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第08話


「どう責任をとるつもりだ、魔女よ!」


 玉座にオールドの声が木霊する。下手人のように跪く魔女に対し、揃ったのはいつもの顔。

 他にまだ二体ほど魔王の側近はいるものの、片方は情報収集の為に不在。もう片方は研究が忙しく不在。魔女も滅多に姿を見たことがなく、本当に実在するのか一部では噂となっていた。

 だが今気にするべきは、ここにいない側近のことではない。のたうつ毛虫のように激しく動くオールドの眉。これがただの人間ならば、怒鳴った後に息切れでも起こして倒れこんでいただろう。是非ともそうあって欲しかった。


「そこまで怒る必要はねえだろ、オールド。隊長同士の殺し合いなんざ、よくある事じゃねえか。俺としては、むしろファイヤーオークを殺せた魔女を褒めてやりてえよ。常識的に考えたら、殺されてるのはパンプキンウィッチの方なんだからなあ。どうやったんだ?」


 オールドと違い、焔鬼の方は大した情報を持っていないようだ。ただ魔女としても、その言葉には賛同したくある。普通に考えたら、パンプキンウィッチがファイヤーオークを殺せるわけがない。鎌を投げたところで弾かれ、近づけば燃やされ、大地を弄ったところで突進でもされたら終わりだ。弱点が分かったから良かったものの、どこに勝ち目があるというのか。

 ダストとオーク達がいなければ、ここで跪いていたのはデブロンの方だったろう。


「戯け、焔鬼。儂はデブロンを殺した事を咎めているのではない。遅かれ早かれ、あれは誰かを殺すか殺されるかしておったろうからな。そのうち隊長を入れ替えようかと思っていたぐらいだ。故に、その事に関しては御咎めなしとする」


 その言葉に胸を撫で下ろせたら、どれだけ幸せだったか。全てを知っている魔女は、次にオールドが何と言うかも予想できた。


「ただし、あの人間に関しては別だ。聞けば、あやつはファイヤーオークの弱点を知っていたというではないか。それもオークが翻訳を任せた資料を見て知ったと。まさしく、儂が危惧していた通りのことが起こったのだ!」


 ほう、と焔鬼の目が細くなる。思わず震えそうになる身体を押さえ、絞り出すような声で言った。


「たまたまそういう資料をオークが渡してしまっただけで、ダストはそれを翻訳したにすぎません。否があるとすれば、選別しなかったオーク側。それこそデブロンにあるのではないでしょうか」

「苦しい言い訳と理解して尚、あの人間を庇おうとするのか。魔女よ、まさか情でも移ったのではあるまいな?」


 玉座の空気が一気に冷たくなる。慌てて魔女は首を振った。


「考えてみれば、お前とあの人間は境遇も似ておるし……」


 顎髭を撫でるオールド。魔女は唇を噛みしめた。確かに、自分も人間に囚われていたことがある。そして大地を操る力を使うよう、強要されていたのも事実。だが魔女は自力で脱出したのだ。あの、薄暗い部屋の中から。


「とんでもない! 私とは境遇が全然違います! ただ、あれは全て私達を助ける為に行ったこと。助言したのが誰であれ、助けようとした行為が罪だと言うことに抵抗があるだけです。決して人間を擁護しているわけではありません!」


 命の恩人が殺されそうになれば、誰だって助けたくもなる。だからこれはダストだから庇っているわけではないのだ。共感もしていないし、同情もしていない。

「助けようとしたとは言うが、それも怪しいものだな。内部の対立を煽り、我らの戦力を削ろうとしたのではないか? ウィッチ族の資料が手に入らなかったから、弱点を知っているファイヤーオークを対象にして」

 ダストはそんな事をするような子ではないと、言えば泥沼にはまるだけ。魔女は黙るしかなかった。


「そうだとしたら、なあ魔女よ。責任、とって貰わねえとなあ」

「お、お待ちください! 確かにダストは弱点を知っていました! ですが、同時にオークをパワーアップさせる秘術も発見したのです! 我々の戦力を削ぐのであれば、おかしいとは思いませんか?」


