辛口
「――だ~れだっ!」
「…………」
放課後。明かりのついた和室。中に入った途端、背後から両手で視界を塞がれた。
声を変えてはいないので、誰かはすぐにわかる。ただ、反応するのが少し面倒だった。
「あれれ~、じゃあヒントね? 茶道兼模型部で最も尊敬を集める美人な年長者で、あなたが実は心の中で〝俺が一生お世話しないと〟って思ってる相手よ!」
「…………」
やられた。塩対応は想定内でこの質問か。自称IQ300のくせにこざかしいと思う。
答えたら言質を取ったと言い張り、逆なら恥ずかしいのと笑うだろう。無敵の人だ。
「ぐぷぷぷっ! さらに物理的なヒントを追加ぁっ!」
そう言って胸を押しつけてくるのは、顧問と茶道の指導員を兼任する古賀瞳――古賀ちゃんである。まだカバンも置いてないのに、来て早々このだる絡みはしんどい。
「はぁ……どう考えても先生一択じゃないですか。そういうの、早く彼氏を作って好きなだけやっててくださいよ。そっちのほうが楽しいと思いますよ? いやマジで」
もはや校内で問題になっていないことが奇跡だ。地味な姑息さを感じさせる。
「うわぁ、ノリ悪いー。でもなんだかんだ胸を背中に押しつけられるまで粘っちゃうあたり、もう完堕ち一歩手前って感じよね? そうよね?? ぷくくくっ、この欲しがりさんめっ!」
(は、果てしなくうざい……)
「うりうり~、うりうりうり~」
執拗に身体を擦りつけてくる先生を振り払い、カバンを置いてからコタツへ。
しかし古賀ちゃんも同じく真横に座ったので移動した。何度かそれを繰り返す。
「ふふふんっ」
「なんです?」
「先生、とってもかしこいから知ってるのよ? そういうしょっぱめな対応しててもね、いざ先生の人生に理解ある彼くんが登場すると、得てして絶大な精神的ダメージを受けるの!」
「俺だけが知ってるなんとかみたいなあれですか」
「そのとおーりっ! 今さら好きだと気づいてももう遅い! 一度やってみたいわよね~」
熱く拳を握り、天井を仰ぐ先生。まぁ概念については今度、千雪先輩に訊いてみよう。
「でもその仮定って俺が先生の潜在的なガチ恋勢? な前提ですよね?」
疑問した瞬間。ピタリと先生が固まり、ややあって恐る恐る口を開いた。
「え……? じゃ、じゃあ先生は波瀬くんにとって、何者のなの? あたしは誰ぞ?」
「教師以外になにがあるんですか」
「か、隠れ真ヒロイン……?」
「一生隠しといてもいいなら、それでもいいですけど」
「しまわれちゃうお姉さんっ!?」
「?」
たぶん元ネタがありそうな感じはしたけど、いまいちピンとこなかった。
そんな思いを表情から読み取り、意図しないダメージを食らって勝手によろめく先生。
「つ、伝わらないボケは、死んでも解説するなっておばあちゃん言ってた……」
「な、なんかごめんなさい」
「謝罪するなら愛をくれぇええっ!?」
しおらしく横座りしたと思えば、感情任せにゆすってきたりと、本当に忙しいひとである。
「愛ってねだるものじゃないですよ、先生」
「知ったようなことを言うぁああああっ!!」
「それもそうですね――まぁ、知らないのはお互い様ですけど」
「うぐぅ……きょ、今日のはぜぐんは微妙に辛辣なの、優しくないの。どぉぢでなのぉ……」
「アメとムチの使い分けってやつじゃないですか」
泣き顔半分、変顔半分みたいな表情は、いつ見てもちょっとだけ面白い。
だからだろう。つい思わず、アメなんていう余計な単語をくっつけてしまった。
アメのターンがあると知った途端、恐ろしいほど変わり身が早いのが古賀ちゃんだ。
「つまりっ、波瀬くんがSだからあたしがMに変態すれば、陰陽とかプラスマイナスみたいな感じでドッキング可能ってことっ!? ファイナルアンサ――ぁあああああああっ!?」
