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第11話


 魔女が調べるまでもなく、焔鬼敗北の報は城内を駆け巡った。

 どうせ油断したのだろうと楽観視するモンスターもいたが、騙し討ちではなく正面から正々堂々と敗れた。それが分かるや、やはり勇者はいたのだとモンスター達は怯え、戸惑い、震えあがった。

 焔鬼でも歯が立たないとなれば、後はもう魔王しかいない。オールドと焔鬼は若干オールドが強い程度の差しかなく、希望を託せるのは魔王だけなのだ。それが破れることあらば、その時はモンスター達の終わりを意味する。

 徹底抗戦の構えを見せるものもいれば、魔女のように逃げる支度をしているものもいた。そんな最中、城内にある噂が広まっていた。


 実は焔鬼はこっそり人間と接触し、強くなる為の秘術を見つけるよう命じていた。そして見つかった秘術を試すため、反対を押し切って出陣し負けたのだが。本当は秘術なんてものはなく、人間が焔鬼を罠にはめたのではないか。というものだ。

 誰だって勇者の存在を認めたくない。だったら、焔鬼の敗北には何か理由があるはずだ。そういう逃げ腰の心情から生まれた噂は、あっという間に焔鬼の敗北を上塗りし、そして多くのモンスターがそれを信じた。


 ただ相手は焔鬼。人間を憎む鬼の一族が、そんな真似をするだろうか。いや人間の味方をした鬼族もいるらしい。あながち否定はできまいよ。あちこちで議論が交わされていたものの、所詮噂は噂。決定的な証拠はどこにもない。

 そう思われていたが。


「どうして呼ばれたか、理解しているな?」


 それはどちらに対しての言葉なのか。オールドの部屋に招かれた魔女はカボチャの頭を脱いだ。

 隣ではボーンソルジャーがカタカタと骨を震わせている。


「まず見張りの兵士に問おう。牢獄に捕らえられていた人間を、焔鬼が極秘で連れ出した。間違いないな?」

「ま、間違いありません!」


 オールドが深いため息を吐く。


「連れ出されてから、一度でも人間が牢獄に戻ってきたことはあるか?」

「ありません!」


 ボーンソルジャーの上司は焔鬼である。とはいえ、牢獄の見張りからすれば焔鬼もオールドも雲の上のモンスター。緊張するなという方が難しい。

「つまり、連れ出してからずっと資料を漁らせていたのだな。あの馬鹿者め」

 吐き捨てるような声に、ボーンソルジャーの震えが大きくなる。そのまま関節が外れて、バラバラになってしまいそうだ。


「事情は分かった。焔鬼の命令なら、お主も逆らうことは出来まい。もういい、行け」

「はっ!」


 逃げ出すように部屋を出て行くボーンソルジャー。出来れば魔女もその背骨を追いかけたかった。

 勿論、それを許すオールドではない。


「まず……カボチャを外すなと何度言えば分かる」

「それはいいのですけど、略奪部隊の隊長を呼び寄せた理由を教えて貰えないでしょうか」


 オールドの瞳が魔女を見据える。


「鞘鬼の秘術を人間が見つけ、それで気をよくした焔鬼が出陣し重傷を負った。幸いにも一命はとりとめたが、しばらくは動くことも出来まい」

「おそらく本当に秘術を見つけたのでしょう。ただ、それでも勇者には適わなかったようですが」


 モンスターとしてはダストが罠にはめた、という方がいいだろう。勇者の存在は嘘だったことになるし、やっぱり人間は卑劣だなと溜飲を下げることも出来よう。処刑の理由にもなる。


「勇者の存在が確実となっている今、儂としてもそちらの可能性が高いことは承知している。無論、人間が罠にはめた可能性もあるが。まぁ、それはもうどうでもよい」


 どうでもいい、とはどういうことだろう。オールドがそこを曖昧にするとは思えない。これを好機にダストを批難し、一気に処刑してやろうと企んでいるのではなかったのか。

 握った杖で肩を叩くオールド。


「問題は、焔鬼の配下共がその噂を完全に信じ込んでおるという点だ。己の隊長の敗北を認めたくないのか、それとも単純に人間が憎いだけなのかは知らん。だが……非常に不愉快なことだが儂では抑えきれん」