 焔鬼の動きがピタリと止まる。だがオールドは鼻で笑った。


「どれだけ力を得ようと、弱点を押さえているなら関係あるまい。どうとでもなるわ、と思ったのだろう。卑しい人間の考えそうな事だ。資料を渡されたと言うが、本当は言葉巧みにオークを惑わせ、奪い取ったのではなかろうな?」


 ファイヤーオークほど無分別ではないものの、オールドの人間に対する憎悪もなかなかである。たとえどれだけ弁明しようと、全て悪いようにとられてしまう。もしも、ここにいるのがオールド一体だけなら、とっくにダストは処刑されていた。

 かといって焔鬼も駄目だ。鬼も人間を憎んでいる。他に頼れそうなのは、もう魔王しか残っていなかった。


「近くで観察していた私には分かります! あの人間に悪意などはありません! ただオークの役に立とうとしただけなのです! だからこそ異常であり、更なる観察が必要だと思われます! お願いします、魔王様!」

「痴れ者が! 魔王様に懇願するなど言語道断!」


 杖を鳴らすと同時に、石畳から生えてきた蔓が魔女の身体を地面に縛り付ける。うつ伏せで倒され、身動き一つとれない。魔女の力とは違い、これならばファイヤーオークとて抵抗できないだろう。


「考えるまでもありません、魔王様。忌まわしき人間など即刻処分してしまいましょう。魔女も冷静な判断が出来ておりません。あるいは牢獄に入れるのもいいでしょうが、今は兎に角あの人間を処分することが最優先でございます」


 魔王は黙したまま微動だにしない。


「待てよ、オールド。だったら、あの人間を牢獄に入れたらどうだ?」


 思わぬ発言は、思わぬ所から出ていた。


「何を言っているのだ、焔鬼。相手は人間じゃぞ?」

「たかがオークの弱点を知った程度だろ。だったら他の種族に干渉できないよう、牢獄に監禁してしまえばいい。殺すのは後からでも出来るだろ。別にミレニアムの弱点を知ったわけでもあるまいし」

「ミレニアム族に弱点などないわ」

「だったらいいじゃねえか。魔女もそれでいいよな?」


 城の牢獄は特別製だ。どんな屈強なモンスターが暴れても壊れず、如何なる力も発動を許さない。オールドとて、入れられたら何の抵抗も出来なくなる。魔王が作った特別な牢獄なのだ。焔鬼だけは牢獄の管理者という名目上、力を使うことが許されているが。

もっともダストはただの人間なので、力が封じられる心配はない。そもそも外へ出ようとする素振りすら見せないのだ。監禁されたところで本人は抵抗する意志もないだろう。少なくとも殺されてしまうよりかはマシだ。


「寛大な処置、ありがとうございます。焔鬼様」

「焔鬼はこう言っておりますが。如何いたしましょう、魔王様?」


 不満そうなオールドも、得意げな焔鬼の方も見ようとせず、魔王は告げる。


「異論はない。監禁せよ」

「はっ。じゃあ魔女、ちゃんと連れてこいよ。逃がしたら承知しねえからな」


 囚人の投獄は焔鬼の管轄だ。逆らうわけにはいかない。それに処刑は免れたのだ。今回はこれで良しとしよう。

 ただ、やはりオールドだけは納得していない。


「焔鬼の恩情があったからいいものの、忘れるな魔女よ。あやつはファイヤーオークの弱点を知り、それを教えてファイヤーオークを殺す手助けをした。考えの浅いオーク族以外の連中がどう思うか。よーく考えておくことだな」


 オークは嫌いな隊長を倒せたから、素直に喜んでいる。だが他の種族からすれば、あまり気持ちのいい話でもないだろう。資料を見せなければいいと知りながらも、人間に対する不快感を募らせる種族も少なくはあるまい。

