誰が一番
いつも通りの放課後。いつものようにマッサージをしていく。
日々に疲れ果てた古賀ちゃん先生を癒すことは、どうやら俺の義務だったらしい。
「ぁあ~。波瀬ぐん、ざいごうなのぉ~。もうせんぜぇ、顔がだらしなぐなっちゃうのぉ~」
「言うほどいつも引き締まってねーよな」
「ですね」
「だねぇ」
「恥を知れ恥をー」
「言いすぎですし、そんなことないですよ。古賀先生も茶道の時だけはかっこいいです」
「どぉぢでみんなぞろっで、ぞんなごど言うのぉ!? ……ぐすん。ひとみ、泣いちゃう」
清々しいまでに忌憚のない意見だった。個人的に一番ひどいのは里奈だと思う。
すっかりいじけた先生は、いつものように和室の隅でひたすらお茶を泡立てていた。
結局、俺が慰めることとなり――程なく落ち着いた古賀ちゃん先生が唐突に言い出す。
「そうね! いつもよくしてもらってるお礼に、今日は先生が背中に乗ってあげましょう!」
「えぇ? いや、別に俺は……って、なんで先輩たちそんな興味津々なんです?」
「そりゃあ、面白そうだからさぁ。ねぇ?」
「ねー?」
「は、はぁ? な、なんでお前らどっちも私に振ってくるんだよっ!」
ニタニタ取り囲み始めたふたりが、部長をつつく。それを「あっちいけ」と振り払う部長。
「いいからほらほら、早くうつ伏せになりなさいな!」
「わ、わかりましたって」
言われるがまま横になった。すぐに先生の片足が、ぎゅうぎゅうと背中に圧をかけてくる。
「どうどう? 気持ちいい? うっかり先生と結婚したくなりそう?」
「ないです。まぁ、もうちょっと強くてもいいかなとは思いますけど……」
「あらそ? じゃ遠慮なく」
「!? ――んぉおッ!」
歯を食いしばる。気を抜いたら、あっけなく肋骨が折れるんじゃないかとさえ思った。
あまりに強すぎてもうマッサージでも何でもなく、ただ踏むのを楽しんでいるだけだ。
しばらく我慢を続けたけども、さすがにギブアップ。畳を叩いて合図する。
「え、もっと激しく?」
「ちっ、げえぇ――ぁぐええええっ!?」
はっきり言って拷問だった。しかし、やられっぱなしは性に合わないのが俺である。
当然、最終的に先生の足を取って寝技へと持ち込み、関節技を決めて戦いに勝利した。
ぐったりと仰向けにひくひく呼吸する先生を、先輩たちは腹を抱えて笑っている。
やがて先生が「どぉぢでなのぉ……」と繰り返す、壊れた機械みたいになった後で――
「それじゃあ、お次は」
「わたしたちだねー」
ふたりは嬉々としてタイツを脱いで素足になり、何故か俺の両脇に向かい合って座る。
「? あの……先輩? 何をどうするつもりですかそれは」
「えぇー? こうだよー?」
「こうだねぇ」
蠱惑的な笑みが少し怖い、なんて思った矢先。足の指先で脇腹を思いきりいじられた。
「ひぅっ。んぐ――ッ!?」
驚いて思わず声が出てしまう。普通こういう役回りは逆じゃないか、なんて考えるのは自分本位なのだろうけど。してやったりなふたりのにんまり顔が、羞恥心をもくすぐってくる。
部長に至っては「おまっ、おまっ……」なんて繰り返しながら、視界をさえぎった指の隙間からこっちを覗いていた。参加してこない里奈も、ページをめくる音が止まっている。
「けっこう、いい声が出たねぇ。いやぁ優秀、優秀」
「ねー。ぺぽぺぽ、かわいいー。ちゅーしたら怒るー?」
「怒るぞスゥ、お前」
「えー。なんで聞いてもないゆまゆまが答えるのー」
軽口を交わす一方で、その指先に容赦はなかった。
しかも遠慮なく胸の先端まで狙ってくるものだから、一瞬たりとも気を抜けない。
