第15話
夜が明けた。一晩中の捜索も空しく、ダストの影すら見つからなかった。
焔鬼の部下たちも必死で探していたが、全く成果はなさそうだ。一部の連中は外へ逃げたに違いないと、もう城内の捜索を諦めてしまったようだし。かくいうゴブリンも、城内にいるとは思ってない顔をしている。
魔女は肘をつきながら、カボチャの頭を支えた。
「どこへ消えたんだか……ああ、そっちは何か分かったかい?」
部屋にいたいと渋っていたのを連れ出したせいか、あまりやる気のみられないヘドリー。部屋の中でじっくり話し合おうと言ったら血相を変えて出てきたので、全くやる気がないとは思えないのだが。
探しているのが人間なのだから、見つけたくないという気持ちは分かるが。一応は隊長なのだから、それなりに動いて欲しいものだ。
「な、何も見つかってないよ」
「はぁ、そうかい。そういえば、あんたの所の副隊長はどうしたんだ?」
あのエルフのことだ。ヘドリー様だけを働かせるわけにはいきません、とか言って付いて来そうなものだが。どこにも姿が見当たらない。
「ルドラは用事があるから……」
あれも人間に対しては嫌悪感を剥きだしにしている。捜索に協力するわけもないか。
むしろ、こうして手伝ってくれているヘドリーの方が特殊なのだ。
「お礼にそっちを手伝ってやりたいところだけど、今は……」
「手伝わなくていいよ! 私の部屋は大丈夫!」
ブンブンと腕が引き千切れそうな勢いで手を振るヘドリー。実際、ちょっと千切れた。
「悪いね。無理言って手伝わせちゃって」
「い、いいよ。悪いのはこっちだし」
「あん?」
「ほ、ほら! いつも助けて貰ってばかりだから! 恩返しだよ!」
今日はいつにも増してオドオドしているように思える。人間が隠れ潜んでいるのだから、当然と言えば当然か。
魔女は空を見上げた。太陽は真上まで登ろうとしている。
まずい。そろそろ勇者が来てもおかしくはない時間帯だ。
ゴブリン達にも焦りの色が見える。
探索だけに集中するわけにもいかない。ひとまず、全員を集めておくか。
「ヘドリー。ちょっと大事な話があるんだ。来てくれるかい? それと副隊長。他のゴブリンとオーク共を集めてきな!」
「へい!」
機敏に動くゴブリンに対し、ヘドリーは戸惑った顔で魔女を見つめる。
「だ、大事な話ってなに? 私、何もしてないよ!」
「いや、あんたの事じゃない。ちょっと私というか、この城に関してね。あんたにはまぁ、一応話しておこうかと。色々と世話になったし、告げ口する勇気もないだろうし。何か隠し事をしていても、バレるのが怖くて黙ってるタイプだろ」
ヘドリーは激しく頷きながら、そのまま魔女の後ろをついてくる。
ゴブリン以上に臆病なヘドリーのことだ。勇者のことを聞けばすぐに荷造りを始めるだろう。それを周りが怪しんだところで、もう遅い。
夕刻前に来るかどうかは不明だとしても、何もしてこない事もあり得ない。
どういう手段かは知らないが、間違いなく何らかの行動はとるはずだ。そして城内が混乱することも確定事項。その間に城から逃げるしかないのに、肝心のダストが見つからないのはどうしたものか。
オークの小屋に集まった面々には、不安の表情しか浮かんでいなかった。ゴブリンも、オークも、ヘドリーも。縋るような目で魔女を見つめてくる。もっともヘドリーは近くにオークがいるから、怯えているだけかもしれない。
「集まったね。んじゃ、何も知らない連中の為に改めて話をするけど。ここでの事は他言無用だよ。言ったら私のこの鎌で首を切り落とす」
ヘドリーが泣きながら頷いていた。首を落とされても平気なのに。
「まず、もうすぐこの城へ勇者が攻めてくる」
何も知らされていないオークやヘドリーが驚愕の声をあげた。
「静かに。本当なら、この機に乗じて処刑されるダストを救出。そのまま城外へ逃走する予定だった。だけど、肝心のダストが行方不明ときた。誰か、手がかりでもいいから居場所を知ってる奴はいないかい?」
恐慌状態で震えるヘドリーはともかくとして、ゴブリンもオークも首を左右に振っている。まぁ、少なくともこの中で情報を持っている奴はいないだろう。
「問題はここからだ。だったら、私達はどうすればいいか。ダストの捜索を諦めて逃げるか。捜索を続けて城に残るか。少なくとも勇者に立ち向かう、って馬鹿はいないだろう?」
