お菓子が食べたい
春。開いた窓から吹き込んでくる風を感じながら、コタツを囲むいつもの和室。
漫画に小説、美少女プラモデルや城のゲート処理、仕事とやりたい放題な放課後。
いつものようにポテチを箸でつまんだり、ポッキーを頬張っていた部長がつぶやいた。
「なぁ、茶道部ってぶっちゃけどんな印象よ?」
「なんですいきなり。でもまぁ、ずっとお菓子食べてそうとかじゃないですか」
「実際、その通りだしねぇ」
「反論できないよねー。する必要もないけどー」
「あと。私生活の印象がマイナスな人でも着物を着ればかっこいい、とか?」
「は、波瀬さん? そ、それはちょっと主観的すぎるというか……あたしのこと、よね……」
点てた薄茶を配り終え、キーボードを叩きながら煎餅をかじる古賀ちゃん先生が落ち込む。
というか、職員室でやればいいことを何故ここでやるのだろう。あのひとは。
「だよな? 私も清楚で礼儀正しい着物女がうまそうなお菓子を食ってるイメージだ」
ドンっ! いきなり俺を押しのけて立ち上がる部長が、不満そうな顔で高々と続けた。
「だと言うのに私たちは最近、高そうなお菓子をまったく食べていないっ! これは由々しき事態だぞ。どういうことだ! どうなってんだ。ちゃんと報告しろ、我らが部費担当!」
千雪先輩を指さす。茶道兼模型部の部費は、当然のごとく少ないのだ。
そのため先輩が校長を買収し、補ってくれているのが実状だった。
「千雪に言われてもさぁ。買うのは古賀ちゃん先生に任せてるわけだしぃ?」
「もしかしてねこばばー?」
「あのー。最近、お点前の練習してないですから。それ用のものが出ないのは当然じゃ……」
「波瀬さんの言うとぉおおおりっ!」
大きく胸を張り、部長と同じく立ち上がる。里奈が面白いほど、びくぅっ、となっていた。
けれどもたしかに。入部してから数えるほどしかお点前をやっていない。
「茶道をやらぬ者、菓子食うべからず!」
「異議あり! ペポとりーぽんが入ってくれてから麩焼煎餅じゃなかったのなんてたったの二回だ! 日持ちするからってそこでケチられるとやる気が削がれるんだぞ!」
「お菓子目当てなのが間違いですぅ。そもそも買ってはいるのよ。先生だっておいしいお菓子食べたいし。でも誰も茶道やろうとしないから……だから、そう。しょうがないのよ!」
……? 途中まで肯定的な立場で聞いていたのに、主張の雲行きが怪しくなってくる。
それを体現するように。開き直った表情の古賀ちゃん先生が、にんまりと言った。
「しょうがないから――先生が責任を持って、全部食べきらないといけないなぁ……って!」
「あっ、ひとりだけうまいもん食ってやがったな! 重罪だぞ、そいつはっ!」
「……なるほど。ちっとも茶道茶道って、口うるさく言ってこないわけですね」
わりとせこい先生だと思う。里奈がため息をつき、先輩たちからはブーイングが飛んだ。
「うるさいっ、黙らっしゃいな!」
先生は和室にある掛け軸をめくり、ごそごそと何やら取り出す。鍵だ。
それから一畳を返し、指紋と網膜認証をパス。壁が反転する。現れたのは冷蔵庫だった。
取り付けられた南京錠を鍵で開け、中にあったお菓子をドヤ顔が見せつけてくる。
「どうっ!? ちゃんと人数分以上あるでしょう! 先生、ウソつかない!」
あんみつ、だいふく、わらび餅、うじこもちと色々あった。中でも部長が好きなのは、
「あーっ、ちくしょう伊藤久右衛門! 寄越せっ、宇治抹茶バターサンドくんを!」
「はい残念、届かな~いっ! 誰にもあげまっ、せーんっ。先生の意思は鋼! 鋼鉄なの!」
膝上から飛び出して奪いにかかる。けれどもまさしく大人と……いや、子供と子供だ。
とはいえ俺も食べたい。里奈に目線をやれば、同じ気持ちらしい。なので、
「あ。じゃあ俺、明日から先生を朝起こしたり、部屋の掃除手伝ったりとかやめますね」
「ぇ。あ、あの……波瀬くん? そ、それはちょっと先生困っちゃうかなぁっていうか……」