 かくいう魔女とて、弱点になりそうな情報は見せなかった。

 ただまぁ、注意を払うとしてもダストが牢獄から出ての話だ。あそこにいる限りは、どんな種族であろうと中に入ることを禁じられている。それこそ責任者の焔鬼ぐらいでないと無理だ。

 こっそり焔鬼が殺すつもりかもしれない。と思ったが、それなら先ほどのオールドの提案に頷けばいいだけである。処刑となったら担当するのは焔鬼なので、どのみちダストを殺せるはずだ。

 どういうつもりで提案したのかは知らないが、今は恩情に甘えておくことにしよう。

 とりあえず、ダストが出てくるまでに新しいカボチャを彫らないといけない。パンプキンパイも作り置きしておかないとな。

 そう思いながら、魔女は玉座を後にした。






 牢獄の中で天井を見上げる。

 四方は石の壁で覆われ、出入り口や窓すらなく、隙間はきっちり埋められている。よじ登ろうとしても、とっかかりすらないのだ。そもそもよじ登ったところで、天井には頑丈そうな鉄格子。ダストの力でどうにかなるとは思えない。

 まるで巨大な井戸の中に落とされた気分だ。他の住人はおらず、ただただ天井を見上げて過ごすだけの日々が続いている。よくない事をしたようなので、当然と言えば当然なのだ。ただ、こうも何もしなくていい時間が続くと、どうにも落ち着かなかった。

 食事も日に三度パンが放り込まれるし、飢えて苦しむこともない。仕事をしようにも、こんな井戸の底では何もする事が出来ない。


「何かやることはありませんか?」


 鉄格子の向こうから、フードを被ったガイコツのモンスターが顔を覗かせる。


「黙れ。そこで大人しくしていろ」


 言葉とともに、大量のホコリが落ちてきた。ここはゴミ捨て場だったのだろうか。顔を覗かせる度に、ガイコツは同じことを繰り返している。出来れば掃除をしたいが、外へ出られないのなら仕方ない。

 パンがホコリまみれになっている事もある。余程散らかっているのだろう。井戸の上は。

 ダストは座り込み、また天井を見上げた。


「こ、これは! お疲れ様です!」


 急に、上の方が騒がしくなる。どうやら誰か来たらしい。魔女だろうか。たが彼女は絶対に来ないとガイコツは言っていた。ゴブリンは違うだろうし、オークが来ても騒がしくはならないだろう。そうなると、いよいよ候補がいなくなった。


