第07話
魔女は地下にいろと言ったが、どう聞いても呼ばれているのは自分だ。この城に自分以外の人間はいないし、外に出すなという事は魔女も心当たりがあるのだろう。以前の家なら、出るなと言われたら大人しく屋根裏に籠っていた。
だが相手はオーク。それも噂の隊長だろう。その強さはかなりのもので、魔女でも勝てるかどうか怪しいと聞いた。恩人が危険な目に遭っているのを、黙って見過ごすわけにもいかない。
部屋を出ようとしたダストを、慌ててゴブリン達が止める。
「おい馬鹿! 出たら死ぬぞ!」
「ですが、出ないと魔女様が危ないしですし。それにあの様子ですと、出なければ強引にココまで入って来られるのではないですか?」
「もしも入ってきたら……いや、ここ全部崩して生き埋めにしようとするな。あいつなら」
丸焼きという時点で、ある程度は予想していた。炎を操るオークと言えば、ファイヤーオークしかいない。ダストはオークから借りた資料で、大体のことは把握していた。
遥か昔のこと、魔王側の領土にオークだけが住む巨大な街があった。その街に住むオークは今より屈強で、武器を持った人間がどれだけ束になっても、たった一体のオークにすら勝てなかったと言われている。
それはオークが持つ秘法の力であり、人間たちはそれに目をつけた。オークを騙し秘法を破壊し、街を全て焼き払ったのだ。嘆き悲しんだ生き残り達は砕け散った秘法を食べ、必ずや人間に復讐してやると互いに誓い合った。
その出来事があってから、オーク族の中にファイヤーオークという亜種が生まれるようになったという。その力は絶大で、口からは火を吐き、拳を振るえば城壁を壊す。そして何があっても人間を殺すという激しい憎しみもあり、歴代魔王にも重宝されていた。
そのせいかプライドが高く、いつしか自分たちファイヤーオークこそが最強の種族だと思うようになったとか。真実かどうかは分からないが、少なくとも資料を纏めるとそういう歴史が見えてきたのだ。
地上にいるのがファイヤーオークなら、自分が出て行かないと満足しないだろう。
「知るか! いいから、人間を出せ!」
ファイヤーオークの怒声に、ゴブリン達が震えあがった。その隙に、ダストは部屋から出て行く。後ろではゴブリン達から止めようとする声が聞こえてくる。
命令を無視するのは心苦しいものの、あのまま地下にいても何の役にも立てない。それに何かあっても、地上ならゴブリン達に迷惑はかからないはず。
地下への扉を閉め、小屋から顔を覗かせる。
普通のオークよりも大きな身体。頭に燃える青い炎。間違いない、あれがファイヤーオークだ。そしてすぐさま彼が何をしようとしているのか分かった。
大きく息を吸い込む動作は、炎を吐く前兆である。このままだと、小屋ごと丸焦げだ。
「やっぱり来たか……」
呆れたように呟く魔女が、鎌の柄を地面に突き刺した。途端に大地が揺れ、小屋とダストを庇うようにして土の壁が盛り上がる。壁の向こう側から聞こえてくる轟音は、間違いなく吐かれた炎によるものだろう。
「見ててもいいが、なるべく立ち止まらずに走り回りな。悪いが、あんたを囮にでもしないとアイツは殺せん」
「分かりました」
カボチャのせいで魔女の表情は窺えない。ただ隙間から見える瞳には、焦りの色が強かった。ファイヤーオークの身体能力は凄まじく、その皮膚も分厚い。魔女の作った石の人形に殴られたとしても平気な顔をしているだろう。
囮としてでも役に立てるのなら、これ以上の喜びもない。ただ、役に立ちたいという気持ちはあるものの死ぬのは困る。どれだけ強く望まれても。死んでしまっては何も出来ない。
死ぬくらいなら、死ぬ気で役に立った方がいい。勿論、死ぬことで大勢の人の役に立てるなら喜んで命を差し出すが。少なくとも、これはそういう状況じゃないだろう。死んでくれと頼んでいるのは、あのファイヤーオーク以外にはいなかった。
辺りを見渡し、どこへ逃げようか迷う。よく見たら、ファイヤーオークの後ろ側には大勢のオークがボロボロになって倒れていた。よし、あそこまで行こう。
