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夜ふかし1

 土曜の夜もふけてきた頃合いのアパート。いつも通りの202号室。

 俺は居間のソファーで寝転がりながら、ぼーっと天井を眺めていた。


「……暇だ」


 昼間のうちに風邪が落ち着いたのはいい。けれど日中を寝て過ごしたこともあり、これでもかというほどに目が冴えていた。今から勉強をする気分にもなれない。


 話し相手になりそうな里奈も「明日、バイトで朝早いからおやすみ」と言ってさっさと寝てしまった。いっそ先生がいる102号室に乗り込んでも邪険にはされないのだろうが、それはそれで別の面倒を発生させる予感しかしない。ようするに、


「すごく暇だ……」


 部長や先輩たちは何をしているんだろうか? 段々とそんなことを考え始める。その時だ。

 ~~♪♪ 珍しく着信音が鳴った。知らない番号は鳴らない設定なのですぐ確認する。

 画面には貴戸由真と書かれていて、ふりがなで〝ぶちょー〟とあった。迷わず電話に出る。


『どうしたんです、部長。こんな時間に』

『おう、ペポ』


 短い返事。それから少しの間が生まれて、耳元からはシャーと水音が響いていた。


『部長? なんです。どうしたんです?』

『いや。なんだ、その……昨日はちゃんとお見舞いできなかったし、元気になったかなって』

『あぁ、そうだったんですか。ご心配をおかけしました。もうすっかり大丈夫です』

『そ、そうか。そうだぞ。ご心配くんをおかけしたんだ。もっとちゃんと反省しろ反省を!』

『すみませんって。でも、すごいですよね。ちょうど俺。部長、何してるかなって思ってたんですよ。そしたらかかってきたんで。これはあれですね、繋がっちゃってますね』

『つ、繋がっ……おま、そん――……ざばんっ!』


 思いきり水が跳ねたような音とともに、部長の声が途切れた。かすかに聞こえてくるのは、まるで何か水中で叫んだみたいに変なこもり方をした不鮮明すぎるものだった。


『あのー、部長。もしかしてですけど……お風呂入ってます?』

『は、入ってるぞ。ジップロックくんが大活躍だ』

『そ、そうなんですか……』


 この場合。どうしてそんなところから電話を、なんて聞いてもいいのだろうか。


 わからないので触れないでおく。これが千雪先輩や菫先輩なら、間違いなくからかってるのだろうけど。部長はそういうタイプじゃない。たぶん本当に気まぐれなんだろう。


 ソファーから起き上がり、荷物置きと成り果てた和室へ移動する。

 どれくらい話すかはわからないけども、うるさくして里奈を起こしたら申し訳ない。


『まぁ。のぼせないでくださいよ』

『もう暑いんだけどどうしよう』

『いや。素直に出ればいいじゃないですか』

『……まだ、身体洗ってない』

『そーなんですねー』


 思考放棄した。でないと余計な想像が膨らんできてしょうがない。


『今、ヘンなこと考えたろ』

『そんな……部長まで千雪先輩とか菫先輩みたいなこと言い出さないでくださいよ』


 唇を尖らせてジトっとしている部長の顔がよく浮かぶ。もちろん首から上だけ。


『――よそれ。せっか――わた――電――のに。あ――つら――名――出さ――じゃん……』

『え? なんですか? シャワーの音? でなんにも聞こえないんですけども』

『うるさいヘンタイ! どーせ今日もりーぽんと同じベッドで寝て、どさくさで抱き枕にして寝るんだろ? そうなんだろ。我慢ならないんだろ? そうなんだろ。ふんっ!』

『? 俺、寝相悪くないですよ』

『どーだかねっ! 悪いやつは皆、そういうこと言う』

『何なら部長のほうがよっぽど悪いと思いますけど……あとよだれとかすごいし』

『そ、それはだなっ! うぅ、よだれは出ちゃうものなの! ていうか見てるなっ、ばか!』

『でもかわいいと思いますよ、そういうとこ』

『う、ぅう……何なんだ、何なんだよお前はぁ……』


 それからしばらく。通話状態のままだんまりな時間が続き、やがてシャワー音も途切れた。

 どうやら湯船に浸かったらしく、緩みきった自然体の声が漏れてくる。


 その流れでメロディーを口ずさむ部長。しかし通話状態なことを思い出したのか、いきなり口笛を吹いて誤魔化し始めたのでさすがに笑ってしまった。そこからはいつも通りだった。


