第三夜 呪法
魔術師の手は長い
そう言ったのは誰だったか
長き手は何処にいても
相手の命へと手がとどく
鬼は、低く響く音節を爪弾き綴る。
鋭き爪のある大きい手を突き出して、拳を巌の如く強く強く握りしめる。
呪を唱える。
電子妖精からの報告では、相手の攻撃を受ける技もその攻め手も、終始無言だったと聞いている。
-よほどの大技がくるね、きっと-
その拳が開かれ鋭く光り、掌と腕が紫電を纏う。
-☆☆☆-
視界がまったく見えないほどの輝き。
遅れて走る轟音。
現実なら地面や壁を抉るほどの雷の牙が、
電脳世界に形作られた区画の壁面や床のテクスチャを粉々に砕いてゆく。
食らったなら塵も残らないほどの技。
雷光、それとも雷口あるいは雷腔か。
鬼の腕から伸びた、雷の顎が雲耀の疾さで刹那大きく開きそして閉じる。
あたしはその顎を躱す。
-まずは一手め……-
その鬼の雷撃を、あたしは逸らしたのだ。
あたしの権能、流体操作で真空の断裂面を盾として作り出し防ぎ、
また導体を取り出し織り交ぜた大気の流れを用いて、避雷針のように雷口を誘導することで、地に雷を逃がす。
逃がす位置は、あたしの立つ場所から近すぎないように。
地に逃がし吸い込まれるまでの雲耀の間に、雷は地を這って周りへと電光の枝を伸ばすのだから。
鬼の二手め。
鬼の権能、影を作る。
あたしの権能では感じられない能力。
即座に現れたその影は、見た目が壁か穴のような、真っ黒な、ふちが歪なもの。
-扉?-
鬼の腕がふたたび激しく閃いた。
あたしの視界が閃光に染まる。
わずかの隙。鬼はその隙を狙う。
鬼はその影へと潜らずに、影へとその雷撃を向けた。
あたしが地に逃がしたように、その雷は影の穴に消えてゆく。
あたしの直ぐ近くに、
刹那、現出した出口の影からの轟音と閃光。
得物を噛み砕くための、その雷があたしを穿ち撃つ。
そして同時に別の方向の空間、あたしに気づかれないようなところ、あたしの後ろに新たに口を開けた影。
その穴から鋭く延びた幾条もの刃。
こちらの死角を狙い、あたしをあの鬼の爪が薙いだ。
--- ---
この鬼の技のひとつ。
影を作り渡る技。
ふつうは一度使うだけ。
本人が攻撃を仕掛けるために……
けれども鬼は、
敵へと向けた影を幾つも重ねあわせて、
その一つにしか見えない影で、複数の場所、幾つもの方向から攻撃を仕掛けた。
影を生じさせ、それに右の腕で雷を飛ばし、その開く顎で喰らい穿ち、
雷口の閃光に紛れて、合わせて左腕を影に振り、その爪が気づかない位置、死角から敵を刻む。
どちらも必殺の一撃。
その二つの攻撃をひとつに見せて罠をかける。
不意打ちの技、騙しのテクニック。
初見殺しの必殺の手順。
知るものが居なければの無敵の技。
でも……
-知られていたら効かない-
あたしは全てを読んで躱す。
風の空隙で雷を躱したように、
作り上げた風の空隙、真空の刃を鬼の爪へと当てて僅かに逸らし、空けたすき間へと、ゆるりと身を滑り込ませたのだ。
閃光に目を眩まされないように、両目を閉じたまま……
あたしの権能は流体の概念操作。
風を感じ、風を使うのに、視界は特に必要ない。
時には邪魔になることもあるから、目を閉じたたま闘っていることもあるのだ。
まあ、あの轟音は堪らないから、耳には予め(真空の)栓をしていたけど♪
「終わり」
-技も、その命も一度限り-
-☆★☆★☆-
「効かないよ♪」
あたしは鬼へと攻撃的に笑いかける。
「なぜ躱せる、ひと。
いや、けものか?」
対峙する鬼が、初めてあたしに口を開いた。
あたしも改めて鬼を見上げながら、嘲笑を含む笑みを返してやりながら言葉を返す。
「失礼だねぇ、元ひと(笑)」
あたしをけもの呼ばわりした奴を、ただで帰したことはほとんどないんだよと、心の中で呟きながら。
「あんたのは初見殺しだよね」
「でもあたしは知ってる。もう見てる♪」