一時は勇者も一捻りですよ、と息を巻いてたオーク達も頷く。焔鬼の敗北により、自分たちでは歯が立たないと気付いたようだ。
「私は最後まで探し続ける。あいつを見捨てて逃げることはしない。ただ、それにあんたらを付きあわせる気はない。逃げたいなら、今のうちに逃げてもいい。まぁ、今は外へ出して貰えないだろうけど」
「おら達は逃げねえですよ、魔女様。あいつには大きな借りがあるんで。それを返すまでは見捨てていけねえです!」
そうだそうだ、と賛同するオーク達。
「俺らもそうですぜ魔女様!」
そうだそうだ、と賛同するゴブリン達。
「いや、お前らはいざとなったら逃げるだろ。ゴブリンなんだから」
一斉に目を逸らした。友情や愛情も、生存本能の前には何の意味もない。ましてや欲望に忠実なゴブリンともなれば、逃げない方がどうかしていた。むしろ、こうしてココにいるだけで褒めてやりたい。
「ヘドリーは……まぁ、探す義理もないからね。いざとなったら、真っ先に逃げな」
返事はない。ヘドリーはあわあわするばかりで、こちらの話を聞いているかも怪しかった。ただでさえ人間が怖いのに、ここへ来るのは勇者だ。怯えるなという方が無理な話である。
「そうと決まれば……って外が騒がしいね」
「魔女様、ひょっとしてダストの奴が見つかったとか?」
慌てて外へ出る一同。そうだとしたら、殺される前に助け出さないと。
だがダストの姿はどこにもない。あるのは城壁の外で舞い上がる砂埃。そして血相を変えて門へ向かうモンスター。アーゴが必死の形相で門の上にある鐘を鳴らし始めたところで、全員がようやく気付いた。
「敵襲だー! 勇者が来たぞー!」
まだダストを見つけていないというのに。時間切れか。
舌打ちしても何も始まらない。むしろこれから終わりそうだ。
「し、知らせてこないと!」
ヘドリーは一目散に自分の住処へと向かった。ゴブリン達も倣うように住処へと戻っていく。まぁ、期待はしていなかった。
「いいかい、人間を相手にしたら駄目だ。あいつらはみんな化け物だと思いな。何があっても戦わないこと。私らの目的はダストを見つけることなんだからね」
「おう!」
勇ましいオーク達の掛け声。
「だけど、どうしても見つからないなら逃げていい。ここで無駄死にする事を、誰も望んでやしないんだ。私達は戦う為の部隊でもないし、逃げることは恥じゃない。いいね! ダストがココにいたら、きっとそう言うはずさ!」
「おう!」
これまた勇ましい返事。特に深くは考えていないのだろう。今はそれが頼もしくもある。
「それじゃあ解散! 見つけたら私に報告! 逃げる時は報告せず、全速力で逃げな!」
情報を漏らしたとはいえ、連中が魔女を見逃してくれるとも思えない。それは自分にも言い聞かせたつもりだが。果たして、ダストが見つからないまま逃げ出せるのだろうか。
今なら牢獄の見張りも少ないはずだ。改めて確認しておくのも悪くはない。
案の定、牢獄には見張りも誰もいなかった。本来なら最低でも一人は必要である。だが今は誰も投獄されておらず、空の牢獄を律儀に守るほど熱心なモンスターはいなかった。
ましてや勇者が攻めてきたのだ。命知らずなら持ち場を離れて挑み、臆病者なら持ち場を離れて逃げる。
一つずつ牢獄を確認していく。当然、中には誰も入っていなかった。抜け穴なども無い。
そもそも、そういった脱獄対策は完璧にされている。見て分かるような脱出方法なら、既にオールドが動いているだろう。なにせ製作者は魔王。それこそ勇者でもなければ、ここからこっそり連れ出すのは難しい。
「……城外なのかねえ」
信じたくはないが、これだけ捜していないのだ。抜け出すこと事態がありえないのだから、城外にいたとしても不思議ではない。いや、諦めるのはまだ早い。魔女が捜していない場所はまだ沢山残っている。
それに城外にいたとして、見つかる当てはどこにもない。どこを捜せばいいのか分からないのだ。まずは近場から虱潰しに当たっていくしかない。いざ外に出たものの、実は城内にいましたとなれば目も当てられない。
駆け足で外に出た魔女の目の前を、見覚えのある村娘が歩いていた。
「ちっ!」
