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第14話


 城がようやく見えてきた。大した距離を走ったわけでもないのに、妙に疲れているのは勇者のせいか。心なしかゴブリンも項垂れているように見えた。戦力として見られていない事に落ち込んでいるのか。

 そう思ったが、そもそも聞こえてないだろうし、勇者に察知されないなら逃げたい放題なのでむしろ喜ぶことに気づいた。


「これで、やることは全部やった」


 後は勇者の到来を待ち、隙を見てダストや部下を逃がすだけである。他の連中は警戒して動かないかもしれないが、あの勇者なら間違いなく攻めてくるだろう。オークはどうしようかと迷ったが、あれもダストが逃げるなら付いてくるはずだ。

 オールドには悪いが、ダストを処刑されるぐらいなら城を捨てた方がマシである。そもそも本当に勇者が攻めてきたとして、城や魔王の為に戦うモンスターがどれぐらいいるのか。

 人間への憎悪や、身の安全の為に所属している奴も少なくない。ヘドリーなんかはいの一番に逃げ出しそうだ。案外、勇者が見えただけで城は瓦解してしまうかもしれないな。

あれこれ考えているうちに、城の門まであと少しとなる。だが、どうも慌ただしい。


「何かあったんでしょうかね」


 不安そうなゴブリンの声。まさか自分の作戦がバレたのか? そうだとしたら慌ただしくなる理由が分からない。出撃して魔女を殺してしまえばいいだけだ。


「おお、魔女か! よく戻った! いやあ、それにしてもタイミングが良かったな!」

「……なにかあったのかい?」


 門番のアーゴが尻尾をパタパタさせながら近づいてくる。こういう所は犬も狼族も変わらない。


「城内にいたら、真っ先にお前が疑われてただろうよ。最悪、あの血気盛んな連中に殺されていたかもしれん。いやあ、本当に外に出てて良かったよ。略奪部隊の隊長が二人も死んだんじゃ、俺らの食い物も減っちまうからなあ」

「だから何の話だよ。ちゃんと説明しな」


 馬から降りる。アーゴの喜びの表情は途端に引っ込み、鼻先をかきながら明後日の方を向いた。


「あー、まぁ、なんだその。あの人間がいなくなった」

「はぁっ!? まさか殺されたのかい!」

「いや違う違う。いなくなったんだ。忽然と。牢獄から」


 あの牢獄は特殊なものだ。あらゆる力を封じ、外からの干渉も受け付けない。例外があるとすれば管理者の焔鬼と製作者の魔王ぐらいのものだが、彼女は重傷で動けなかった。そして魔王が助けるとも思えない。

 何らかの手段で暴走した馬鹿共がダストをさらったのか。いや、その可能性は無い。そうだとしたら、大体的に首を晒して自分たちの怒りをアピールするだろう。

 ならばオールドか。いや、それもありえない。オールドの力すら封じられる牢獄だ。それに明日の夕刻には処刑する。わざわざ消してどうするというのか。城内が闇雲に混乱するだけだ。

 得をするとしたら、それこそ魔女ぐらいしかいない。だが魔女は城外に出ていた。いくらなんでも城外から力を使い、オールドの結界を超え、魔王が作った特殊な牢獄にいるダストを救出できるはずもない。そんな芸当が出来るなら、今頃は魔女が魔王になっている。


「手がかりは?」

「全くない。だからこそみんな混乱してるんだよ。ああ、今は入ったらもう出られないぞ。何があっても誰も出すな、とオールド様からのお達しだ」


 誰も出すなということは、オールドにもよく分かっていないらしい。ゴブリンが不安そうに魔女のマントを掴んでくる。ダストの身を案じているのだろう。それとも意味不明な状況に怯えているだけか。


「兎に角、中へ入れとくれ。ゴブリンは情報を集めな。あたしはオールド様の所へ行ってくる」

「了解でさ!」


 アーゴから念入りなチェックを受け、城内へと入った。警戒は混乱へと変わり、城の内部は門よりも慌ただしい。あちこちを様々なモンスターが探し回り、中には他のモンスターを脅して居場所を吐かせようとしている奴もいる。ああいう類に見つかると面倒だ。

 すぐさまゴブリンと別れ、オールドのいる塔へと足を運んだ。いるかどうかは不明だが、少なくとも足で探すタイプではない。魔女の予想通り、オールドは自分の部屋の中にいた。


「戻ったか。……つくづくタイミングが良かったの。さすがの馬鹿どもも、城外にいるお前が何かしたとは思っていない。もっとも、そうなると誰がやったのか謎ではあるが。いや、城内にいてもお主では何も出来ん。あの牢獄から人間を出すとなると……焔鬼は重傷で動けんのだから誰だ?」


