第一夜 剣戟(けんげき)
永劫にも感じられる殺意のやり取り
お互いの刃に込められた言の葉
それは相手の命を奪うという確固たる意志
「ねえ、逃げないの?」
そう言いながら、あたしの持つ収納空間から、使い慣れた得物であるいつもの双剣を取り出す。
幾つもの魔やあやかしを屠った、ある意味での業物。あたしの相棒のひとつ。
現世のあたしの剣をほぼ完璧に模した電脳世界での写し。
それが妖しく輝く。
「今度はあたしが鬼だよ」
にいっと笑いながら、鬼に刹那の間を与える。
相手を待つか、それともあたしから動くか。
『ケットシー』 -異説 ネットの鬼-
ゆらりと立ち上がる目標、あるいは鬼は、あたしより遙かにデカい。
紫紺の鬼。
二回り以上デカいくせに動きが速いことは、あたしの電子妖精から聞いてる。
-現実世界なら使える、いつもの戦闘服はまだ使えないけどね(笑)-
ここは電脳空間の廃棄エリア。
そのうちに何かの情報が書き込まれて消える場所。
今はこの場所に、現実に近い戦闘情報を上書きしている。
あたしの戦闘装備に似た機能は今ここで使える。
電脳世界独自の機能も。
この世界に蔓延る根の如き巣、電脳遊戯の苗木の基礎にあたしたちは関わってる。
現実世界と同じに、電脳世界の想いや力もあたしの手の内にある。
ひとつの世界として繋がる想いも在り、存在もまた在る。
繋がっている。ひとつに。
この電脳空間は現実の世界を模したもの。そう作り込んだ。
あやかしの隠れ里や幽界、神域、聖域などのように、電脳世界も人の概念や想いで創られて、他の世界と繋がり合うために、人の世の法則と近い作りとなっている。
仮想世界と言いつつも、人の想いから生まれた場所の作りは似通っている。
だから、その世界に居るものはその世界の法則に縛られる。
その世界にあるもので傷つけられるし、死にもする。
下準備した今、お互いを傷つけ殺せる存在になっている、そのはず。
動かないあたしを、鬼の放つ殺意が打つ。
あたしはそれを受け流す♪
鬼は力比べが好きらしいと妖精も話してた。あたしもそうだと思う。
-ちょっと焦れてきたかな?-
あたしはまたいつもの戦闘中の並列思索へと戻る。
やり直しはもちろん出来る。そう作り込んでいるからだ。
けれども、それで失うものは、実は普通簡単に考えられていることよりも遙かに多い。
偶然を期待して、成功を望むためだけのようなことをしてやり直して失敗を無かったことにしたとき、失ったものとその成果とは、果たして本当に等価と言えているのか……
たとえ失敗したとしても、答えや目標のために、考え抜いたときに得られるような成果よりも、やり直しにより失われたものをその成果から削ると、結果として利益と言えるものは、実はごく僅かとなることもあるということは、意外と知られていない。
結果が全てという思想に汚染されているような昨今だと、そうしたことは特に軽視されがちなことなのだろうね。
そうした意識に従っての、ゲーム、ネットでの死からのやり直しというものは、感覚的にはエピソード前に立ち戻るフラグやセーブポイントのようなもの。
昔の閉鎖環境のゲームと同じ。そんなふうに感じているということかな?
死の瞬間の揺らぎ。その影響は意外と大きく、そして深く、それぞれの個人の心へと刻まれている。
リセットによる死んだ記憶が無いのに、死を感じる記憶や、心の奥に刻みこまれている過去の死への意識というものが、ログインしダウンロードしたそれぞれの記憶、心の記録には存在している。
それらは視えず触れずとも、死による心理的障害を回避した、眠らされ切り取られた心の障り、傷痕だ。
それは新たに落とし込んだ心、或いはその魂を切り刻んだ跡なのだ。
そうした傷痕はトラウマには至らないように処置されたはずだとしても、その不愉快な歪みは存在し、個人の人格へと、のちに影響を及ぼすこともある。
フラッシュバックのように、不意に顔を出すことも。
まあシステム外の知識や経験のこと。
それにごまかされた偽りの記憶とでもいうものなのかな(笑)
リセット癖は百害あって一利無しだとあたしは思っている。
現実の殺しの技、初見殺しのようなことを回避するために使うのはやむを得ずのこと。
死を逃れるため、時には必須となる技でもあるけどね。
名も知らぬ鬼の殺意の気はさらに膨れ上がり、今ではこの身をじりじりと焦がすほど。
-いいねぇ♪-
思わず殺意に反応しそうになる身体を抑え、
力を抜いて、何事も無いかのような姿を相手へと見せつける。
-殺し甲斐がある(笑)-
殺戮の兆しをゆったりと待つ。
いつまで待てるかな?
