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第17話


 オークの小屋に見慣れたモンスターが集められた。

 ゴブリン、オーク、鞘鬼、マッドスワンプ、スパイダーエルフ。多種多様な種族が集い、これから何を話すのか不安そうな顔で魔女を見つめる。勿論、鞘鬼は全て知っているので、楽しそうな顔で笑っているのだが。

 側近の一人までいるとあって、他の種族たちの緊張は頂点に達している。ヘドリーなどはルドラにしがみつき、残像が見えそうなほど震えていた。


「余計な話をするほど時間があるわけじゃないし、小難しいことを考えるのは嫌いだろ。だから単刀直入に言う。ダストが勇者にさらわれた」


 勇者という単語にゴブリンやオークが顔色を変える。一方のヘドリーとルドラはさほど驚いた風もない。


「勇者っていうと、あの勇者ですかい?」

「勇者に沢山種類がいたらたまったもんじゃないけど、その勇者だよ。で、ここからが本番だ」


 一同を見渡す。


「私はダストを取戻しに行く」


 ゴブリンは更に驚き、オーク達は盛り上がり、ヘドリーは泣いていた。ルドラはそれを慰め、焔鬼は相変わらずのニヤニヤ顔。三者三様の反応だが、大体は予想していた通りだ。


「傷が治るまで待っていられない。今日にでも出発するつもりだよ。だから、ついてきたい奴は今すぐ手を挙げな。悪いが考えてる時間も惜しいのさ」


 すぐさまダストを中央まで、という事はないだろう。あいつらの目的な魔王城への侵略だ。だったらどこか適当な場所へダストを預けてから、再度やってくると見た方がいい。

 もっとも、あまり時間をかければ中央へ送られる可能性は高いだろう。なにせ魔王の城で普通に暮らしていた人間だ。どれほどの情報を持っているのか、知れたものではない。中央の連中は何としても吐かせようとするだろうし、適当に放置というわけにもいくまい。


「おら達は行きますよ! まだ恩を返せてねえんだ! ここで引き下がったらオーク族の名が廃る! そうだろ、お前ら!」


 んだんだ、と口ぐちにオーク共が叫び手を挙げる。勇者の脅威などはあまり深く考えていないのだろう。とにかくダストを取り戻す、という事で一杯のようだ。


「へへっ、俺らもお供しますぜ。倒すなら無理だが、取り戻すって言うなら本業だ」


 そうだそうだ、と対抗するように手を挙げるゴブリンども。こっちは空気に流されているだけだ。いざとなればやっぱり逃げるだろう。あまり期待しない方がいい。


「当然、俺も行く。文句のある奴はぶっ殺す」


 鞘鬼の発言に身内が震える。手傷を負わされているとはいえ、この中で鞘鬼に勝てるモンスターは一体もいなかった。逆らえるわけがない。


「わた、わたし、わたしはっ!」


 突然叫ぶヘドリーに注目が集まったかと思えば、悲鳴をあげてルドラの背中に隠れた。


「私も……行きます」


 誰しもがヘドリーの発言に驚きを隠せない。ゴブリンにも怯えるあのヘドリーが、まさか勇者のいる所へ行こうというのか。それも自らの意志で。

 マッドスワンプの歴史を掘り起こしても、そんな発言をした奴はいないだろう。


「本気かい、ヘドリー?」

「凄く怖いけど……あの人間は、ずっと私の所にいたの……」

「なんだと!?」


 詰め寄りそうになる鞘鬼を皆で必死に抑える。文字通り小さくなったヘドリーが、恐る恐る続けた。


「理由は分からないけど、突然私の部屋に現れて……。でも、言ったら私が逃がしたことになるから、それで言えなくて……。だけど、言っておけば、もしかしたら連れて行かれなかったかもしれないから。それに、あの子は私の為に頑張ってくれたし……それなのに置いて逃げちゃったから、もうあんなことするのは嫌だなって……」


 ヘドリーの部屋は盲点だった。普段からビクビクしているだけに、匿っている恐怖で震えているのかどうか判断が出来ない。

 鞘鬼も納得したように腰を落ち着けた。


「まぁ、マッドスワンプがあの牢獄から人間を連れ出せるとは思ってねえよ。そっちの方は相変わらず謎のままだが、今はまぁいい。それよりも本気で行く気か? 下手したらというか、上手くいかなきゃ死ぬぞ」


 ヘドリーは弱弱しく頷く。


「い、行きます……死ぬほど怖いけど……罪と恩を背負ったまま生きるのも嫌ですから」

「ヘドリー様がそうおっしゃるのであれば、私も付いていきますよ。無論、他の部下もね」


 第三部隊も参加してくれるなら心強い。ただ決意したヘドリーを見ていると、なんとなく胸の奥が苦しくなってくる。これは、自分も勇者を連れ込んだことを報告するべきなのか。

