手作り
相変わらずな昼休み。ひとけの少ない和室。
いつもの騒々しさとは無縁の室内で俺は、ぽつんとひとりコタツに入っていた。
(まぁ部長いないし、べつにコタツ出す必要はないんだよな……)
習慣こわい。これがいわゆる単純接触効果というやつなんだろうか? 不思議だ。
そう思うとなんだか、コタツがちょっと可愛く見えてきた――のはたぶん気のせい。
(さて、ぱぱっと食うかぁ)
弁当を広げる。今日の当番は俺で、基本的に残り物がメインだった。
(……しかしなぁ。ずっとこのまま卒業まで部室飯ってわけにもだし、強引にクラスメイトと食べようとするのは論外だろ? ……かと言って、里奈の後ろにくっついて回って女子の輪に混ぜてもらうのもなんかちがう気がするし。はぁ……どうしたもんかね)
先月から引き続き、答えの出ない自問を繰り返す。自分でも少しうんざりしていた。
ため息をつく。それからぼんやりと箸を動かし、切り干し大根をつまんで一口。
「……けほけほっ、いやこれ辛っ」
それは昨晩、里奈がピリ辛炒めにしようとして一味唐辛子を大量投下した代物だった。
存在をすっかり忘れており、行きがけに買ったペットボトルのお茶をあおる。
ちょうどその時、やや遠慮がちに襖が開かれた。部長だ。
「おっ、いたいた。ペポ、ちゃんと食って――……って、んな慌てるこたねーだろ」
「い、いえべつに部長に驚いたわけじゃないですよ。くっそ辛いんです、これ」
「む、そっか。ならいいんだ」
わずかに頬を膨らませていたが、聞いた途端にすぐに緩む。本当にわかりやすいひとだ。
ちょこんと真向かいに座り、弁当を広げ始めた部長は、満足げな笑みで続ける。
「にしても、ふふんっ! ちゃんとコタツが出てるとはなっ! これも教育の賜物だな!」
「……教育というより調教では?」
「ちょ、調教とかなにいきなり恥ずかしいこと言ってんだ、ばか! ぐるるるぅっ」
顔を真っ赤にして唸り始める部長。まるで調教イコールえっちなことみたいな反応だ。
部長もだいぶ菫先輩たちに毒されているんだなぁ、と。しみじみ思う。
「あ、なんか部長の弁当、おいしそうですね」
「! そ、そう見えるか!?」
「え? はい、まあ」
「そうか、そっかそっか……」
何故だかやたら嬉しそうにニヤついていた。もしかすると自分で作ったのかもしれない。
実際。部長の指先を見れば、可愛らしい絆創膏が何枚もぺたぺた貼ってある。
「俺のなんてほら、ほぼ残り物ですし。さっきのこれなんかひどいんですよ? 里奈が昨日、一味唐辛子入れすぎたせいで死ぬほど辛くて。しかもそれ誤魔化すために普通のオムライスをいきなり納豆にんにく炒めのチーズ和えとかにしてきたうえ、小学生のドリンクバーみたいな感じのわけわかんねぇ液体飲ませてくる始末でっ! それで里奈が――あと里奈が――……」
「へぇーーーーーー、そーなんだぁ……ふぅーん。ふぅうん、ふーん……」
いきなりテンションが下がってしまったようだ。直前の笑顔はいったいどこへやら?