気づいてから咄嗟に戻ろうとした時には、もう遅い。彼女の双眸はしっかりとこちらを捉えている。どれだけのモンスターを薙ぎ払ってきたのか。手には血塗れの光る剣が収まっていた。
「ほう、てっきり逃げたものと思っていたが。まだ残っているとは驚きだな」
「いえ、実は……」
「ああ、もう説明しなくていい」
スティラは剣を構える。
「どうせ殺すから関係ない」
魔女も対抗して鎌を構えた。相手は勇者だ。ファイヤーオークに苦戦する魔女が、とても勝てるとは思えない。それでも、ここで死ぬわけにはいかなかった。
せめてここから逃げるくらいなら、自分でも出来るはず。そう信じて鎌を握りしめた瞬間、スティラの姿が消えていた。声を出す暇もなく、腹部に強烈な痛みを感じ、気が付けば壁に叩きつけられていた。作ったばかりのカボチャの頭も、また木端微塵に壊れて散った。
何が起こったのか、体中の痛みが教えてくれる。スティラはただ身を屈めて素早く動き、腹を蹴飛ばしただけ。何の策も戦略もない、それだけのこと。作戦でどうこう出来るレベルではなかった。これだけの実力差、どうやっても埋めることは出来ない。
脳裏によぎる絶望を、魔女は振り払う。諦めてたまるか。ここで死ぬなら、何のために自分は残ったのか。
「目が死んでいないな。狂戦士というわけでも無いのに、何がそこまでお前を突き動かしているのか。まぁ、それも殺してしまえば分からなくなる」
淡々と、作業でもするかのように、スティラが剣を振りかぶる。
「ふっ!」
振り下ろされた剣はしかし、魔女ではなく岩を真っ二つに切り裂いた。見れば遠くにオーク達の姿が見える。何かを投げた態勢のオークに至っては、驚きの顔でスティラを見ていた。
馬鹿が。あれほど逃げろと言ったのに。
「オーク……にしては強いな。あの鞘鬼もそうだったが、他のモンスターと比べて妙に強い奴がいる。不思議だな」
感情のこもらない言葉は、オークに向けられている。このままだと皆殺しは間違いあるまい。命令違反した部下を助ける義理はないが、恩は返さないといけないだろう。
鎌を杖にして立ち上がる。援軍は期待できない。スティラがここにいるという事は、少なくとも門は突破されたということだ。今頃は魔王の近くに戦力を結集しているはず。ここで戦う魔女に対して、助けの手を差し伸べるのはオークぐらいだ。
「おら達が相手になってやんぞ!」
「んだ! んだ! かかってこい!」
魔女も負けじとスティラを睨む。
「おっと、こっちの勝負も終わってないよ。蹴るだけで終わらせるなんて、最近の勇者様は随分とモンスターに優しくなったようだね」
スティラは顔色一つ変えず、魔女とオークを見比べた。
「ふむ。迷っても無意味か。どうせどっちも殺すなら、どっちからやっても変わらない」
一歩踏み出したところで、勇者様という声がスティラを止めた。無視してもう一歩踏み込んだところで、更に「早く来てください!」と念入りに止める。
「……煩わしい」
魔女とオークを一瞥した後、スティラは声のした方へと歩いていく。あれだけ殺意があったのに、仲間から呼ばれたら殺さず、そちらを優先するとは。おかしな勇者もいたものだ。
気が緩んだ拍子に、意識も段々と薄れて行く。駄目だ、ダストを捜さないといけないのに。
そう思ったところで、切れた緊張の糸は戻らない。
去りゆくスティラの背中を見ながら、魔女は意識を手放した。
不意に、ルドラが立ち上がった。
「どうしました?」
突然の行動にダストは驚く。
ヘドリーがいない今、私が人間を監視しなければならないと意気込んでいたのだが。何かあったのだろうか。真剣な表情のまま、部屋の外へと駆け出していった。
とはいえ、何かあったとしてもダストが手伝うのは無理だ。今は自分が出来ることをやるだけ。翻訳作業もあらかた終わり、次はスパイダーエルフの方へ手をつけようかと思っていた。
資料にはオーク対策もしっかり明記されており、知らせたらヘドリーも喜ぶことだろう。ただ、どうも外が慌ただしいのが気になる。鐘も執拗に叩かれ、遠くの方で何かが爆発するような音も聞こえてきた。
また隊長同士の喧嘩が勃発したのか。だとしても、ルドラが部屋を立ち去る理由にはならない。野次馬ではあるまいし、何があったのだろう。ちょっとだけ外を見てみたくもある。
