保健室の戦い
いつもの旧校舎四階。HRが終わってすぐ、俺は部室へ向かっていた。
少数精鋭の部活が旧校舎に集められているため、廊下は相変わらずひとけが少ない。
やがて端にある和室にたどり着く。室内からは明かりが漏れており、誰かいるらしい。
「あ、三人ともか」
中に入り、整えられた上履きの数を確認。きちんとそろえてから襖を開く。けれど、
「こんにち、は……?」
そこには信じられない光景が広がっていて、さすがに呆然と立ち尽くしてしまった。
「お、来たねぇ。ペポくん」
「やっほー。ぺぽぺぽ」
千雪先輩と菫先輩が笑顔で迎えてくれる。それはいいが、足元で部長がぶっ倒れていた。
理由は明白だ。和室中に引き伸ばして貼ってある無数の写真を見渡し、訊ねる。
「いや、あの。なんですこれ。どういう状況です? というか、なんなんですこれは……」
「あれぇ。見てわからない?」
「うそー」
「わかりますけどもっ。なんでこんなものがそもそも存在しているのか、という疑問でして」
先輩たちはお互いを見合い、ふたりでかわいらしい仕草を完成させて平然と言いきった。
「「と、う、さ、つ」」
「でしょうね……」
おそらく部長が拾い集める途中。耐えきれなくなって散らばった写真の一枚を拾い上げる。
そこには先日のやり取り。つまりは、〝腹筋をする部長と手伝う俺〟が写っていた。
「というわけでぇ」
ニコニコと催促をしながら、ふたりは半ば強引にカバンとブレザーを奪っていく。
何が求められているかはわかる。でも、このまま寝かせてあげればいいのに。
「わかりましたって。部長、ちょっと失礼しますよ――っと」
部長を背負うと、期待を向けていた眼差しが「おぉーっ」と歓声と拍手で称える。
「いってらっしゃいー」
「いってきますけど。さすがに片しといてあげてくださいよ」
「「はぁーい」」
見送られながら着いたばかりの部室から出る。気を失っているから当然なのだけど、部長の全体重が背中越しに感じられた。なるべく姿勢を低く傾けて、ゆっくりと保健室を目指す。
廊下を抜け、二階へと下りていくその途中。歩き読書をする里奈に出くわした。
「びっくりした。何してるの? あ、由真先輩……なに、平気?」
「平気。今なら部室行けば理由がわかるぞ」
「部室? あー……」
さほど驚いた様子もない。思い当たる節があったのだろう。そういう顔だった。
「あぁ。方法は知らないけど。隠し撮りしてたからあの時、三人で一緒に入ってきたのか」
「うん。ところで手伝ったほうがいい?」
「いや大丈夫だ。ありがとう」
里奈は「そ。転ばないでよ」とだけ言って、やや駆け足気味に階段を上ってゆく。
やがて一階に着き、他の生徒が向かいからやって来るのに合わせて渡り廊下へ。
保健室は本校舎の一階にあるため、ここからはもう外から直接行ったほうが近かった。
俺たちはものすごく注目の的で、部長が起きていたら首をがぶりといかれただろう。
「あれ? いないのか?」
カーテンに仕切られた引き違い窓をノックするも、返事はない。しょうがないので頑張って部長を片手で支え、窓を開ける。誰もいない。保健室はもぬけの殻だった。
まぁこういう時もあるか、なんて思いつつ部長を空いているベッドに寝かせる。
「あっ、やべ」
手を背中側から抜く時に引っかかってしまい、お尻のほうのスカートが思いきりめくれた。
どうしよう困った。べつに上から見てる分にはそこまで気づかないだろう。けれども起きた部長に「ペポにヘンなことされたっ!」なんて言われてしまったらちょっと悲しい。
(いやだからって触って直すわけにもいかねぇし……先生、早く戻ってこないかな)
女の先生なので任せて終わりだ。部長が目覚めるのとどっちが早いか。
ある意味、時間との戦い。つい待ちきれず室内を物色してみれば、とあるものを見つけた。
「……いけるか?」
指示棒だ。しかも二本。先端は人さし指とピースサイン。さながらナイフとフォーク。
脳内では「やってみる価値ありますぜ!」と知らないオッサンがサムズアップしている。
覚悟を決める。椅子を持って戻り、胸を浅く上下させている部長の前に座った。
そして、恐る恐る指示棒を下からすべり込ませてゆく。感触は意外と窮屈だった。
ぐりぐりと回転させながら、焦らずじわじわと棒を奥へ奥へと進ませる。
「……んっ」
「――――っ!?」
心臓が止まるかと思った。指示棒の持ち手はすでに汗まみれ。あれほど静かに思えたふたりきりの保健室も、もはやオーケストラばりに音が鳴り止まずにいる。
(おっ、なんか引っかかった)
続けるうちにスカートのめくれた部分にたどり着いた。いや、そうでなくては困る。
しかし、ここからが本当の勝負! 長く苦しい試行錯誤の始まりだった!
あの手この手を使い、ちょっとずつ下に引っ張っていく。寝相が悪いせいで、たまに部長が動いて助かったところはかなり大きい。やがて、悪戦苦闘すること数分。
おそらくここまでくれば、あともうす――カチャリ。とてつもなくイヤな音がした。
「あっ」
スカートをいじくりまわして鳴る音なんて、ひとつしか考えられない。考えたくない。
試しに指示棒をお尻の下から引こうとすれば、比例してスカート全体がほんのり下がる。
そのうえ畳みかけるように。しゅぽんっ、と指示棒の先端が抜けて部長の下敷きになった。
(チョ、チョキが……ヒダリーがやられた。もう、おしまいだ……)
心が折れかける。スカートがめくれたくらい、べつにいいじゃないかって。それでも、
(それでも俺は、一度やると決めたらやる男のはずだ! 俺に力を貸してくれ、ミギーッ!)
指示棒の人さし指一本でもやれることはある! その時――浮かぶ起死回生の一手!
それは部長のふにっとした脇腹をつつくこと! つついてつついて、さらにつついた!
結果、部長の身体が腰からわずかに浮き上がる。ヘンな声が漏れていたが気にしない!
すかさずヒダリーを回収! やりやすいポジションは、もうつついて確保! そうして――
「や、やりきった……俺たちにできないことはねぇ、そうだろ? ヒダリー、ミギーっ!」
当然、返事はなく。けれど30分におよぶ熾烈な戦いは友情、努力、勝利に終わった。
――以下、おまけ。
智「苦難をともに乗り越えて生まれる、かけがえのない友情はすばらしいな! 兄弟!」
左・右「…………」
智「あぁ、だな! 兄弟!」
左・右「…………」
智「その通りだ、俺たちの絆は誰にも断ち切れやしな――」
由「……なに、さっきからひとりで喋ってんだ? ペポお前」
三兄弟「!?」
智「……え、何がですか?」
由「いや、無理だろ。そんな俺、何かしちゃいました? みたいな雰囲気出しても」
智「??????????????????????????????」
由「こ、こえーよ。なんだよその、はてなマークめっちゃ連打してそうな顔は」
智「……部長には、今から記憶を失ってもらいますね。安心してください、優しくするので」
由「は、ちょ、えっ? おま、その棒で私に何するだ、やめっ――ぅわぁああああっ!」