負けず嫌いな性格を手のひらで転がされ、これ以上ない敗北と屈辱感だ。そうして――
「いやぁ、楽しかったぁ」
「ねー。それにさっきのぺぽぺぽ、やっぱりすごーくかわいかったー」
「さ、最近の女子高生って経験値ほんと高いのねぇ」
「お、お前らやっぱすげぇわ。な、りーぽん」
唖然とした声色の部長。しれっと観戦に参加していた里奈も、こくこくと何度も頷く。
……ひどい。先生じゃないけどちょっといじけたくなる。うつ伏せのまま俺は泣いた。
「い、いじけんなよペポ。私くらいは普通にやってやるからさ。な? 元気出せよ」
そう言って「よいしょ」と背中に乗る。ふみふみ。たしかにちょうどいい重さだった。
部長なら乗せたままでも筋トレができるかもしれない。ふみふみ。心が温かくなる。
「あ……それ、いいです部長。先生の拷問とか、先輩たちのなんかよりずっといいです……」
「なん……ですって……」
「――――ッ!!」
「そ、そうか? そっかそっか――……っ、なんだよ。お前らその顔っ、やーめーろーっ!」
死角なのでよく見えないけれど、先輩たちが部長をからかっているのだろう。
というかいつの間にか復活してた先生が、またいじけてしまった。けど今回は先生が悪い。
「――よしっ、こんなとこだろ。どうよ、ちっとは私を崇め奉る気になったか?」
ふふんと得意げな姿に「部長が俺の一番です」と返し、立ち上がろうとしたその時だった。
物言わぬ圧力がのしかかり、「んごっ」と情けない声が漏れる。
里奈がいきなり足を背中に押しつけてきたのだ。周囲から「おーっ」と歓声が上がった。
されるがまま踏まれるが、さすがに心地が良い。かかとの加減は言うまでもなく、痛気持ちいいバランス感覚が絶妙だった。それと心なしか、普段よりも熱が入ってる感じがする。
「りーちゃん、踏み慣れてるねぇこれは。あと内心、自分が一番だと思ってるね?」
「当たり前だよー。りなりな絶対、独占欲とか激しいほうだしー」
「そ、そんなことは思っていません。ちがいますからっ! 絶対に! 間違いなくっ!」
足が背中から離れる。余韻の中。文句のつけようがない、なんて思っていると、
「それでー、結局どっちが気持ち良かったのかなー?」
答えにくい質問をぶつけてくる菫先輩。だが、返答の間が語ってしまうものもあった。
「あぁ。残念だねぇ、この感じだとゆーちゃんは二番目の女認定だろうなぁ」
千雪先輩がつぶやき、直後。脇腹にぐいーっと押しつけられたかかとは、地味に痛かった。
――以下、おまけ。
瞳「あ、ツンデレで思い出したけど。なんでツンデレヒロインって絶滅寸前なの?」
千「んー。千雪が思うに暴力とツンデレが結びついて、共倒れしたからかな」
菫「〝俺の嫁!〟も〝ぼくのママ!〟に変わったみたいだしねー」
由「つーか、普通に理不尽がイヤなだけじゃねーの」
瞳「みーんな、疲れてるのねぇ。搾取、搾取。あんど搾取っ! ぎぶみー、癒し!」
智「けど俺、ストレス発散のために読書するって感覚わからないんですよね。面白いから読むんじゃ? まぁ、発散イコール面白いってことなのかもしれないですけど」
里「……アタシはわかるな、そういうの」
由「ま、人それぞれだろ。実際、私はどうでもいいしな。どうにもならねー時は、本当にどうにもならねーし。ただ泣きわめくだけ。夢が覚めないってなら話はべつだけどさ」
瞳「どっちも現代っ子よねぇ」
千「おぉ、さすが夢を忘れた古い地球人」
瞳「うぐっ、ホントのこーとさぁ……ぐすん、ひとみ泣いちゃう」