ただ、それでダストが見つかれば何もかもが終わる。自分の命を懸けるほど気になるわけではない。ルドラが戻ってくるのを待とう。
そう思い、石版に向き直る。するとルドラではなくヘドリーが戻ってきた。
「逃げよう! ああ、でもあなたは逃げなくていいのかな! でもでも、とにかく逃げないと!」
ボタボタと泥を落としながら、右往左往するヘドリー。普段から小動物のように怯えているのだが、今はいつもの比ではない。後を追いかけてルドラがやってくるや、すかさず身体中にまとわりつく。怯えて縋るというよりは、蛇が絞め殺すという表現の方が似合う勢いだ。
「落ち着いてくださいヘドリー様! 相手は勇者、同じ人間を殺したりはしないでしょう。それよりも我々の方が危険です。こいつは置いて、我々だけでも逃げましょう!」
チラッとこちらの方を見て、ヘドリーはルドラの手を掴んだ。
「その石版はあなたにあげる! もしもココに誰か来たら、人間であることをアピールしてね! モンスターが来たら……助けを呼んで!」
察するに、どうやら勇者が攻めてきたらしい。なるほど、モンスターにとっては一大事だ。翻訳した内容を教えられないのは残念だが、命あっての物種である。
「分かりました。皆さんもお気をつけて」
「行きましょう、ヘドリー様!」
「う、うん」
こちらを何度か気にしながら、それでもヘドリーは部屋の外へと這い出していった。大事な石版を気にしていたのか、それともダストを気にしていたのか。後者だと嬉しいが、それを確かめる術はもうない。
さて、これから自分はどうしたものか。迂闊に外へ出ることも出来ず、かといって中にいても何も始まらない。翻訳を終えたところで、それを伝える相手もいないし。
助けを求めるにしても、そもそもどちらに求めればいいのか。多くのモンスターはダストを嫌悪し、警戒している。かといって勇者も、果たしてダストを信用してくれるのか。モンスターの城で暮らしている人間。怪しさ満点である。魔女と会えれば話は早いのだが。
しばし迷っていると、何故かヘドリーが戻ってきた。ルドラの姿は無い。
「外に勇者の仲間が! 逃げないと……ああ、でもどこに! それにルドラは大丈夫かなあ! ねえ!」
ヘドリーに縋り付かれる。大丈夫と言ってあげたいが、それを言っても慰めにはならない。自分に力があれば、ルドラを守りに行くと駆け出すことも出来たろうに。生憎と何の才能もない空っぽの人間は待つことしか出来ないのだ。
ただ、ヘドリーには力がある。それを使えば、隠れることは出来るはず。もっとも、当人は混乱していて完全に忘れているようだが。
「ヘドリーさん、今こそあの力を使う時ですよ。ほら、好きな彫刻になれる力を」
「そ、そうだね! でもルドラが……」
「ヘドリーさんが傷つけば、ルドラさんが悲しみます。今はまず、自分の身の安全を確保しないと」
説得の甲斐があったのか、それとも入口の方での激しい爆音が効いたのか。ヘドリーは一目散に部屋の隅へと移動し、そのまま彫刻となった。てっきり美しい女神とか、そういう類のものかと予想していたが。そこにあったのは筋肉隆々の女戦士がポーズを決めている彫刻だった。
あれがヘドリーの理想なのか。意外だった。
「こっちに一体逃げたはずだが……むっ!」
突然、部屋の中に乱入してきた兵士が弓を構える。矢が狙う先にはダストの顔があった。
剣士でも槍兵でも弓兵でもないダストは、いつものように出迎える。
「ようこそ、はじめまして。御飲み物は必要ですか?」
「必要ない! いや待て、なんだこいつは。ウィッチ族は女だけだし……そうじゃないとしたら人間に似すぎている。おい、種族を名乗れ」
矢を向けられたまま、ダストは答える。
「人間です」
「馬鹿な。こんな所に人間がいるわけない。ここは魔王の城だぞ」
そう言われても困る。だからといってモンスターですと嘘を吐くわけにもいかないのだ。
「人間なのは間違いありませんから。いるわけがないと言われても……あ、私の名前はダストと申します。よろしくお願いします」
「こ、これはどうも」
丁寧に頭を下げる。つられて、弓兵も頭を下げた。
「って、俺が頭を下げてどうするんだ! 今のはお前の力か! 新種のモンスターか!」
