表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/53

マッサージ1

「ねぇ、波瀬くん。ねぇってばぁ」

「だる絡みなら無視しますよ」


 バイトで先に帰った里奈と別れ、ひとり和室へ向かった放課後。

 着いて早々、先輩たち不在で暇らしい先生がベタベタと肩に触れてきていた。


「ま、失礼しちゃう。ただあたしは、いつもみたいにマッサージして欲しいなって」

「それはべつにいいですけど。少し前にもやったばかりな気が」


 言うとなぜか得意げに胸を張り、顎を突き上げながら先生は答える。


「ふふーん、甘いわね。大人って頑張って生きるだけで、肩が凝ってくるものなのよ!」

「へぇ、そういうもんなんですね。で、本当は?」

「ひと回り年下の男の子にご奉仕されるの気持ち良すぎでしょ! ぐへへっ……――はっ!」


 どうせそんなことだろうと思った。だって古賀ちゃんだもの。ため息が出る。


「お願ぁい。うっかり色々、触ってもいいからぁ」

「そういうのいいですから。ほら、横になってくださいよ」

「ありがどぉ、波瀬ぐぅん」

「はいはい」

「ふふふ。やっぱり年頃の男子高校生なんて、ちょろいちょろ――ほぐわぁああああっ!?」


 隙だらけの足元を刈り取り、すかさず寝技へ持ち込む。いつもの関節技だ。

 畳を叩く音が和室によく響く。その合図から二秒ほど遅らせ、身体の拘束を解いた。


「つ、ツンデレヒロインは……も、もう絶滅したはずじゃ……」

「誰がツンデレヒロインですか。思うだけならともかく、口に出したらダメですよ」


 先生がしょんぼりうなずき、しょうがないので俺はマッサージを始める。

 たしかにもうこり固まっており、ほぐしていくとだらしない声が漏れた。


「あぁ~。さすが理学療法士を~、目指してるだけあるわぁ~」


 菫先輩と千雪先輩の他は、両親にしか公言していないはずだけど広まっているらしい。

 理学療法士とは身体障がい者やその発生が予測されるひとに対し、座る、立つ、歩くなどの基本的動作の回復、維持、予防を支援するリハビリ専門職のひとつで――俺の夢だった。