「えっ? で、ですが見張りを……」

「俺がいいと言ってんだ! 行け!」

「は、はいっ!」


 ガチャガチャと骨同士の当たる音が聞こえてくる。命令していたのは女性のようだが、魔女の声ではない。

 誰だろう。ダストが疑問に思っていると、不意に空を覆っていた鉄格子が外された。

 そして空から小さな女の子が降ってきた。

 特徴的な額の角。だがそれ以外はまるで人間のようだ。身長はダストとさほど変わらない。いや、下手すればダストの方が若干大きいか。

 足や腕も細く、肌も色白。着るものを着れば、貴族のお嬢様と言っても通用するはずだ。もっとも、貴族のお嬢様は井戸へ飛び降りて無傷で着地したりしない。


「お前がダストか」

「いらっしゃいませ。汚いところですが、ようこそ」

「ふん。挨拶はどうでもいい。俺は別にお前の顔を見に来たわけじゃない。ちょっと確認したい事があるんだが……」


 そう言ったきり、少女は黙りこくった。用事があるのは間違いない。言いづらいことなのだろうか。だったら、まずはこちらから話をして戸惑いを溶かそう。


「その前に、あなたのお名前を教えて貰えませんか?」

「ん、ああ、俺は焔鬼。魔王の側近の一人だ。言っておくが、お前なんざ小指一本で捻り殺せる鬼だからな。あまり馬鹿なことを考えるなよ、人間」


 挑発的な笑みを浮かべる焔鬼。見た目こそ小さな子供だが、その一挙手一投足には迫力が感じられる。


「あー、お前はオークの秘術を見つけたとか聞いたんだが。それは事実か?」

「見つけたというか、資料に書いてあったのを教えただけですので。私が何かしたわけではありませんよ」


 オーク達は殊更に感謝していたが、ダストとしてはそこまで大それたことをしたつもりはない。祠を建てたのは昔の魔王だし、資料を残したのも昔のオークだ。

 焔鬼は真正面からダストの目をじっと見つめる。それにどういう意味があるのかは分からないが、目を逸らしてはいけない気がした。

 何となくそう感じられたので、笑顔で焔鬼の目を見つめる。黒く輝くその瞳は、まるで黒曜石のように美しい。もっともダストは黒曜石を見たことがなかった。単にオークの恋愛指南の中に、そういう口説き文句があっただけだ。


「嘘を吐いてるようには見えない。ってことは、マジか」

「お困りのようでしたら、力になりますよ。私に出来ることなど、タカが知れていますが」


 後ろ頭を掻きながら、焔鬼は腰に巻いた帯から一冊の本を取り出す。無造作にそれを突きつけ、気まずそうに視線を逸らした。読めという事なのだろうか。

 ダストはそれを受け取り、表紙を捲った。中に書かれていたのは、鬼の言葉と統一言語の翻訳辞書。それで焔鬼が何を望んでいるのか、ようやくダストも理解できた。ただ、それらしき資料はどこにも見当たらない。


「何を翻訳すればいいんでしょうか?」

「人間の癖に話が早いな。資料は大量にあるから、とてもここには持ってこられない。なにせ鬼の歴史は古く、亜種の数も半端じゃない。オークやウィッチなんぞとは、比べものにならないぐらいの量がある」


 誇らしげに語る焔鬼。


「だから資料を見つけようとしても、どんだけ時間がかかるか分からない。んで、お前は俺……鞘鬼の秘術を探してくれりゃいい」

「探せと言われましても……ここに持ってくるのですか?」


 資料が無ければどうする事も出来ない


「いや、ここに持ち込むと五月蠅い爺がいるからな。持ってくるのは無理だ」

ではどうするのだろう。傾げた首を掴まれ、気づいたら視界が目まぐるしく下へ流れていた。先ほどまで井戸の底にいたと思ったのに、いつのまにかもう地上にいた。まさか跳んで地上へたどり着くとは。鬼というのはオーク以上に身体能力に優れているらしい。

「お前を俺の部屋まで連れて行く。ただし、絶対に出歩くな。オールドに見つかったら喧しい」


 そう言いながら足で蹴飛ばし、鉄格子を元の場所へと戻す。


「ただし、秘術が見つかったらまたココへ戻すからな。だからって逃げ出そうとは思うなよ。人間。俺はお前の処刑には賛成だし、温情で生かしてやるつもりもねえ」


 牢獄で暇を持て余していたところだ。お手伝いが出来るのなら、逃げ出す必要性は無い。出来れば魔女に会いたかったが、それも適わないだろうし。などと考えていたが、そもそも魔女に会う必要性がなかった。それよりも、困っている焔鬼の手伝いをした方がいい。

 ただ、どうしても欲が出てきてしまうのは自分が人間だからなのか。言おうか言うまいか悩んだが、ついつい口から欲望がこぼれ出してしまう。


「魔女様とは会えませんよね?」

「ああ、無理だ。あいつはお前に同情してるみたいだからな。下手したら逃がす手伝いをするかもしれねえ」


 魔女が何となく、ダストに優しいのは気づいていた。ゴブリンにしろオークにしろ、今はうまくやっているが最初はダストを警戒していたし。魔女も当然警戒はしていたが、その目にはどことなく優しさがあるような気がした。勿論、ダストの気のせいかもしれないが。


「では焔鬼様。ついでで構わないのですけど、もしよかったら私に鬼の言葉を教えて貰えませんか?」

「鬼の言葉を?」


 訝しげに眉をひそめる焔鬼。やはり不快にさせてしまったのか。オークは受け入れてくれたからと、調子に乗った自分が愚かだった。訂正しようとする前に、焔鬼が先に口を開く。


