相合傘
HRが終わり、帰り支度を済ませた俺は、教室から廊下に出て窓を見た。
変わらずの雨だった。願い届かず、むしろ雨足は昼に比べて激しくなっている。
「今日もいきなり降ってきたな……」
「ここ最近の天気予報、外れてばっかりだよね」
遅れてやって来た里奈も、同じようにげんなりした様子で空を見上げる。
「部室に行ったら傘、余ってると思う? 主に頼りは部長だけど」
「あ、そっか。千雪先輩と菫先輩はメイドさんが迎えに来るから関係ないもんね」
「そうなんだよな。まぁ、聞くだけ聞いてみるかぁ」
「うん、賛成。バス代もったいないし」
というわけで旧校舎の和室を目指したものの、困ったことに部長は不在だった。
千雪先輩と菫先輩だけで、しかも年齢的に問題のある小道具が散らかった状態。
「……ナニしてんです?」
呆れ混じりで訊ねる。里奈は隣で言葉を失い、現実から目を背けて赤面していた。
「あれ? ふたりとも今日はバイトって聞いてたような」
「わたしもだよー。野生の本能で交ざりに来たのかなー?」
「「ちがいます!」」
完璧すぎるほどに息の合った即答。先輩たちが楽しげに笑う。
「急な雨で傘がないので、ここにあったりしないかなって思っただけですよ」
「あー、なるほどねー」
「そういうこと。ならたしか、この辺りに……ほら、あったあった」
押入れの中を漁り始めた千雪先輩が、一本の折りたたみ傘を発掘してくれる。
この際、二本は高望みだ。一刻も早くここを立ち去らないと身の危険が危ない!
「に、二本あったりはしませんか?」
「ごめんね、りーちゃん。ちょっとなさそうかな」
「えー、一本あれば充分じゃないー? ねー、ぺぽぺぽ」
待てと言われた落ち着きのないペットのように、コタツに身を投げた菫先輩が言う。
「はい、まぁ。バイトまで少し余裕ありますし、一旦家に帰って着替えればべつに」
「だよねー。じゃあバイト頑張ってねー」
「うん、また明日」
先輩たちと別れ、部室を後にする。階段を降り、渡り廊下を抜けて下駄箱へ向かう。
道中、里奈は散乱していたグッズが気になるのか、妙に黙り込んでしまっていた。
靴に履き替え、正面玄関から外へ。そこまで来て、里奈はようやく口を開いた。
「傘が一本ってことは、ふたりで入る……ってことだよね」
「ん。あぁ、そっち? ごめん。嫌だったか? なら俺がバス使うか、走って帰るけど」
「えっ、いや、その……イヤって意味じゃ、ないんだけど……」
もじもじする里奈は、曖昧に言葉を濁す。ひとに見られるのが恥ずかしいのだろう。
「15分かそこらの辛抱だし、周りもそんな気にしないだろ。ほれ」
折り畳み傘を開く。とはいえ、お世辞にも大きいとは言えない。
お互いのパーソナルスペースを侵すのは明らかだった。まぁ、それは今更か。
「そ、そうだよね……じゃあ、お、お邪魔します」
「お邪魔されます」
息を整え、何やら大げさに決心したような顔つきの里奈が右隣に並ぶ。
可能な限り左へ寄ると、はみ出た左肩が濡れた。カバンはもはや諦めるしかない。
やや窮屈さを感じつつも、歩幅を合わせてゆっくりと歩き出す。
正門を抜けるまでの間、ずぶ濡れの帰宅部が追い越していくのを見て隣に視線を向ける。
「な、あんなもんだって」
里奈は「う、うん……」と同意するが、どことなく硬さもあってぎこちなかった。
「そういや読書以外に趣味が欲しいって言ってたの、あれからどうなった?」
「あ、えと。今のところはその、音楽をやってみようかなって……歌とか。なんてね」
「音楽かぁ。たしかによく歌ってるもんな、風呂場とかで。いいんじゃないの」
「へっ、う、嘘。き、聴こえてるの……? あ、あれ」
「ごきげんな鼻歌がわりとな」
聞こえてないと思っていたらしい。耳まで真っ赤になって小さく唸っている。
「で、でもっ、歌にするかどうかはまだ決めてなくてっ。楽器でもいいし」
「あぁ、保育士とか目指すなら弾けたほうが得だよな。てか両立してもいいんじゃないの」
「一応、それが願望かなぁ。今もバイトの時、ピアノ教えてもらったりしてるんだよね」
「いいとこじゃん。よかったな」
「うん。ありがと」
自分を褒められたかのように笑う里奈。まだ日も浅いが、居心地は良いようで安心した。
「そっちもトランプ、というかマジックはどういう手応えなの?」
「んー、初心者だし温かい目で見守ってもらってる感じじゃねぇかなぁ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあちゃんと取れてるんだ、女性人気。ふーん」
含みのある目線は、天気のせいもあってか湿気が多い。
「な、なんだよ」
「べつに。なにも。ただ歳上のお姉さんにちやほやされて、楽しそうだなぁって」
「めちゃくちゃ棘あるじゃん……」
「そ? 気のせいだと思うけど」
絶対に嘘である。たかが数か月の付き合いでも、それくらいわかるに決まっていた。
「いやだってメイドで男性人気はあるから、執事+アルファで女性人気のバランスを――」
「へぇー」
無機質に間延びした声ひとつで、もう敗北したような気分にさせられる。
しかし変な緊張もほぐれてきたのだろう。いつも通りの里奈に戻っていた。
だと言うのに今度は俺の気が抜けてしまい、ついに見られてしまった。濡れた左肩を。
「……濡れてる」
「あぁ。まぁ、べつにこれくらい」
「よくない。気にするの、アタシが」
「て言われても狭いのはもうしょうがないしな」
すると里奈は考え込み、ややあって俺の右腕に左腕を組ませた。その分、身体が密着する。
「歩きづらくないか、これ」
「ア、アタシもだから。お、おあいこでしょ。な、なにっ、恥ずかしいの?」
そう言った傍からすれ違った老夫婦に微笑みを向けられ、真似される。さすがに気まずい。
ペースはいつもと比べて遅いのに、20分の距離がとても短く感じられる帰り道だった。
――以下、おまけ。
智「――……なぁ、アパート着いたし。もういいんじゃないの、これ?」
里「えっ、あ、あああっ、そ、そうねっ。ちゃ、ちゃんと洗濯しないとねっ」
智「しれっとめちゃくちゃひでぇこと言ってんな……」
里「だ、だって由真先輩が隠れ匂いフェチって言ってたし……」
智「ぶ、部長……というか、やっぱそういうの共有されてるのな」
里「うん。あっ、で、でもべつに陰口叩いたりとかっ、そういうのは全然ないからっ!」
智「……ちなみにたとえば?」
里「え。お、お尻に何つっこんだら泣くのかな、とか?」
智「泣いてもいいですか? って冗談はさておき……冗談だよな? よかったじゃん。おまえ中学の時とか、たぶんそういう相手まったくいなかったんだろ」
里「……うん。だからアタシ、やっぱりこの高校選んでよかったって思うんだ」
智「そっか。まぁ、だからって仮に彼氏できても家に連れ込むのはマジ勘弁な――……って、なにその顔。あとこの二本指でする謎な脇腹つんつんも……ヘンなやつ」




