第04話
モンスターには多種多様な種族があるらしい。
人間だって一つではないのだ。幾つかモンスターの種類がある事ぐらいはダストも手紙の代筆をやっていたから、よく知っていた。だがそれはオークとかゴブリンとか、その程度のもので。
そのオークやゴブリンにも亜種がいる事は知らなかった。
「もっとも、亜種と言う言い方は嫌われるから。こっちの世界じゃあまり使わないけどね」
カボチャ頭の魔女が、本を片手にそう言った。
「種族だけでも言語が異なるのに、更にその種族の中でも異なるわけだから。そりゃ昔は意思疎通にも苦労したもんだよ。ゴブリン語をようやく覚えたと思ったら、沼ゴブリンだから半分ぐらいしか通じないとかね」
「なるほど。人の世界も昔はそうだったと聞いています」
多くの国を纏め上げ、一つにしたのが人間だとしたら。多くの言語をまとめ、一つにしたのが魔王なのだろう。
「国が一つになるって言えば聞こえはいいけど、要するに追い詰められて合体しただけだろうに。勇者が誕生するまでは、それで何とか凌ぐつもりなんだろうさ」
魔女は本を閉じて、腰を屈めた。
「本当に勇者については何も知らないんだよな?」
「はい。手紙の中ではよく話題に挙がりますけど、私自身は何も知りません。手紙の中身にしたところで、勇者が速く生まれて欲しいとか、そういう類のものですし」
「そうか。まぁ、元からあんたが知ってるとは思ってなかったけどさ。一応ね」
お役に立てないのは残念だが、嘘を吐いてまで取り繕うとは思わない。昔はそれで何度も痛い目を見てきた。下手な嘘は、かえって相手を怒らせるだけなのだ。
「おっと、話が逸れたね。統一言語の発音が知りたいんだったか」
「はい」
何をするにも、まずは言葉が通じなければ始まらない。魔女は人間の言葉が喋られるので、ダストとしても有りがたい限りだが。この城にいるのは魔女だけではない。他のモンスターも生活しているそうだ。
ならばその方々の役にも立たなければいけない。その為には言葉が通じなければいけない。
ゴブリンとのやり取りは何とかなったが、これからも上手く良くは限らなかった。
「まっ、ゴブリンでも覚えられたんだ。あんたなら数日あれば覚えるだろうよ」
幸い、文字についてはお手本となる本があったので。さほど苦労せずに覚えることが出来た。
ただ発音はなかなか難しい。
果たして大丈夫だろうか。一瞬だけ不安が過るが、怯んでいても仕方ない。そうするしかないのだから、そうするしかないのだ。
「はい、ありがとうございます。魔女様」
ダストの覚えは案の定良かった。というか良すぎた。良すぎて気持ちが悪いくらいだ。
今まで色々な種族に教えを説いてきた魔女でさえ、ここまで物覚えがいい奴は見た事がない。本人は頭が空だからと言っているが、それだけで説明がつくのだろうか。
確かに人間の中には、天才と呼ばれる奴もいる。その最たるものが勇者であり、勇者の才能の前には如何なるモンスターも歯が立たないくらいだ。
だからダストにそういう才能があっても不思議でも何でもないのだけど。
「今後は統一言語で会話した方がよろしいでしょうか?」
1日で覚えたばかりの言語を使い、そう問いかけられる。
「……そうだね。人間の言葉を使っていたら、不愉快に思う連中もいるだろうし。よっぽどの事情がない限りは統一言語で喋った方がいい」
「はい。分かりました」
ニコニコと薄気味悪く笑いながら、ダストは頭を下げた。この調子なら、それこそウィッチ族の言葉だってすぐに習得してしまうかもしれない。歴史書の編纂を手伝って貰おうかと思っていたけど、見せる資料には気をつけないといけないようだ。
魔女はまだ信用しきっているわけではない。ダストが人間側のスパイである可能性も、ほんの僅かに疑っていた。
モンスターと人間の歴史は泥沼だ。魔王が生まれ、勇者が生まれ、魔王を殺し、勇者が没す。そしてお互いに勢力を奪い合いながら、数えるのも馬鹿らしくなるぐらい戦争を続けている。
何かこの膠着状態を抜け出す切っ掛けを、お互い欲しているはずだ。その為に魔王の城にスパイを放ったとしても、なんらおかしくはない。
「何でしょうか?」
視線に気づいたダストが首を傾げる。とはいえ、これをスパイとして潜入させる馬鹿がいるだろうか。いやスパイというのは、そういうものかもしれないけど。いくらなんでも気味が悪すぎる。魔女でなかったら、あの閉じ込められていた家で殺されていただろう。