「暇があったら教えてやろう。その方が色々と都合のいい場面もあるだろうし。その代わり、仕事はキッチリやれよ。サボったりしたら容赦しねえ」


 首根っこを掴まれる。


「言っておくが、俺は人間が嫌いだ。ただ自分がより強くなる為に、仕方なくお前を使ってるに過ぎねえ。それを忘れるなよ」


 そのままズリズリと引きずられながら、ダストと焔鬼は部屋を出て行った。ガイコツのモンスターが同情しているように見えたが、それはダストの気のせいだったかもしれない。











「魔女様、ダストの奴は大丈夫ですかね?」


 不安そうな顔のゴブリンが作業の手を止めた。放置された食糧が地面に置かれている。他の連中も興味があるらしく、荷車には何も積みこまれていなかった。これでは作業にならない。折角略奪の命令が下り、こうして村を襲ったというのに。何も持ち帰れませんでした、ではオールドの機嫌が悪くなるだけだ。

 魔女は溜息を吐いた。それに大丈夫かどうかは、魔女にだって分からないのだ。分かっていたら新しいカボチャの頭でも見せて、感想の一つでももぎ取ってきただろう。それにパンプキンパイの新作も出来た。食べて感想を聞かせて貰いたい。

 薄気味悪い目をした奴だと思っていたが、いざ近くにいないと落ち着かない。無論、これは寂しいからではない。何をするか分からないという不安が、そういう気持ちにさせるのだろう。

だがいくら魔女にだって、牢獄にいるダストと会う事ことは出来やしない。許可を出せるのは責任者の焔鬼か、あるいは魔王くらいだろう。人間嫌いのあの鬼が、面会を許してくれるとは思えなかった。そして魔王とは会うことすら難しい。


「魔女様、ダストの奴は大丈夫ですかね?」


 オークまで同じ質問をぶつけてくる。そして作業の手を止める。

 隊長がいなくなった第二部隊だが、だからといって副隊長をそのまま昇進させるわけにもいかない。魔女の部隊と同じく、副隊長といってもお飾りみたいなものだ。いないとまずいから、適当に決めたに過ぎない。そんな奴にいきなり隊長をやれと言っても、上手く纏められるはずがなかった。

 ファイヤーオークは焔鬼の部隊にもいるが、それを隊長にしたところで二の舞いだろう。

だからオールドは魔女に、第二の隊長も兼任しろと言いだしたのだ。殺したのはお前なのだから、ついでに面倒を見てやれと。

第三部隊の隊長はどうかと提案したが、あれがオークを纏められるはずもない。オークを見るだけで泣いて逃げ出すモンスターなのに。

 誰か他に隊長してくれそうな奴はいないのかと、オーク達に尋ねたらダストが良いと言いだした。いいわけあるか。全員のクビが飛ぶわ。


「魔女様?」

「あーっ! もう! うるさい! お前ら、いいから仕事しな!」


 蜘蛛の子を散らすように、ゴブリンとオークが逃げていく。そして荷車の側には魔女と、取り残された略奪物資。

 荷車に乗せる役の奴まで逃げ出してどうするのだ。ゴブリンだけでも統率は大変なのに、これにオークが加わった。頭がとても痛い。

 それこそ本当にダストにでも隊長を任せたいぐらいには。


「それにしても……随分と見違えたねえ。あれがオークの秘術か」


 出発前に、オーク達は一様に祠へ祈りを捧げていた。おかげで、どのオークもファイヤーオーク並に威圧感がある。もっとも中身は全く変わっていないので、ちょっと脅せばすぐに逃げ出すが。

 ただ身体が大きくなりすぎたせいで、家の中へ入ることは出来なくなった。家を潰してしまったら、奪う物資も一緒に埋もれてしまう。残骸から物資を探し出すのは面倒だし、そっちはゴブリンに任せておけばいい。

