張りぼてギャル
「なぁ、里奈。そろそろ動いてもいいか?」
放課後の和室。いつものように少年漫画を読みふけっていた俺は、身動きが取れずにいた。
「しっ。話しかけないで」
目の前には積み上げられたトランプタワーがある。今は三段目が終わったところだ。
(かれこれ15分か? せめて倒れてくれれば、動けるんだけどなぁ)
漫画を片手に頬杖をつきながら、トランプ越しに顔を眺める他にすることがない。
いにしえのケバいギャルとはちがい、派手な髪色ではありつつも、全体的に薄めのメイクがほどこされた波瀬里奈の瞳はまさに真剣そのもの。邪魔もできない。
耳のやや大きめなフープピアスをわずかに揺らし、トランプが慎重に積み上げられていく。
「あっ」
しかし、ピラミッドはあっけなく崩れた。この隙に立ち上がり、本棚へと向かう。
「つーか、普通にふたりでトランプしない?」
「べつにいいけど。なにするの? あ、どうせならダウトやってみたいかも」
「ふ、ふたりでダウトは……ルールを変えればできるか」
「何でもいいから、ほらほら。座って座って」
急かされてあぐらをかき、律儀にも正座するクラスメイトの前に腰を下ろした。
ぎこちなくトランプを切り始めたのを目にし、つい笑ってしまう。
「しょ、しょうがないでしょ。あんまり遊んだりしないんだから」
恥ずかしがりながら攻撃的なトランプの配り方をされた。ひどい。
「まぁ、ふたりで普通にやってたら終わらないから。本来のゲーム性は捨てよう」
ダウトとはまず、Aから始まって順番に出していくのが基本。
出された数字が嘘だと思えばダウトを宣言でき、その成否によって場に溜まったトランプを誰が手札にするか決まる。それを繰り返し、先に手札を使い切った者が勝利だ。
「たとえば……そうだな。トランプを出す時に話していることが嘘かどうか、でダウトを宣言するってのはどうだ。トランプはもう、出すだけ。適当に話しながらできるしさ」
「元々のダウトもルールしか知らないけど、連続でダウトできたらやっぱりダメじゃない?」
「じゃあ……連続はなし。四枚に一枚は必ず嘘をつく、でどうだ」
「あ、あと出す時ってこう、トランプを置いた瞬間? それとも出そうとする動作から?」
「細かいけど決めとかないとあれか。んー、置いた指が離れる瞬間でいいだろ」
「わかった。でもこれ、トランプなくてもできそう」
「嘘をつくタイミングを制限できればいいわけだしな」
じゃんけんで俺の先攻に決まり、話題を探しつつも里奈の目をまっすぐに見つめる。
「そ、そんなにじろじろ見なくたっていいじゃない。な、なんかヤ」
「と言われても嘘を見抜く遊びだしな。まぁ、顔に出やすいからすぐわかるけど」
しれっとスペードのKを出し、指を離した。けれど里奈からダウトの宣言はない。
「言わなくていいのか?」
「悔しいから言わない」
すかさずそこにダイヤの6が重ねられる。これは間違いなく本音なのでスルーだ。
「本当いじっぱりで、強情で、負けず嫌いで……見た目だけギャルだよな」
「わ、悪かったわね。地味で、健気で、母性にあふれてそうな大人しい女の子に見えなくて」
「先輩たちに訊いたら〝性格が真面目なら、外見はギャルのほうがどう考えてもまるいっ!〟とか言いそう。まぁ実際、俺もクラスのやつが話題に出してたの聞いたけど」
「は、はぁ? な、なによいきなり――ダ、ダウト! ダウトダウトダウトっ!」
「べつに恥ずかしがらなくてもさぁ。モテるアタシ、超サイコーっ! でいいじゃん」
自信と自意識が過剰なのはダメだけれど、なさすぎるのも考えものだろう。
「ふ、ふんっ! ……あ、待って。今の話が本当かアタシに判断できない」
「いや、そこで嘘つくようなのじゃないだろ? 俺もおまえも」
「そ、それはそうだけど……」
「だろ。だから続行! ほらほら。里奈の番、里奈の番」
「で、でもそうね。ふふっ」
三枚のトランプを回収し、里奈は小さく笑みを浮かべる。
だが、俺は決して見逃さなかった。それとなくトランプを選び、場に出したところを。
「そういう風に思われてるのはなんというか、べつに悪い気もしないか――」
「ダウト」
「……どういう意味よ、それ」
その瞬間、時が止まったような気がした。妙な汗を身体中からじんわりと感じる。
「な、なんでそんな薄目で……え? いや、だから……心理戦かと」
ジト目が徐々に深く鋭くなっていき、無言でトランプを押しつけられてゲームが再開した。
「こ、これで俺は三枚目なんだが、そうだな。実は今朝、5000兆円拾った」
「ふぅん。アタシは6000兆円拾ったけど?」
「なんで無駄に張り合ってくるんだよ……」
しかしこれでお互い、四枚目に嘘をつく必要がなくなった。ゲームは続いていく。
「というか、友達のいないロンリーなギャルにモテ期とかあり得ないでしょ」
「いや、男子ならその通りすぎて失神してそうだけど。女子だしなぁ」
「そもそも学校だと避けられてばっかりなんだよね。主に誰かさんのせいで」
耳の痛い話だ。なにせ俺も部活以外で高校に友達がいない。まぁ、中学もいないが。
「その辺はほれ、渋谷とかに出会いを求めればいいだろギャルらしく」
「最近のギャルって渋谷にいないらしいよ。この前テレビで言ってた」
「せめてSNSで知っとけ……てか、そもそもLINE以外やってんの?」
「エックスしかやってない。まだつぶやいたことないけど」
「ダウト」
そうであって欲しい、という願いを込めて宣言する。けれど思いは鼻で一蹴された。
「ふ。残念、本当だから」
「もう自称ギャルですらねぇよ……」
自撮りを投稿しないギャルなんて、もはやギャルでも何でもない気がする。
「思いつかないのよ。プロフィールも空白だし、ネットでの接し方もよくわからないし」
「おばあちゃんじゃん。とりあえず食べ物の写真でもあげていけば?」
「アタシ、ひとりで外食するのって苦手。そもそも写真を投稿してどうするの?」
「……えぇ。じゃあ、たまには外で食うか?」
「あ、いいの? やった。ファミレス行ったことないから、サイゼリヤ行ってみたいかも」
「そ、そこまで重症だったのか里奈おまえ……」
いい笑顔で里奈は頷き、今日の我が家の夕食が駅前のサイゼリヤに決まった。
――以下、おまけ。
里「もぐもぐ。もぐもぐ」
智「で、初サイゼの感想は?」
里「おいしい。ね、ここってファミレスだと安いほう?」
智「安いほう。そういやSNSでサイゼと言えば〝サイゼで喜ぶ彼女〟ってあったな」
里「なにそれ?」
智「イラストとか漫画。デートでサイゼはありか、みたいな話題から無駄に炎上してた」
里「ふーん。でもそんなの、ふたりのお財布事情とか関係性によらない?」
智「と思わないひとも世の中にはいるって話よ」
里「へぇ、誰と行くかよりどこに行くかが大事なんて変なの。きっとそういうところで他人を評価して生きてきたから、安い人間って思われるのがイヤなんじゃないかな」
智「いい球、投げるじゃん」
里「あ、じゃあ初ポストで〝すっぴんで喜ぶ彼氏〟を描いて投稿したら――」
智「それはやめなさい」