「べつに普通ですよ、ふつー」


 素直に褒められるのは少し照れくさくて、わずかに視線をそらしてしまう。


「ま~た可愛い反応するわねぇ、あなた。でもこんなテク、どこで会得したのよぉ~」

「最初は菫先輩か千雪先輩にやっていて……最近は父と義母も。あ、里奈もですかね」


 ありのままを伝えれば、先生は「ほほぉーん」なんて妙な表情を浮かべた。

 何となくそれに腹が立って、先生の可動域の限界まで身体をいじめてみる。


「んぐぅぉお、おぉおぉ、おおぉんっ!?」


 オットセイみたいな濁った声が、野太くこだました。ちょうどその時だった。


「想像以上に防音ひでーな。獣みたいな声が廊下まで響いてんぞ、古賀ちゃん先生」


 襖の向こうから呆れきった様子の部長がやってきて、和室の隅にカバンを置く。

 マッサージの手を休めると、涙目のままぐったりする古賀ちゃんが言った。


「た、たまには……き、貴戸さんも……や、やってもらったら、どう?」

「いいよ、私はべつに。そういうのは基本的に間に合ってんだ」

「勧めるほどのもんじゃないですよ。素人のマッサージなんて」

「で、でも……波瀬さんはけっこう、やってもらってる、らしいわよ……家で」


 部長の動きがぴたりと止まった。ジッとこっちを見た後で、小さくつぶやく。


「……やる」

「え?」

「や、やるって言ったんだっ! それでなんだ。横になりゃいいのか?」

「いや、部長。そんな無理に……」

「いいから! やるの!」


 ニヤつく先生は速攻で尻を蹴り飛ばされ、部屋の端でお茶を点てながらいじけ始めた。

 それから何事もなかったかのように、部長はごろんと仰向けに寝転ぶ。


「仰向けですか……うーんと。なら、頭と首と鎖骨のあたりをやりましょうか」

「な、何でもいいからっ! お急ぎくんでたのむぞ!」 


 目をつむっており、「早く介錯してくれ!」みたいな感じがすごかった。

 ともあれ枕はあったほうがいいので、和室に常備されたタオルを持ってきて代用する。


「じゃあ始めますね」

「ぉ、おう」


 頭側に座り、まずは胸部近くにある左右の鎖骨下を同時に親指で押していく。

 部長の場合どこからが胸なのか曖昧なので、反応を見ながら慎重に慎重を重ねた。

 次に首の付け根から肩関節前、首を持ち上げるようにして後頭部の両側面を揉んでゆく。


 部長の肌は赤ちゃんみたいにやわらかくて、ずっと触っていられる気がした。

 続いて耳の後ろにある乳様突起の下から鎖骨窩、後頭部から頭頂部までを揉み終え、ここまで約4分。それなりに時間をかけたためか、肌は熱を帯びてほんのりと赤い。


「どうですかね、部長」

「ま、まぁ? よ、よかったんじゃねーの? そこそこな、そこそこっ!」

「えー、けっこう声我慢してる感じの顔じゃなかったー?」

「千雪にもそう見えたねぇ」

「!? ……お、おまっ! い、いつからっ! ず、ずるいぞ忍び寄るなんてっ!」

「え? 菫先輩も千雪先輩も普通に入ってきてましたよ? 声もかけてましたし」

「――――っ!?」


 ものすごい早さで頬が真っ赤に染まっていく。よほどリラックスしていたらしい。

 立ち上がる途中、慌てて転んでしまうほどだ。手を取って立たせてあげる。


「あれー? 気づかなかったのー? なんでかなー、なんでかなー?」

「べつのことに気を取られてたからだったりしてねぇ」


 返す言葉がなかったのか、「うぅ……」としばらく唸り、部長はコタツの中へ消えた。

 先輩たちがけらけらと笑う。そして〝当然、次は自分たち〟という顔をしていた。


「そんな顔しなくてもやりますから。はい、順番にどうぞ」


 すると千雪先輩が「はぁい」とコタツで斜めに寝転がり、黒タイツの両足が差し出された。

 俺の位置からは千雪先輩の顔が見えないし、ふたりからも俺の手元が見えないはずだ。

 わけもわからず足に触れれば、「やんっ、そこっ、だめぇ」とあざとい声が漏れる。


「あー、いいねいいねー。寝取られ感あってー。今ならー、先っちょまで許すよーぅ」

「千雪的には、かなり複雑だけど……まぁ、すーちゃんが喜んでるならいっかぁ」


 よくないと思う。しかもどうやら、おかしなプレイに付き合わされるらしい。

 結局、この日はずっとマッサージをさせられ、帰る頃にはもう両腕がパンパンだった。



 ――以下、おまけ。


 菫「ぺぽぺぽのマッサージが気持ちよかったひと。手ぇーあげてー、はーい」

 千・瞳「はぁーい!」

 菫「あれぇ?」

 千・瞳「あれぇー?」

 由「こ、こういう時だけ手を組むよなお前らほんと。古賀ちゃんも」

 千「じゃあゆーちゃんは、もう二度とやって欲しくない? 触って欲しくはないの?」

 由「え。い、いやっ、そういうことじゃ、ないんだけど。ちがうんだけど、その……」

 千「そのぉ?」

 菫・瞳「そのぉー?」

 由「う。お前らもうあっちいっちゃえよ! しっしっ、今日の部活は終了だ! 終了っ!」

 瞳「まぁ、ふたりが来たの気づかないヘヴン状態だったわけだしぃ? しょうがないかぁ」

 由「う、ううう、うるせー、ばかばかばーかっ! もう知らん! 帰る! また明日!」

 女性一同「また明日ぁー」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