 前と同じ、小さな村だ。兵士などいるはずもなく、大した抵抗もない。渡された情報にも、さしたる脅威は記されていなかった。

ただ、またダストみたいなのがいたらどうしようかと思う。まぁ、あんなぶっ壊れた人間がそうそういるとは思わないが。


「魔女様! 魔女様!」


 慌てた口調でゴブリンが駆け寄ってくる。まさかいたのか。ダストみたいのが。


「どうしたんだい?」

「これを!」


 差し出されたのは狼の毛皮だ。だがよく見ると、狼にしては大きすぎる。それにどこか違和感があった。その違和感に気づいた瞬間、魔女の頭の中で警鐘が鳴り響く。


「狩人がいるよ! 気をつけな!」


 ゴブリン達が怯え、オークどもが集まってくる。一般的に狩人と言えば獣を狩る者のことだが、モンスターの間では別の意味を持つ。それはモンスターを狩って、生計を立てている者たちのことだ。

 モンスターが人を殺して物資を奪うように、人間はモンスターを狩って様々なものを剥ぎ取っていく。ゴブリンの骨は煎じれば人間の薬になるし、オークの皮は盾の一部に使われる。

 魔女は使うところがないので、捕まれば火あぶりにされるか、力を使わせる為に監禁されるかどちらかだ。


「情報部の連中め……しくじったね!」


 狩人は隠れるのも上手い。森で出くわしたら、ゴブリンやオークなどは瞬殺されてしまう。それに街では住人に溶け込んで、狩人だと分からないよう暮らしている。ゴブリンが毛皮を見つける程度の腕前とはいえ、狩人は狩人。厄介なことになった。


「いたぞ!」


 ゴブリンが狩人を発見した。屋根の上にへばりつき、こちらから見つからないように隠れていたらしい。手には弓が見えるものの、矢は三本ぐらいしか持っていないようだ。だが戦えば、最低でも三体は犠牲になる。

 そしてゴブリンはそれぐらいの数が犠牲になれば、逃げ出してしまう種族。となれば、ここはオークに任せるしかない。


「オーク! あの狩人を取り押さえな!」

「し、しかし魔女様……あいつらの矢には毒がありますんで。刺さったら死にます!」


 モンスターの中には皮膚の硬い種族もいる。だが傷一つつかないほど硬いのは稀だ。だから狩人たちは様々な毒に精通しており、それでモンスターを弱らせる。そして動けなくなったところでトドメを刺すのだ。オークの懸念は当然だが、自分たちの状態を全く考慮していない。

 呆れたように魔女は言った。


「今までのお前らならな。だが自分の身体を見てみろ。あんなチンケな矢で傷がつくと思うか?」


 オーク達は互いの身体を見つめた。そして自分の身体を見下ろす。そして顔をあげ、雄叫びをあげた。


「行きな! 今のあんたらに敵はないよ!」


 オークの群れが突撃を始める。狩人は慌てて矢を放つが、案の定傷一つつけられなかった。そして突撃をくらった家は脆くも崩壊し、地面にたたきつけられた狩人が踏みつぶされていく。


「助かりやしたね、魔女様」


 汗を拭うゴブリン。複数いたら魔女でも厳しかったが、幸いにも一人だけだったようだ。それに思った以上にオークが役に立つ。

 ダストのおかげだなと思い、今頃は何しているのだろうと空を見上げた。同情しているわけではないが、気にはなる。

 雲一つない青空に、カラスが一羽飛んでいた。

 いや、カラスにしては随分と大きい。それに黒と黄色が入り混じった羽のカラスなどいるだろうか。魔女は目を細めた。


「ニゲロ! ニゲロ!」


 表情が強張る。あれはカラスじゃない。何度もオールドから聞かされていた。

 情報収集している部隊があるモノを発見した時、あの鳥をとばして付近へ異常を知らせる。見つけた部隊はあらゆる物資を放棄し、全速力で城まで逃げろと。

 鎌を持つ手に力が入る。これでどうにかなるものか。出会ったら終わりなのだ。妙な考えは抱かない方がいい。自分に出来ることは一つだけ。

 魔女はありったけの大声で叫んだ。


「全員、物資を捨てて逃げるよ! 勇者が現れた!」











 荷車すら捨てて戻ってきた部隊に対し、出迎えたのはアーゴの不思議そうな表情だった。まさか人間相手にでも襲われて逃げ帰ったのかと、その目はどこか侮蔑しているように思えた。

