二番目の女
いつも通りの放課後。和室の中は相変わらず、ゆるーくのんびりしていた。
漫画を読みふけりながら、思い出したようにぽつぽつ部長と雑談を繰り返す。
里奈はバイト、千雪先輩も図書館で菫先輩の勉強を見ているらしい。
日頃の成績があんまり良くないので、今から中間テストの準備だという。古賀ちゃん先生も色々とバタバタしているらしく、最後に少しだけ顔を見せる程度かもしれない。
つまるところ、今日も今日とて部長とふたりきりだった。
「ペポ。聞いて驚け、どうやら私は二番目の女らしいぞ」
「まだ言ってるんですか……」
この前の失言、というか言ってない――が、ずっと忘れられないらしい。
「当たり前に言うぞ。いいか、ペポ。お前にはいいことを教えてやる。二番でいいのと。二番がいいのとじゃ全然ちがうってことをな! このっ、おばかくんめ!」
部長はさりげなくコタツの上。お菓子の山からアメ玉を取り、それを指で弾いた。
「あいたっ、痛いですよ、ぶちょ、ぅいたたたっ! め、めっちゃ連射しますね!?」
片手四連射だった。全て額に当たって、落ちたアメ玉が辺りに散らばっていく。
「ふふんっ、どうよ。すごいだろう。こっそり練習したんだ。頑張り屋くんだろ」
「部長ってけっこう器用ですよね」
「両手なら八連射だぞ。本気出せば、空き缶くらい吹っ飛ばせるんだ」
得意げな部長を横目に、座ったまま手の届く範囲でアメ玉を拾って竹かごに戻していく。
俺も今度練習してみよう。部長のようにはできないだろうけど。
「それで何の話でしたっけ……あぁ、踏まれた感想の順位なんて別に何でもよくないですか」
「よくないから怒ってるんだ」
「……怒ってるんですか」
「うん」
はっきりと頷くその顔は、静かに怒ってるとも言い難いポーカーフェイス。
「部長はあれですね。不倫とか絶対に許せないタイプでしょうね」
「そんなの当たり前だ。誰だって……ペポ、まさかお前――……ぐるるるぅっ!」
と思っていたら今度は顔に出ていて、子犬から野犬への見事なジョブチェンジだ。
思いきり飛び上がり、コタツの上に乗って睨んでいる。怖いとかわいいの間くらいだけど。
「いや、絶対しませんてっ。不倫なんてそんな!」
どうどう、と言いながら飛んできたポッキーの袋をあけて部長の口へ。
するすると吸い込まれていくこと数回。指先がかすかに唇に触れたところで落ち着いた。
「そ、そうだっ!」
「またろくでもないことを言い出しますね、たぶん」
驚いたように再び飛び上がって定位置へ戻った部長が、誤魔化すように続ける。
「ろくでもないとはなんだ。部長のこと……わっ、私のことなんだと思ってるんだ!」
「え? なにって。その。かわいい子犬、みたいな……ペット?」
「ばかにされてる気がする」
「してませんよ」
ぐぬぬぬっ、と悔しそうに唸っている。ほら、かわいい。何が不満なんだろうか。
「でもちょうどいい。というわけでペポ! 今からお前の誠実さチェックをする!」
「……誠実さチェック? なんですそれ」
「誠実な人間であれば、ちゃんとした告白ができるはずだ! まっすぐなやつ!」
「告白したこともされたこともないんですけど……」
部長は「私もないぞ、ほれほれ」と俺が誠実な告白を実践するのを待っている。
しょうがないので少し考える。「まだかー」なんて言われながら、決心をした。
「一緒にいる時が一番、癒されます。もっとそうしていたいので付き合ってください」
「おう」
「ずっと前から好きでした。絶対、幸せにします。大好きです。付き合ってください」
「おおう!」
「どうですか!」
「何もかもが足りない。残念賞くんだ」
残念賞くんだった。ちょっと悔しいので改善点を訊いてみる。
「何もかもって……たとえば、なんです?」
「うーん。やっぱし、なんだ。その……シチュエーション?」
「きれいな夜景とかなんて無理ですよ」
また考えてみる。少ししてふたつの改善点を思いつき、コタツから出て部長の隣に座った。
こっちを向いてもらって向き合うかたちになる。部長は小さく首をかしげていた。
「それで、どうす――」
「由真」
「ひょっ!? なんだ、なんなんだ急にそっ――」
目をそらさずに、ただじっと部長の瞳を見続けてもう一度下の名前で呼んでみる。
「ぅ……」
「由真」
「…………」
名前を呼ぶ度。視線が合わなくなる。二十回を超えたあたりで一瞬だけ合い、またそれた。
「一緒にいる時が一番、癒されます。もっとそうしていたいので付き合ってください」
「―――っ!」
「ずっと前から好きでした。絶対、幸せにします。大好きです。付き合ってください」
「…………っ!?」
反応がない。そう思っていた時だった。唐突に襖が開き、びくりと身体が跳ねてしまう。
「さぁてさてさて。皆、お待ちかね。今日もまともに茶道部やってくぞーっ、おーっ!」
「あ、あぁ。古賀ちゃん先生。わかりました。ほら、由真――も。じゅ、んび……」
さっきからずっと呼んでいたせいか、つい部長ではなく下の名前が出てしまった。
これはちょっと恥ずかしい。きっと部長も「部長を敬う心が足りん」みたいな呆れ顔を――
「ぁ……あっ、ぅ……」
していなかった。まるで女の子みたいだった。みたい? いや、部長は最初から女の子だ。
…………あれ。あれ? なんか、こう。普通はこういうの、茶化したりするんじゃ……。
「ぶ、部長もっ。て、手伝ってくださいっ」
「う、うん。わかった……」
「「…………」」
うまく言葉は出てこなくて、口の中がみるみる渇いていく。頬も妙に熱い。
いきなり叫び始めた先生の声よりも、心臓の音のほうがずっとうるさかった気がした。
――以下、おまけ。
瞳『というわけで、かくかくしかじかだったの! あんまりじゃないっ!?』
菫『うわー、見たかったーっ』
千『先生が来る直前まで呼び方を変える遊びでもしていて。つい、じゃないかなぁ』
里『ということは由真先輩も、下の名前で呼んでたってことですか?』
瞳『さぁ?』
千『いやいや、ゆーちゃんは呼べないよ』
菫『ないねー、絶対』
里『そ、そうなんですか……』
瞳『あれ? そういえば波瀬さんって普段、波瀬くんのことはなんて呼んでるっけ?』
千『ふふ。それはきっとペポくん以外は感づいている、禁断の質問だねぇ』
里『え』
――波瀬里奈さんがトークから退出しました――
菫『まー、だよねー』