そもそも義理とはいえ、同じ人間が目の前で殺されているのに眉一つ動かさなかった。むしろ人間かどうか疑うべきかもしれない。
「何でもないさ。ああ、他のモンスターはどうでもいいけれど。ゴブリン共とは仲良くしときなよ。まぁ、見分けは付かないだろうけどさ」
ダストは俯いて肩を落とした。
「そうですね。正直、私には全員が同じゴブリンに見えてしまいます。失礼がないよう見分けを付けなければいけないんですけど。どうしても……」
そんなもんだろう。ゴブリンだけが特別なわけじゃない。大抵のモンスターは、同じ種族の見分けが付かないものだ。
「例外があるとしたらウィッチ族くらいなもんだ。私らは人間に似ているからね。自然と見分けも付けやすいだろうさ」
鼻で笑いながらそう言う。
「ですが魔女様はモンスターですよ?」
一瞬、言葉に詰まった。当然、魔女はモンスターである。パンプキンウィッチというモンスターであった。
だが、そういう答えが返ってくるとは思わなかったのだ。
大抵は『ウィッチ族は人間なのか?』とか『道理で不愉快な面をしていると思った』だとか。そういう言葉を浴びせられてきた。
まさかモンスターですよと、断定口調で言われるとは。
「当たり前だろ。そりゃウィッチ族の歴史は悲惨だよ。モンスターからは人間と疑われて殺される。かといって人間に寝返ったウィッチ族は、モンスターだからといって殺される。中には本当にただの人間なのに、不思議な力を使うから殺されたって話もあるぐらいだ」
「そうなのですか? 言われてみれば、人間にモンスターを見分けるような力はありませんね。外見で判断するしかありません」
わざわざ自分たちの力となる者を処刑していったんだ。人間も愚かな生き物である。
そう笑ってやりたいが、モンスターだって立派な戦力であるウィッチ族を殺してきたんだ。ただ見た目が人間にそっくりだというだけで。お互い愚かであるとしか言いようがない。
「だからこそ、私らの先祖は頭にカボチャを被るようになったんだ。それで種族をパンプキンウィッチにしたんだよ。笑い話みたいだけど、本当の話だからね」
中身が人間に入れ替わったどうするんだとか、最初は色々な問題があったらしい。ただ、それも続けていけばやがて受け入れられて、今では当たり前の種族として認識されている。
「では、そのカボチャはとても大事なものなのですね」
「いや、別に」
取り外して、ダストの頭につけてやった。さすがに重さに負けるのか、かなりフラフラしている。
「神聖視している連中もいるにはいるけど、こんなものはただのカボチャだ。飾りに過ぎないよ。ウィッチ族に種類……人間で言うところの亜種なんてものは存在しないからね。要は人間に疑われないために、嫌々やっているようなもんだ」
魔女とて外せるのなら、外して歩きたい。ただそういうものだから、仕方なく付けているに過ぎない。オールド辺りは五月蠅い筆頭だが、他種族の事にまで口を出さないで貰いたかった。
「大事なのは中身ということですか?」
「まぁ、そういうことだね。飾りがあろうがなかろうが、私が私である事に変わりはない」
ダストはカボチャを取り外し、楽しそうに笑った。
「では、私には何の価値もありませんね。肝心の中身が空っぽなのですから」
咄嗟にダストの両頬を掴んだ。このまま引っ張ってやってもよかったが、掴んだまま言い放つ。
「お前の価値をお前が決めるな。お前の価値は私が決める」
こいつは魔女が連れてきた人間だ。所有権も管理する義務も、全て魔女が背負っている。いわば魔女の所有物のようなものだ。
例え本人であろうと、それを貶める事は許さない。
呆気にとられたダストの頬を放し、額を指で弾いてやった。
「つーか、そんだけ出来るのに自分を卑下するな。嫌味にしか聞こえんぞ」
統一言語を1日で覚えたダストが役立たずなら、ゴブリン共はどうなるんだ。それこそ今日にでも追い出されてしまう。
赤くなった額を擦りながら、ダストは笑って答えた。
「すみませんでした。魔女様」
多少は傷ついた顔の一つでもしてくれたら、人間らしくて安心するのだけど。育って環境が環境なのだ。嫌そうな表情でもしようものなら、どんな目に遭って来たのか。
笑顔はダストを守る最後の防具である。
それを取り上げることは、今の魔女には出来なかった。
ただ何となく、ダストの頭を撫でながらカボチャを被った。
「気にするな」