第02話
一つの大陸に、モンスターを統べる魔王と、人間を統べる王が誕生した。それがどれだけ昔の話なのか、今となってはもう誰も覚えていない。それぐらいの昔に生まれた両者は、ただの一度も手を取り合うことなく、話し合いの機会すら無く、現代まで争いを続けている。
東の首都に王が住まい、西の城には魔王が住まう。かくして大陸を東西に分けて、モンスターと人は睨みあい、奪いあい、殺しあっている。この均衡を崩せるとしたら、勇者という存在だけであろう。
人間の切り札とも呼ばれ、百年に一度だけ現れる。勇者はモンスターを凌駕する力を持ち、これまでも多くの魔王が勇者によって葬り去られていた。そうして人間は領土を拡大し、モンスターが追い込まれ、勇者が天寿をまっとうし、再びモンスターが勢力を取り戻す。
人間とモンスターはこれを何度も何度も繰り返していた。最早馬鹿らしいぐらいの、いわば作業的なやり取りだが末端のモンスターからしてみれば、そんな事はどうでもいい。要は明日を生きることが出来るのなら、過去の歴史など振り返るだけ無駄。そう思っているのだ。
だからこそモンスター側の詳しい歴史を知る者は少なく、一部の物好きなモンスターだけで細々と歴史書を記している程度である。
「つまり、歴史がないわけだから前例が無いとは言えないわけだ。私が言っている事は分かるよな?」
頭のカボチャを獣臭い顔へ近づける。威圧のつもりだったが、邪見に手で追い払われた。そのせいでカボチャの中まで茶色い毛が入ってくる。これだからウルフ族は嫌なのだ。毛深すぎる。
「何と言われようと、俺は自分の仕事をこなすだけだ。ええと、そっちの荷物に関しては問題無し。こっちの書類を持って行け。で、あっちの人間共はこれからチェックするんで。それが終わったら、もう一個の書類を持って行くといい」
「コイツはどうなる?」
ダストの背中を押す。捕まえた人間と違い、両手も両足も拘束されていなかった。ただ首輪と鎖はついているが、その先を持っているモンスターはいない。
至って自由だ。本来ならば絶対にありえないことに、ウルフ族の門番も戸惑いを隠せない。
ここは魔王が住まう巨大な城。その門の前。あらゆるモンスターが通れるよう、かなりの大きさを誇っている。頑丈さに関しても、この門を破壊できるモンスターはいないそうだ。まさしく鉄壁である。
だからこそ、許可なき人間を通すわけにはいかない。教育用あるいは研究用として通すのなら、最低でも拘束しておく必要があった。
自由に出歩ける人間を通すなど、魔王への宣戦布告にも等しい行為と言えよう。一介の門番たるウルフ族のアーゴに判断できるはずもなかった。
他の荷台が次々と通される中、魔女の部隊の荷台だけが残されている。ゴブリン達も辟易しているようで、ダストを突いては逃げる行為を繰り返していた。当のダストは全く気にしておらず、ニコニコとアーゴの方を見ているが。
「どうしても通したいなら上の許可をとってくれ。そうじゃないと、俺にはどうする事も出来ない」
「だから中へ入らないと許可も採れないだろ。別に危害を加えるってわけじゃないんだ。一人ぐらい通しても問題ないだろ」
「あんたには無くても俺にはあるんだよ!」
らちが明かない。かといって、上の連中が出ても答えは決まっている。人間は殺せ。自由のまま入れるなどとんでもない。
溜息を吐いた。こちらが折れるしかないようだ。
「じゃあ拘束する。それなら問題ないだろ」
「……まぁ、それなら問題ないが。ちゃんとチェックはさせて貰うぜ」
「当たり前だ」
どこに武器を隠しているか知れたものじゃない。拘束された人間は城へ入る前に、徹底的にチェックをされる。引っかかった場合は何らかの対策をするか、排除する事で対処していた。
ダストに魔女のような力があるとややこしい事になりそうだが、生憎と人間の中でそのような力を持っている者はいない。いたらモンスター扱いされ、処刑されている。
「あっちでチェックするから、ちょっと待っててくれ」
肩まである手袋をつけながら、ダストとその父親を連れていくアーゴ。その間に食糧や農具の書類に目を通しておく。質がイマイチだったこともあり、査定もあまり芳しくない。
