ツイスター
四月も下旬。まぁだからと言って何が変わるわけでもなく、いつも通りの放課後。
和室に着くなり、待ち構えていた部長が言い放った。
「今日の部活動は中止だっ! つーわけで。じゃじゃーん、ツイスターゲーム!」
「おぉー」
「わー。どんどんぱーふ、どんどんぱーふ」
「やたーっ! たまにはあたしも青春っぽいことしたーい。ね、波瀬くん」
雑な歓声が上がる。古賀ちゃんは同意を求めてくるが、何とも言えなかった。
「それにしてもなんで、〝知ってるけどやったことないランキング一位〟みたいなものを」
「あのなぁ、ペポ。やったことないからやんだろ! 常識だ!」
一理ある。部長のチャレンジ精神というか、意欲の強さは見習うべきかもしれない。
それから皆でちゃちゃっとコタツなどを片し、スペースを確保していく。
横6マス、縦4マス。手前から赤、青、黄、緑の新品マットが畳に敷かれた。
「で。最初は誰がやるんです?」
「もちろん、私はやるぞ!」
「あ、アタシもやりますっ」
「りーちゃん……今、千雪をちらっと見て逃げたよねぇ。追うよ、千雪はぁ」
図星をつかれてか、里奈が焦りながら自分の胸を隠した。
何らかの危険を察知したのだろうけど、きっと何回もやるので逃げても意味はないと思う。
「じゃあ俺含め、残りが次で」
ウキウキな菫先輩と古賀ちゃんが、「はーい」と素直な返事をした。
ツイスターのルールは単純明快だ。スピナーが回したルーレットに従い、置く左右の手足と色を決定。最終的に倒れず残ったひとりが勝者となる。ただそれだけ。
三人がそれぞれ位置に着く。赤側の俺基準で向かいに部長、右に里奈、左に千雪先輩だ。
「はーい、それじゃー。いっくよー。ルーレット、スタートーっ!」
そんな菫先輩のゆるーいかけ声でツイスターが始まる。
一回、二回、三回とルーレットは次々に回り続け――気がつけばすでに十回を越えていた。
ここまでくると唯一の異性としては、どうにも直視しづらい光景だ。
「ふふふ、お次はぁ。あーっと右手が赤だーっ」
「おっ、ま、まじかよ古賀ちゃん。ちょっときちーぞ、それは」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……あ、赤ぁ?」
「あれぇ、ふたりともだらしないなぁ。よく見たらゆーちゃんはお腹もちょっと……」
三人の中で体格と柔軟性がずば抜けて優れる千雪先輩は、まだ余裕そうだった。
背丈のハンデを背負う部長は、指先とつま先で真冬に半袖を着るかのごとく震えている。
しかし今、一番まずいのは里奈だろう。最初に手足をついた姿勢があまりよくなかった。
右手が赤となると、今のブリッジ状態から足のほうへ手を伸ばす必要があるのだ。
「う、うるせー! く、くぅ……わ、私の手足っ、短すぎだろ!」
「あ、赤ぁ。どこぉ、み、見えない……」
「りーちゃん、がんばれがんばれっ」
「そーそー。ひぃ、ひぃ、ふーぅ」
里奈のスカートを覗ける位置に回った菫先輩が、息を吹きかける。ひ、非道だ……。
「ひゃぅっ!? い、息……や、やめっ」
「あ、かわいいー。それにりなりな、前から思ってたけどー。足が弱いねー、特に内ももー」
「す、菫先輩……」
「えー、なになに。下着の色? 黒だよー」
ちがうそうじゃない。しかし先輩の返答に、みるみる里奈の顔が赤く染まっていく。
「だ、大丈夫だ里奈、落ち着け。俺の今日のパンツも黒だから!」
なのでつい、わけもわからずそんなことを口走った――その瞬間だった。
「くっ、くくっ、わははははっ!」
笑いをこらえきれなくなったらしい部長が、ぺたりと倒れる。
