入部4
「――ふぅ、ここまでくれば好き勝手に言えるでしょ」
本校舎から渡り廊下へ向かい、旧校舎に移動したところで先生が一息をついた。
「ですかね。いやそれにしてもさっきの古賀ちゃん、すげぇかっこよかったですよ」
「そ、そぉー? むふふ。見直したっ、見直しちゃったっ!? 婚姻届、一枚いっとく?」
口元を押さえ、天狗になる。たしかに見直した。悔しいから言葉にはしないけども。
「う、うん。知らない人かと思った……」
「あぁ、まるで先生みたいだった」
「こらっ」
軽めのチョップが俺たちの頭に落とされ、自然と笑みがこぼれた。
「けどほんと助かりました。あの感じだといきなり退学もあったかもでしょうし」
言って素直に頭を下げる。それを見て里奈も「ありがとうございました」と続いた。
「や、やめてよもぅ。ちょ、調子狂っちゃうわよ。そんなことされたら」
「あ、照れてんですか?」
「さっきから悪いのはこの口かぁああっ?」
「ほがほぎゃふがっ」
顔を赤くした古賀ちゃんに、両頬を思いきりこねくり回される。
かわいいところもあるんだなぁ、なんて思っていると今度は頬を潰された。
「でもほんとに言いすぎよ。だって入学前に波瀬くんたちと知り合ってなかったら絶対に言えなかっただろうしさ。あんまり素直に褒められたものじゃないわ」
「そんなことはないですよ。知っていても言えない人には言えないと思いますし」
「は、波瀬さん……そ、そんなに褒めても焼肉おごったりなんかしないわよ?」
「お金ないですもんね……」
「お、ま、え、も、かぁ~」
「はがほぎゃんがっ」
感銘を受けた瞬間にぶった斬られた先生が、同じく里奈をぐにゃぐにゃと頬攻めしていく。
なんでいつも余計な一言をつけ足すんだろうか? 頬をさすりながらそう思う。
「あ、というか。あの放送……なんなんですか? よく取り込めましたね」
「スマホ二台持ちのヤンキー好きに感謝……あ、いや。波瀬さんはしなくていいけどね?」
「……きっと一生、許せないです。でも迷惑かけないなら、今はもうそれでいいです」
「そっか。それもひとつの選択肢よね」
色々と思うところはあるはずだ。それでも下手に刺激するよりは、という判断だろう。
「だとしてもあの子、つよつよメンタルよねぇ。あの手のひら返しは並じゃできないもの……まぁもし職に困ったその時はっ、いてよかったお金持ちの教え子たち! でしょう?」
「こ、この先生は……せっかく返した手のひら、返してくださいよ」
「いやですぅーっ! 絶対、返しませんーっ」
「はぁ……でも家の話、菫さんには振らないほうがいいですよ?」
「あははっ――ち、ちびるわよね……」
「経験済みかよ……」
軽口を交わしていると、不意に里奈が足を止めた。それからうつむき、言葉を紡ぐ。
「あの、それはそれとして。その……ごめんね、ほんと。わたしのせいで――あぅっ」
おかしなことを言い出したので、指でおでこを弾いた。きょとんとした瞳が俺を見上げる。
「ちがうんじゃねぇの?」
「ぇ。あ……そうかな。そうかも――……その、えと。あ、ありがと……ね」
「おう」
ぽんぽんと頭をなでる。比例して里奈の視線がどんどん下がっていった。すると、
「あ、ああ、あたしの前で青春は禁止っ! 認めないっ、発禁なのぉおおっ!」
泣き叫びながら階段を駆け上がり、先生は視界から消え去ってしまう。
「ちょっと見直したらあれだよ。ほら、俺たちも行こうぜ」
「う、うん」
ふたりで四階の和室に戻る。ドアを開き、襖を開く――その時だった。
パァンっ、と。クラッカーの不意討ちに「ぺぷぉっ」なんて、奇妙な声が出てしまう。
「な、なに?」
「ダーリン、りなりなー。おかえりー」
「待ってたよぉ、ダーリン。りーちゃん」
「だ、だ、だ…………」
「な、なんですいきなり。というかやめてくださいよ、それ。千雪さんも菫さんも」
クラッカーを払いながら言うと「ふむぅ」なんて、千雪さんが考え込む素振りを見せた。
「せっかく後輩になったのだし、ここはひとつ先輩と呼んでもらっても?」
「あー、わたしもわたしもーっ」
「そ、そうですか? わかりました。千雪先輩、菫先輩」
すんなり受け入れる。周囲を見ると先生が部屋の隅でいじけており、ひとりだけ先に戻って怒られたのかもしれない。というか、こんな大量のクラッカーがなんで茶道部に……。
「? 部長さんはひとりで何を言ってるんですうぉあっ」
ポッキーの空箱が飛んできて、すんでのところで回避する。
「さ、さんなんかつけんな。わかったかっ! はっ、は……と――ペ、ペポっ!」
「ペ、ペポ?」
「そ、そうだ! なんださっきのヘンな声は! お前は今日からペポだ! 決定!」
「よろしくねぇ、ペポくん」
「あー、もー。ゆまゆま後で反省会だよー? よろしくねー、ぺぽぺぽ」
「えぇ……」
なんだかパクリみたいな名前の気もするけど……まぁ、いいか。ペポでも何でも。
「あ、里奈ちゃんはりーぽんな。つーわけでこれからよろしく!」
「え、あ、はい。そっかあだ名、あだ名か……ふふっ」
「ず、ずるい! 先生だって頑張ったのっ。古賀ちゃんからチェンジよ、チェンジっ!」
「「じゃあノータリン」」
千雪先輩と菫先輩が即答した。恐らくダーリンとかけているのだろう。無慈悲だ。
「せ、先輩がた! 古賀先生のことを悪く言わないでください!」
「は、波瀬さん……」
「ただ私生活がだらしないだけでっ、だから足りないのは脳じゃなくて愛とお金なんです!」
「ほげぇええええっ!? 古賀ちゃんで、いいです……ぐすん。ひとみ、泣いちゃう」
わざとやってんじゃないかってくらい、さっきも見たような流れに笑ってしまう。
そして――いつもとちがう放課後。三度目の和室。俺の高校生活は、ここから始まった。