-見た技なら躱せる(笑)-
-そう言ってやったほうが良かったかな♪-
煙に巻くために……
「影でつなぐ意思の流れを、流体の概念操作を使えるあたしは、
鬼の流れ、その動きを読み取れるし、だから当たらない。
知ってるよ♪」
ってね(笑)
嘲笑するように、口の端を片方だけ上げてみせる。
-まあほとんど嘘だけど♪-
-ほんとはもっと別の理屈で、あたしは鬼の技を知ってる。教えてやる義理は無いけど(笑)-
出来ることはなるべく教えたくない。
鬼の哄笑。
「くっ、くははっ。
これだから戦は面白いのだ!」
それまでの昏く濁るような眼に、仄かに喜悦を思わせる輝きが宿る。
笑いを消し、気を引き締める。
この鬼は強い。きっとその力も……
けれど、あたしのような概念や事象に基づいた力ではなく、あの鬼の自然や物理的な力に基づいた下位の呪法では、あたしのような神使としての位階を賜ったものには届かない。
そこはやはり、鬼とあたしでは格が違う。
流体の概念操作を司るあたしには、
鬼の呪、自然エネルギーとしての雷撃も風刃なども通じない。
この鬼はどう戦うんだろう……
「そういえば聞いてなかったね。
あんたの名前、なんて言うんだい?」
鬼との戦闘の最中に、剣戟へと入る間に、ふとそう問いかけてみた。
返答は期待してなかったけど、
鬼はこう答えてきた。
「ただの鬼でよい……
名前は無いのだ。それでいい」
あたしの名は問い掛けてこなかった。
その言葉を聞いて、
情報を集めて創り上げていた鬼の人格の虚像が、あたしの中で揺らいできていることに気づく。
ふと、あたしの親友の稲荷ちゃん。稲荷狐の絢葉の姿と鬼が重なる。
もし生き残ったら、
こいつは相当強くなるね……
きっと正面からでは手に負えなくなるくらいに。
-あたしの強さを、後ろから来て軽く追い抜いていった稲荷ちゃん。彼女なら、この鬼とどう戦うかな?
あるいはあたしとなら-
稲荷ちゃん、あたしの同僚の持つ波動操作やその創造の力。
概念構築や操作の力だけなら稲荷ちゃんとの戦闘の結果は未だわからないけどね(笑)
そういえば、稲荷ちゃんはよく、
「猫又ちゃんには敵わない」
などと言っているが、それはあたしのセリフだ。
あの子はあいつの衛士となるために霊格を落としているが、それでもあたしはあの子の力には遠く及ばない。
あの子は自らの力が解っていないのだ。
稲荷ちゃんの普段の力は、あの子本来の力の一割から二割。多く見積もっても三割から四割の間程度だとあたしは推測している。
まったくあの子は(苦笑)
機械音痴だし、物事の事象の改変すら理詰めで考えるのは苦手なのに、不意に感じとった事柄とかは理解できずとも簡単にやってのけたりするんだよね。
彼女くらいの力が使いこなせれば、現在の(落とす前の)霊格、県外エリアまでの一地域級の神使霊格ではなくて、国家級の神使霊格に匹敵するくらいは軽くゆけるのにね(笑)
感覚で物事を処理する相手はほんとイヤだ(笑)
もう少し自分のことを知ったらいいのに……
あの稲荷狐ならこの鬼にも、力押しで無難に勝てるだろう。
あたしがこれに勝つためには……
あの子の力とあたしの力の差を想いつつ、勝つための道を想像し実践つづけること。
模索して実践し、失敗しても繰り返し繰り返し進むだけ。
それしかないんだよ♪
そうした下らないことを思考の一方で回しつつ、ちろりと唇を舐めながら笑みを浮かべてみせる。
「さあ、来なよ。
影鬼の次は何して遊ぼうか(笑)」
鬼の気が膨れあがり、あたしを打って、
肌を泡立たせ、うぶ毛を逆立たせる。
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すみません、戦闘シーンと猫又のしゃべくりばかり長く続けて(・・;)←見る気が失せますよね、きっと(o_ _)o
もう少しおつきあい頂けたら嬉しいのですが。
あと一話でこの戦闘は決着いたします。