 言ったら鞘鬼に殺されそうだが、現地でバレて揉めるのも困る。


「幸いにも門はボロボロだ。強行突破するのも容易いだろう。みんな、忘れちゃいけない。私達の目的は勇者を倒すことじゃない。ダストを略奪することだ」


 おー、と全員が手を挙げる。


「ダストを再び私達の手に!」


 おー、と全員が手を挙げる。


「あと勇者に情報を渡して連れ込んだのは私だけど、許してくれるよね?」


 途端に場が静まり、誰も手を挙げなかった。

 そして魔女は逃げ出した。

 出陣前に思わぬ傷が増えてしまったことは、言うまでもない。











「……この面子で外に出るんですか?」


 アーゴの表情に戸惑いが浮かぶ。決して魔女の生傷を心配してのものではない。怪我なら焔鬼の方が酷いのだから。

 魔女やオークやヘドリー達だけなら、略奪部隊の合同出撃とでも言える。そこに焔鬼が加わると、もう何を目的にしているのか意味不明だ。そもそも焔鬼は重傷で、略奪部隊にしたところで今は外へ出ることを禁じられている。


「文句でもあるのか? ああ?」


 だがその重傷患者で側近の一人が外に出たいと言っているのだ。さしものアーゴも目を逸らし、尻尾を力なく垂らした。


「いえ……ただ、オールド様に確認をとってもいいでしょうか?」


 焔鬼は無言で角を引き抜いた。


「何でもありません! どうぞ!」

「最初からそう言いや。ほな、行きましょか」


 少しばかりアーゴに同情心が芽生える。だが確認をしたら外へ出してはくれないだろう。仕方ない。

 焔鬼と魔女を先頭に、筋肉隆々となったオーク、そして周囲を警戒するゴブリン。最後にスパイダーエルフに囲まれてビクビクするヘドリーという順番で門を潜って行った。いつもなら幾つかの荷車を持っていくところだが、今日の物資は自分で歩けるので必要ない。


「でも、どこに行けばいいのか分からないんですけど」


 近場にいるという予想はしたが、具体的にどこにいるかは不明。それも予想は予想だ。案外、もう遠くまで行ってしまっているのかも。


「ああ、それなら心配ない。情報集めばっかりしてる馬鹿から聞きだした。ここから少し離れた廃村に拠点を構えてるらしい」


 馬鹿というのは、おそらく他の側近の事だろう。魔女は会ったこともなければ、顔も知らない。


「だったら、私達の行動はもうバレてるんじゃないですか?」

「ああ、そいつにはバレてるだろうな。ただまぁ、オールドの所へ届くには時間がかかるだろうよ。気づいたとしても、追手を差し向けるわけにもいかねえ」


 今は城の防備を固めるのに忙しい。魔女たちに関わっている暇などなかった。様子見のモンスターぐらい派遣するかもしれないが、連れ戻すほどの兵力は出せない。

 ただ、防備を固めたところで勇者に勝てるのかどうか。ちょっと戦っただけの魔女でさえ、あの勇者の規格外の強さに唖然とした。あんなものを敵にしていたのだから、モンスターが何度も滅ぼされかけるわけである。

 歴史を紐解くたびに、どうしてそこまで過去のモンスター達は弱いのかと思っていた。何のことは無い。勇者が強すぎただけだ。


「魔王様は勝てますかね?」


 城内なら不敬だと叱られそうな質問をぶつける。焔鬼は真っ直ぐに前を向いたまま、難しい顔で頭を掻いた。


「分からん。ただ、両方とも剣を交えた俺の推測だと……厳しいだろうな」


 強くなった焔鬼ですら、この発言だ。どれだけモンスター側が不利なのかは明白である。後はもう、勇者が寿命を迎えるか病気か事故で死ぬのを待つだけ。そこから新たな魔王を立て、徐々に勢力を拡大し、勇者の再来が来ないことを祈るばかりである。


「足止めはしてみるが、正直そう長くはもたんぞ。何か策はあるのか?」

「策という程じゃありませんけど、考えはあります。勇者にも弱点はありますからね。問題はダストがどこにいるかです。さすがに前線にはいないでしょうけど、どこか隠し部屋にも隠されていたら面倒ですね」


 ダストを発見した時も、物音があったからこそ分かったのだ。仮にあれが音の届かない地下や、あるいは頑丈な部屋の中だったら。気づかないまま撤収していただろう。

 ただの廃村に、そこまで厳重な部屋があるとは思えないが。絶対に無いとも言い切れないのが怖い。狩人の家ならば、モンスターを閉じ込めておく部屋の一つぐらいあっても不思議ではないし。


「その辺りはお前に全部任せた。だから何があってもダストを見つけ出せ。俺も全力で勇者を食い止める」


 焔鬼とこんな話をするような仲になるとは思わなかった。それもこれも全部、ダストが来てから変わったのだ。

 ただ当人はどう考えているのだろう。やはり人間は人間の所で暮らしたいと思うのか。それとも、自分たちと一緒にいたいと思うのか。

 出陣してから悩むのは間抜けだが、それでも不意に立ち止まりたくなる事はある。

 その度に魔女は杖を握りしめた。

 ダストがどう考えていても、自分は彼を略奪するのみ。帰りたいと言うならば、帰りたくないと思うまで接し続ければよい。他人の気持ちを慮り、他人の意志を尊重し、他人の自由を奪わない。そういうことは人間にでもやらせておけばよいのだ。