 こちらの方を見ようともせず、ブツブツと呟いている。僅かにあったオールドの仕業という線も、この様子では的外れのようだ。

 ただ魔女としても、牢獄にいないから安心というわけではない。ダストの行方が気になるし、そもそもダストがいないなら勇者なんていらない。むしろ、今来られたとしても迷惑なぐらいだ。自分で呼び寄せて言うのも何だが。


「で、魔女よ。あの人間の行き先に心当たりはないか?」

「あったら、ここに寄らずにそっちへ行きます。オールド様こそ、心当たりはないのですか?」

「明日処刑する人間を、どうして逃がす必要がある。そもそも儂ですら、あの牢獄には干渉できんのだ。だからこそ、誰がどうやったのか分からん」


 オールドが考えて分からないのなら、魔女に分かるわけもない。そもそも城内にいるかどうか不明だ。あの牢獄から連れ出したのなら、この城から連れ出すのも訳はないだろう。

 このままでは、勇者を呼び寄せた意味が全くない。ただ徒に化け物を招いただけである。

 かといって、オールドに伝えるのは論外だ。牢獄に入るのが魔女になるだけ。それにそれで勇者が止まるわけでもない。

 一体ダストはどこにいるのだろう。

 魔女とオールドは揃って溜息を吐いた。











 ルドラ曰く、外は大変な騒ぎになっているらしい。ダストには全く実感が無かったが。

 誰も彼もが血眼になって、ダストを探しているようだ。この状況で迂闊に出歩けば、ほぼ間違いなく疑いの眼は第三部隊に向けられる。

 それだけは絶対に嫌だとヘドリーが主張した為、ダストはヘドリーの部屋に軟禁された。軟禁といっても、ヘドリーが遠くから見張っているだけで。後はせいぜい腕を縛られているぐらいだ。


「とはいえ……やる事がないのは落ち着きませんねえ」


 お願いだからここにいて、と泣いて懇願されたら、さすがのダストも動けない。それに外へ出て殺されてしまうのも嫌だ。魔女と連絡を取れないのは残念だったが、贅沢を言えるような状況ではない。

 大人しくしようと努めても、ついつい身体は小刻みに動いてしまう。視線はせわしくなく動き、何か出来ないか辺りを見渡す。

 と、目の前に石版が積まれた。


「これは?」


 石版を残し、ヘドリーが慌てて距離をとる。


「ひ、暇ならこれを翻訳してくれたら……う、嬉しい……オークの対処法とか、分かったら役に立つし」

「ルドラさんは駄目だと言っていましたけど。よろしいのですか?」


 ひぅっ、と小さな悲鳴をあげる。ダストに話しかけられたことを怖がったのか、ルドラに怒られることを怖がったのか。分からない。


「ルドラに怒られたくないけど……オークに追いかけられる方が怖いから。それにルドラは優しいところもあるけど、オークは容赦しないもん。だから……お願い」

「分かりました。ただ、出来れば統一言語とあなた達の言語の辞書があれば助かるのですけど。それに、腕を縛られたままでは作業がしにくいのですが」


 泥から生えた腕がダストの縄を解く。そして目の前に新しい石版が積まれた。マッドスワンプの身体は泥で出来ている為、普通の紙だと汚してしまう。だから石版なのだろう。

 膨大な石版を前にすると、妙な威圧感を感じてしまう。だがやる事は変わらない。スワンプ族の言葉を習得し、一つ一つ石版を読み解き、翻訳していくだけだ。どうせする事もないのだし、集中してやろう。

 石版は削れて読めない部分も多く、翻訳するのは一苦労だった。ただ、マッドスワンプの残した資料はとても興味深いものが多い。元来、他の種族の顔色を窺って生きてきたせいだろう。自分たちに関してよりも、他種族に関しての記述が多かった。

 特に多いのはスパイダーエルフ。スパイダーエルフはマッドスワンプの生活環境を整えてやり、その見返りとして泥を貰う。マッドスワンプが生み出した泥は、スパイダーエルフの唾液と混ぜることで粘着性に優れるようになり、巣の素材として利用されている。その巣を使い、スパイダーエルフは餌である野生動物を捕獲するのだ。

 その為、マッドスワンプの傍らには常にスパイダーエルフがいるのだとか。おそらくルドラやその他の部下たちが、そのスパイダーエルフなのだろう。もっとも、魔王の城で巣を作る必要があるのかは疑問だ。