この調子では、部下に配る分も品質には期待できそうになかった。もっとも、ゴブリンどもは質より量なので、質が落ちても全く気にも留めない。気にするのは魔女だけだ。
「しかし魔女様。他の部隊の連中は受け入れてくれやすかねえ?」
魔女が所属するのは第一略奪部隊。人間の村を襲い、食糧やその他の物品を奪うのが仕事である。主な兵士はゴブリンばかり。ただ、他の部隊も同じゴブリンというわけではない。
他の部隊がダストを受け入れるかと言われたら、甚だ疑問であった。
根っからの人間嫌いが取り揃えられ、中には人間の根絶を本気で考えているような奴らだ。人間を城へ迎え入れたと知ったら、間違いなく烈火のごとく怒り狂うだろう。特に直属の上司や第二略奪部隊の隊長は、何と言ってくるか想像するのも簡単だ。
「さてね。まぁ、魔王様がどう思うのかは本当に謎だけどさ。受け入れて……とまでは言わなくても、追い出されないようにしてくれたら御の字だよ」
モンスターを総べる魔王。この城で最も偉く、モンスターの中で最も強い。かつては反抗していた者たちも、今では魔王に忠誠を誓っていた。その魔王が良いと言えば、どれだけ理不尽な事でも認められてしまう。
ただ魔王が人間に理解ある存在だという話は聞いたこともない。容赦したこともないし、少なくとも好意は抱いてないだろう。かくいう魔女ですら、人間に好意を持った事は一度もない。
「おい、終わったぞ」
扉からアーゴが出てきた。肩まである手袋は脱ぎ捨てられている。その後を追うようにダストが現れ、他のウルフ族に捕まれた父親が引きずられて出てきた。
アーゴは書類とにらめっこをした後、難しい顔で魔女に話しかけてくる。
「なあ、あいつはどういう人間だ? 大男でも泣き叫ぶような検査をやったのに、あいつときたら悲鳴もあげねえ。気絶したのかと顔を見れば、ずーっと笑顔のままでいやがった。今まで数多くの人間を検査してきたが、あんなのは初めてだ。薄気味悪い」
「連れてきた意味が分かっただろ?」
「いいや、むしろますます分からんね。俺なら怖くてとっくの昔に殺してる」
書類にサインを書き込むと、そのまま魔女へと手渡す。なんだかんだ言いながら、通してくれるのだから頼もしい。ゴブリン達も安堵の表情を浮かべていた。そそくさと動きだし、ようやく魔女の部隊の荷台が門の中へと入っていく。
そして門を潜った後、すかさず魔女は鎌を振るった。ダストの両手を拘束していた枷は壊れ、再びダストに自由が戻ってきた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない。それよりも、あんたもゴブリンどもと一緒に働いてきな」
ゴブリンに人間の言葉は通じないだろうけど、それでもボーッとさせておくよりマシだ。それにゴブリンの近くにいれば、多少は安全だろうし。本当に気休め程度の多少だが。
書類をおそらく副隊長のゴブリンに渡し、魔女は適当な石に腰を下ろした。後はゴブリンどもに任せておけばいい。力仕事は自分の役割じゃないし、そもそもそんな暇もないだろう。
ひらひらと揺れる葉っぱが、自分の膝の上へと落ちてきた。溜息をついて捲ると、そこにはモンスターのみに通じる統一言語でこう書かれていた。
『至急、玉座まで来られたし』
カボチャ頭の魔女がフラフラと立ち去って行く。心なしか背中に哀愁が漂っているが、ダストにはどうする事も出来なかった。今まで住んでいた家と違って、ここにいるのは知らないモンスターばかり。知っている事より知らない事の方が多い。
元より、自分に出来るのは手紙の代筆くらい。読み書きが出来たとして、それが何になるというのだろうか。
だけど立ち止まっていても仕方ない。働けと言われたのだから、言うとおりに働こう。そうすれば世界は悲しくならない。
だが、具体的にどう働けばいいのだろう。ここには汚い皿も服もないし、外なのだから箒で掃く必要もない。それに代筆すべき手紙も見当たらない。
ゴブリンと呼ばれていたモンスターの方を見たが、一生懸命荷車を押していた。あれを手伝えばいいのだろうか?