 風呂を出て、髪を乾かして梳かし、スキンケアなどを終えて。パジャマに着替えを済ませたと聞いたあたりで、ぼふっ、という音が聞こえてくる。どうやらベッドに飛び乗ったらしい。


『危ないですよ。怪我しますよ』

『するか! 小学生じゃあるまいし!』

『でもよく間違われたりしません?』

『す、する。するけどっ。そうじゃなくて……だから、その――……のかよ』


 いつも自信たっぷりな部長にしては弱々しい感じの声色で、うまく聞き取れなかった。


『ペポも。おっきいほうが、好きだったりする……のかよ』

『俺ですか? え、と。まぁ、なんでしょうね? そういうのって、大小で好き嫌いを決めるというより、好きになった人が大きかったか小さかったかってだけだと思いますけども』

『なんでそんな自分に都合のいいことしか言わない女の言い訳みたいな言い回しなんだよ』

『そ、そうですか?』

『間違いない。絶対だ! 私が部長だってのと同じくらい絶対、そういう言い回しだ!』

『わ、わかりましたって。ならじゃあ、部長はどうなんです?』

『ひょっ!?』


 床に転げ落ちたような音がした。すぐ『大丈夫ですか』と訊けば、『だいじょぶ』と返る。


『わ、私か? そう、だな……好きになった人が、大きかったか小さかったかってだけだろ』

『まったく同じじゃないですか……』

『う、うるさい! 部長だからいーんだよっ!』

『いい加減なひとだなぁ。あっ、そういえばこの前部長に貸してもらった漫画の――』


 すでに十二時を回ろうかという頃だったけど、色々な話をした。部長と話をするのはどんな話題でもやっぱり楽しい。そう素直に思える。だから時間もあっという間に過ぎていく。


『――部長?』

『すぅすぅ……』


 寝落ちしてしまったらしい。ふと見上げれば、時計の針はもう2時を指そうとしている。


『おやすみなさい、部長』


 たまに聞こえてくる部長の寝言を子守唄して、気がつけば俺も夢の世界へ旅立っていた。



 ――以下、おまけ。


 里「――それで、なにか言い訳はあるの」

 智「な、なにひとつ……完膚なきまでに。い、言い訳のしようも御座いません……」

 里「まったく理解ができないのよね。風邪で学校を休んだのに、一日中動き回って風邪をぶり返した人間がさ。反省して大人しくしてたかと思えば、起きたらいないし。それで探しに来たら、掛け布団もなしにお腹出しながら床で寝てるとか。普通、あり得ないでしょ」

 智「よ、夜ふかしひとつで。くどいなぁ……」

 里「今なにか言った? いいよ、アタシが間違ってるって言うなら聞いてあげるよ」

 智「い、いえ。なんでもあり――ご、御座いません……」

 里「……はぁ。いい? 今日こそ絶対! 明日の朝、起きるまで大人しくしていること!」

 智「ママっていうかオカンだなこれもうわっ、この前といいそのホラー顔やめ――……」

 里「なにそれ。つまりあの時、ドアスコープの向こうで、見てたんだ。覗いてたんだ。眺めてたんだ。ホラーなんだ。感じた悪霊退散は、気のせいじゃなかったんだ。へぇ……」

 智「あー、それはそのー……いやっ、そうだ。その通りだ! ひと思いにやれーッ! あっ」

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