第3話③ 圧倒的強者感
「オッホン! 気を取り直して行きましょう」
まだ怒り気味のようで、サントの語気が少々強めになっている。
二人は第8階層のボス部屋を前にして、最後の打ち合わせをしていた。
「ここのボス『踊る君主』は四体のゴーレムで、部屋の四隅に設置された玉座から一体ずつ向かってきます。耐久値が残り二割程度になると玉座に戻り、次のゴーレムが出て来るといわれています。玉座に座っている間に耐久値は半分程度回復するらしく、長期戦は必至のボス戦ですね」
「はい……グスッ」
割と真面目に怒られてラルが涙目になっている。
「もう、しっかりしてください。ボス戦ですよ」
「だって……、サントくんが私のこと嫌いになったでしょ」
「そんな事ありませんって!!」
「本当は婚期を逃した変なオバサンに付きまとわれているとか思っていない?」
「思ってません」
「本当に?」
「本当ですって! ラルさんは世界に三人しかいない五つ星冒険者なんですから、今回も頼りにしています!」
「そっ、そうよね。私って五つ星ですもんね!」
美少年におだてられてラルも満更ではなさそうだった。
「ところでよ、本当にやましい事が無いんなら俺らにもボス戦を見せてくれや」
遠巻きに様子を窺っていたポーターが話しかける。
「まだそんな事を言うんですか?」
サントが反論しようとしたところでカインが口を挟む。
「俺達からも正式にレイドを組んで公開戦技を申し込みたい。俺達4人のパーティーでも3体目のボスを越えられなかったんだ。たとえ五つ星がいようが、たった2人で挑むには危険すぎる! それに公開戦技ならボス部屋の扉は閉まらないし、いつでも助けに入る事が出来る。もちろん君達の戦いを邪魔するつもりはない。俺達は部屋の外で待機しているだけだ。どうだろうか?」
「誰が誰を助けるですって?」
ラルが仰け反るほどの姿勢のまま見下した視線を送る。
「ぐっ……」
「まぁ、いいわ。そこまで言うなら五つ星の実力を見せてあげる。それにサントくんが本物の付与魔法剣士なんだって証明しよ!」
「わっ、分かりました」
「じゃあ、サント。公開戦技の手続きをしてもらって良いか?」
サントは熊ん蜂の腹部を操作するとカインの物に近づける。
同調するかのようにお互いに淡い光を放つ。
「これで手続きは完了です」
2機の熊ん蜂が羽ばたくとそれぞれの頭上高くにホバリングして止まった。
ラルがサントに頬を寄せ小声で話しかける。
「サント君、みんなが見ているから今回は影魔法なしで行くわよ。今の君なら魔道具と羽剣だけでも余裕で勝てるわ」
「分かりました。じゃあ、まずは改良型カラフルポーション!! これで能力値を全て二段階引き上げます」
サントは小さな小瓶を取り出すと中身を一気に飲み干した。
少年の体が淡い光を帯びる。
「サントくん、羽剣を準備して。魔法はこの前に試したやつで!」
「はい!! 付与魔法・疾風!」
羽剣から青白いモヤが吹き出すと、翼竜の片羽の様な姿を形どる。
「疾風? 三連撃が可能となる上級付与魔法か?!」
「それよりも羽剣? そんな武器聞いたこと無いわよ! それにあの剣の形状はなんなの?」
「そんな高等魔法を非力なサントが使ってもダメージを与える事が出来ないだろ」
「見て! あの剣の異形……。やはりあの子は妖魔のたぐいだわ」
カインパーティーの四人が口々に独りごちる。
ラルとサントはボス部屋へと足を進める。二人が部屋の中に進んでも部屋の扉は閉まらない。うまく公開戦技の設定ができているようだ。
サントたちが部屋の中心まで来ると、右手奥に鎮座する石像が光り、ストーンゴーレムへと姿を変えて地響きとともに立ち上がった。その背丈はゆうに大人3人分程ある。
ラルは悠然と杖を構えると詠唱を始めた。
「闇夜の天蓋を穿つ光の矢よ、大いなる光の奔流となれ。白日の虚空!」
目が眩むほどの光が束となりストーンゴーレムへと突き進むと、激しい轟音とともに上半身が魔核ごと消し飛んだ。
「いっ、一撃だと! なんて威力の魔法を放つんだ!?」
「だけど、さすがにあの威力は連発できやしない! すぐに二体目のマッドゴーレムが動き出すわ」
ストーンゴーレムが崩れ落ちるとともに左奥の石像が光り立ち上がる。
その姿は巨大な泥人形そのものだった。
ラルは左の拳を高々と掲げると短く言葉を発した。
「光れ7つの指輪! 魔王の赤・魔界の業火」