すぐさま駆け出したダストを、ファイヤーオークの視界が捉える。
「そこにいたのか人間! ぶっ殺してやる!」
ファイヤーオークが息を吸い込む。だが土の壁が再び炎を遮った。
これで大丈夫と安心したのも束の間。炎の勢いは弱まらず、むしろ強くなっているようだ。次第に壁が崩れ始め、砂となって消えていく。炎を吐くのはファイヤーオークの得意技。その気になれば恐ろしく長い間、吐き続ける事も可能だ。
もっとも、それは魔女も同じこと。どれだけ吐き続けたとしても、土の壁は無尽蔵にある。そして魔女の技は壁だけじゃない。
隆起した地面が人形となり、ファイヤーオークの頭を殴りつけた。無論、これで倒れるわけもなく。炎は止まったが、ファイヤーオークには全くダメージを与えられていない。頭を撫でて、何かしたかとばかりに挑発的に笑う。
「人間からぶっ殺してやりてえところだが、チョロチョロやられたら鬱陶しい。そんなに殺して欲しいなら、てめぇから殺してやるよ。薄汚い魔女め」
「殺す殺すって、そればっかりだね。これだから知能のない豚は困るよ」
魔女の言葉に、頭の炎が勢いを増した。そして再び炎を吐き始めたところで、ダストはようやく倒れたオーク達の元へと辿りつく。頑丈なはずのオークの身体中には痣があり、誰がやったのかは一目瞭然だった。
気絶しているものはいないが、無傷のオークもいない。うめき声をあげながら、地面に倒れ伏している。
「トッテルさん、大丈夫ですか?」
言葉を教えてくれた顔見知りのオークを見つけたので駆け寄ったが、大丈夫そうには見えなかった。治療の心得があれば何とか出来たものの、生憎とダストにはそういった力がない。
「すまん……隊長にバレちまった。おら達はいいから、早く地下へ戻れ。魔女も頑張ってるが、あれじゃ隊長は倒せねえ」
確かに、魔女は防戦一方だ。対するファイヤーオークも苛立ってはいるようだが、疲れの色は全く見えない。
「皆さんは隊長さんを止めにこられたのでしょうか?」
「ああ……前にも余所の隊長をぶっ殺して二度目は無いって言われてんだ。次やったら隊長も危ねえし、それにおめえに頼んだのはおら達だからよ。これでおめえが死んだら、おめえが人間だとしてもあんま気分はよくねえ」
んだんだ、と周りのオークも頷く。
「だけんど、隊長はつええ。必死で止めたが、この有様よ」
ようやく起きだしてくるオークもいるものの、怪我は浅くない。これでは満足に戦うことも出来ないだろう。仮に全快していても、ファイヤーオークを止められるかどうか。
魔女の方を見れば、何とか炎に抵抗している最中だった。合間にゴーレムを出したり、壁を倒したりして攻撃こそしているのだが、ファイヤーオークは平然としている。ダメージを受けた気配すらない。
ただ思い通りにいかない苛立ちは、確実に溜まっているようだ。頭の炎がどんどん大きくなっていく。それを吐き出すように炎を出すも、またしても壁に阻まれた。攻撃と防御が拮抗しているせいか。このままなら時間を浪費するばかり。
それこそが魔女の狙いなのだろうけど、援軍でも来る当てがあるのだろうか。
「誰か助けを呼んできましょうか?」
「いんや、無理だ。隊長同士が戦いだしたら、もう誰も止めらんねえ。どっちか死ぬまでやらせておかねえと、止める方も危ねえからよ。それこそ魔王様ぐらいじゃないと、オールド様でも止めたりはしねえ」
だとしたら魔女は時間稼ぎをしているのではない。単にこれしか方法がないから、仕方なくああいう戦法をとっているのだ。
どう足掻いたところで魔女に勝ち目などない。オーク達も隊長を止めようとしている。ゴブリン達も怯えていた。あのファイヤーオークを止める事を、皆が望んでいるようだ。
もっとも、ダストは資料を見たから知っている。アレは人間を本能的に憎悪しているのだ。ダストが説得したところで逆効果だし、止めに入っても魔女の足を引っ張るだけだろう。
