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第13話


 土の馬がいななきをあげる。そんな機能付けたっけ、などと思う余裕すら魔女にはなかった。何でもいい。早く走られるのなら、どうだって。

 背後から必死にしがみつく副隊長のゴブリン。連れてくる予定はなかったが、どうしても来たいと志願したのだ。臆病なゴブリンにしては珍しい行動である。置いて行くべきではあったが、何かあった時の為に連絡役が必要だ。

 仕方なく魔女はゴブリンを連れて、城を後にした。生み出した土の馬に跨り、休憩もせずにひたすら走らせ続けている。


「本気でやる気ですかい! 魔女様!」

「当たり前だろ! それとも、このままダストの処刑を黙って見過ごすのかい!」

「……そりゃ、嫌ですけど」


 ゴブリンは欲深いが臆病だ。助けたいと思ったら躊躇わず助けようとする。だが相手が強大だと決意は簡単に揺らぎ、自分の命の方が惜しくなって逃げ出す。今はまだ、助けたいという気持ちの方が強いのだろう。珍しいことだ。


「あんたらは何でダストを助けたいと思ったんだ? あいつは人間だよ」


 ゴブリンは一瞬黙りこくり、しばらく経ってから口を開いた。


「そうですけど、あいつは俺らにも普通に接してくれると言うか。ほら、ゴブリンってモンスターの中でも馬鹿にされがちでしょ。でも、あいつは見下さないし、かといって怯えるわけでもねえ。そういう奴は初めてだったんで、まぁ、助けてやりてえなあと」

「なるほどね」


 理由は分かった。ただ、心から信用する事はできない。本当に危うくなれば味方でも見捨てて逃げるのがゴブリン。あくまで緊急時の連絡役ぐらいに思っておいた方がいい。


「ちなみに、魔女様はどうしてそこまで肩入れするんですかい?」

「…………」


 部下だから、というのは通じない。ゴブリンが処刑されると言われても、ここまで必死になるだろうか。薄情な話に聞こえるが、おそらく抗議はしても抵抗はしなかっただろう。

 じゃあ、どうしてダストだけ特別なのか。惚れた、という感じではない。そういう感情は何度か抱いてきたが、それとは全く異なるものだ。

 同情してないと言えば嘘になる。境遇が似ていることもあり、最初から魔女はダストを特別視していた。過去の自分が救われたように、自分もダストを救ってやりたい。あの時願った助けて欲しいという思いを、ダストで叶えようとしている。

 それもある。ただ、拾って面倒をみているうちに違った感情が芽生えてきた自覚もあった。


「……家族って思ってるのかもしれないね、あいつのことを。いや、もっと言えば子供のようなもんさ」


 子が処刑されそうなのに、黙って見過ごす親がいるものか。何としても我が子を助け、その為なら何だってやるだろう。

 勿論、ダストの両親のような例外もいる。だが、少なくとも魔女はそれを見習うつもりなどなかった。最初は同情から拾ったようなもの。それがまさか、ここまで愛着というか愛情というか、家族愛を持ってしまうとは思ってもみなかった。本当の子供どころか旦那もいないのに。


「なるほど、子供ですか。確かに傍から見てると、その言葉がしっくりきやすね」


 言葉に出してようやく、自分の気持ちが固まった。

 やはりダストの処刑は見過ごせない。何としても、止めなければ。


「魔女様!」


 ゴブリンの悲鳴に手綱を引っ張る。それと同時に、馬の頭に矢が突き刺さった。

 やっとたどり着いたというよりも、もうここまで来ていたのかという驚きが強い。

 前方に張られたテントの側に、弓をつがえた兵士の姿が見える。あれは勇者の仲間か。それとも名のある狩人か。いずれにせよ腕はいいようだ。

 と、呑気に観察している場合ではない。二本目の矢は確実にこちら側を狙っている。

 魔女は倒れて大地に返る馬から飛び降り、ゴブリンは転げながらあちこちすりむいていた。


「ええと、人間の世界での降伏は……」


 間違えたら一大事だ。必死で記憶を掘り起し、魔女は両手を挙げた。兵士が弓を下ろし、訝しそうな目でこちらを見ている。攻撃するべきかしないべきか、迷っているようにも見えた。


「話をしにきた! そちらに攻撃するつもりはない!」


 そう言って、鎌を放り投げる。ウィッチ族は杖がなければ何も出来ないことを、人間が知っているなら話は早いが。パンプキンウィッチにとっての鎌が、ウィッチ族の杖であることも。知らないなら、一から説明しなければならない。信じて貰えるかどうかも不明だ。魔女を捕まえた馬鹿のように、全く信用しない人間もいるだろう。