 焔鬼の部下は血の気が多い。それこそ全員ファイヤーオークの部隊もあると聞く。いくらオールドといえど、それら全てを制御するのは不可能ということか。


「ですが、彼らの部隊の中には勇者を見た奴もいるのでしょう? だったら、少なくとも重傷を負わせたのは勇者の仕業だと分かっているはずです。どうして噂を信じているんですか?」

「強化ではなく弱体化させられた。故にちょっと強いだけの人間に負けたのだ。焔鬼が全力であったなら、あんな普通の人間には負けなかった。などと、本気で思っているらしい。愚かな」


 吐き捨てるように言い放つ。


「今の城に、前の勇者と戦った経験があるモンスターはおらん。前魔王の配下は全滅しておるからな。儂も山奥に住んでおったのを、今の魔王様に誘われて来たのじゃ。だから勇者を見たことがないのは仕方ないとしても、こうも馬鹿だと救いようがないわい」


 憎悪こそあれ、オールドは人間を侮らない。そして勇者のことを誰よりも警戒している。だからこそ、現実を認めようとしない焔鬼の部下たちに怒っているのだろう。敵を侮り突撃すれば、それこそ全滅は免れない。


「だからといって、暴走しかけている馬鹿共を止める術もない。連中の思い通りに動くのは癪だが、明日の夕刻。あの人間の処刑を行うことにした。後で発表も行うが、お前は色々と肩入れしておったからな。今のうちに覚悟をしておけ」

「反対です!」


 声を荒げ、オールドに詰め寄る。たかが噂で処刑されてはたまらない。


「責任は勝手に出撃した焔鬼様にあるのではないですか! ダストはただ資料にあった力を教えたに過ぎません! 絶対にありえないとは思いますが、仮に弱体化したとしても出撃したのは焔鬼様ですよ!」


 オールドは苦い顔で顔を背ける。


「そんな事は分かっておる。儂としても、こんな理由で人間を処刑する気などなかった。これでは馬鹿どもを増長させるだけじゃからな」

「ダストを庇ってくれるのですか?」

「いや、もっと別の理由で処刑するつもりじゃった。こんな苦し紛れのやり方、儂には何の得もないではないか。非情に腹立たしい」


 遅かれ早かれ処刑はする気だったらしい。やはり、人間のことに関しては味方になってくれそうにない。

 ただ、今回のことに反感を覚えているのは間違いないようだ。


「でしたら、少なくとも今は処刑すべきではありません! 勇者の存在を認知させ、対策を練ることが最優先ではないでしょうか!」

「……今回ばかりはお主が正しい。じゃがな、魔女よ。正しいだけではどうにもならん」


 認めてくれるとは思わなかった。てっきり反論してくるものとばかり思っていたが。


「どういうことでしょうか?」

「抑えられんと言ったじゃろ。儂が処刑しなかったら、焔鬼の部下どもがあの人間を殺すだろう。この城でも最強の集団じゃ。お主、止められるか?」


 ファイヤーオーク一体を相手にして、あれだけボロボロになったのだ。それが集団で襲ってくるとなれば、もう原型を留めている自信もない。

 仮に第一と第二部隊が協力して挑んだとしても、死体の数が増えるだけだろう。


「焔鬼の部屋で発見した人間は、再び牢獄の中に入れてある。殺されぬよう、儂の部下が見張っておるが。正直なところ、明日にでも処刑せねば馬鹿どもが確実に暴走する」


 唇を噛みしめた。分かっている。どうしようもないのだ。


「念のため忠告しておくが、逃がそうとは思うなよ。そうなれば、お主らも殺されてしまうじゃろう。まぁ、そもそもこの城から逃げること自体が不可能なんじゃが」


 これは釘を刺す為の呼び出しでもあったのだろう。魔女ならば、あるいはダストを連れて逃げようとするのではないか。そう思ったからこその、呼び出しだ。


「まさか、これほどお主が入れ込むとは思っておらなんだ。そうと知っておれば、確実に止めたのじゃが」

「入れ込んでいるつもりは……」


 オールドの視線が鋭くなる。


「いい加減認めよ。お主はあの人間に自分を重ねておる。故に、何とかしてあの人間を助けてやりたいと思っておるのだ。あの頃のお主がそう願っていたようにな」


 反論しようとしたが、それ以上言葉は出てこなかった。確かに自分がダストを特別視しているのは間違いない。そして、そこに過去の自分を重ねていることも。薄々は気づいていた。

