たまには模型を
放課後の廊下。同じクラスの里奈と和室に向かい、部室に着いた。
挨拶をしながら襖を開く。けれどそこに広がる光景は、いつもと少しちがっていた。
「ぶ、部長が……」
「プラモデルを……?」
「そろってなんだそりゃ。作るだろプラモくらい。茶道兼模型部だぞ。ここ」
呆れ口調で部長が言う。とはいえ、コタツを囲んで模型を触る姿は新鮮に感じられた。
「そ、そういえば……え、と。由真先輩のそれは、どこの戦車なんですか?」
忘れていたらしい。その質問に対し、部長は作りかけの戦車を得意げに見せつける。
たしか、ティーガーツヴァイだったはず。あだ名が色々とあった気が……なんて記憶と結びついてしまうのは、中学の社会科の先生がこだわりの強いひとだったからだ。
「こいつはな、ドイツのキングタイガーくんだぞ! 正直よく知らんけど、名前がかっこいいから作ってんだ。いいよな、憧れちゃうよなキング! それにタイガーっ!」
目を輝かせる部長に「そうですね」と優しく微笑む里奈の顔は、保育士のそれだった。
その隣。俺はコタツの一角を占める、バラバラな少女たちと城のパーツを見て訊ねる。
「千雪先輩はそれ、女の子ですか? 菫先輩は見たまんまですけど」
「美少女プラモだねぇ」
「姫路城だよー」
「へぇ、そういうのもあるんですね」
プラモデルと言えば機械、と断定するのはどうやら偏見のようだ。
女の子が好きな千雪先輩らしいチョイスだと思うが、となると菫先輩のほうが気になった。
「すごい見つめられてるー。なになにー、ぺぽぺぽー。なんだよーぅ」
ヤスリがけをしていた菫先輩が、不思議そうに笑う。本当によく笑うひとだ。
「あ、いえ。先輩も美少女プラモデル? を作りそうだと思って。ちょっと意外だなぁと」
思ったままにそう言うと、楽しく里奈と話していた部長の声が飛んでくる。
「やめとけやめとけ、聞かなくていいぞ。スゥの性癖ほんとくそだから」
予想外な角度からの忠告に「え?」と声が出る。美少女プラモデルと先輩の性癖……。
どうしてもイケない感じの遊びに繋がり、ほわほわと浮かんできた光景を振り払った。
「あぁ~、ペポくん。いま絶対、すーちゃんでえっちな想像してるでしょ!」
「えー、そうなのー? やだー、どんなのかなー。ハード? ソフト? 教えて教えてー?」
プラモデル作りの手を止めたふたりが、これでもかと言うほどに食いついてくる。
腕を組んできたり、胸のあたりを指先でなぞってきたりとボディタッチが多い。
「いやっ、あのっ、そういうのはっ。ほんとや、んっ――……あたっ!?」
わざわざ取り出したらしい消しゴムが、側頭部に直撃。ニッパーとかじゃなくてよかった。
見ればジトジトした視線。決めつけはよくないと思う。合っているけども。
「あ、そういえば前に写真フォルダを見せてもらった時、タイヤつきの女の子がいたような」
里奈の言葉に「ミニ○駆だねぇ」と補足が入る。たしかにそれは、なんというか。
一応は想像してみたが、だいぶひどい絵面だ。あまり好きにはなれない趣向である。
「……すみません。ちょっと軽蔑します」
「ひどーい! でもしかたないねー」
菫先輩も理解されにくいのはわかっているから、自主規制しているのかもしれない。
それはそうと、模型作りは色を塗ることも多いはず。和室でやっていいのだろうか。
「あの。ここで色を塗り始めたら古賀ちゃん先生、さすがに怒るのでは?」
「当たり前だろ。私らはな、お前らが来るのをずっと待ってたんだ!」
「ペポくん、塗装は別室でやるから心配ないよ」
「あ、そうなんですね」
というわけで箱を抱えた部長たちに連れられ、同じ旧校舎四階の大教室へ。中に入る。
「じゃーん! 見よ、ここが我ら第二の活動拠点だ!」
「「おぉー……」」
里奈と声がそろった。知らない設備がたくさんあり、そんな反応しかできないのだけど。
