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ギャップ

 いつも通りの放課後。いつも通りの旧校舎四階。その和室。

 高校に入学してから一か月近くが経ち、みんながそれぞれ好き勝手している光景も見慣れてきた頃。PCのキーボードを叩いていた古賀ちゃんが唐突に言った。


「――みんな聞いて!」


 当然、誰も反応しなかった。一瞬だけ止まった手をすぐに動かす。

 こんな風に切り出す時は大した話じゃない。すべて日頃の行いが悪いと思う。


「先生、生まれ変わろうと思うの」


 けれどそんなこと気にしない先生は、通常運転だった。

 一番窓の近くにいた菫先輩が首をかしげ、からからと窓を開ける。ひどい。


「死なないんですけおっ!?」


 うぉっほん、と。露骨に咳払いをする先生。めげずに立ち上がり、さながら選挙カーの上で演説する立候補者のように一見まともそうな面構えで続ける。


「モテの秘訣とはなにか。昨日、寝ながら一生懸命に考えたのよ。そしてあたしに搭載されたスパコンが導き出した結論はそう、どうやらギャップを持ってることっぽいってこと!」


 先生に実現可能かはともかく。正直、ありがちな意見に感じる。

 最近、クラスでの里奈の評判がいいらしいのもその辺りが理由だろうし。


「地味顔に巨乳! ギャルなのにオタクに優しい! 根暗なのにえっち! ……だから先生、今日からは心機一転! 清楚キャラをやめて、ウザキャラでご飯食べていこうと思う!」

「え?」

「あ?」

「おや?」

「んー?」

「え、と?」


 さすがに釣られてしまった。ずるい。これが目的だとしたら策士だ。ちがうだろうけど。

 たぶん全員同じような思考回路で、もう目だけで意思の疎通ができてしまう。


(え? つまりあの先生、まだウザくなる……ってことですか?)

(一年間いっしょだったけど、さすがに今が上限だと思ってたぞ。私)

(これが歳下の女の子だったら可愛げもあるんだけどねぇ)

(まー、白湯さゆでも飲んでろって感じだよねー)

(さ、白湯への偏見がすごいと思います……)


 つまり、結論は――


「なにか辛いことでもあったんじゃないですか?」

「そっか……古賀ちゃん、アメくん食うか?」

「もしかすると頭に新種の寄生虫が取りついているのかもしれないね」

「じゃー、酔っ払ってその辺の木でもカジったんじゃないのー?」

「あ! 昨日、寝ている時にアパートがガタガタうるさかった気がしたのって……」

「いやそれはおまえの寝相」

「えっ」

「や、ざ、じ、ざ、が、ぐ、る、ぢぃっ!」


 先生はいつものように部屋の隅に行って、茶を泡立てながら泣き始めた。

 しかも今日はなぜか「ぬぅおおんっ」みたいな奇声つき。下手に放置もできず早急に対処が必要で。当然、皆の視線が俺に向けられる。なだめるのには30分もかかった。


「――なんか、里奈が原因らしいですよ」


 聞き取り調査の結果、そういうことのようだ。里奈が「ア、アタシ?」と驚いた顔をする。


「なんでりーぽん?」


 そろって先生を見ると、まだいじけている古賀ちゃんがボソボソつぶやいた。

 しかし、声が小さすぎて聞こえない。しょうがないので通訳していくことに。


「あー、はいはい。なるほどなるほど……」

「でー、なんだってー?」

「さしずめりーちゃんの容姿と性格のギャップが好意的に受け取られているうわさを耳にしたというところかな? 出どころは……そうだね、図書室とか」


 千雪先輩の予想におたつく里奈が、こっちをうかがうような表情を浮かべる。


「まんまそんな感じですね。初めは知的な色気を目指そうとしてたみたいなんですけど、いざ図書室に行ったら一年の男子が〝波瀬さんは今日、いないんだ……〟とか色々とつぶやいてたみたいで。その結果がご覧のあり――……通り、だそうです」

「う、うぅ……ぱぱ、ひどい。いじわる……」


 誰がパパだ! というツッコミは残りわずかなライフを削ってしまうので口にできない。

 だがそんなことは一切気にせず、嬉々として先生に塩をまくのが菫先輩である。


「えぇーっ、まず知的な色気がそもそも無理でしょー。てんちしんめー? だよー」

「ぐすん。ひとみ、泣いちゃう……」

「よーするに。ギャル風味の文学少女、カワイイ! ってぇこったろ? いいことじゃん」


 部長が「な?」と里奈に言葉を促せば、そわそわしながら照れくさそうにしていた。

 目と目が合い、さらに顔が赤くなる。たしかにファンが増えるのも納得だった。


「ところでさー。ぺぽぺぽが〝波瀬さんは今日、いないんだ……〟って言った辺りからねー、ちゆちゆが微笑んだまま固まってるんだー。相変わらずおもしろーい」

「千雪先輩ぃいいいいいいいっ!?」


 あははー、と。楽しげに笑う菫先輩の隣。意識を失っている千雪先輩がいた。

 おそらく見知らぬ男子生徒が、脳破壊される場面を勝手に想像して気絶したのだろう。


「ま、たしかに。りーぽんとペポが同じベッドで寝てるって知ったら、そりゃつれーでしょ」

「うっ。い、いえアタシもべつに寝たくて寝ているわけじゃ……」

「そんなことよりー。どなたかー、熱い純愛をお持ちの方はいらっしゃいませんかー? 胸がキュンキュンする、ドラマチックな純愛エピソードをお持ちではありませんかー?」


 いきなりそんな呼びかけを始める菫先輩。一体、なにを――いや、そうか!


「ストレスが寿命を削るならばっ、愛は寿命を延ばす! そういうことですねっ!?」

「んー。まー、そんな感じー。あー、わたしは当てにしないでねー?」

「最初からしてないです。というわけで俺は耳塞いでますからっ! さぁ、どうぞ!」

「「…………」」


 返事はない。まるで死んでいるみたいな沈黙で、一切ふたりと目が合わない。つまり、


「……な、なんで高校生にもなって恋愛のひとつもしてないんですかっ!?」

「「――――ッッ!! その発言だけはっ、絶対に許さないっっ!!」」

「うげがばッ!?」


 気絶した。本日の心的負傷者4名、物理的負傷者1名。生存者は――菫先輩のみであった。



 ――以下、おまけ。


 由「り、りーぽんはちなみに、その……なんだ、ホントにないひと?」

 里「え、あっ……な、ないひとです。ゆ、由真先輩は……?」

 由「あ、当たり前にないひとです」

 里「そ、そうなんですね……」

 由・里「…………」

 瞳「あたしの嫌いな匂いが、青春の匂いがする……許ぜない悔ぢいこの宇宙の全てが憎い……街中を歩いてたらわりと遭遇する香ばしいのにすら彼氏がいるなんて、催眠術を使ってるとしか思えない……ずるい、あたしにも教えなさいよぉ。ぐうぅ、うっ、うぅ……」

 里「うわっ、生き返った!」

 由「でもなんか、もっかい眠らせたほうがいいっぽくない? いい方法ありそ?」

 里「……じ、実はこの前呼び出されて……こ、告白されてっ! も、もちろん断り――」

 瞳「ぎぃやぁあああああああああああっ!? ――……ぱたり」

 由「あっ……しんじゃった」

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