再びのルーティン。
並列思考はいつものこと。戦闘には影響ない、反射行動はこの身に染みついている(笑)
所詮、基本となるのは遊戯の世界ということかな(笑)
そこは現実とは違う。すこしだけ緩い感じ。
現実では死は死。その事実を消すことは出来ない。
電脳でさえ、書き込まれたデータに隠蔽や封印はしても、完全に消し去ることは出来ず、そうした死は何処かに残ったままだ。
現在も過去も、それが解ってない奴はいるけどね(笑)
起きたことから逃れる術は、現実であれ仮想であれ、どう足掻いてもあり得ないのだから。
消し去っても痕跡は残る。
消したいと思うものほど残っているのだ。
残したいと思うものほど消えるくせにね(笑)
そんなくだらないことを考えているあたしへと、電光のような速度で鬼が迫る。
無造作に突き出した腕と、その先の手には五つの剣を思わせるかのような巨大な爪たち。
幾つもの爪があたしを切り裂く。
あたしの残した残像を。
「モードアクセル」
あたしのそう呟いたのが、あの鬼には聞こえたかどうか。
体感意識や思考などが段階的に速度を上げてゆき、周りの景色の映像がどんどんと速度を落としてゆく。
その違和感に、神経や感情を馴らしながらステップを刻み、舞踏でも踊るようにして鬼の爪の追撃を躱す。
コマ送りの残像を空に刻むようにした分け身を残し、あたしの双剣は鬼の腕を膾のように斬り、刻みを入れて、その刃物の如き爪を全て指ごと断つ。が……
あたしが鬼から離れた刹那ののちには、それらは全て何事もないかのように元に還っている。
何事にも例外はある(笑)
時には魔や神が死ぬこともある。
人が死からかえることも……
-鬼は帰なりとはよく言ったもんだね♪-
信じられない回復速度……
知ってはいても驚きを隠せない。
鬼は神と同列に語られることもある。
首を落としても簡単には死なない。
西洋の鬼のようなノロマ、下級から中級にやっと届くようなものでも、死なず再生する。
吸血鬼のような死人でもないのに。
ゲームなどを通じた人の想いからの付加で、その鬼の命には果ては無いかとも思えるほど。
そういえば、昔に居た酒吞みの鬼みたいに、落とされた首だけで、宙を飛んで襲いかかったなんて伝説を持つやつの話もあったね(笑)
人の想いから付け加えられたのか、それとも、鬼の性の同一性からの連想か、
最近の鬼にはアンデッドのように、鬼にも火や陽には弱いのがいるけれど、
あれは弱点と言うよりも弱体化が近いのかな……
帰の性をもつ者の弱点としては、陽や灯に準ずる力を秘め、身に宿すと称される桃や鬼灯、大蒜などが治らぬ傷を与えられる。
そうした中には、吸血鬼だけでなく鬼にも効くものもあるようだ。
影と闇に潜む同胞らと同様に、鬼もまた陰と暗闇に近しいもの。
神の眷属から堕ちて、闇の同胞と生った、日や光、陽の気に背を向けたものには特に効能がある。
それでも殺めるには至らない。その命を取るには至らないと信じられている。
吸血鬼、西洋の鬼。黄泉の帰還者、アンデッドの頂の一つとされるもの。
東洋の鬼、帰も、信じる人の想いからなのか、その性故か、強い命を持つ。持つに至る。
堕ちた不死者とも呼ばれる神の末。その力の在るものは、その片鱗だけ見てもやはり格が違う。
その回復力は不死王の異名をもつ真祖並みだろう。
まあ、現在の世では明確に区別されているけれど、枝の分かれる元を辿れば同じ根に行き着くものなのかもしれない。
どちらも鬼と書く、帰の言の葉を持つ又帰りもの、人の根から生まれるとされるものだ。
あたしは帰を狩るもの。
吸血鬼はあたしの敵で、現実では陽を操り、多くの狩りを繰り返してきた。格の低い鬼も狩った。
ならば純然たる鬼にも分があるはず。
-☆-★-
-あとがきのご挨拶-
読んでいただきましてどうもありがとうございました(●´ω`●)
本作は、出来れば完全な形で仕上がってからと準備をしておりましたが、
諸々の都合で間に合わず、初稿、草稿の部分を残しつつのスタートとなっております(o_ _)o
毎話決まったタイミングでの投稿とはゆきませんが、頑張って書いてゆきますので、お付き合いいただければ幸いですm(_ _)m