 気になったので、ヘドリーへ質問をぶつけてみた。


「よ、よく分からないけど、私の泥で家具とか作ってるみたい。スパイダーエルフは強引に泥を奪ったりしないから、あんまり怖くないけど……でも、ルドラは怒ると怖い」


 怒られた時のことを思い出したらしく、ヘドリーの身体が崩れ、泥の沼のようになった。

 それにしても他種族の記述は多いのに、マッドスワンプ自身の記述は少なすぎる。これでは目当ての情報を探すのも苦労するはずだ。加えて、ヘドリーはあまり読書が好きではないとのこと。

 石版を読んでいる暇があったら、泥で人形を作りたいと語っていた。ただ、相変わらず物理的な距離は開いたままだ。


「これは時間がかかるかもしれませんね……」


 改めて石版に向き直ったところで、不意に声が聞こえた。


「人間よ。暇があるなら」

「ん?」


 顔をあげると、そこには誰もいなかった。ヘドリーも首を傾げている。


「いま、ルドラの声がしたような……見た?」

「いいえ。ですが、ルドラさんなら怒るでしょう。こうして資料を見せているわけですから」

「うっ、そ、そうだよね。じゃあ気のせいか」


 不意に、開いた扉の向こうから一枚の紙切れが落ちる。なんだろうと近づこうとした途端、横から伸びた蜘蛛の足が紙切れを突き刺し、そのまま扉の向こうへと消えていった。

 しばし考え、見なかったことにする。今は石版の翻訳が先だ。


「あっ、これなんか使えるかもしれません。石像に変化する力なのですが」

「石像に?」

「はい。心の中でこの言葉を呟けば、思い描いた石像になれるそうです。ただマッドスワンプとしての力はなくなるので、完全に隠密用ですね。力もなくなるので、見抜くのはほぼ不可能と書いてありますけど」


 ヘドリーは近づこうとして、ダストの顔を見つめ、やはり距離をとった。自分がいては邪魔なようだ。石版から離れる。

 そして扉の側まで来たところで、ヘドリーが嬉々として石版を読み始めた。


「貴様、そうやってヘドリー様を石像にして破壊する気ではなかろうな」


 だからヘドリーは気づいていない。ダストの身体が蜘蛛の足にさらわれ、部屋の外まで連れ出されたことに。首筋には鋭い足先が押し付けられ、変な答えでもしようものなら確実に串刺しだ。

 足は吐き出された糸でグルグル巻きにされており、逃げようにも逃げられない。これを一瞬でやってのけたのだから、森の暗殺者と恐れられるのも納得である。一説によると純粋なエルフや、ダークエルフよりも暗殺には向いているとか。

 ただ、当人たちはその事をあまり良くは思っていない。そもそも他のエルフと比べられることを嫌うのだ。特にダークエルフと間違えられたら激怒する。石版にそう書いてあった。

 あとは、


「ヘドリー様に何かするつもりはありません。あんな美しい方に」

「ほう」


 首に当てられていた足先が下ろされる。


「それに可愛らしい」

「うむ」


 足に巻きついていた糸が解かれる。


「おまけに聡明だというのに、私如きが何かするなど。それこそ太陽を叩き落とそうとすうようなものです」

「人間にしては分かっているじゃないか。だが聡明というのは言い過ぎだな。ヘドリー様は臆病でおっちょこちょいな所もある。むしろそれが良いのだ」


 先ほどとは打って変わった笑顔で背中をバシバシ叩かれる。スパイダーエルフは泥だけでなく、純粋にマッドスワンプを好んでいる。どういう所に魅かれているのは定かではない。ただ、側にいるスパイダーエルフはマッドスワンプを褒められると上機嫌になるらしい。


「ほら見てみろ。ヘドリー様が石版を読んでいるだろ」

 うにょうにょと蠢きながら、石版にのしかかる。マッドスワンプは、ああして石版を読むのか。

「だがすぐに飽きるぞ」


 ヘドリーの身体が薄く広がり始めた。かと思えば元に戻り、地面を濡らしながら石版から離れていく。一見すると読み終わったようにも見えるが、ルドラからしたら読むのに飽きたらしい。

 石版一枚を読むのすら飽きるとは、どういう事なのだろう。ダストには理解できない世界の話だ。だからこそ、ダストに翻訳を頼んできたのだろうけど。


「実に可愛らしい。だが、あれでは折角の石版も無意味だな。おい、人間。ヘドリー様に直接教えてやれ。ただし、ここで陰ながら見ているので、妙な真似をすれば命は無いと知れ」


 分かりました、とルドラが背中に隠している資料の束を見ながら答えた。あれは石版の翻訳が終わってからにしよう。


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