「炎の中にある宝石を壊したら死んでしまいますし……」
ダストの言葉にオーク達がぎょっとする。その反応に、むしろダストが首を傾げた。
「貸してくださった資料の中に書いてありましたよ。歴史とは無関係なので纏めた資料には書いていませんが。ファイヤーオークの頭の炎の中には赤い宝石があるそうです」
「それを壊せば……いや、無理だな。今の隊長に近づいたらおら達でも殺される。あの石人形も何度か頭を殴ってるが壊れる気配はねえし。よっぽど強い攻撃じゃねえと駄目だ」
見境のなくなったファイヤーオークを止めようとするものは、誰であれ敵と見なされるだろう。それがたとえ魔王であっても、あのファイヤーオークは攻撃を続ける。それこそ、ダストを殺すまでは。
「しゃらくせええ!」
魔女の作った壁が次々と壊されていく。炎ではない。ファイヤーオークの突進によって。
石の人形が止めようとするが、触れた瞬間粉々になった。地面から生えた手も意味をなさない。全て引きちぎって、ファイヤーオークの突進が魔女を吹き飛ばした。
被っていたカボチャは砕け散り、魔女は地面に叩きつけられた。転々と地面に零れ落ちた血は、果たして身体からなのか。それとも口から零れたものか。かろうじて鎌は離さなかったが、呻くばかりで起き上がる様子はない。
「へっ。最初からこうすりゃ良かったな」
身体中のホコリを払いながら、のしのしと魔女の所へ近づくファイヤーオーク。オーク達の顔にも諦めの色が浮かんできた。
「私はあのファイヤーオークを倒そうと思いますが。皆さんはどう思いますか?」
こんな状況でもダストは顔色一つ変えていない。
「あ、ああ。隊長はちょっとやり過ぎだ。人間は確かに脅威だが、だからって進んで根絶やしにする事もねえ。それに付き合わされて何度も出撃するのは、正直もううんざりだぁ」
他のオーク達も賛同するように頷いている。だったら、方法はまだある。
ダストはトッテルの手を掴んだ。
「来てください。お願いします」
「だ、だけんどよ……」
魔女の頭を掴みあげるファイヤーオーク。ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべている。これからどう料理してやるか、そう考えているかのようだ。
今すぐファイヤーオークを止めないといけない。だが、ダストにはどうする事も出来ない。そんな力は備わっていないのだから、魔女の方へ駆け出しても殺されて終わりだろう。それで満足して魔女を見逃してくれるとも思えない。
だからこそ、ダストはトッテルの手を引っ張る。ダストが逃げ出せば、必ずこっちを優先するだろう。
「あなた達が隊長さんを止めるのです。その為の力はここにはない。だから、私と一緒に来てください」
「な、何を言ってんのか分からねえけど……」
トッテルは立ち上がった。
「おめえがそこまで言うなら、きっと何かあるんだろ。案内してくれや」
おらも行くぞと、他のオーク達も立ち上がってくれた。オークは馬鹿だと人は言うけれど、それは裏返せば真っ直ぐだという事に他ならない。資料にもオーク族の長所は純粋すぎること、と書いてあったし。
「おい! 何してんだてめえら!」
ファイヤーオークの怒声に、オーク達の身体が震える。
だが、誰も何も言わない。トッテルは隊長の方を見ようともせず、そのままダストを背中に乗せた。
「どこ行けばいいんだ?」
「そいつは人間だぞ! おい! っくそ! 全員ぶっ殺してやる!」
魔女を放り投げ、こちらへ突進してくるファイヤーオーク。
「オークさん達の住処です。あそこへ行ってください」
「おう。行くぞ、おめえら!」
こうと決めたら深く考えない。それがオークの特徴だ。怒声なのか地響きなのか分からない音から顔を背け、振りかえらずに走り出す。背後の音に捕まれば、命の保証はない。
全速力で駆けるトッテル。しがみつくダスト。そして他のオーク達は何としても隊長を止めようと奮闘していた。身体を当てて体当たりを阻止しようとするのだが、その度にボールのように吹き飛ばされてしまう。