たった一言で揺らぐ鋼鉄の意志。ちょっと情けなさすぎる。
「うん。先生のためにもそれがいいね。夕飯のおすそ分けとか、色々やめることにしよっか」
「げ。そ、れはっ……う、ぐぅう……っ」
苦渋の決断だったのだろう。震える手でお菓子を差し出し、それぞれ好きなものを取った。
「あー、いいなー。ちゆちゆ、わたしも食べたーい」
「そう? じゃあ先生。それは誰のお金で、もし千雪が先生に盗まれたって校長にぃ――」
「あ、はい。日頃から大変お世話になっております。それはちょっとかなり困りますというか社会的にお亡くなりになってしまいますので、どうかこちらでほんとご勘弁ください……」
清々しい変わり身の早さだった。先生の足の下にいる部長の唸り声も激しくなっていく。
「ず、ずるいぞお前ら! 私なんか部長だぞ部長、部でいっちゃんえらいんだぞ!」
「ふ、ふふっ。甘いわね貴戸さん! 先生が権力者の靴をべろべろ舐めてひっくり返るなんて当たり前! それで部長がどうしたのぉ。あたしなんか指導員も兼任してる教師ですけどぉ」
「う、うわぁ……こ、この先生。部長に負けはないと踏んだからって」
「古賀ちゃん、ほんと勝てる相手には強気だなぁ」
「引いちゃうくらい雑魚専だよねー」
「あ、知ってますこれ。アタシより弱いやつに会いに行く! ってやつですよね」
そんなこんなで始まるふたりの勝負。方法はじゃんけん、あっちむいてほい、腕相撲など。
結果は――部長の圧倒的敗北だった。一方で勝利を噛み締める先生はというと、
「はいーっ、先生の勝ちぃーっ。ぷぷぷ、もしかして貴戸さん。よわよわのざこざこーっ?」
涙ぐむ部長に「ねぇ悔しい? ひとりだけ食べられなくて悔しい?」と追撃していた。
「ほんと大人げねぇな、あの先生」
「はぁああっ、久々にすっきりしたーっ。ささっ、あっちでおいしく頂きましょうーっ」
お菓子たちを冷蔵庫に戻し、コタツにやってくる。古賀ちゃん先生は堂々と。里奈は申し訳なさそうに。先輩たちはもちろん、これ見よがしに部長の前で食べさせ合いをしていた。
「……いいもん。私、もっとおいしいのひとりで食べるもん。そんなの、いらないもん……」
「あぁーあ。ほら、部長。俺のバターサンドくんあげますから。ね? おいしいですよ」
案の定いじけて離れていった部長のところに向かい、封を切る。
強引だけども俺が部長にお菓子を取られただけ、という解釈もできなくはない。
「ふんっ。ペポのお情けなんて、そんなもんいら――んぐぅっ!? んっ、はぐはぐ……」
バターサンドを口につっこんだ。ややあってから、控えめにおかわりを求めてくる。
二つ目を口に運び「おいしいですか」と訊けば、「うん……」と素直な頷き。
食べさせながら頭をなでてみる。すると部長は真っ赤になってうつむいてしまった。
「あ、あれぇ。おかしいなぁ……か、勝ったはずなのに。この虚しさと敗北感は何なのかなぁ……ぅ、あ――あ、あたしの青春に。こんな男の子、いなかったなぁ……うわぁああんっ!」
いきなり泣き始めた先生を慰めるのも俺で、恥ずかしげもなく膝枕を要求される。
当然、この日からしばらくの間。先生のあだ名は〝でかい赤ちゃん〟になった。
――以下、おまけ。
瞳「ばぶばぶ、あー。きゃきゃっ。ぱぱー、みるく」
智「あの、先生。さすがにそれ以上、内ももさすってきたら引っぱたきますよ?」
瞳「ううーっ! ぱぱひどい! ひとみをぶっちゃ、やーやなの!」
智「ママ助けて」
里「誰がママよ。こんな子、うちの子じゃありません」
由「お、りーぽん。育児放棄か?」
千「それはよくないねぇ」
菫「えー、りなりなが無責任に増えるバカと同じだったなんてーっ!」
智「…………」
里「わ、悪ノリでアタシを悪者にしないでくださいっ!?」
瞳「きゃきゃっ。せきにんてんかーっ! ちなみに転嫁は一生を添い遂げることが普通だったその昔、他の人に再び嫁入りする意味で。結果、男に誓いを守らせるから責任転嫁ね」
生徒一同「急に正気に戻るな」




