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第12話

 見張りのモンスターが変わったことは知っている。そして、自分が明日の夕刻に処刑されることも。そのモンスターが教えてくれた。

 焔鬼の部屋で見つかり、そのまま牢獄まで連れ戻されたのだが。どうやら見張りの話によると焔鬼が大怪我を負って帰ってきたらしい。どれだけ強くなったとしても、やはり勇者には適わないということか。

 治療してあげたい気持ちになるが、牢獄のダストには何も出来ない。せめて資料で見た治療薬のレシピぐらいはと見張りに話しかけてみたが、今はそれどころではないようだ。どうやら城の中では、自分が焔鬼を罠にはめたのではないかと疑われているらしい。


 そんな中で治療薬だと言ったところで、誰も信じてくれない。強くなる方法を知りたいと言われたから、一生懸命探したのだが。まさかこんな結末になるとは予想できなかった。

 いっそ何も教えない方が幸せだったのか。だが、あるいは教えたからこそ重傷で済んだのかもしれない。どちらにせよ、今のダストには関係のない話だ。明日を過ぎればもう、この世にはいないのだから。

 死にたくない気持ちもある。だが、足掻くだけの力がない。それに城内の多くが自分の死を望んでいるのなら、潔く死ぬのが皆の為ではなかろうか。それこそが皆の役に立つ、ということだ。


 頭の中ではそう理解しているつもりでも、心の中でモヤモヤとする。あの家で家族と暮らしていた頃には、こんな気持ちになった事はなかった。叔父から殺されそうになっても、それが望みであるならば、おそらく喜んで命を差し出しただろう。あの悲しい世界から逃げ出せるのなら、それもいいかと思いながら。

 知らない間に、自分も変わってしまったのか。笑顔を保つのが、少しだけ疲れる。


「人間よ、お前に問いかけたい事がある。答えよ」


 と、頭の上から老人のような声が下りてきた。見上げると、そこには木彫りの人形を思わせるモンスターが立っていた。魔女の愚痴で、そういうモンスターが上司をやっていると聞いたことがある。おそらく、あれが上司のオールドなのだろう。


「はい。なんでもどうぞ」

「1体のオークと100体のゴブリン。これらが同時に困っているなら、お前はどちらを先に助ける?」


 ダストは躊躇わずに答えた。


「100体のゴブリンです」

「理由は?」

「沢山のモンスターが困っていたら、そちらから助けるようにしています」


 ふむ、とオールドは顎髭を撫でた。


「では1体のファイヤーオークと1体の魔女。これらが同時に困っているなら、お前はどちらを先に助ける?」


 これも躊躇わずに答えられる。


「1体の魔女です」

「理由は?」

「魔女様にはよくして貰ったので。恩のある方から助けるのは当然です」


 なるほど、とミレニアムは笑った。


「ならば最後の質問だ。100体のモンスターと100人の人間。どちらを助ける?」

「それは……」


 モンスターにはお世話になっている。だが、自分を育ててくれたのは人間だ。数は同じ。どちらにも恩がある。

 即答していたダストが口籠るのを、オールドは鼻で笑った。


「考え込んだのは評価してやるが、そこでモンスターと言えない貴様はやはり危険だ」


 反論は出来ない。実際にダストは何も言えなかったのだから。


「頭から空っぽだから詰め込みやすいと言ってるようだが、貴様はあまりにも空っぽすぎるのだ。故にモンスターから頼まれても嫌悪感なく応えようとする。それはいい。だがこの状況で人間から何か頼まれたとしても、嬉々として応じるだろう」


 そうだろうか。自分に問いかける。例えば、人間から鬼族やオーク族の情報が欲しいと言われて。自分はその人に情報を渡してしまうのか。

 考えてみたけど、結論は分からない、だ。

 葛藤するダストをよそに、オールドは話を続けた。


「人間として異常なのは認めてやるが、モンスターとして危険人物であることに変わりはない。貴様の処刑は予定通り執り行うが……まぁ、些か哀れに思う気持ちもある。本来ならもっと、別の理由で処刑されていたのじゃが。こんな理由で殺されてしまうのは、生き物として空しかろう」