だがそれでも諦めず、何度も果敢に挑みかかっていた。その甲斐あって、多少は突進の速度も落ちてきている。
「ついたぞ!」
ダストはオーク達の住処の前に下ろされた。しかし、大事なのはこの住処ではない。
「トッテルさん。あの木の祠に手を当ててください」
「お、おう」
住処の隣にある二つの祠。いま必要なのは、その片側にある木の祠だ。トッテルは言われるがまま祠へ手を当てた。
「そして心の中で呟いてください。どうか我ら子孫に、先祖の加護を。あ、ただしオーク語じゃないと駄目ですよ」
「わ、分かった」
トッテルは目を閉じ、口をモゴモゴと動かした。
次の瞬間。トッテルの腕が、脚が、背中が、あらゆる所が一回り大きくなっていった。血管が浮き出すほど大きくなった腕に驚く、その頭が最後に大きくなっていく。その全身は、ファイヤーオークと比べても遜色ないほどである。
「な、なんだ!?」
「オーク族の秘術です。かつてオークだけの街があった時代、この秘術でオークは繁栄を極めていたのです。資料の中にありました」
『冴えないオークが異性にモテる方法』とかいう資料に挟まれていた。どれだけ適当に保管していたのか、それだけでよく分かる。ちょっと資料を漁れば、簡単に秘術を再現できたのに。昔から、オークはとことん資料と相性が悪いようだ。
祠を建てたのは昔の魔王と聞いたが。教えてあげればよかったのに。それとも、増長したファイヤーオークが更に強くなるのを恐れて黙っていたのか。
「な、なんだてめぇ。何しやがった!」
疑問に思っていると、ようやく追いついたファイヤーオークが驚いた顔で足を止めた。
「みんな! あいつの言うとおりにしてみろ! うおおおおお!」
「ぐぅっ!」
トッテルの突進に顔をしかめるファイヤーオーク。変わったのは見た目の大きさだけじゃない。その力も、普通のオークを遥かに凌駕していた。
満身創痍のオーク達が、言われるがまま集まってくる。ファイヤーオークは止めようとするのだが、トッテルがそれを許さない。
「ど、どうすればいいんだ?」
集まったオーク達に同じ説明をする。オーク達は疑うことなく、次々と木の祠へと手を当てて行った。そしてトッテルと同じように身体が成長し、強くなった自分自身に驚いている。
だが、それよりも驚いているのはファイヤーオークだ。
「な、なんだ。どういうことだ! おい人間! 答えろ!」
ダストを庇うようにして、オーク達が立ちはだかる。そして身を屈めて足場をならし、全員同時に駆け出した。向かう先はもちろん、隊長であるファイヤーオークである。
「てめぇらぁぁあぁぁぁ!」
四方八方からオーク達の突進を食らい、苦悶の表情を浮かべるファイヤーオーク。身をよじって抵抗するが、ガッチリと固めたオークの拘束から逃れることは出来ていない。
だが、それが限界だった。抑え込むのに精一杯で、とても頭の炎まで手を伸ばす余裕がない。全盛期のオークが十体以上囲み、ようやく動きを止める。ファイヤーオークがどれほど規格外の強さを持っているのか、それだけでよく分かるだろう。
なんとか手を伸ばそうとしても、口から吐かれる炎がそれを押し戻す。それでも黒焦げにならないのだから、オーク達も負けてはいない。ただ、あれではダストがよじ登って破壊する事もままならなかった。
オーク達の表情にも、次第に焦りの色が浮かんでくる。
このままではまずい。力こそ強くはなっているが、ファイヤーオークはそれすらも凌駕しているようだ。それに強くはなったが、体力は回復していない。先に力が尽きるのはオーク達の方。そうなれば……
不意に、頭をポンと叩かれた。
誰だろう。振り向いて、見上げる。
口から血を流し、体中が土まみれになって、鎌を杖代わりにして何とか立っている魔女がいた。息も荒く、手もよく見れば血だらけだ。
「頭に何かあるのかい」
魔女が尋ねる。必死に手を伸ばそうとするオーク達を見ながら。
