第二夜 理(ことわり)
なぜ生まれたのか
なぜ帰ったのか
なぜ
去らずにまだ
ここに居るのか
幾度の剣戟、ひりつくような命のやり取りを繰り返したのか……
鬼の斬撃を躱しつつ、相手を返す剣で刻みつつ、
その傷の回復する様子を意識の隅で眺めつつ、剣舞を繰り返す。
-接近戦はあたしに分があるようだね-
もっとも、
その優位は鬼からの一撃で、あっさり覆る程度の有利さでしかないけど。
どちらにしても、きりがない……
今のあたしの斬撃では鬼の命に手が届かない。
この双剣でなくて、現実のものだったらどうかな?
今持ってない双剣を思っても仕方ないけど(笑)
あたしの得手は、こうした近い間合いだけれど……
鬼との死合いはきっと、離れてからが本番……
-さて、殺せない鬼をどうやって殺そうか-
ひと当たりした後は呪法戦に移る準備。
相手の動向を読みつつ、隙を見せず戦闘パターンを想定して、その戦略を練る。
その際中も鬼との戦闘行動は続いている。
持続的に戦略と、一見無駄に思える並列思考を練りつつ行いつつ、鬼との緩急をつけた剣戟を繰り返す。
隙は見せない。隙を作らずに動けるようにしたのだから……
鬼の呪は多彩だ。
風神雷神に端を発する天候操作を含む物理操作はもとより、あたしのような概念操作に踏みこむ高位の鬼神も、当たり前のように存在する。
さすが神の末。
厄介なこと、この上ない。
始末に負えない。
天邪鬼などは特にそう。
字に天を冠する鬼などは、鬼となっても天であり、滅せられぬ鬼は天が足下に押さえることしか封ずる手段が無いということを表すともいえる。
-まあ、この鬼はその頂きまでには至ってはいないのだろうけど(笑)-
鬼ごっこ、影鬼、隠れ鬼。
子どもの遊び、人の言の葉に潜むほどに、鬼の力、鬼の技は網の目のように世の想いへと浸透し、多くの鬼へと力を与えている。
実体を持ち、実体を持たず、
怪力で、傷を受けても回復し、
死しても冥府より還る。
天候を操作し、炎もよく使い、
精神支配から物理支配の技まで熟し、
御使いともなれば、仕える神の業にも手が届く。
けれども野に下った鬼の多くは人を喰い、血を啜り、そして世界の理を壊す。
そう、自らの理をも壊す。
死すべき定めを壊すものは歪みを受ける。
だから人の死から還るものは帰なのだ。
死から目を背けて戻ることで歪み、死を拒み続けることでまた歪む。
言霊と想いに影響されるあたしたち。
鬼や御霊も、そのくびきからは逃れられない。
初めに言葉ありなんて言った話があったけど、
神が光あれと言の葉を呟いてから、影が生まれ、世は陰陽の境界に分けられた。
陰の世界は、陽の世界の似姿で、その形は変わること無く、
それでも陰陽の言の葉の如く、対と呼ばれつつ、全き世界の構成要素としてそのあり方は変わらずとも、
陰は陽に付き従うものとして在り、陽の対としての陰の役割を強いられている。
陰陽、聖魔、対となるものの争い。
光と闇、善と悪との闘いなどと言われたりだけど、
本来のその役割は対、左右と同じ対等のもの、善悪は全く関係のないことなのだ。
対するものが相手を悪と決めつけただけの話だ(笑)
-さあ始まるかな?-
鬼の闘いの兆しが変わる。
練られる術の気配。隠そうとしているけれど、あたしには丸見えだ。
風の気配。その呪の香を感じる。
鬼は爪を振り回して、逃げるあたしに追いすがるが、あたしの回避逃亡する方が速い。
刃のごとき鬼の爪は、廃棄エリアの区画や室内の床を削り壊し、
ポリゴンとなった破片や削られた瓦礫を辺りへと撒き散らす。
ふと鬼の腕が歪んだ映像を写し、その腕が霞んだような瞬きを見せる。
空気の渦とそれが纏う真空の刃が鬼の腕の周りで渦巻きながらほどけて、逃げ遠ざかるあたしの方へと伸びてくる。
あたしを切り刻み、吹き散らばせるための透明な鞭だ。
左右の腕から伸びる双鞭。
その片方へと意識を向ける。
右の鞭はあたしへ伸びることをやめて、ふたたび鬼の腕へと絡みついてゆく。
あたしの持つ権能だ。
自らの能力、その真空の刃で鬼の腕は細切れにされてゆく。
血と肉を模したかのように、赤いエフェクトとポリゴンの欠片が、激しい痛みを与えながら鬼の腕から飛び散ってゆく。
鬼はその苦痛に何の痛痒も返さずに、左の透明な鞭を伸ばし続けてゆく。
鬼の右腕は刻まれてぼろぼろにされた姿から、瞬く間に元の腕へと戻ってゆくという、異様な回復の姿をあたしに見せつける。
左の、渦巻く風の鞭はかん高いうなりを上げて、ヘビのようにうねりながら地を這い、あたしを噛み砕こうと迫ってくる。
その渦を巻くヘビの胴体が先ほど鬼の爪が、フロアの床へと転がっていた、砕かれた床の大きな瓦礫の固まりの一つを巻き込んだ。
あたしはとりとめの無い思索を続けていた。
右も左も、光と影も、善悪とは関係ない。
要は、勝てば正義というだけのこと。
負けたものは悪となる、そう断じられる。
そうなんだろうけどね……
本来はね。
だから、本来は陰の住人たる猫又のあたしが、
陰の住人と生った帰たる鬼を討つなど、冗談みたいなことなのだけれど……
-死の気配-
あたしは並列思考を途切れさせた。
実体情報を伴う瓦礫の固まりは、渦巻き荒ぶる風に翻弄されながら加速して、
鬼から逃げ距離を取ったあたしを掠めるようにして、凄い勢いで壁の区画にぶち当たって、派手にめり込んだ。
鬼めっ。
爪で廃棄エリアを壊しながら、飛び散った瓦礫が実体情報を持つことに気づいたんだ!
渦巻く風のヘビは、床に撒き散らされている瓦礫を次々に呑み込んで、散弾のようにあたしに撃ち出してくる。
それに紛れ込ませるように、纏っていた真空の透明な刃をも、合わせて撃ち出している。
-よくやる-
あたしが風の権能を持っていなかったら、
瓦礫のつぶてに穴だらけにされたあげく、真空の刃に切り刻まれて居たのかもね(笑)
ネタが判れば、どうと言うこともない技だ。
相手の風へと干渉を続けて、左の風のヘビの渦を、真空の刃ごと解体し解き、
既に撃ち出されたつぶては、風の障壁で逸らしておいた。
-すこし危なかった-
あたしは居ずまいを正し、元の戦術へとたち還る。
息を大きく吐く。
気持ちを思索へと切り替え、戻す。
陰が陰を狩り、陰を討つ。
命を多く持つものが、命を拒み持たず帰るものに対するということ。
やはり冗談かもね(笑)
猫は七つの命を持つとか、百万回生きて悲しみを受けて死にたくなるまで死なないとか言うけど、
言霊と想いに宿るものは、時の流れる力ほどには決して強くはないけれど、
その流れの中の泡沫ほどには、確固たる強さを持ち合わせる。
時に抗い、想いに勝るために、
勝つために、
自らの想いを強く、言霊に乗せる。
「あたしが勝つ。
来なよ、名もなき鬼」
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