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第18話


 村から出てきた大勢の兵士に、ヘドリーが悲鳴をあげた。なるべく遠くから見えないよう森を経由していたのだが、そんな努力は全くの無駄だったらしい。あちらは完全に、こちらがどこにいるか把握しているようだ。


「槍に弓……さすがに馬はいないようだな。どう見る、魔女」

「まぁ、おそらくは制圧用の兵士でしょうから。侵略に関しては勇者が一人いればいいって事なんでしょう」


 森から奇襲を、という作戦は早くも崩れた。この森以外は平原が広がり、そちらから奇襲をかけるのは不可能に近い。だからこそ警戒していたのか、それとも勇者が何かしたのか。後者の可能性が高く思えるのは、さすが勇者と言ったところ。最善と思われる策が潰えた今、とれる策は次善のものしかない。


「俺は勇者の足止めに専念する。指示は任せたぞ、魔女」

「了解です。それじゃあ、まずはオーク隊! 前へ!」


 人間に比べれば、モンスターの戦略などお粗末の一言に尽きる。空は空から、陸は陸から突撃してとにかく蹂躙。近接攻撃のモンスターが引いたら、次は遠距離攻撃が出来るモンスターの番。それをただ繰り返すのみだ。

 個々の能力が優れているならば、下手な作戦など必要ない。人間ごときに後れをとるものか。侵略部隊の奴らは口ぐちにそう言っていたが、何の事は無い。単に連携がとれないだけである。なにせ隊員が軒並みファイヤーオークみたいな自尊心の持ち主なのだから。

 その点、略奪部隊にはそういった自尊心の持ち主はいない。引けと言われたら素直に引く。ただ兵士を相手にした戦闘経験も足りない。マトモにやれば勝てないが、そもそもマトモにやる気もなかった。勇者が出て来れば、何をどうしたところで勝てない。


「いいか、あんたらの目的はとにかく突撃することだ。それで前線をかき乱してやればいい。ただし勇者が出たら全力で引き返しな」

「おうとも! 今のおら達なら槍も弓矢も怖くねえ! 怖えのは勇者だけだ!」


 フゴフゴと鼻息も荒く、秘術で強化されたオーク達の突撃が始まる。慌てたように兵士たちが矢を射るが、それが効くのは普通のオークのみ。案の定、全ての矢がオークの硬い皮膚によって弾き飛ばされた。

 あちらの動揺が伝わってくる。弓兵が何か激を飛ばしているようだが、全く歯が立たなかったことが余程ショックだったらしい。二回目の一斉射撃は、先ほどよりも力が無かった。

 これはいけないと槍兵たちが構えるものの、それとて皮膚を貫くには至らない。矢の雨を突破したオーク達が、槍兵を千切っては投げ、千切っては投げる。

 散り散りになった兵士が弓を何とか射ろうとするのだが、それを許すスパイダーエルフではない。


「我々はお前たちが一つの矢を放つ間に、五つの矢を放つことが出来るのだ! くたばれ人間ども!」


 二本の腕と八本の足を使い、五つの弓矢を構える。兵士はあわてて弓を捨て、一目散に逃げ出した。

 弓兵も矢をとばすが、オークには歯が立たない。勢いそのままに、村の中心部まで突撃しようとするオーク。


「させるかぁ!」


 飛び出してきた大男が、オーク達の進撃を身体で止めた。十数体はとり逃しているものの、それでも一人で三体のオークを止めている。何とか突破しようと全力で踏ん張るオーク達。大男も必死の形相で挑みかかり、あそこだけ温度がやけに高そうだ。


「おい、魔女。槍兵の一部が迂回して背後からオークを攻撃するつもりみたいだぞ」


 横一列で挑んでも適わないと悟ったか。複数人でオークを囲み、四方八方から攻撃を加えるつもりのようだ。いくらオークでも無敵ではない。囲まれて攻撃され続ければ、やがては息絶えるだろう。そうはさせない。


「ヘドリー」

「は、はい!」


 地面に潜り、そのままこっそりと潜航していく。そして兵士の足元に到達するや、地面があっというまに泥となった。突然のことに動揺し、何とか逃れようと足掻いたところで意味はない。

