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入部3

 敵だらけの生徒指導室。息苦しさの中で、里奈の浅い呼吸だけが聞こえてくる。

 俺たちが来てしばらく。机を挟んでふんぞり返る指導員の大男はようやく口を開いた。


「彼らの言い分はこうだ。同じ中学校を卒業した者同士、改めて仲を深めようとしたところ。いきなり現れた波瀬智成――つまり君が一方的な因縁をつけてきて暴行したあげく、スマートフォンを奪い、破壊。女子を含めて四人の制服を脱がし、撮影した。何か言い分は?」

「そ、ん――……っ!」

「大ありです。里奈……彼女は彼らを嫌がっていましたし、先に殴りかかってきたのも向こうです。それに男を殴った後で撮影したのは事実ですが、女のほうは虚言です」


 感情任せに反論しようとする里奈を遮り、あくまで冷静に切り返す。

 たしかに彼ら、という言い回しは気になった。


 けれども殴り倒した時に見た女の表情を思い出せば、たぶん言葉通りだろう。

 あれは根っからのヤンキー好きにちがいない。


「そ、そうですっ。わた――……ア、アタシはっ」

「ふん、どうだか。聞くところによれば君、中学時代は好き放題やっていたそうだね」


 と、いきなり話がズレ込んだ。里奈も「どうしてそうなるの?」という顔をしている。


「……ケンカに明け暮れていたことは否定しません。ですが、今の話と関係はありません」


 あぁ、こりゃダメだな、と薄々察してはいたけど主張はしておく。

 どうやら里奈がどうこうではなく、ターゲットは俺のようだ。


「関係あるとも。入学して早々、暴力沙汰を起こす不穏分子など我が校には不要なのだ!」


 いくら入試でほぼ満点を叩き出そうとも、かつて非行に走った人間が気に食わないらしい。


「彼女の言い分は一切聞かず、ずいぶんと一方的なんですね。さすが大人だ」

「ふぅ……えー、波瀬里奈さんだったか。いじめられるような人間が君のようにチャラついた格好をするかね、普通。どちらかと言えばいじめる側だろう、君のそれは」

「……っ!」


 下唇を噛み、里奈がうつむく。かすかにこぼれ出た涙は頬を濡らしていた。

 俺も里奈が何故、自分の苦手なタイプに寄せた格好をしているかは知らない。だとしても、


「そうやって見た目で何でも決めつけるのは間違ってます」

「はッ、見た目で判断されたくないなら、そんな見た目をしなければいい。それだけだ!」

「なら俺も見た目で判断してくださいよ。すごく善良な顔をしていますでしょう? ほら」

「こ、こいつ……っ! ひぃ――」


 取り巻きがなにか言おうとしてすぐ、たかが高校生の威嚇に怖気づいていた。


「マイナスがゼロに近づいた程度でなんだ。そもそもお前たちの主張には証拠が――」


 どうして俺たちだけが証拠を出すのか。なんて当たり前のように思った、その時。


「ふふんっ、証拠ならあるわよ!」

「……何だと?」


 生徒指導室に踏み込んできたのは、同じアパートに住む見知った顔の女性だった。


「どういう意味かな、古賀先生」

「どうもこうも言った通りです。皆さんが気に食わないので連れてきました、目撃者」


 古賀ちゃんが目配せをすると、ガスマスクをした女子生徒が入って……いや、なんで?


「先生がたに顔を覚えられたくないそうです。さ、話してもらえる?」

「は、はいっ。えぇと渡り廊下で見た波瀬さんはっ、とってもイヤそうでしたっ。お、お友達といてあんな顔はありえないでしゅっ! 殴りかかったのもっ、は、波瀬くんじゃないでふ」