彼女の安全を思うなら、ここは黙っておくのが最良だ。ただダストにとっての最良は、ファイヤーオークを止めることである。それがここにいる全員の願いであるなら、それを叶えてお役にたちたい。
だがそれでも、魔女を危険に晒していいのか。一瞬だけ躊躇ったが、このまま放置していたら全員殺されるだけ。ダストは覚悟を決めた。
「頭の炎に宝石があります。それを壊したらファイヤーオークは死んでしまうのです。ただ、とても硬いので並大抵の攻撃では歯が立ちません」
「その為の刃なら、ここにある。情報ありがとよ!」
背中を思い切り叩かれたので、思わず前のめりになる。顔をあげた時には、もう魔女は駆け出していた。
ファイヤーオークは魔女を一瞥するものの、それよりも纏わりつくオーク達を優先させる。当然だ。ファイヤーオークの皮膚は通常のオークよりも厚く硬い。魔女の力による攻撃は通用しなかったし、鎌を振るったところで刃こぼれするのがオチだ。
先ほども耐えるばかりでダメージは全く与えられなかった。無視したところで問題ない。
ここにダストがいなければ、それは正しい選択だった。
「くたばれえええええ!」
振りかぶって投げた鎌が、高速回転しながら宙を走る。ファイヤーオークが驚き、息を吸い込んでも間に合わない。
ビュンビュンと唸る魔女の鎌は、ファイヤーオークの頭の炎を横切り、そのまま遠くへ飛んで行った。
風が吹く。ゆらゆらと揺れていた炎が一瞬だけ大きくなり、すぐさま消えてなくなった。そしてファイヤーオークの目からも光が消えていく。オーク達が離れた途端、その巨体は地面へと倒れていった。
オーク達は何度か突くが、ファイヤーオークは微動だにしない。
「や、やったのか?」
トッテルが歓喜とも驚愕とも判断できない顔でダストを見た。炎の中の宝石は粉々になり、辺りに散らばっている。あれほど硬かったものが、こうもあっさり砕けるとは。魔女の鎌、恐るべし。
ダストはゆっくりと頷き、オーク達が喜びの声をあげる。互いに抱き合い、やったやったと涙を流す者もいた。どれだけ虐げられていたのか、それだけでよく分かる。
「はぁ……やっちまった」
へたりこむ魔女。オーク達と違って、その顔に喜びはない。鎌を探しに行かなくてもいいのだろうか、と思ったが先にやるべき事があった。
「みなさん、戦いが終わったらこちらの祠へ手を当ててください」
興奮していたオーク達だが、ダストにそう言われて一斉に集まる。そして言われるがままに藁の祠へ手を当てた。
「そして心の中でこう呟いてください。『感謝します、ご先祖様』」
全てのオークが目を瞑り、口をモゴモゴとさせる。すると盛り上がった筋肉が徐々に縮んでいき、やがて元の大きさに戻っていった。だがそれだけではなく、身体のあちこちにあった傷や痣も消えてなくなっていたのだ。
力が戻ったことだけでなく、傷も治っていることに驚きを隠せないオーク達。何度も自分の身体を叩いているが、特に何も起こらない。
「木の祠で祈った後は、こちらの藁の祠でお祈りしてください。ただし藁で祈った後は、ある程度時間が経たないと木の祠の効果はありません」
回復してから改めてパワーアップ、というわけにはいかない。
「す、すげえ……」
「この祠にこんな力あるなんて。知らなかった」
「ご先祖様と昔の魔王様に感謝しねえとな」
祠を囲み、ありがとうございますご先祖様と合唱する。これで祠を大切にするようになれば、オークの先祖たちも喜んでくれるだろう。あるいは、それを目的として作られたのかもしれない。この祠は。
「おお、そうだ。ご先祖様だけじゃなくダストにも感謝しねえとな!」
「えっ? 私は皆さんにお役に立てたのなら、それだけで……」
満足ですと続けることも出来ない。オーク達に担がれて、そのまま胴上げだ。
ここまで感謝されるのは嬉しいけれど、手を滑らせて落ちたら死んでしまうのではないか。それぐらい高く胴上げされていた。
魔女はこんな自分をどう思っているのだろう。ふとそちらの方を見てみると、魔女は大量の葉っぱに埋もれていた。