 深い泥の沼は足掻けば足掻くほどはまっていくのだ。ヘドリーはその後もこっそりと潜航を続け、兵士を一人一人泥の沼へと招待していく。


「思ったよりも楽勝だな」


 焔鬼の声は軽い。だが、それもそうだろう。人間は結局のところ勇者に縋っているだけ。だからこそ個人の力はさほどでもない。それに略奪部隊は滅多に兵士と戦わない。詳しい情報も持っていないのだろう。

 もっとも、それも勇者が出るまでの話だ。奥の方で切り株に座ってはいるが、まだ動く気配はない。


「うおおおおおお!」


 突然、泥にはまっていた兵士たちが突き上げられるように飛び出した。何事かと見れば、沼から岩が突き出しているではないか。あれに押し上げられたのだろう。


「そういえば、あちらにも魔女がいたな」


 ウィッチ族というわけではあるまい。遠い祖先に血の交わりがあったのか。それとも別の理由でウィッチ族と似たような力が使えるのか。どちらにせよ、我々の敵であることに変わりは無い。

 魔女が鎌の柄で地面を叩くと、突き出た岩が砂のように消えて行った。かと思えばその砂が鷲のようになり、地面から生え出た石の人形がその鷲を叩き落とす。

 魔法使いの姿は見えない。まぁ、見えたなら矢の餌食となる。姿を隠すのは当たり前と言えば当たり前だ。かくいう魔女だって森の中に隠れたままである。


「やはり、あの四人だけは別格か」


 忌々しそうな焔鬼の声。オーク達もあの大男には手こずっているようで、止めようとしているのだが放り投げられ宙を舞っていた。槍兵はあらかた片付けたものの、大男のせいでオークの数も減っている。

 スパイダーエルフは弓兵の攻撃を受け、何人かが肩や腕を射抜かれていた。あの弓兵だけは、他の兵士と腕が異なる。おそらくは狩人なのだろう。となれば、あの矢にも毒が塗られているとみるべきだ。

 放置すれば毒がまわるので、急いで解毒をしなければならない。弓兵の方はもはや姿も見えないが、こちらの損害も少なくは無かった。ルドラも腕をやられたようで、今は治療に専念している。

 右往左往するヘドリーを狙うように大地が揺らぎ、その度に魔女の鎌が大地を叩く。幸か不幸か力は互角。押し負けることはないが、押し勝つこともできない。このまま膠着状態が続けば、援軍を呼ばれる可能性もある。


「……お願いできますか、焔鬼様」

「ああ、勿論だ。きっとあの勇者も、俺を見越して動かなかったんだろうよ」


 焔鬼が一歩踏み出した瞬間、勇者が切り株から腰をあげた。

 そして勇者が手に剣を生み出せば、焔鬼は角を引き抜いた。


「ダストはんがおらんから、これ以上は強うなれへんけど。どうせ全力でも勝てへんかったんや。今回はせいぜい時間稼ぎさせて貰うで」


 魔女たちの勝利は勇者や人間を倒すことではない。ダストを見つけて連れ帰ることだ。

 焔鬼が出ると同時に、魔女も森から駆け出した。目の前に突然土の壁が現れるも、砂にして突破する。


「ヘドリー! 杖を持った奴を探しな! そいつが大地を操ってる張本人だ!」

「は、はひぃ!」


 土に潜って再び潜航を始めるヘドリー。自分で言うのもなんだが、大地を自由に操れるというのは中々に厄介だ。足止めという点に関して、これほど優れた力もあるまい。

 それにしても、人間の癖にこうも似たような力を使ってくるとは思わなかった。やはり遠い先祖がパンプキンウィッチなのか。公言する者はいないのだが、そういう事例は過去に何度もあったそうだ。もっとも、大抵はウィッチ族の末裔だとか言われて火あぶりにされている。

 いや、相手の素性などどうでもいい。今はここを突破する事が最優先。


「まだまだあああああああ!」

「おらあああああああああ!」


 暑苦しい大男とオークのぶつかり合い。あそこを抜けるのが不可能だとすれば、やはり横から迂回して進むしかない。ただし片方には弓兵が陣取り、スパイダーエルフと激しい打ち合いを繰り返している。

 もう片方の右翼側はがら空きだが、それは単に魔法使いの力を使いやすくする為。そこを通ろうとするヘドリーが、何度も何度も突き上げられてはスタート地点まで吹き飛ばされてくる。