 まだ門には情報が届いていないのか。勇者が現れたと知れば、もっと厳戒態勢を敷いているはずだ。それともあれは誤報か、あるいは人間の仕掛けた罠だったのか。モンスターとしては、むしろそちらの方が有りがたい。


「荷車はどうした、おい」


 どうしたと言われても、背後にあるのは疲労困憊のゴブリンを担ぐオークだけだ。魔女は空を見上げ、あの鳥が飛んでいないことを確認する。


「勇者が現れた」


 アーゴの表情が一気に引き締まった。横から聞いていたのか、他の門番たちにも緊張の色が見て取れる。


「本当か?」

「さてね。だが、勇者が現れたときにだけ飛ばす予定の鳥を見つけた。だから全速力で逃げてきたのさ。これから確認に行くんだけど、入っても構わないだろ?」


 手ぶらの部隊を見て、肩をすくめる。


「チェックする物がねえんだ。どうぞご自由に」

「ありがとよ。オークどもはゴブリンを小屋の前に運んでおきな。それが終わったら、祠でお祈りしとくんだよ」


 ずっとパワーアップしておけばいい気もするが、戦いの後は解除しろとダストが言っていた。そうすることで傷や疲労も回復するらしい。オーク達もそれを分かっているのか、魔女の命令に素直に従う。

 そういえばダストは勇者の可能性があると、オールドはしきりに言っていた。だが勇者が二人同時に現れたことはない。可能性が無くなった今、果たしてどういう理由でダストを殺そうとするのか。

 などと考えたところで意味などなかった。どうせオールドのことだ。難癖つけて、とにかく殺そうとするに違いない。勇者の可能性がないのなら、調査したところで何の役にも立たないとか。そんな感じで。

 気は進まないが、それでもオールドの所へ行かなくてはならない。さすがにオールドも何も知らない、という事はないだろう。


「魔女さん、魔女さん」


 名前を呼ばれて不意に立ち止まる。辺りを見渡すが姿は見えない。ゴーストにしたって、うすぼんやりと輪郭は見えるのだが。それすらも無かった。

 となると。魔女は視線を地面へと下げる。


「話しかける時は目立つようにしなって、いつも言ってるだろ。ヘドリー」

「は、はい……でも他のモンスターの視線が怖くて……」


 地面にあった泥が盛り上がり、やがて女性の姿へと変わっていった。もっとも身体中が茶色く、所々が泥のままなのでボトボトと零れ落ちている。これを人間と間違える馬鹿はいないだろう。

 別に話しかけやすい高さになってくればいいだけで、人間のような姿をする必要はないのだが。人間は自分と同じような形の生き物をあまり殺したがらない。だからこういう姿をすることで、殺される確率を減らしているのだ。と、前に説明された。

 普通に同族でも殺しあっているし、あまり意味はないと思うのだが。


「だけど、あんたがココにいるってことは第三部隊も見たのかい? あの鳥を」

「は、はい。だから怖くて怖くて、みんな急いで帰ってきました」


 ヘドリーは第三略奪部隊の隊長だった。泥になればあらゆる所へ侵入できる為、下手をすれば魔女よりも略奪には向いている。というか、他の隊長が向いて無さ過ぎるとも言う。特にファイヤーオークとか、何を考えて隊長にしたのだろう。


