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逆張り

「なぁー、ペポ。お前、毎日やってることとか、やりたいって思ってることある?」


 いつも通りの放課後。茶道兼模型部の活動拠点である、和室。時季外れのコタツ。

 さっきまで少女漫画を読みふけっていた部長が、不意にそう言った。


「……ランニング、勉強、筋トレ、読書。最近だとトランプでマジックの練習、ですかね?」

「ふぅーん、そっか。なんつーか、あれだな。その。地味、だな」


 あぐっ、と。マイ箸でショコラブランチュールのチョコバナナ味――まぁ、ラングドシャのチョコレートクッキーを口に運びながら、自分でも薄々感じたことを指摘される。


「かもですね。部長はどうなんです?」

「私か? 私は最近、帰ったら自転車に乗る練習をしてるぞ」

「あ、部長。乗れなかったんですか」

「言っとくけど優先順位の問題だからなっ! あとちょいで乗れるし余裕よ、余裕っ!」

「まぁ極論、乗れなくてもべつに不自由はないですからね」


 とはいえ、小さい頃からどれだけ後回しにしてきたのだろう、とはちょっと思う。


「でも高校生になって、改めて練習しようと思い至った理由は気になります」

「あー、なんてーの? できないことひとつずつ潰していくレベル上げの一環的なやつ?」

「おー。さすが部長、えらい」

「ふふんっ、だろ?」


 得意げに鼻を鳴らす部長。うっかり「原付取ればいいんじゃ?」とか言わなくてよかった。


「自転車に乗れないってなると、もしかして泳げなかったりもします?」

「お、よくわかったな。まだあんまり泳げねーのよ。ま、花丸くんはあげよう。口開けてみ」

「え? あ、はい。あー」


 口を開く。部長はクッキーをひとつ取ると、持ち前の器用な指先でそれを弾いた。

 描かれる軌跡は山なりの放物線――ではなく、えげつない速度の直射だった!

 避けたくなった時にはすでに着弾。しかし、どうやら俺の口内は無事らしい。


「き、器用ですよね。部長……あ、うまい」

「だろ? なにせここまで仕上げるのに、私は10年を費やしたからな!」


 おそらくクッキーに凄まじいバックスピンを掛け、舌の上にぴたりと静止させたのだろう。

 気づいた頃にはもう、ラングドシャの食感とわずかに溶けたチョコの甘さを味わっていた。


「ちなみに会得までの犠牲者の数は……?」

「…………」


 こわい。本能的に身の危険を感じ、思い出したかのように慌ただしく話題を戻す。


「だ、だからってわけじゃないですけど俺、てっきりプラモデル作りが日課なのかと」

「私は作りたい時に好きなもん作るだけだから言うほどだぞ」

「あ、そうなんですか。まぁ、そもそも女子でロボットとかに興味あるって珍しいですよね」

「……周りの普通の女子がプ〇キュア観てる時、戦隊ヒーロー観てきたタイプだしな」

「あぁー、なるほど。そこから」


 納得した。俺も前はロボット系全般に対して、メカはダサい、ストーリーは暗い、ファンは拗らせてる。こんな偏見を持って――……いや、やっぱ部長もこれ、拗らせてるよな?


 そんなふと感じたことを決定づけるように、部長はさらりと言ってみせる。


「生まれついての逆張り人間だったわけよ。この私、貴戸由真はな」

「ぎゃ、逆張り人間……」


 逆張りとは、流行りに逆らうあまのじゃくな性質のことで。つまりは反抗期だ。


「アニメしかり、ゲームしかり、スポーツしかり、趣味しかり。普通の人間が、普通にやってたりするものは何でもイヤだったなぁ。あ、もちろん今は、んなことねーぞ? たぶん」