「お前は……まだ生きていたのか。しぶといな。普通の焔鬼とは違うようだが、まぁ殺せば関係ない」

「殺せるもんなら殺してみい。もっとも、言葉は通じへんやろうけど。今日のうちは、欲しいもんがあるからな。前より、ちょっとばっかし厄介やで」


 そして今、中央では勇者と焔鬼による戦いが始まろうとしていた。こうなってはもう、どこを通るのも一筋縄ではいかない。


「魔女さん! 全然進めませんよ!」


 半泣きのヘドリーに言われるまでもなく、戦場が膠着状態にあるのは見て取れる。だが膠着すればするほど、勇者が有利になっていくのだ。このまま黙って見ているわけにもいかない。

 魔女は村の奥を見た。何の変哲もない、ただの建物が並んでいる。


「二人で行けば、あっちも多少は混乱するだろうよ。行くよ、ヘドリー!」


 意を決して飛び出すも、あちらもそれは予測済み。土の波が押し寄せてきて、そのまま二人を押し戻した。

 走りながらでは鎌の柄で地面を叩きにくい。力が使えない魔女など、そこらの村娘と大差ないのだ。かといって土の馬など出したところで、すぐさま砂に変えられるだけだ。

 あちらの攻撃を防げる代わりに、こちらの攻撃も全く通じない。

 オーク達は健闘しているようだが、大男の体力に限りはないのか。汗こそ掻いているが、苦しそうな感情は微塵も感じられない。むしろオーク達の方に疲労の色が濃く、戦闘に参加せず休んでいる奴らの数も多くなってきた。

 弓兵の方は更に状況が悪い。スパイダーエルフの多くは傷を負い、今や一方的に攻撃を受けている最中だ。何とか反撃の機を窺っているのは間違いないが。弓兵の途切れない攻撃がそれを許さない。奴の矢は無尽蔵にあるのだろうか。

 勇者と焔鬼に至っては、元から勝利など期待されていない戦場だ。勇者の猛攻を焔鬼は必至で受け流しているが、体中の傷がそれを邪魔している。見るからに動きは悪く、あれでは致命傷を負わされるのも時間の問題だ。


「魔女さん……」


 不安そうに縋ってくるヘドリー。こうなったらもう、こちらがとれる手段は一つしかない。今はただ、その好機を待つのみ。

 時間がかかって得をするのは、勇者たちだけではないのだから。


「頼むよ……」


 再び突撃する二人だが、やはり再び押し戻された。それを繰り返しているうちに、不意に村の奥から煙が上がり始める。

 兵士の誰かがそれを見て叫んだ。


「火事だ!」


 魔女はすぐさま土の馬に跨った。ヘドリーは潜航し、オーク達は最後の力を振り絞る。ルドラ達は一斉に矢を放ち、焔鬼は剣を振りかぶった。

 火の手はどんどん燃え盛り、喜ぶゴブリン達の姿が見える。その隣にダストの姿がないということは、やはりどこかに隠されているのか。それとももういないのか。絶対にダストがいない所を狙えと言ってあるのだが。


「物資が燃やされるぞ! 消火しろ!」

「水だ! 水!」


 だが、ここにそれほどの水があるとは思えない。だとしたら、後は砂で消火するしかなかった。巻き上がった土の波が、燃え盛る家の炎を消していく。

 注意を逸らすだけの陽動作戦だが、魔法使いの注意は完全に逸れてくれたようだ。難なく、魔女は前線を突破した。


「いました!」

「ちっ!」


 どこかからヘドリーの声がする。それと同時に、家の中から魔法使いが飛び出してきた。生き埋めにされるのを警戒したのか。いずれにせよ、姿が見えるならもう怖くは無い。


「あの子は返して貰うよ!」

「モンスター風情が!」


 魔女と魔法使いの力が均衡しているのだから、後はヘドリーがいる分こちらが有利なのだ。魔女に気を取られている間に、ヘドリーが背後から襲いかかる。決着はとてもあっけなかった。あれほど苦戦した魔法使いを、あっさりと倒すことが出来たのだから。

