四コマ漫画
別の学校ではありますが、時系列的には『昔から何でも話してくれた幼馴染にある日突然「昨日、彼氏ができたんだよね」と言われ、クラスの女子に泣く泣く相談したら幼馴染の彼氏の幼馴染と付き合うことになった。』から三年後あたりの物語になります。よかったらそっちも見てね!!
それと主人公は名前が出る頻度が低いです。(本名:波瀬智成)
「なぁー、ペポ。四コマ漫画っていうのは、いったい何のために存在してるんだ?」
部室――というか、和室の季節外れなコタツ。脈絡のない質問が正面から飛んできた。
「なんです部長、また急にそんな」
今週号の少年誌をパラパラとめくっていた手を止めて、顔を上げる。
一学年上にしてはやや小動物っぽい、ちっこい感じの女の子。なんて口にしたらどうなるかわかったものではないけど。ともあれ、二年生の我らが部長は「ん」と指をさす。
「?」
「これが何かはわかるだろ?」
話の振りの流れからして、それの大雑把なくくりを聞いているのだろうと理解した。
「少女漫画ですね。部長の大好きな」
「そうそう。じゃあ今、ペポが読んでるのは?」
「少年誌なので、まぁ少年漫画ですね」
「だろ? ここで私から再びクエスチョン。四コマ漫画っていらなくね?」
「もう自分で答え出しちゃってるじゃないですか」
ため息がひとつこぼれる。読みかけの少年誌をコタツのテーブルに置いた。
部長が話題を振ってくるのは大体、漫画に対する集中力が散漫になった時なのだ。
「だから対立をご所望なんだ私は。反対の立場から物を……こういうのなんて言うんだっけ」
「ディベートですかね」
「そいつ! ペポには四コマ漫画肯定派として相応しいディベートくんをやってくれ!」
部長は物体というか、概念というか。とにかくそういうものに〝くん付け〟をするのがクセだった。にっこり笑顔で言葉を待っている顔は、ちょっと子犬っぽい。
「ちなみに私は今以上の意見はないからな!」
小さいなりに大きく胸を張って、堂々と私は意見を聞くだけ宣言をする部長。
「……そう、ですね。四コマ漫画の良いところは――」
「うん」
「一つ。四コマしかないので起承転結が早く、スナック感覚で読めるってとこですかね」
「ほほう」
「サクサク読めるなら、ちょっとした隙間でも手を伸ばしやすいでしょう?」
「たしかに」
とは言うものの、部長はストーリーやシチュエーションをじっくり楽しみたい派だろうから四コマ形式が肌に合わないのもわかる。テンポの良さが逆にデメリットにちがいない。
「二つ。難しく考えなくていいものが多い、って好きな理由に挙げる人は多いと思えます」
わかりにくいというのは、娯楽としてそもそも落第なので四コマ漫画に限らないけども。
「そっか、だから四コマ漫画って萌え系ばっかりなんだな!」
「いやそれ、否定派どうこう以前にめちゃくちゃ偏見入ってるじゃないですか……」
気持ちはわからなくもないけど、シュールなやつとか社会風刺のものとか色々あるはずだ。
「でも少女漫画っぽい四コマってあんまり見かけないぞ?」
部長は「んんん?」なんてかわいく唸りながら首をひねり、そのままテーブルにほっぺたを乗せて完璧にだらけきった姿勢になる。手から離れた漫画がぱたりと倒れた。
「部長が知らないだけだと思いますけど……まぁ、俺も少女漫画は部長からおすすめされたのしか読んでないのでえらそうなことは言えないんですが。ともあれ、三つ――」
「あい」
ここで俺は、ああもうダメだなぁと思った。すでに部長はとろけ始めてしまっていて、こうなると手遅れだ。話もあんまり真面目に聞かなくなって、ただのワガママな子になる。
「今の世の中。コンテンツが大量にあふれてるせいで〝短く継続的に消費する〟のが強い傾向にありますから。むしろ四コマ系ってこれからなんじゃないかと個人的には思いますね」
「そっかぁ、時代かぁ。時代ならしょうがないなぁ……」
ふにゃふにゃとした覇気のない返事のあとで――カチリ。かすかな音が聞こえてくる。
「しれっとコタツの電源入れないでくださいよ。さすがに暑いです。今、春ですよ?」
「……ふにゅう。寒がりくんな私だぞ」
もぞもぞとコタツに入り込んで、いつものように自宅から持ってきた抱き枕をぎゅっとしているんだろう。もう俺からは、かすかに部長の頭がちょこんと見えているだけだった。
「ふにゅう、じゃありません。ていうか話題に興味なくすの早すぎますよ。いつもですけど」
「それが私だからな。慣れろってことだ。あ、べつにペポのせいじゃないぞ。ほんとだぞ?」
頑張って目の当たりまでテーブルに出して抗議し、力尽きた部長はすぐに沈んでいった。
「どうですかね」
「また泣くぞ?」
「ごめんなさい」
本当に泣くからやめて欲しい。初めて今みたいな状況になった時。まさか泣くとは思わず、割と雑に応対したら皆の前でなだめることになったのは記憶に新しかった。
「そーそー。素直がいちばん。ペポはねぇ、私の言うこと聞いてりゃいいの聞いてりゃ……」
「おーぼーですよ」
同じように間延びした感じで返事をすると、部長の小さく笑う声が聞こえてくる。
「ところで部長」
「なんだー、ペポ」
「ここって何部でしたっけ」
わかりきったことを聞くな、とでも言いたげに部長は「むぅーっ」と唸る。
きっと顔もそうなっていることだろう。コタツの中で足を蹴られた。
「何部ってそりゃあ、お前……漫画同好会とか研究会とか、とにかくゆるーい感じだろ」
「そうなんですか。そうだったんですか」
こもったような声だったので、どうやら身体ごとコタツに入ったらしい。子犬のようで子猫みたいな人だ。発言がちょっといい加減なのは、どうかと思わなくもないけど。
「そうだよ。そんなことよりペポ、私はのどが渇いたぞー。お茶。あとお菓子とって」
「ワガママな部長だなぁ」
「部長だからな。当たり前に一番えらいんだー。あとせめてかわいいと言え、かわいいとー」
「はいはい、そーですね。かわいい部長のお願いはちゃんと聞かないとですねー」
「お。いいねぇ、キミぃー。そうそう。わかればいいんだよ、わかればー」
「誰目線なんですか、それ」
「当たり前にこの私、貴戸由真目線に決まってるだろー?」
「そりゃそうでしょうけど」
コタツから出て、いつものようにお茶を点てて淹れ始める。もう慣れたものだった。
そういうわけで。まだふたりしか来ていない――茶道兼模型部は、いつも通り平和です。
――以下、おまけ。
智「……それで。いつ片づけるんですか? コタツ」
由「去年は六月まで出てた気がするけど。最近、地球ぽかぽかだし来月じゃねーの」
智「地球ぽかぽか」
由「うるせー。私の平熱、低すぎっ!? なんだよ。常にギリ35℃台だし」
智「あ、そんな低かったんですね。なら寒いかもです」
由「だろ?」
智「ちょっと失礼しますね」
由「ん? ~~っ!?」
智「あ~、ひんやりして気持ちいいですこれ。夏場とかずっと触ってたい感じです」
由「そういうとこあるよな……」
智「べつにおでこ触ってるだけじゃないですか」
由「そうだけどさ。ペポお前、誰にでもこういうことすんの?」
智「嫌がりそうな感じしなければ、普通にできると思いたいいたい、痛いですって部長」