「?」

「儂としては珍しい恩情じゃが、何か食べたいものがあるなら言ってみろ。叶えられる範囲で叶えてやる」


 魔女はオールドを冷酷非道で心の底から人間を憎んでいると言っていたが、接してみるとそういう印象はなかった。確かに、時々鋭い眼光を向けられることはあるものの、言葉の端々からダストへ対する同情を感じる。気のせいかもしれないけど。

 ダストは少しだけ考え、素直に食べたいものを答えた。


「パンプキンパイが食べたいです」

「ふん。つくづく魔女の影響は大きいの。魔女の手製とはいかんが、パイなら用意しておこう」


 そう言い残し、オールドの姿が消えた。かと思えば、遠くから声が聞こえてくる。


「ああ、最後にもう一つだけ質問をしておこうか。100体のゴブリンと1体の魔女。どちらを助ける?」

「魔女様です」

「何故だ」


 ダストは口を開いたまま、固まった。どうして自分は魔女と即答したのだろう。自分のことなのに、その理由が思い浮かばない。

 そうしてダストが固まっているうちに、オールドは立ち去ってしまったようだ。後に残されたのは、口を開いたままのダストだけ。

 ゴブリンにも世話になった。魔女も同じだ。だったら数が多いだけ、ゴブリンを優先させないといけないのに。自分の口から出たのは魔女を助けるという言葉。


「……何故なのでしょうね」


 そういえば、魔女はどうしているのだろうか。訊いておけばよかった。答えてくれるとは思えないけれど、今は無性に魔女に会いたかった。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてである。


 心なしか、周囲も明るくなってきたように感じた。いや、気が付けば周りが本当に明るくなっている。井戸の底なのに、どこかに灯りが落ちていたのだろうか。それとも空の月が照らしているのか。辺りを見渡して驚いた。

 牢の床が金色に光っていたのだ。それもただ光っているだけではない。何やら見たこともない不思議な模様が浮かび上がっている。円形と三角形を組み合わせた複雑な模様で、ところどころには見たこともない文字が光っている。

 ウィッチ族の資料にも、オーク族の資料にも、鬼族の資料にも載っていなかった。


「これは……」


 その言葉を最後に、ダストの姿は消えてなくなった。











 気が付くと、ダストは泥の中にいた。


「えっ?」


 まばたきをする間の出来事だ。目を開けたら、身体が泥の中に浸かっていた。

 牢獄へ泥が溢れてきたのか。井戸のような構造だったし、あるいは上から誰かが泥を流し込んだのかもしれない。そんな推測は、周りを見ればすぐに間違いだと気付く。

 円柱の牢獄とは異なる、まるで大浴場のような空間。木々が生い茂り、あちこちには華美な装飾が施されていた。金持ち専用の大浴場だと言われたら、そのまま信じてしまいそうになる。


 もっとも獅子の口から垂れ流されているのはお湯ではなく、大量の泥だった。勿論、あちこちに満たされているのも全て泥だ。汚れを落とすのが大浴場なら、さながらここは汚れを作るための施設であろう。

 普通の人間なら首を傾げるところだが、ダストには一つだけ心当たりがあった。あれはオーク族の資料だったか。そこにこういった施設の事が記されていたのだ。


「あ……」


 泥の中から女の子の声が聞こえる。資料によれば、とても臆病な種族らしい。驚かせてはいけない。

 ダストは笑顔で話しかけた。


「こんにちは、マッドスワンプさん」

「いやああああ! 名乗ってないのに私の種族知ってるぅぅぅ!」


 怖がらせてしまった。泥の一部が盛り上がり、そのままダストから距離をとる。

 マッドスワンプは泥の中で生活しており、乾燥を極端に嫌う。その為、住処の中は常に泥で溢れているのだ。それと混ざりあって居眠りするのが、何よりも心地よいらしい。


「安心してください。オーク族の資料の中に書いてあったから、知っていただけです」

「オークの仲間ぁぁぁぁぁぁ!」


 盛り上がった泥が人の形をとる。ダストよりは年上で、魔女よりは年下の少女のように見える。形こそ人間に似ているが、目の部分からは泥がボトボトと流れ落ちていた。

 オークは泥遊びが大好きで、泥で出来ているマッドスワンプに目がない。それこそ殺す勢いで遊ばれてしまうので、彼女たちにとってオークは天敵だった。そうやって警戒するマッドスワンプをいかにして捕獲するのか、資料には書いてあったが。