 高すぎる声色は明らかにボイスチェンジャーのそれ。ガスマスクといい、何故そんなものを持ち歩いているのかは謎だけど、リボンと上履きも脱ぐ徹底ぶりだ。


「と、というわけでっ。証言し終えたのでっ。し、失礼しちゃいま……ふ」


 遠慮がちに言ったガスマスク少女が、ダッ――と生徒指導室を飛び出していった。

 直後。焦りすぎて転んだのか、「あいたっ」なんて声が廊下から聞こえてくる。


「ふむ、それで? 彼女が実際にそこにいたという証拠はないのかね?」

「――――ッ!!」

「波瀬くん、落ち着いて」


 遮り、なだめる先生は自信に満ちあふれ……というより雑魚狩りを楽しむ顔をしていた。

 それはすでに勝っている時の表情。俺は先生にすべてを任せることにした。


「そうおっしゃると思いました。じゃあはい、聞こえてたー? 出番だよ、よろしくー」


 胸ポケットにあるスマホは通話状態だったらしく、この場の誰もが疑問符を浮かべる。

 ややあって、その答えは頭上から。つまり、校内放送として学校中に響いた。


『あー、えー。波瀬里奈さん、波瀬マイダーリン、さっきはごめんなさーいっ! もう二度と迷惑かけないので許してくださーいっ! てゆーか、三対一でボコられといて女々しいんじゃテメェらこらッ。あァ? なんなんだオマエらマジでよ覚えとけよ? あっ、あとダーリンのファンサイト作るので皆さんよければ、よろしくお願いしまーす! ダーリン愛してるぅ!』

「!?!?!?!?!?」


 たしかにヤンキー好き女の声なのだけど、ツッコミどころがありすぎる。

 混乱していないのはただひとり。先生はすかさず彼女らのLINE上のやり取りを提出し、畳みかけていく。さらに里奈も中学時代の写真を見せ、容姿での判断を加速させた。


「これだけ出したんですから。そちらも否定の根拠を提示していただけるんですよね」

「ぅ、ぐッ、ぐぐぐ……」

「あれ、ないんですか? あれほど強気でいらしたのに――……ちっ、これだからハゲは」

「な、ぁぎっ……」


 とっさに頭を触って確認する指導員。ひどく狼狽したところを見るに図星らしい。


「えっ……自分がハゲてるから、やたらと見た目に厳しかったのか?」


 取り巻きのひとりにでさえ、思わずそんなことをぼやかれてしまう始末だった。


「あぁっ、ごめんなさい。あたしったらついうっかり見た目で判断を。そうですよね、世の中には良いハゲも悪いハゲも、ただハゲてるだけのハゲも。たくさんいますものね!」

「いっ、いいでしょう。ですが覚えておきなさいっ! もしこれから先、何かあれば……」

「す、すべての責任を、ですか……?」


 暴行を表に出せばいじめも出てしまう。つまり今日は何も起きなかった。そういうことだ。


「ふふっ、彼のような人間に自分の一生を左右される! あぁ、なんと恐ろし――」

「そんなもんッ、あたしがいくらでも取ってやるに決まってんでしょうがッ!!」


 先生は俺たちのポケットから入部届を抜き取り、血判を押してテーブルに叩きつけた。

 吹き上がる風が指導員のカツラをめくる。まるで古賀ちゃんがイケメンのようだった。


 きっとこの後のことなんて1ミリも考えていないのだろう。

 それでも。こうまで言ってくれる人がいることを、嬉しく思う心が止められるはずもなく。


「ほらほら、こんな爺むさいとこさっさと出るわよふたりとも!」


 古賀ちゃん先生に導かれ、俺たちは清々しい気持ちで生徒指導室を後にした。



 ――以下、おまけ。


 由「な、なんかすげぇ放送だったぞ今の……」

 菫「古賀ちゃんが口説いたのかなー? やっぱやる時だけやるーぅ、あの先生」

 千「けどこれで即退学まではいかなそうだね。悪くて停学」

 菫「どこもいじめなんて公にしたくないだろうからー、何もなかったで終わりそー」

 由「でもその、なんだ。悪評は加速すんだろな、これ」

 千「それは割り切らないとね。智成くんも理解してやったことだと思うよ」

 菫「そ、ん、な、こ、と、よ、りーっ! 準備しよー?」

 由「……なんの?」

 菫「えー、歓迎してあげないのー?」

 千「大量に余ってるクラッカーの使いどころではあるだろうねぇ」

 由「それもそーだな。よぉし! いっちょ派手に出迎えてやっか!」

 菫「あ、でもー。もちろん呼び方はダーリンだからねー? わかってるー?」

 由「ひょっ!? そ、そんな恥ずかしいもんムリに決まってんだろ! ばかっ!」

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