当然、先生は水を得た魚のように周りをちょろちょろしながら煽り始めた。
すぐに膝を崩し、うつ伏せの背を踏みつけ、両手を後ろに思いきり引いて大人しくさせる。
「うるさいですよ。というかファイナルアンサーってそれ、なんかのセリフですか?」
「え、あっあ。そ、そういうのが一番、心に刺さりゅのぉ……ぐすん。ひとみ、泣いちゃう」
「泣けば何とかなると思ってるひとって、一番嫌いなタイプじゃなかったでしたっけ?」
「? あたしがあたしを嫌うわけがないでしょう? 大丈夫? 結婚する?」
「ダ、ダブスタクソ教師……」
直前まで泣いていたはずなのに、澄んだ目で逆に心配してきた。さすがにこわい。
引きをやや強めると、息を切らしながら古賀ちゃんは必死に反論? をする。
「せ、生徒以上恋人候補以上を求めてなぁにが悪いっ! なにが悪ぅううういっ!?」
「いや、ダメだろ。教師なのに自分の生徒と付き合うなんて……」
「う、うぅ……あたしの心の対話型オアシスは、そんなこと言わない!」
もはや先生の中で俺は、ひとりの人間ですらない概念的存在だったらしい。
「まぁ俺は言わば、オアシスをアシストする程度の存在だったってわけです」
「…………」
見事なまでのノーリアクションだった。拘束を緩めると、先生がくるりと仰向けになる。
そこにあるのは、目元だけ少女漫画にされたような、きれいな真顔。
沈黙が続く。窓の外では、野球部員が前日の雨でできた泥に足をすくわれて転んでいた。
「波瀬くん……そこはさ、ワックスじゃなくてセッ――ぅぎゃぁああああっ!」
足に関節技をかける。決して腹いせとか、憂さ晴らしとかではない。やつ当たりだ。
「は、波瀬くんがっ! あたしをっ、いじめてぇっ、楽しんでるぅ……うぅ」
「楽しいっていうか、まぁ楽ではありま――」
「てことはっ、今までのは実質いちゃラブでっ、いつの間にか付き合ってたってことっ!?」
でへへ、と。だらしない顔を浮かべるが、都合のいい解釈にも限度があった。
「ちがいます。たまたまです、気まぐれです」
「またまたぁ~、たまたまなんてそ――あ、波瀬くんレベルのスベりギャグ言っちゃったっ」
先生は「てへっ」とおどけ、それから一転して「ぷくくくっ」と盛大に笑い転げる。
(う、うぜぇ……)
浮かんでしまったとはいえ、たしかにあのダジャレは苦しかったと思う。そういう意味でもどうやら敗色濃厚なので、俺は対先生最終兵器――〝対話拒否〟を発動するのだった。
――以下おまけ。
瞳「ねぇ、波瀬くん。波瀬くん波瀬くん、ねぇってばー……――あ、今のっていちゃついてるバカップルみたいじゃない? これもう人生のスタートラインってことよねっ!?」
智(べつにカップルじゃないし、この場合ただのバカ……)
瞳「でも品性の欠片もない人間を相手にしてて疲れないのかしら? バカップルって不思議」
智(あれ、先生の家って鏡なかったっけ? ……いやあるよな、見たことあるし)
瞳「たしかに恋は盲目と言うけど。あんなの現実が見えてないロマンチストで、愛されたことがなくて、恋愛経験か自信がない人間のなるもの! あたしたちも気をつけないと」
智(??????????????????)
瞳「何事も慎ましくが一番。そう、たとえば朝チュンの後。優雅にコーヒーを飲むとか!」
智(クスリでも入ってんじゃねーの、それ……)
瞳「あれ? あたしが起きたらもう朝食がある今の生活……はっ、これが噂の事実婚っ!?」
智「それはちがうよっ!?」
瞳「はいぃーっ、あたしの勝ちーっ! ぷっくっく、しょせんは思春期のオスなのあがぺっ」