「一緒に押しましょうか?」
近づいて話しかけると、ゴブリン達が慌てだした。何か言おうとするのだが口を閉じ、他のゴブリンの顔を見る。見られたゴブリンは首を左右に振り、他のゴブリンを指さした。その繰り返しだ。
そういえば、自分と会話していたのはカボチャ頭の魔女だけ。
「もしかして、言葉が通じないんでしょうか?」
などという疑問も、当然のように通じない。やがて一体のゴブリンが駆け出し、どこかから本を持ってきた。どうするのかと思えば、それをダストへと突きだしてくる。不思議に思い、本を開いてみると見覚えのある文字と見覚えのない記号が並んでいた。
モンスター達の言葉を覚える為の本なのか。いや、おそらくは逆だ。モンスターが人間の言葉を覚える為の本なのだ。その割にゴブリン達は話せないようなので、多分魔女の本だろう。
「ええと……発音は書いてありませんね。これじゃ会話は無理そうです」
仕方なく、ページを捲ってそれらしい文字を指さすことにした。
『私』『仕事』『働く』
ゴブリン達は話し合い、本を奪い取ってページを捲る。
『荷車』『押す』
そして最後にゴブリンが押している荷車を指し示す。ダストはコクリと頷いた。結構な量が積まれているようで、かなりの重量がありそうだ。もっともゴブリン達は、これを村からここまで運んできたわけで。かなり力が強いのだろう。
そう思っていたが、近づいて一緒に押して分かる。ゴブリン達はかなり無理をしていた。最初はダストから少しでも距離を取ろうとしていたのに、今はもうそんな余裕もない。必死の形相で荷車を押していた。
肩と肩がぶつかるぐらいの距離。土の臭いが鼻孔をくすぐる。
ダストも必死になって荷台を押したが、非力な自分にどれだけ効果があったかは分からない。城まで来る時は荷台も押さずに歩いてきたから、ここまで大変だとは思わなかった。
いや、よく考えればあの時は大きな土の人形が荷車を引っ張っていた。魔女はその上に乗って、ゴブリン達は荷車の後ろを付いてきていたではないか。なのに、今はどうしてゴブリン達が押しているのだろう。
『土』『人形』『押す』
息の切れたゴブリンはこう返した。
『魔女』『力』『今』『いない』
どうやら、あれは魔女だけが呼び出せる不思議な人形らしい。だからゴブリン達が必死になって押しているのか。だけど、ゴブリン達は食糧だけじゃなく家畜も運んでいるのだ。家畜に引かせたらいいのではないか、とダストは思った。
肩を叩くとビクッと身体を震わせるゴブリンへ、また捲ったページを差し出す。
『家畜』『荷車』『引く』
そして家畜たちを指さした。ゴブリンは驚いた顔でページを見て、家畜たちを見て、仲間のゴブリンへ何かを話し始めた。それはすぐに伝染し、周囲のゴブリンは騒ぎ出す。ひょっとして、何かまずい事でもしてしまったのだろうか。
ダストがそう思っていると、あれよあれよという間に荷車を引く家畜の構図が出来上がっていた。家畜が歩き始めると荷車も動きだし、ゴブリン達が拍手喝采している。中には感極まって、泣きながらダストの手を握る者もいた。
言葉はよく分からないが、多分喜んでくれているのだろう。ダストは優しく微笑んだ。
「皆さんのお役にたてたのなら、嬉しいかぎりです」




