


「いや、だとしてもですよ? すぱっと振ったらヘンなうわさ流されたりするんじゃ?」

「それはあれだねー、面倒くさい女に好かれたってことでひとつー」


 すでにおぼろげな小学生時代を振り返れば、振った翌日に女子たちが徒党を組んで「なんで○○ちゃんと付き合わないの?」とか言ってる場面には少し覚えがあった。


「……男子が女子をこっぴどく振るとひどい! って袋叩きにされて、女子に冷たく振られた男子が食い下がると女々しいってののしられるの、ひどいと思いません?」

「「女ってそういう生き物だからねぇー」」

「あぁ……」


 告白があくまでお互いの好意の確認作業、と言われるのは無理からぬことかもしれない。


「まー、男のメンヘラって基本的に需要ないからー。しょうがないよー」

「いくらメンヘラと純情が紙一重と言ってもね」

「じゅ、純情といえば女性の恋愛は曲がり角が、男性は直線が多めって聞いたことが」

「へぇ? たしかにそれは、処女好きが多い原因でもおかしくはないかもなぁ」

「男は不倫と今を両立しようとしがちだけどー。女の不倫はー、ほぼ乗り換え準備だしねー」

「――――っ!」


 千雪先輩からは表情をうかがえない、絶妙な角度に浮かぶ背徳の微笑。不本意にもドキリとさせられ、思い出す。先月の大教室、快楽的な刹那主義者と交わしたひとつの約束を――。


「まぁ、ともかく。あとはそうだねぇ……同じくたった今振ったのにいきなり抱き締める男も腹立たしいなぁ。その場限りの恋人気分を味合わせて、完全にキープなんだよ。されたほうは頭がおかしくなって諦められなくなる悪魔的所業! 滑り台送り! あぁ、なんてひどい!」

「ち、千雪先輩?」


 妙にテンションが高いうえ、言いたいことをただ言うだけの千雪先輩はらしくなかった。


「あー、もしかしてとは思ってたけどー。共学ってストレスが原因のいつもの発作だこれー」

「きょ、共学? 発作? だ、大丈夫なんですか?」


 菫先輩が「平気だよー」と他人事のように笑う。きっと日常なのだろう。


「それと自分以外の好意を向けている相手より、少しだけ優しく接している男! 期待感だけ与えられて、あとは脳が破壊されるのを待つだけのかわいそうな生き物にしてくるなんてあり得ない! そして目撃する! 彼女と話すその後ろで女友達と手を繋ぐ好きなひと! それを遠目から眺めているだけの、夕暮れの帰り道! あっ、あぁ、ああああああっ!?」

「WSS――わ、〝私が先に好きだったのにぃ〟ーーーっ!?」

「そー。それが発作だよー。まぼろしー」


 千雪先輩はぐるぐると目を回しており、もうギャグ漫画みたいに表情がとろけていた。


「……って! 千雪さんがNTRの次に、生理的に無理なやつじゃないですかっ!」


 取り乱せば傍から「だねー」という声が聞こえ、さらに驚かされる。

 それから当然のように菫先輩は俺に体重を預け、指を絡ませてきた。千雪先輩からは死角の位置で。罪悪が視線を導く。幸いにも変化はなかった。胸をなでおろす。しかし、


「いま、ここでキスしたら。泣いちゃうよね、千雪。だから……しよ?」

「~~~~っ!?」


 すかさず弱い耳を攻められ、押し倒された。恍惚な笑みはささやくように続ける。


「けどそうしたら、壊れちゃうね? 友情も、居場所も。みんなみんな、ぜーんぶ」

「お、俺と菫さんの勝負じゃないですかっ。ま、巻き込むのはルール違反ですよっ」

「ううん。ルール無用が、恋愛のルール。だよね?」


 一理ある、なんて思わされたその時。襖がスパーンと景気よく開かれた! 部長だ!


「おーし、お前ら! 今日は人生ゲーム持ってきたからやろ――……じぃーっ」

「ちぇー。ヤなタイミングだなー、もー。んちゅー」

「なんだとおま――あっ、は、離れろスゥてめぇーッ!! い、色々と許さん食らえッ!」


 室内の光景を目の当たりにし、足を振り上げる部長! 菫先輩も難なくそれを回避!

 結果、俺の顔面を踏んだ! いたい! でもグッドタイミング! 感謝しかない!


「ありがとうございます、部長っ! 助かりましたっ! あといい柔軟剤で――……」

「ふ、踏まれて喜ぶなよ、ばか変態っ! つーか嗅いでんじゃねぇえええっ!?」


 ……痛てぇ。でもなぜかこの後、罰として部長に靴下でめちゃくちゃ顔をはたかれた。



 ――以下、おまけ。


 千「……正直、ペポくんにはあまり見られたくはなかったかなぁ。すーちゃんやゆーちゃんはもう知っていると思うけれど、千雪はたまに少し錯乱することがあるんだよ」

 由・智「……少し?」

 千「こうなるようになったのも、実は高校に進学してからでね」

 智「あぁ、通りで知らないわけです」

 由「チユさ、月イチで男批判しながら勝手に幻覚見て発狂すんの。普通にやべー女だよな」

 菫「ったく。もーねー? こんな女を好きになるのー、わたしだけだよー」

 智「なぜに唐突な厄介彼女面――……いや、彼女なんでしょうけども」

 千「千雪は〝私が先に好きだったからしんどい〟――W3S症候群と呼んでいるねぇ」

 智「ぜひWHOに相談してください……」

 菫「私がヒロインだー、お前たちじゃないーっ!」

 千「そうだ、そうだぁー」

 由「うるせーよ……(つーか、私がヒロインだし……)」

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