 自分はモンスター。ウィッチ族の端くれ。ゴブリンを真似するわけではないが、やりたいように欲望のままに生きるしかないのだ。


「よし!」


 ウジウジ悩むモンスターなんていない。今はただ、ダストを救う出す手段だけ考えておこう。

 村が見えてきたのは、それから少し歩いた頃だった。











 勇者様はじっとしてくださいと言われ、切り株の上に座らされた。まるで置物にでもなった気分だ。兵士たちは慌ただしく動いているのに、自分だけ何もしないのは妙に落ち着かない。

 こんな暇があるのなら、今すぐ魔王の城へ行った方がいいと思うのだが。大男や弓兵が言うにはまだまだ時間が足りないそうだ。とりあえず魔王を倒してから、そういう事を考えればいいだろうに。どうにも兵士たちの考えることは理解に苦しむ。

 髪の手入れをしながら、退屈な時間を持て余す。どうせなら、助けたあの人間から話でも聞こうかと思ったが、それも止められた。弓兵曰く、そっとしてあげようとの事。モンスターのスパイではないかと疑っていたはずなのに。どういう心境の変化があったのやら。


「戻ったら、新しい櫛でも買おうかな」


 モンスター退治は素手でも出来るが、髪の手入れはそれだけではどうにもならない。かといって、こんな最前線に櫛があるわけもなく。民家に押し入って探すような気にもなれなかった。

 しばらく髪と悪戦苦闘していると、赤い屋根の小屋からあの少年が出てくるではないか。地下室に入れておいたと言っていたが、鍵はかけなかったらしい。まぁ、あれぐらいの扉なら殴れば簡単に壊せる。鍵をかけたところで意味はないか。

 どこかに逃げる気なのかと見ていたが、特にそういう気配もない。しきりに村の中を見渡していた。

 ポケットの微かな膨らみから察するに、なにか鋭いものを隠し持っているようだ。おそらくは木片かガラスの欠片だろう。あれで兵士に襲い掛かろうとしているのか。そうだとしたら、弓兵の予感は当たっていたことになる。

 もっとも、少年から敵意や殺意の類は感じられない。だとしたら護身用だろう。またモンスターが襲ってきても対処できるよう、しっかり警戒しているのだ。雰囲気はホワホワしているが、なかなか勇敢な少年である。

 スティラがボーッと少年を見ていると、弓兵がその視線に気づいた。かと思えば、驚いた顔をして少年へと駆け寄る。


「駄目じゃないか、勝手に出たら! 頼むから地下室で大人しくしててくれ」

「ですが、皆さんに何か恩返しが出来ないかと思いまして。あそこでじっとしていられなかったのです」


 弓兵は感極まったような顔をして、少年を抱きしめた。じっとしていられないという気持ちは分かるが、泣くほどの事かと首を傾げる。


「君の気持ちはよく分かった! その好意を無碍にするわけにもいかんな。じゃあ、荷物を運ぶのを手伝ってくれ。ただし、何かあったらすぐに地下室へ戻ること。いいな?」

「はい」


 少年にすら役割があるのに、自分の仕事は髪の手入れと足をブラブラさせること。果たしてこれでいいのか。


「おい! 私の仕事はないのか! 兵士なら鍛えてやるぞ!」

「止めてください!」


 あちこちから一斉に反対された。屈強な兵士を沢山重傷にしたことをまだ根に持っているのか。あれは軟弱すぎる兵士が悪いと思う。私と対等に戦えるぐらいではないと、モンスターとの戦いで生きることは難しい。

 少年を恨みがましく眺める。シーツやら食糧やらを運びながら、忙しく駆け回っていた。そして運び終わった家の壁に、何か模様のようなものを刻んでいる。ポケットに入っていたのは、鋭い木片だった。


「それは何?」


 魔法使いが不思議そうに少年に尋ねた。


「運び終わったっていう目印です。皆さんはやらないのですか?」

「中央ではやらないわね。辺境の村の方ではやっているのかしら?」


 自分の記憶を掘り起こしてみた。少なくともスティラの村では、ああいう事をやっていない。おそらく、少年の村か家だけの風習なのだろう。そういうのは珍しくない。

 そうして働く少年を横目に、髪の手入れを続けるスティラ。不意に、髪の毛が一本ほど抜けて地面へと落ちた。それをじっと眺め、ゆっくりと空を見上げる。


「弓兵!」

「いい加減に名前を憶えてくださいよ、まったく。はいはい、それでどうしましたか?」


 緊張感のない声に一瞬苛立ちながらも、淡々とした口調で告げた。


「モンスターの集団が近くにいるぞ」


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