「ただ逃げてはきたものの、本当に勇者が現れたのかね。どうにも半信半疑なんだが。あんたは見てないよね?」

「見てませんよ! 見てたらもう、こんな元気に話せません! 部屋に籠って、絶対出てきませんから!」


 そういえばヘドリーはダストが来た時も、怖くて部屋から出ようとしなかった。今は牢獄に入れられたので、安心して出歩いているらしい。人間を憎むモンスターもいる反面、こういう風に怯える種族も少なくはない。ゴブリンも前はそうだった。

 ダストが知れば、安心できるよう努力しますとか言って、ヘドリーの所に突撃しそうだ。良識があるように見えて、どこか壊れてるからな。あいつ。


「ここにいたか。ちょうどいい」


 いつのまにか、目の前にオールドの姿があった。一瞬だけ驚くが、どうせまた地面から生えてきたのだろう。普通に歩けばいいものを、ヘドリーが怯えて魔女の後ろに隠れてしまった。


「言われていた鳥を見つけたので戻ってきましたが。何かの間違いではないですよね?」

 若干の希望も込めて尋ねる。ここで「よく見ろ馬鹿者」と怒鳴られたら、それはそれで安心なのだが。オールドの顔は険しく、どこか落ち着きもない。

「……事実じゃ。情報収集部隊の連中が勇者のパーティーと接触し、全滅した」


 情報収集はオールドの管轄ではないため、詳しい情報はまだ分からないという。だが勇者か、それに匹敵するぐらい強い人間が現れたことは間違いないらしい。自慢の部隊が全滅したとあって、情報収集に関する連中も大慌てしているようだ。

 ヘドリーが不安そうに服を掴んでくる。後で洗濯しておこう。


「兎に角、状況が落ち着くまで略奪は禁止する。外へ出ることも禁止じゃ。詳しい事が分かったらまた伝えるので、それまで各自住処で待機しておれ」


 立ち去ろうとするオールドを呼びとめた。


「ダストはどうなりますかね。勇者では無かったみたいですけど」

「ふん。だとしても、いまアレに頭を悩ませるほど儂らは暇ではない。そっちに関しても落ち着くまでは投獄しておけ。不満があるなら焔鬼に言え。儂は知らん」


 処刑しろという論調が弱まったことは、勇者に感謝しておくべきか。いや、冗談でも感謝なんて出来るわけがない。その存在がどれほど脅威なのかは、歴史が証明しているのだから。

 そして対抗策がないことも、今や一般常識となっていた。だからオールドは歴史をかき集め、せめて何かないか探ろうとしていたのだろう。もっとも大した成果はなく、こうして勇者が現れてしまったわけだが。


「魔女さん……」


 オールトが立ち去った後、不安げにヘドリーが縋り付いてくる。これはもう全身を洗濯しなければならない。


「人間を釈放しようだなんて、怖すぎますよ……そのままにしておきましょうよ……」

「ええい、離れな! 服が汚れる!」

「だって……」


 ヘドリーからすれば、勇者もダストも同じぐらい脅威のようだ。釈放したからって、ダストが何かするとは思えないけど。だがまぁ、今は確かに現状維持の方がいい。

 城の内部は殺気立っているし、下手に人間がうろつけば何が起こるか分からない。それに焔鬼に抗議したとしても、釈放なんてするわけないし。一応は面会を頼む手紙も出したが、なしのつぶてである。

 今は部屋に戻って準備するしかあるまい。人間が攻めて来たならともかく、勇者がやってきたなら勝ち目はない。魔王が倒されてしまえば、モンスターの敗北は確実だ。その時は真っ先に逃げないと。

 そうやって生き延びていれば、またどこかで新しく魔王が誕生する。今度はその魔王につき従えばいいだけの話。敵討ちなどと意気込んで、自ら命を落とすほど魔女に忠義心は無かった。あくまで自分の身の安全の為に、この城にいるだけのこと。

 魔王が倒れれば城も混乱しているだろうし、その時はダストも連れて逃げればいい。

 牢獄のある塔を見やる。

 さしものダストも、笑ってはいないだろう。あんな所に閉じ込められては。


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