炎の渦がマッドゴーレムを包み込む。天井まで巻き上がる炎が消えた時、真っ赤に焼けたレンガ状のゴーレムが姿を現した。
「水分が飛んでカッチカチに干からびたわね。こうなったら只のクレイゴーレム。サントくんラストアタックよ!」
サントは軽やかに跳び上がると元マッドゴーレムに斬り掛かった。
腕を振り降ろそうとしたゴーレムとすれ違いざまに三振り。付与効果も含めると九連撃だ。
「なっ、速い! 速すぎる」
「付与魔法では身体強化はできない筈なのに、まさかあのポーションの効果?」
「まるで熟練の剣士の動きじゃないか。それにあの剣の切れ味……」
「おぉ神よ……」
部屋の外で見守っているカインたちが歓声を上げた。
斬り倒されたマッドゴーレムが魔力を失い粉のように崩れ去る。
「次は例のアイツだ……」
「並の魔法じゃ弾かれちゃうわ」
「ホムンクルス……魔法生命体で物理で削るしか無いぞ!」
「アンデッドなら聖なる力が効くのに」
玉座から立ち上がったホムンクルスが雄叫びを上げる。
「さぁ、二発目よ。白日の虚空」
ラルが杖を向けると、またもや光の奔流がゴーレムの半身を消し飛ばす。
「そんな、無茶苦茶だ!」
「あれじゃ圧倒的な魔力でぶっ叩いてるだけの暴力だわ」
「俺達があれだけ苦戦したのに、なんてこった……」
「あぁ、まさに悪魔の所業。あの女も悪魔の手先だわ」
遂に最後のゴーレムが立ち上がる。鈍色に光るアイアンゴーレムだ。
「生命の緑・不入森!」
ラルの指輪が緑色の光を放つと、床から現れた巨大な茨の蔓がアイアンゴーレムを縛り付ける。
「サントくん、あなたの魔法剣なら鉄の胴体だって真っ二つよ」
「はいッ、分かりました!」
振り回された鉄腕をくぐり抜けると、軌跡を描きサントが宙を舞った。
三連撃の切先が鉤爪のように鉄腕を襲う。
千切れた腕が床に落ち派手な音を立てた。
「おぉ〜!!」
カイン達から感嘆の声が漏れる。
その後ろでポーターたちが歯ぎしりをした。
「あれが本当にサントの野郎なのか……。この間まで俺達と同じ荷物持ちだった?!」
アイアンゴーレムの背後に回り込んだサントが羽剣を構え直す。
青白い片翼がひらりと揺れて、より一層輝きを増す。
「そのままラストアタックまでいっちゃって!」
ラルの掛け声と同時にサントの身体が宙を駆けた。
○△□○△□○△□○△□
「ラルさん、いろいろと疑って申し訳なかった。サントも、まぁ、その……悪かった」
ポーターの男・グルッグが苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、謝罪の言葉を口にした。男は土下座の状態にさせられ、その身には魔法の蔦で縛られていた。
いや、ラルの眼の前で《《全員》》が土下座の状態で不入森に縛られている。カイン以下、女魔法使いのベッキー・タンク役のおじさん戦士シグハーズ・女神官スノウらも一緒だ。
「なんで僕まで縛られているんですか?」
なぜか縛られているサントが懇願するような目でラルを見上げた。
「サント君は、まぁなんて言うか。趣味? みたいな」
ラルが何故かはにかみ顔を赤らめている。
「だいたいねぇ、詠唱省略で大魔法ぶっ放すなんて反則よ! ていうか、なんなのよ!! この蔦みたいな物は!!」
ベッキーが必死に抜け出そうと抵抗しながら金切り声を上げた。
「貴女はずっと文句ばかり言ってるわね。二つ星に上がって満足していたらすぐに命を落とすわ。ハゲマッチョ兄弟にも言ったけど、三つ星から上は化け物のような連中ばかりよ、死にたくなければ研鑽に励みなさい」
明らかな格上から言われるとベッキーはぐうの音も出ない。
「おお、流石は七色の探求者と呼ばれるだけある!」
「五つ星の言葉は重いな……」
カインとシグハーズが感嘆の声を上げる。
「ふふん。ギルドで持ち上げられて、うつつを抜かし、周りからチヤホヤされてふんぞり返るようじゃ駄目ってことよ。そのうち言い寄ってくる若い女に……」
「ラルさん? どうしました……?」
俯いたままラルの動きが止まった。
「若い……女に……グズッ」
何かがラルのトラウマに触れたらしい。
ボソッとサントが声を漏らす。
「あっ、ラルさんまた泣いちゃった」
ボス部屋に鼻をすする音だけが響く。
「おい、どうすんだこれ?」
カインの問いかけには誰も答えず、ただ泣きじゃくる女魔術士のことを見つめていた。
第3話 了
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