 持っていたロープで魔法使いを縛りあげる。


「さあ、ダスト……あの人間の居場所を吐いてもらおうか。黙ってても良いことはないよ?」


 魔法使いは何も言わない。そのうち、傷だらけのオーク達も合流してきた。


「そっちもやったのか! おら達もやったぞ! 実にいい勝負だった!」

「ああ、またやりてえな!」

「おらはもう御免だ! がはははは!」


 その向こうからは部下に背負われたルドラがやってくる。


「弓兵はあらかた片付けた。ただ厄介なのが森に逃げた。あれは間違いなく狩人の類だろう。重傷は負っているだろうが、手負いの狩人と森の中で戦うのは御免だ」

「スパイダーエルフがそこまで言うなら、アレを追うのは無理ってことか」


 となれば、聞きだせるのはこの魔法使いしかいない。


「さあ、どうするんだい。頼みのお仲間はもういないよ」


 首に鎌の刃をあてる。だが魔法使いは動じた様子もなく、ニッコリと笑った。


「何を勘違いしているんですか? 私達の有利は変わってないんですよ」


 その瞬間、魔女たちの足元まで焔鬼が吹き飛ばされて転がった。


「勇者様がいる限り、私達はずっと有利なんです」


 魔法使いの言葉に嘘はない。焔鬼は何とか立ち上がるが、対面する勇者は傷一つ負ってなかった。


「こいつに付き合ってる時間はないか。全員散らばってダストを捜すんだ!」

「こ、ここにはもういないとか?」


 ヘドリーの言葉に、魔女は首を左右に振る。


「だったら、得意げにここにはいないと言うだろうよ。それに、いるかいないか分からないんだから結局は捜すしかないんだよ。ほら、急げ! 勇者は待ってくれないよ!」


 慌てたように全員散らばる。問題はあとどれだけ焔鬼がもってくれるかだ。

 厄介な魔法使いの首を撥ねようかとも思ったが、この手の輩をどうすればいいか。それは魔女自身がよく知っていた。地面に落ちていた杖を真っ二つにへし折ると、魔法使いの顔が一気に青ざめた。


「ほら立ちな。これであんたはもう力が使えない。ダストの所まで案内して貰うよ」

「人間の言葉が分かるからって、いい気にならないことね。どうしてそこまであの子を欲しがってるのか知らないけど、あなた達には絶対に渡さないわ」


 声は震えていたが、内容は立派だった。まぁ、力がなくても勇者がいるのだ。時間さえ稼げば、あちらの勝利は揺るがない。

 それまでに何としてもダストを見つけないと。しかし、大抵の家はゴブリンが捜索したはずだ。ダストのいる家に火を点けては一大事なのだから。だとしたらゴブリン達も発見できない隠し部屋があるのか、それとも、もういないのか。

 近くにあった家へ入ろうとして、ふと視界の隅に見慣れたものが見えた。

 そんなはずはない。ここにあるのはおかしい。


「なに?」


 急に立ち止まる魔女へ、魔法使いが不審そうな声をあげる。ドアノブにかけた手を止め、無言のままソレがある方へと足を向ける。何度も見た。繰り返し見た。だが、何度見てもやっぱりそうだ。


「なによ」


 抗議の声をあげる魔法使いを引きつれながら、魔女はその場所にたどり着いた。

 近くで見れば、もう疑いようはない。壁に描かれた見覚えのあるものに、思わず笑みがこぼれる。


「赤い屋根の地下だ!」


 それは魔女の声だけではなかった。あちこちから同時に、それぞれのモンスターの声で、同じ場所を叫んだのだ。

 魔法使いが目を丸くしている。この反応から見ても、これが真実であるのは間違いない。


「な、なんでそれを!」


 このままダストを連れて行くのが良いことか。微かに残っていた葛藤も消えた。それぞれのモンスターの言葉で、ダストのいる場所が刻まれている。それが何を意味するのか、考えるまでもない。

 そういえば、ダストはゴブリンの言葉だけは習得していなかった。だからゴブリンは気づけなかったのだろう。

 赤い屋根の家に集まった一同は、血眼になって地下へと続く扉を探していた。ボロボロの小さな小屋だ。ちょっと探せば、すぐに探す場所がなくなる。となると、やはり隠し部屋か。

 魔女が鎌の柄で床を叩くと、まるで歓迎するかのように鍵を引きちぎって地下への扉が勢いよく開いた。

 たまらず魔女は身を乗り出し、地下へ向かって叫ぶ。


「助けに来たよ! ダスト!


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