 さすがにそれを実践するつもりはない。


「落ちついてください。私は人間です」

「人間やだぁぁぁぁぁぁ!」


 そしてマッドスワンプの泥は建築に最適で、人間によく乱獲されているそうだ。故に人間も天敵みたいなものだった。


「って、え? あれ? 人間? なんでココにいるの? だって、牢獄に入れられてるはずよね? え? 脱獄?」


 頭の上に泥の疑問符が浮かぶ。感情表現が分かりやすくて助かる。


「どうされましたか、ヘドリー様!」


 悲鳴を聞きつけたのか、部下らしきモンスターが大勢現れた。てっきり部下もマッドスワンプだと思っていたけれど、ダストが見たこともない種族だった。

 全身の肌は黒く、耳は長い。それ以外は人間の女性のようだが、背中から蜘蛛のような八本の毛深い足が生えていた。そのうち一本の足が矢筒を持ち、一本は弓を持っている。あれが彼女たちの武器なのだろうか。

 服装はボロ布を纏っている程度。あちらこちらが破れ、色黒の肌が露わになっている。

 怯えるヘドリーと泥の中の人間。それらを見比べ、一斉に彼女たちは矢を構えた。狙いは勿論、ダストである。


「待って! 殺しちゃダメ!」

「ヘドリー様? しかし、こいつはどう見ても人間ですよ」


 蜘蛛足に金色が混じる、一際目立つモンスターが問いかける。おそらく彼女が副隊長なのだろう。


「オールド様が明日処刑するまで、絶対に手を出すなって言ってたの。ここで殺したら、私、オールド様に怒られちゃう……怒られるの怖いよぉ」


 そう言って、また泥の涙をボロボロ流した。


「……全員、下ろせ。確かに、ここで殺すのはマズイかもしれません。ですが、迂闊に報告するのも問題ですよ」

「えっ? な、なんで?」


 副隊長が忌々しそうにダストを睨みつけた。


「こいつは牢獄に入れられているはずです。それなのに、今はヘドリー様の部屋にいる。どう考えても、ヘドリー様が逃亡の手助けをしたとしか思えない」

「し、してないよぉ! 私、そんなこと!」


 必死に副隊長へしがみつくヘドリー。泥まみれになるのを厭わず、副隊長は優しくヘドリーの身体を撫でた。


「我々は分かっています。ヘドリー様にそんな度胸がないことぐらい。仮に逃がそうと決意しても怯えて、行こうと口では言いながら部屋の中で震えていることしか出来ませんものね?」

「そうだよ……そうだけど、私のこと馬鹿にしてない? ルドラ」

「ですが他の連中は信用しません。今ここで報告すれば、最悪ヘドリー様も一緒に処刑されるでしょう」

「ねえ、なんで無視したの。私の言葉、なんで無視したの? っていうか、処刑されるのやだぁ!」


 ルドラはヘドリーを引きはがし、ダストの前までやってきた。


「おい、人間。どうやってここに侵入した?」

「どうと言われましても……牢獄の床に不思議な模様が浮かび上がってきまして。気づいたらココにいました」


 顔をしかめられる。気持ちは分かるが、本当にそうなのだから仕方ない。


「胡散臭いが……だが、こいつ一人であの牢獄から出られるとは思えない。誰か協力者がいたとして、どうしてヘドリー様の部屋に?」


 これが魔女の部屋だったら、あるいは魔女が助けてくれたのかと思う。だが、ここはヘドリーの部屋。ダストは彼女の名前も存在も全く知らなかった。

 誰かが助けてくれたとしても、どうやってココまで転移させたのか。全てが謎なので、ダストは何の説明も出来ない。どれだけ事実を伝えたところで、ルドラの表情は険しくなる一方だ。