どうあっても信じてくれないようだ。人間であることを証明も出来ないし。したとしても、何かの幻覚だと言い張りそうなタイプである。
「待って。この子、本当に人間よ」
「なんだと!?」
弓兵の背後から現れた女性が、構えられていた矢を杖で逸らした。
「私の術で調べたもの。間違いなく、この子は人間。それとも、私の術を疑うの?」
「……偽装の可能性もある。高度な幻覚を使えるのなら、お前を欺くことだって可能だ」
はぁ、と女性が溜息を吐いた。
「じゃあ、勇者様に訊いてみましょう。あの御方を欺けるモンスターなんて、それこそいないでしょう」
「そうだな。では呼んでくるが、それまでそこを動くなよ」
走り去っていく弓兵とは対照的に、女性の表情は柔らかい。何か不思議な呪文を唱えたかと思えば、いつのまにかダストの服についていた泥が消えていた。
「これで綺麗になったわね。こんにちは、坊や。私は世界で唯一の魔法使い。驚かせたのならごめんなさいね」
魔女は知っているが、魔法使いとは初めて会った。そういう存在がいるというのは、家にいた頃から知っていたが。代筆していた手紙の中にも、チラホラ登場していたし。もっとも大人達は勇者と同じお伽噺か何かだろうと信じてはいなかった。まさか、本当に実在していたとは。
「いえ、ありがとうございます」
つられてこちらの表情も緩む。藍色のローブを身にまとい、三角帽子をかぶる姿は手紙にあった魔法使いと全く同じ。魔女と似たような存在なのかもしれないが、衣装の露出度は正反対だった。
そうしていると、弓兵に連れられて一人の女性がやってきた。純朴そうな外見をしており、ダストがいた村でも似たような子を窓の外でよく見かけた。揺れる薄茶色の三つ編みが、どこか懐かしさを感じさせる。
ただ、その目はとても冷たく、空っぽのダストですら射抜かれただけで背筋が凍りそうになる。
「こいつです、勇者様! 間違いなくモンスターですよね!」
「お前は何を言っているんだ。どう見ても人間だろう」
頭を抱えながら、膝から崩れ落ちる弓兵。だから言ったじゃない、と魔法使いも呆れた顔で肩をすくめている。
「だが、どうしてここに人間がいるんだ。殺さないから事情が知りたい。出来ることなら教えてくれないか?」
勇者に対し、どう答えたものか悩むが、特に隠すような事もなかった。
「ここではない村で暮らしていたのですが、とあるモンスターの方がここまで連れてきてくれたんです」
「モンスターが人間を浚うのは珍しいことじゃないが……生かしておいたのは何故だ? 城に連れていかれて、生還した例はないと聞く。他に人間の生存者はいたか?」
弓兵は首を左右に振る。
「あっちにも人間はいたが、酷い有様です。全員実験とか訓練にでも使われたんでしょう。生き残りは一人もいません」
「ではお前はそこから逃げ出したのか?」
ダストは迷い、口を開いた。
「いいえ。私は……何故か殺されませんでした。何故かは分かりません」
「辛い目に遭っているようには見えないが。このままココへ置いていくわけにもいかん。かといって、この子を連れて戦いを続けるには人数も足りんか。万が一があっては困るし」
勇者はダストの頭を撫でながら、溜息を吐いた。
「よし、この子を連れて一旦戻ろう。あの情報が真実であったことは確認できたし、敵の戦力もだいぶ削げた。それだけ今日は充分だ。いいな?」
「はっ! では、あいつにも撤退を伝えてきます!」
立ち去る弓兵の後を追うように、魔法使いも部屋から出て行った。
「じゃあ行こうか。大丈夫だ、私の隣は世界で一番安全だからな」
手を引っ張られる。だが一瞬、その手を払いそうになった。
どうしてだろう。自分でも分からない。
相手は同じ人間で、自分に対する敵意もない。それは分かっているはずなのに。
「どうした?」
ただ、ここで手を振り払うわけにはいかない。歴史が正しいのであれば、勇者は魔王とその配下達を蹂躙するだろう。自分を連れて行くからこそ、その進撃を止めるのだ。
自分がこれを拒絶すれば、魔女や他のモンスター達も殺されてしまう。
それは嫌だ。
だから、ダストは笑顔で答えた。
「何でもありません。行きましょう」
これが自分に出来る、最善であることを祈りながら。