いくつか並ぶ長机の上には、事前に用意していたらしいプラモデルの箱が積んである。
「つーわけでほれ、私らの初心者向けチョイス。こっから選んでとりあえず作ってみろ!」
「えぇと……ど、どれがいいですかね。アタシに上手く作れるかどうか……」
「んなもんいちいち気にすんな、りーぽん。いいか? プラモってのは、本人が楽しく作ればそれでいーんだ! べつにいつも出来の良さを競ってるわけじゃねーんだから」
「そーそー。何事も積み重ね、積み重ねー。あー、でもその理屈ならー、わたしの――」
「お前のは絶対に認めん! わかってるだろ、怒るぞ! な、ペポ。そうだろ?」
頷くと菫先輩は「しょぼーん」なんて口では言うものの、いつもと変わらない笑顔だった。
「まぁまぁ。ともあれ、りーちゃん。気にすることないよ。ゆーちゃんの初ティーガーなんて大量の謎シールぺたぺたで、装甲に〝がおーっ〟だから。気楽にね?」
「うるせー、いいんだよ! んじゃ、これなんかどうだ? ハイグレードモデルのラゴゥ!」
「いやいやぁ。それよりは断然、このHGリーオーのほうがいいんじゃないかなぁ」
「「……――――どっちっ!?」」
言い合うふたりに迫られて「えぇっ?」とわたわたする目が、助けを求めていた。けれど、
「あ、菫先輩。里奈が選んでる間、先に向こうを見せてもらっても?」
「もちろん、いいよー」
先輩たちを里奈に任せて移動する。隣の部屋はよく整理された展示室だった。
部長が作ったと思われるティーガーだけの戦車隊を始め、メカ少女やバイクに人型ロボ、車などが飾られている。その辺りは、千雪先輩と古賀ちゃん先生の作品かもしれない。
「……ん、あれ? 城はひとつもないんですね」
訊ねると、菫先輩はスマホのフォルダを見せてくれた。それでも、まだわからない。
「? 写真を撮ったのはここですよね? 現物は今、家に?」
「ちがうよー? もう残ってないだけー」
「え? それは場所を取るから……みたいな理由じゃ、ないですよね? たぶん」
「そうだよー、わたしねー。完成したらその日のうちに全部、叩き壊しちゃうんだー」
さすがに言葉を失う。菫先輩は隅にあるハンマーを手に取り、うっとりと笑みを浮かべた。
知ってはいけないことを知ってしまったような、そんな後悔が脳裏をよぎる。
「心配しなくて大丈夫だよー。ひとを殴ったりなんかしないからー」
「そ、そうですか……」
心臓を握られた気分を味わいつつも、素直に皆でプラモデルを楽しむことにした。
ふと気づけば日もすっかり沈んでおり、帰り支度のため和室へ戻る。すると、
「あっ…………」
茶碗で作った円の中心で、古賀ちゃん先生が膝を抱えて泣いていたのだった。
――以下、おまけ。
由「つってもさぁ。部室に来る時、大教室の明かりがついてるのわかるじゃん」
菫「わがままだなー。よーし、りなりな。今こそ内なるママ力を見せる時だー」
里「え? えぇ? そ、その……古賀先生。は、早く大人になりましょう?」
瞳「ふんっ! 先生、ばぶみを生み出せないママはゴミだと教えたはずよ!」
千「お手上げだねぇ。このモンスターは千雪たちの手に負えないよ。ペポくんお願い」
瞳「ひとみちゃん、寂しかったっ! 呼びに来て欲しかったっ!」
智「先生。今日は俺、帰ったらご飯作って待ってますから。そしたら一緒に食べましょう?」
瞳「……ほんとう? ほんとにほんとう? 血の誓約? 破ったら処す?」
智「本当に本当です。だから機嫌直してください。ほら、小指出して。指きりげんまん」
瞳「……うん。わかった、約束。嘘ついたら結婚ね? でも今日、ちょっと遅いかも……」
智「心配しなくても大丈夫ですよ、ちゃんと待ってますから」
瞳「――……帰ったら~、おかえりなさいがある幸せ~♪ らーららーらーらーらっ♪」
女子一同「ベ、ベストマザー賞……」