 考えてみると、実に綱渡りの作戦だと思う。

 兵士は弓を構えたり、下ろしたりしながら、最終的には仲間を呼んだ。テントの中には大勢の兵士がいるものと予想していたが、実際に出てきたのは三人だけだった。

 ウィッチ族と似た杖を持つ女。魔女が作る石人形と大差ない大きさの男。そしてごく普通の村娘だ。他の三人はともかく、最後は何だろう。そのまま牛の乳を搾っていても、全く違和感がない。

 杖を持った女が何やら村娘に耳打ちをしている。


「いいだろう! だが妙な真似はするなよ!」


 よく通る声で村娘がそう言った。どうやら、アレがこのパーティーのリーダーらしい。

 だとすれば。いや、ありえないと首を振った。勇者というのは、もっと重厚な鎧を身に纏い、圧倒されるような剣を振るい、見るからに勇者と分かるオーラを放つもの。それこそがモンスターが長年に渡って宿敵としてきた存在なのだ。

 断じて、あんな村娘ではない。剣など持っていないし、剣よりも包丁の方がよく似合う。


「ま、魔女様……」

「あんたはココにいな。もしも私に何かあったら全速力で逃げろ。そしてオールドに伝えな」


 死ぬほど激怒するだろう。まぁ、その時にはもうこの世にはいないのだ。少なくとも雷を落とされる心配はない。もっとも、そうなればダストも処刑されてしまう。迂闊に死ぬことは許されないのだ。

 ゴブリンを置いて、魔女はゆっくりと村娘たちの所へと進む。弓兵や大男は武器を構え、警戒しているようだ。杖を持った女も、心なしか緊張しているように見える。村娘だけは自然体だ。風に金髪を揺らしながら、真っ直ぐに魔女を見つめている。


「はじめまして、私はパンプキンウィッチ。仲間からは魔女と呼ばれています」


 丁寧にお辞儀をした。戦いにきたわけではない事を、何としても分かって貰わねば。


「礼儀正しいな。私はスティラ。世間では勇者と呼ばれている」


 眩暈がした。やはり、これが勇者らしい。近づいてみたものの、まだその実感がわかない。ちょっと首を捻ってやれば、あっさり死にそうだ。とても魔王と対等に戦える人間だとは思えなかった。


「失礼ですが……本当に勇者なのでしょうか?」

「無礼者! この方は中央王国より正式に勇者の称号を授けられたのだ! モンスター如きには分からんだろうが、正真正銘の勇者様だ!」


 弓兵は、顔を真っ赤にしてそう怒鳴った。しかしスティラは呆れ顔だ。


「そうは言うが、お前たちも最初は私を勇者だと思ってなかっただろう。疑うのも無理はない」


 三人が顔を背ける。愉快なだけの偽物という線もあるか。

 ただ、これが勇者なら焔鬼が敗北したのも頷ける。間違いなく油断したのだろう。こんな人間相手に本気を出すまでもないわ、とか言って。それに部下たちも認めたくはないだろう。これに負けてしまったなど。


「だから私は、いつもこうやって証明してきた」


 突然、スティラの手に光る剣が現れる。それを一振りしたかと思えば、遠くの山に真一文字の傷がついていた。轟音と共に、山の一部が崩れて行く。

 呆然とそれを見つめる魔女に対し、スティラは淡々と問いかけた。


「これで信じたか?」

「は……はい」


 内心ではまだ信じられない。手にあった剣は消え、また普通の村娘に戻った。さっきの光景は幻覚だと言われたら、信じたくなるぐらい普通の村娘だ。

 だが、あれだけの芸当をただの人間が出来るはずもない。勇者なのだろう。この娘は、間違いなく。

 だとすれば、魔女がやる事は決まっている。


「あなたを勇者と見込んで、お願いにやって参りました」

「普段なら問答無用で殺しているところだが、魔法使いが話ぐらい聞いてはどうだと言っている。なのでお前の話を聞く事にした。さあ、言え」


 人間にも力を使える者がいるのか。だが、今はそれを追及している暇などない。


「実は、我が魔王の城を攻めて貰いたいのです。出来れば明日の夕暮れまでに」

「なっ!」


 大男のみならず、他の人間も呆気にとられている。例外はスティラだけ。彼女だけは真剣な目で魔女を見ていた。


「無論、タダでとは申しません。こちらは魔王城の見取り図です。これを参考にして攻めて貰えればと思いまして」

「信用できません勇者様! モンスターが自分の城を攻めてくれなど、これは罠です! そうとしか考えられません!」


 弓兵が力説する。無理もない。魔女があちらの立場でも、同じように言っただろう。大男や魔法使いと呼ばれた女も、口にこそ出さないが弓兵の意見に同意している。ただスティラだけが、弓兵の言葉を無視してじっと魔女を見つめていた。

 疾しいことはないはずなのに、目を逸らしてしまいたくなる衝動に駆られる。それを必死に抑えながら、信じて欲しいと頼み込んだ。勿論、周りの人間は嫌悪感を示すのみ。到底、信じてくれるはずもない。