「何も分からんが……とにかく今はココへ置いておくしかあるまい」

「えー! 何かされたらどうするの! 怖いよぉ!」


 ヘドリーが抗議の声をあげる。


「ですがヘドリー様。報告は出来ない。殺すことも難しい。牢獄へ戻すところを見つかれば、それこそ言い訳は出来ない。こうなったらもう、ほとぼりが冷めるまでココに閉じ込めておくしかないでしょう」

「ルドラ達の部屋は駄目なの?」

「ヘドリー様! 私達に何かあったらどうするんですか!」

「私はいいの!?」


 ガクガクとルドラを揺さぶるが、意に介した風もない。どこの部隊も副隊長の扱いはぞんざいだったが、ここは主従逆転しているように見える。

 ただ、さすがに本気で放置しておくつもりはなかったようで。ダストは両手をロープで縛り上げられた。


「こうしておけば問題ないでしょう。それに、特殊なアイテムでもなければヘドリー様をどうこうするのは不可能です」

「そうだけど……あ、じゃあ私達の石版を翻訳して貰うってのは駄目なの? それで弱点を克服する方法が分かれば、もう人間も怖くないよ?」


 ベチャッと両手を合わせるヘドリー。対するルドラは怒りの表情だ。


「駄目です! それで焔鬼様が騙されたのをお忘れですか! 人間が素直に弱点の克服法を教えてくれるわけないでしょう! 騙されて捕獲されて家の壁にされてもいいのですか!」


 わちゃわちゃと背中の蜘蛛足が動く。こんな所で翻訳のお手伝いが出来るとは思わなかった。それも紙ではなく石版。是非とも読んでみたいが、それは難しいようだ。

 落ち込むヘドリーは、そのままブクブクと泡を立てて泥の中へと沈み込んでいった。人間不信のルドラに、人間を怖がるヘドリー。人間のダストでは、とてもお手伝いできそうにない。

 ふと、脳裏にある事が思い浮かぶ。どうせ駄目で元々だ。それに彼女たちが連れてきたわけではないによせ、こうして匿ってくれたのは事実。何かお役にたちたいではないか。


「オークから身を守る方法なら分かるかもしれませんよ」


 場の空気が一変した。ヘドリーは腰が引けたままダストへ近づこうとして転倒し、ルドラとその他の部下たちは驚愕の眼差しでこちらを見ている。だがすぐさま首を振り、視線を鋭くした。


「その手はくわんぞ。焔鬼様は騙せても、我ら第三部隊を騙すことは出来ん」


 ヘドリーに向けた発言だったが、どうしてルドラ達も反応したのか。彼女たちは彼女たちで、何かオークによくない感情があるのだろうか。


「でもルドラ、オークを何とかしてくれたら助かるじゃない……に、人間も怖いけどオークも怖いし」

「いけません! それが奴の手口なのです! 絶対に見せてはいけませんよ、ヘドリー様!」


 そう言い残し、ルドラ達はそそくさと部屋を立ち去った。残されたのはダストとヘドリーだけ。

 警戒されないよう微笑んでみたが、身体をビクッと震わせて距離が離れた。ファイヤーオークよりも、むしろゴブリン達に近いのかもしれない。ゴブリンも最初はダストを警戒し、遠巻きにしか接してこなかった。

 だが一度距離が縮まれば、後はもう恐怖など微塵もない。そういう関係になれたならいいのだけど、一歩近づけば三歩離れるヘドリーとは難しいかもしれない。


「今頃、ゴブリンさん達はどうしているんでしょうか」

「ゴブリン! ひぃっ!」


 ヘドリーとの距離がまた開いた。

 どういう種族なら怖がらないのだろう。彼女は。


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