「俺、部長に〝うわっ、逆張ってるー〟なんて思ったことないですし、平気じゃないですか」

「そ、そうか? そっかそっか。なら問題ないな! えへへ」


 素直に答えると、部長が照れくさそうに小さく笑う。かわいい。


「とすると部長の成績が、けっこう上のほうらしいのは」

「小さい時はみんな基本、勉強すんの嫌いだろ?」


 やっぱり。まぁ、きっかけはどうあれその逆張りマインドのおかげで今の部長があるというのなら、それはそれで無駄なことではなかったのかとも思えなくもない。


「……部長って海に流されると生きられない、小さい川魚だったんですね」

「小さいは余計だろ」

「かわいい小動物系っぽいのに、見かけによらないんですね」

「言い方の問題じゃねーっての。お前、ひとを見かけで判断しちゃいけねーんだぞ」

「わかってますって。あ、てことは逆張り人間的には見かけで判断してたんですか?」

「そりゃそーよ」

「じゃあ中学の荒れてた時とか。俺、部長と会ってたらやばかったかもです」

「……それは。そーかもな」


 ――〝狂牙の虎〟。ヤンキー漫画でも見かけないダサすぎる通り名がつく程度には、暴れていた過去が俺こと波瀬智成にはある。なので高校では当然のごとく浮いていた。


「もしかして五月に入ったのにコタツが出てるのも、多少は逆張りが関係して?」

「どうだろ。ちなみに言っとくけど、いつコタツ片すかは私が決めるぞ?」


 直後。沈黙が生まれ、バチバチと無言の火花が飛び交う。正直いくらあの茅沼重工の特注品と言えども、五月にコタツはもう暑い。部長を膝上に置くくらいが限界なのだ。


「寒いひとは着込めばいいですけど、暑いからって脱ぐわけにはいかないじゃないですか」

「べつにここなら脱いでもいいぞ? 誰も止めやしないしな。むしろ喜ぶやつのほうが多い」


 ……たしかに。それは否めない。顧問含め五人中、三人は確実にそうだろう。


「部員なくして、長に何の意味があるんですか!」

「嫌なら部長を決める投票で勝てばいいだろ!」

「え。そんなんあるんですか?」

「ない。前回限りで私がなくした」

「えぇ……」


 この部活はすでに独裁政権だったらしい。知ってた。そんな感情が顔に出ていたのか、戦術を変えてきた部長はなりふり構わず駄々っ子のように話を打ち切ってくる。


「とにかくヤダ! いっぱい喋ったらノド渇いた! お茶ちょうだい!」

「はぁ、わかりましたよ。まったくもう……なにが逆張りですか、ただの強情っぱりだ」

「き、こ、え、て、ん、ぞ~ッ! お望み通り食らわせてやる。私の奥義をなぁっ!」

「え。それはやば――あたっ、あたたたたっ! い、いたいよぉおっ!?」


 部長はポケットから飴玉を取り出し、怒涛の八連射を撃ち放つ。その威力は凄まじいうえに段々と楽しくなったらしく、嬉々としたガンマン気取りで俺を蜂の巣にしていた。


 いつも通りの放課後。変わらない日常。茶道兼模型部――改め、ゆる部は今日も平和です。



 ――以下、おまけ。


 智「もう部長、指先だけ実はゴリラなんじゃないですかね……」

 由「普段、私がどれだけ手加減してつねっているかわかったろ」

 智「うわー、やさーしーなー。そんけーしちゃうなー」

 由「言ったなペポお前、じゃあ私と指相撲でもやるか?」

 智「イヤですよ。俺だって指はまだ五本ずつでありたいですし」

 由「ほほう、負けるのが怖いと?」

 智「……勝つのは俺ですけど、勝てる気満々のとこを負かしたらかわいそうじゃないですか」

 由「そう来なくちゃな! (勝ち負けの話になるとホントちょれーな、こいつ)」

 智「じゃあほら、手を出してください。でも特別ルールで目をそらしたら負けですから」

 由「ひょっ!? そ、それは……ちょっとぉ。ず、ずるいぞお前! 私がルールだっ!」

 智「あ、逃げるんですか? なら俺の不戦勝ですよね。はぁ……また勝ってしまった。そんな程度の覚悟で挑んでくるなんて笑止千万。いとおかしです。まぁ、部長には初めから俺の最終秘奥義を見せるまでもないってたいいたい、痛いでこれいやマジでちぎれちぎあっ」

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