 ただ、スティラは


「よかろう。明日の夕刻までだな」

「勇者様!」


 悲鳴にも似た叫び声を、鬱陶しそうに追い払うスティラ。まさかこうもあっさりと信じてくれるとは、魔女も想像すらしていなかった。どうして信じたのか訊きたくもあったが、それでヘソを曲げられても困る。


「少なくとも一体できた度胸は買わねばならんだろう。勇者が来ている事は、少なくとも知っていたわけだろうし。それでも来たのだから、よほど切羽詰った事情があると見た」


 魔女は背後を見た。ゴブリンが見えない距離ではないのだが。


「一体ではありません! あそこにゴブリンがいるではないですか!」


 弓兵の言葉にスティラは首を傾げた。


「ゴブリン程度のモンスターの気配など分からん。視界に入れる価値も無し。ああいうモンスターの対処はお前たちに任せる」


 なんとも傲慢な発言である。だが、勇者とはそういうものなのだろう。


「ですが!」

「それに見取り図があるなら、すぐに攻めても問題あるまい。確か誰か言っていたよな。城の構造も分からないのに、そんなすぐに攻めることは出来ませんと。見ろ、問題が解決したぞ。明日攻めよう」


 喜ぶスティラとは対照的に、弓兵の顔色は悪い。あちらにはあちらの事情があるのだろう。

 ありがとうございます、と礼だけ言って魔女は慌てて立ち去った。なにせ相手は勇者だ。いつ気が変わって殺させるともしれない。


「情報には感謝するが、私はモンスターを殺す勇者だ。城で会えば、容赦なくお前を殺すと覚えておけ」


 背後から飛んでくる痛いぐらいの視線を浴びながら、魔女は何とかゴブリンと合流を果たした。そして一目散に逃げて行く。


「どうでしたか、魔女様?」


 深い溜息を吐いた。ようやく呼吸を思い出したようだ。先ほどの息苦しさも、もう感じない。


「成功……したと思う。分からないが。だけど、こうして無事に帰って来られたんだから意味はあったと思うさ」


 もっと城の内情とか、モンスターの種類とか、そういう事も訊いてくるかと思ったが。スティラは何も訊いてこなかった。

 端から信じていないのか。それとも別の理由があるのか。

 なんにせよ、やるだけの事はやった。後は明日を待つだけである。

 土の馬を再び作り、跨ってから手綱を握る。

 背後では、弓兵の怒鳴り声がまだ続いていた。











 去りゆく魔女の背中を目で追いながら、弓兵の小言を聞き流す。大男も魔法使いも不満そうな顔だ。


「どうして断らなかったのですか勇者様!」

「嘘を吐いている目には見えなかった。あれは本当に魔王の城を攻めて欲しいと思っている。おそらく、内部分裂か何かだろう。つまり好機だ。明日攻めよう」


 人間の名前は覚えられなくても、モンスターの名前なら一度聞けば暗記できる。それほどにモンスターに関しては調べつくしていた。無論、パンプキンウィッチに関しても。カボチャの穴から見えた瞳に、嘘の色は見えなかった。

 などと、説明したところで普通の人間に理解できるはずもない。弓兵達は納得した風もなく、モンスターの危険性について説明を始める。そんな事、今更言われなくても分かっているというのに。


「モンスターに利用される勇者がどこにいます! 仮に本当だったとしても、まずは城の様子を探るのが最優先。明日に責めるなど愚の骨頂です。そもそも、本当だと信じているなら、どうして内部の様子を訊かなかったんですか。戦力を聞いておけば、それこそ我々の役に立ったでしょうに」


 弓兵の的外れな発言に、思わず苦笑が漏れる。そんな事を聞いて何になると言うのだ。


「どうせ城にいるモンスターは全て殺すのだ。それに、仲間を売ったとはいえ弱点までは教えてくれんだろう。問題ない。城にいるのがあの鞘鬼程度の強さなら、全て真正面から切り伏せればいいだけだ」

「鞘鬼? 鬼ではないのですか?」


 大男の発言に眉を顰める。鬼は鬼、そこに種類もクソもない。それが一般の認識なのだろう。詳しい本をどれだけ収めていようと、それを活用できないのなら何の意味もない。


「それよりも。本当に先ほどの魔女も殺すのですか?」


 魔法使いの発言に、スティラは首を傾げた。


「当たり前だろ。モンスターなんだから」


 勇者は魔王を討つものにあらず。全てのモンスターを殲滅する者なり。

 そこにどんな事情があろうと、モンスターであるなら一片の慈悲も必要ない。スティラはただ剣を振り、モンスターを殺しつくすだけだ。

 だからこそ一刻も早く城を攻めたかった。あのモンスターの提案は渡りに船だ。

 仲間たちは若干ひいているようだが、本当に大丈夫だろうか。こんな面子で。

 スティラにとって、それが最大の不安要素だった。


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