ジト目というか拗ねた様子で、弁当に向かってなにか言っている。ちょっとこわい。
「部長、聞いてます?」
「ヤダ。聞きたくない。りーぽんがめちゃくちゃな料理したってことしか伝わってこない」
「そりゃあ、まぁ……そういう感じの面白い話ですから?」
「ちっとも面白くない。つまんない。古賀ちゃんのほーが万倍面白い」
よっぽどつまらなかったらしい。申しわけない気持ちでいっぱいだ。
なるべく〝つまらない話を延々と聞かせてくる人間〟にはなりたくないので反省しよう。
「なんか、いいや。私、教室に――」
「あ、というか。指は平気ですか?」
「……ん。これ? まー、だいじょぶ」
「てことは自炊ですか、そのお弁当」
「そーだよ、自炊だよ。でも包丁で切ったとかじゃなくてあかぎれな、肌よえーのなんの」
「あぁ、洗い物ですか」
そっけなく「そー」と頷かれる。とはいえ多少、機嫌は良くなったような気がした。
「俺、てっきりいつも食堂の日替わりと戦ってるものかと思ってました」
「いつもはそーだよ。けど私だって料理はけっこう練習してんだぞ、普段から」
「へぇー。意外でした……あ、じゃあよかったらなにかもらってもいいですか?」
「どーゆー意味だそれ、私が料理してたら――……って、え? な、なにもっかい言って?」
つんとした唇を一瞬だけぽかんとさせたかと思えば、部長はすぐに瞳の輝きを取り戻す。
「え? いえ、参考までに食べれたらありがたいなぁと。ダメでしたか?」
「い、いいいやっ! だ、ダメってことはない、ぞ。全然まったく!」
「……そういえば部長、さっきなにか言いかけてませんでした? 教室にー、とか?」
「んや。気のせーだろ。いいからほれ、好きなの食ってみーよ。どれでもいいぞ、私はな!」
完全にすっとぼけて話題を変えてくる。ずるい。けれどすっかりいつもの部長だった。
改めて部長の弁当を見る。食べ盛りなのか二段で、片方がタルタルソースたっぷりのチキン南蛮がメイン。もう片方は彩りと見栄えのいい、一口サイズのいなりが敷き詰められていた。
「とりあえず、いなりをこれ一つもらっても?」
「お、おう。炙りベーコン、シラス、鮭、そぼろ、しいたけ、すだちとか色々あるぞ!」
「手間かかってそうですよね、これ。じゃあ、ありがたくいただきます」
「い、いただかれまする……」
部長に見守られながら、そぼろいなりを口に放り込む。油揚げの程よい甘辛さがじゅわりと広がり、そぼろと溶け合う――なんて貧相な語彙の食レポは不要。うまいで十分だ。
「……ど、どうだ?」
「おいしいですよ、すごく。おかわり……はダメですよね?」
「だ、ダメじゃないぞっ! うんっ! 2個食え、3個食え、100個食えっ!」
とてもうれしそうに喜ぶ部長は、見ているとこっちまで笑顔にしてくれる。それで次は鮭をもらい、結局。勧められるままにほとんど平らげてしまった。なんだか申しわけない……。
「もらってばっかりもあれなので、俺が作ったのは……こいつです。はい、どうぞ」
かぼちゃのトマト煮を箸で口元へ差し出すと、部長が狐につままれたような顔をする。
「? あぁ……ごめんなさい。こういうの気に――」
「そ、そんなことではなくてっ、そうじゃなくてっ、うぅ……あ、あーん」
「あーんとか言うタイプなんですね、部長。じゃあ、はい。あーん」
「~~~っ!?」
耳まで真っ赤にし、食べてすぐうつむく部長。少しして感想を訊けば、及第点をもらえた。
――以下、おまけ。
A「あっ、ゆまちん帰ってきた!」
B「ででで~? 結果は? 感想は? 早く教えろし~」
C「聞くまでもないやん。このやったった顔はあれや、初夜待ったなしやろ」
由「んなわけあるか! そうやってハードル上げて、私の達成感を奪おうとすんなっ!」
C「バレてしもた。許してぇや。悪いとは特に思ってへんけど」
由「思えよっ!」
B「そんなことより感想はよ、尊みぷりーず!」
A「そーだよ、ゆまちん。後輩くんはなんて言ってたの?」
由「うまかったって! 特にいなり! がんばって作ってよかったぁ。それに……えへへ」
由以外「あら~」
由「お前らが推してたチキン南蛮もいい感じ! せんきゅ! 私らの友情は愛より強いっ!」
由以外「いやーぁ、それはないかな……」
由「夢くらい見ろよっ!?」