巻き込まれた千雪先輩も「あらぁ」と体勢を崩し、ぷるぷると腹を抱える部長が言った。
「お、お前なぁ! きゅ、急に笑わせんのは反則だろっ!? く、黒っ、わはははっ!」
「はい、ふたりともアウト! 勝者、波瀬さーんっ!」
里奈が果てるようにへたり込む。汗ばんだシャツがわずかに肌を透かし、仰向けで手の甲を顔に置きながら、ぐったりと浅く胸を上下させる姿はとても無防備だった。
というわけで一旦仕切り直し、里奈を端で寝かせたままプレイヤーが交代する。
「あ、ルール追加な。笑わせんのと外から触るのは全部禁止! あと負けたら罰ゲーム!」
「さっきの敗者は罰ゲームやらないんですか?」
「ノーカウント!」
ずるい。部長らしいと言えば、そうなんだけども。諦めて位置に着いた。
緑側の俺基準で目の前に部長、右に菫先輩、左に先生。ふたりともやる気に満ちている。
「ペポくん、プレイ中に触るのは禁止じゃないからね」
「そうそう。気にせず触っていいのよ? ただ婚姻届に判は押してもらうけど」
「古賀ちゃーん、その罰ゲームはさすがにかわいそーだよー」
「どぉぢでなのぉ……」
古賀ちゃんが瀕死になり、その泣き声を合図にツイスターが始まった。
とはいえ序盤は目立った展開もなく、辛いのはやっぱり二桁を越える頃合いで。
全ての発端は、菫先輩が俺の顔に尻を近づけようとしてきたからだった。
下手に逃げようとしたせいで、先生と十字を作る位置取りになってしまったのである。
わずかに服がめくれて覗けたへそを間近にし、息をする度にお腹がぶるぶると揺れる。
「教師のへそに向かってはぁはぁ言うのは、ちょっとどうなの波瀬くんっ!?」
「してませんからっ! てか菫先輩は顔に尻ぶつけようとするのやめてくださいよ!」
「えー、大丈夫だよー。わたしのお尻くさくない、くさくないよー」
そ、そういうことじゃない! 部長と復活した里奈の視線が痛いんです!
「楽しそうだねぇ。次は左足が黄色かなぁ」
黄色ならまだ何とかなる。そう思い、必死に足を伸ばす。何かやわらかいものを蹴った。
「ぁんっ。あー、なにー? お尻より胸のほうがよかったのー? それならそうと先に――」
「ち、ちがっ……あっ」
古賀ちゃんと足が絡み、お腹をボディプレスで圧する。汚い声が「ぅぐぇっ」と鳴いた。
「ペポくんの負けだねぇ。つまりぃ?」
「あたしも人妻の仲間入りじゃああああっ!!」
抱き締められ、問答無用で婚姻届の判を押させられる。卒業まで保管するらしい。
けれど次の部長や里奈とのツイスターに先生は負け、速攻で破かれたのだった。
――以下、おまけ。
瞳「に、二対一は卑怯なのぉっ! ……あっ、でもこれであたしもバツイチかしら?」
由「んなわけねーだろ!」
瞳「まぁ、いいわ! 障害が多ければ多いほど燃え上がる恋もあるっ! ねっ、波瀬くん!」
里「独りで一生、キャンプファイヤーしていてください!」
千「ふふ。りーちゃんはいつも、地味に効きそうな言葉を繰り出すなぁ。好き」
菫「けど実際のところどうなのー? ガチなのー? ギャグなのー?」
瞳「え? それはもちろんギャグ寄りのガチだけど……こうやって普段から言ってれば、いざ波瀬くんの理性が真っ赤に燃え上がった時、その場のムードでごり押せるかなって」
由・里「一番、生々しいやつ――ッ!?」
千「おや。本当に日々の中で伏線を張って生きていたんだねぇ、先生は」
智「……まぁ、本人がいるとこで言ったらもうそれ、永久に回収されないやつですけどね」
瞳「ぅえぇええええええええっ!? い、いいいい今から入れる保険はっ!?」
智「ないです」