 何日も何十日も閉じ込められ、ただ力を使えと強要される日々。逆らえば殴られ、罵られ、満足に食事をする事も出来なかった。力を使う為には鎌が必要だと説明しても、武器はやらんと断られ、鎌無しで使えと理不尽な事を言われる。

 鉄格子の窓から空を見上げ、毎日のように魔女は願っていた。誰か助けてくださいと。

 結局、魔女は見張りの隙をつき、鎌を奪って自力でそこから逃げ出した。そして彷徨っているところをオールドに拾われたわけだ。


「監禁されていた人間を助けた時点で、もう気は済んだはずだ。これからあの人間がどうするかまで、お主が面倒をみてやる必要はない」

「だからって黙って処刑されるところを見ていろと言うんですか! あの時あなたは私を拾ってくれた。あの時に私が処刑されそうになったら、あなたは黙ってそれを見過ごしましたか!」

「それは……あの時と今では状況が違う。仮に儂が今のお主の立場であったとしても、黙って処刑を受け入れただろう」


 口ではそう言っているが、実際そうなったらどうするか。魔女の甘さはオールド譲りだ。


「諦めよ。そもそも、お主が足掻いたところでどうにもならん。それとも、たった一人で何とかするつもりなのか?」


 出来れば魔女だってそうしたい。だが、たかがパンプキンウィッチが一体いたところで、暴走集団から身を守ることは出来ないし、この城から逃げ出すことも出来ない。勇者が魔王を倒し、混乱する城内からなら逃げだせるのだが。それも明日処刑とあっては叶わない夢だ。

 ただ黙って、ダストが殺されるところを見ているだけ。それだけが、唯一、魔女に残された手段だった。


「魔王様は……」

「戯け。馬鹿とはいえ我が城の主力部隊。魔王様が出て、馬鹿どもが刃向ってみろ。勇者が来る前に主力部隊が全滅するわ。そして、今の暴走っぷりから察するに刃向う可能性は高い」


 魔女からすれば、もうその方がいい。勿論、そんな事は口に出さないが。


「処刑するのは誰ですか?」

「焔鬼の部下がやらせろと言ったが、それは断った。奴らが処刑するのではなく、あくまで儂の命令で処刑するのだ。お主がやりたいと言うならやらせてもよいが……まぁ、それはさすがに悪趣味であろう」


 そんな事を命じられれば、ついうっかり周りにいる奴らの首を鎌で狩りかねない。


「兎に角、これはもう決定事項じゃ。魔王様の承認も得た。お主の感情は理解しているつもりじゃが……アレは人間。遅かれ早かれ、こうなる運命じゃったと思い諦めよ」


 諦めろと言われて諦められるものか。オールドを睨みつけるが、それでどうなるものでもない。そもそもオールドはこの処刑には反対しているのだ。睨むだけ無駄である。

 何をしても、何を言っても、もう結末は変わらない。後は魔女の心の持ちようだけ。

 どうにかする手段はある。勇者が現れた時から、いざという時の手段を考えていた。ダストは人間。いつ処刑されるか分かったものではない。

 ただ、これを実行すれば城は滅茶苦茶になるだろう。城を選ぶか、ダストを選ぶか。

オールドに逆らうのは心苦しい。彼は魔女にとっては、命の恩人のようなものだ。その彼を危険に晒すのは、恩を仇で返すようなもの。

 戸惑いはある。だが、自分の天秤はダストの方に傾いていた。どうしてそこまで入れ込んでしまったのか。ただの同情にしたって、行き過ぎのように思えるが。もう、心のうちは決まっていた。

 目を瞑り、あの日に見ていた牢獄からの空を思い出す。

 そして目を開いた時、魔女の覚悟は決まっていた。


「…………あの、私だけが外に出るのは許可して貰えるんでしょうか?」

「ん? 厳しいチェックはするが、お前だけなら……まぁ、よかろう。処刑を見たくないというのであれば、それもいい」

「ありがとうございます」


 頭を下げて、部屋を出ようとする。その背中に、オールドが語りかけた。


「ただし、勇者には会わぬよう注意せよ。この世界に勇者が現れたことは、最早疑いようのない真実なのじゃから」

「はい。気を付けます」


 カボチャを被り、魔女は部屋を出る。

 そうこの世界には勇者がいる。

 魔女は初めて、その事に感謝した。


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